吉野亜矢『滴る木』
吉野亜矢さんの第一歌集『滴る木』(ながらみ書房)を、付箋を入れながら再読した。吉野さんのモチーフは、たぶん私的には個々に具体性のあるものなのだろうが、全体に描線の淡い感じのしあげがなされていて、読後の印象に、抽象化されたかたまりとして快く残る。領域とか境界とか内と外とか、とりわけそうした観点に敏感なことばが列ねられているようだ。
自分では選ばぬものと暮らすのも一興笛吹きケトルをおろす/吉野亜矢
目を覚ませテレビで誰かが怒鳴ってる(テレビが私を消せばいいのに)
あたらしき本にうす茶の一点がつきてわたしのものとなりゆく
憎まれるほど輪郭のあるくにに壊されるべき塔として立つ
草色のコートの外にあるものをたくさん排斥しながら歩く
売ったのかなくしても生きてゆくことができる臓器のような何かを
好きな作品を抜き書きしてみた。この人の歌の背景には、日常とか生活という呼び名で語られる空間がとても素直に広がっているようだ。ただ、そこからするすると伸びてゆく感覚の触手が、空間の描線を独特のものにしている。作中の一人称への執着が弱く、外部へのこだわりが強い。どこかさめてあきらめたような文体なのに、ことばの温度がきちんと維持されているのが興味深かった。
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