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August 31, 2004

2004年8月31日(火)

一気に切り崩そうと思った山がなかなか切り崩せない。山が大きすぎるのか。題詠マラソン、30首で止まったままだったので、ふたたびコースに戻ることにした。今夜はからだならしで2首。「肌」と「薬」。ただしこれは、メモに残してあった即詠を改作したものである。詩歌誌「BLEND」6号を少し読む。高橋みずほさんの「風の音を探す響き」、良質の評論だと感じた。今野寿美さんの歌集『め・じ・か』を、主体の無効化、みたいなところから巧く読み解いていておもしろい。と言うか、自分がずっと気にしている視点なのに、なぜ読み落としたのか。今野さんの歌集、まとめて読み直そうかな。

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August 30, 2004

2004年8月30日(月)

昨深夜、どうにか一件脱稿して編集者にメールで送る。今日はさらに遅れていた別件の原稿をまとめるのに一日がかり。これで急ぎのものは解消できたか。要返信のメールが大量にたまった。火急の企画もいくつか。明日から一気に進めないといけない。原稿用にあれこれ読んでいて、福島泰樹『転調哀傷歌』の「さくらばなちるちるみちるみずながれさらば風追う言葉とならん」とか「薄羽蜻蛉うすばかやろううたかたの睡蓮の花われは睡(ねむ)たき」の、掛詞と頭韻以外の技法にネーミングがあったかどうかが気になったが、わからないまま。

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August 29, 2004

2004年8月29日(日)

雨が降ったりやんだり。ものすごく蒸し暑い。昨日から今朝にかけて、春日井建さんの追悼文をまとめる。結社誌「短歌」の特集のための原稿。これで春日井さんの追悼文を書くのは四本目、で、たぶん最後だと思う。悲しみが生々しいうちにあれこれ書くのは辛かった。午後、家人と義母と義姉が、合歓(猫)のお墓参りに出かける。一人で昼食を食べに行った店で、中日新聞の佐藤真由美さんの連載「恋する歌音(カノン)」を読む。夕刻から、すでに締切を数日過ぎている原稿のしあげにかかる。深夜には脱稿できるだろうか……。

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短歌ヴァーサスのウェブに執筆/8月

短歌ヴァーサスのウェブ、8月最後のエッセイを執筆した。8月は1日をのぞく毎日曜、計4回、各800字。各回のタイトルは、8日「近影考」、15日「呼名考」、22日「筆名考」、そして今日29日が「句会考」。来月も引き続きご覧いただければ幸いです。
http://www.fubaisha.com/tanka-vs/

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August 28, 2004

「みぎわ」9月号に執筆

結社誌「みぎわ」9月号が届く。外部からの寄稿によるシリーズ評論「現代短歌の焦点」の第四回として「自己像の価値」400字×10枚を執筆。俵万智さんと穂村弘さんの作品を軸に、現代短歌の状況の再分析の糸口について書いた。外部寄稿の同時代短歌論に大きくスペースを割くのは、結社誌ではなかなか難しいことだと思う。風通しの良い同誌の運営に敬意を表したい。

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August 27, 2004

2004年8月27日(金)

暑いような涼しいような。夏が次第に遠ざかりつつある感じ。昨日、第3回歌葉新人賞の一次選考を終えてから軽い虚脱状態となる。その余波なのか、原稿を書いても書いても気に入らなくて、ボツがかさむ。都合20枚分ほどに……。夜になってその残骸を眺めながら、少し凹む。昨日思潮社から届いた「春日井建の世界」を読んで、少しナイーブになる。むやみに明るい気分になりたくて、日記に書くギャグを考えてみたのだが、あまりにくだらなくて、さらに凹む。

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August 26, 2004

第3回歌葉新人賞/一次選考結果発表

第3回歌葉新人賞の一次選考の結果、リアルタイム・スペースで、選考委員の三人がそれぞれに発表した。今後の予定については、近々、同BBSに告知する。

※追記。8月26日(木)の同BBSのアクセス数は1,633だった。

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「春日井建の世界」に執筆

思潮社から現代詩手帖特集版「春日井建の世界—〈未青年〉の領分」が刊行された。齋藤愼爾さんと水原紫苑さんの責任編集本。午後、見本誌が届く。追悼文として「指の音」400字×5枚を執筆。春日井さんとのもっとも印象的な思い出とその短歌についての意見をコンパクトにまとめた。同誌、読み物としても資料としても非常に秀でた一冊かと思われる。

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高木孝『地下水脈』栞文を執筆

高木孝さんの第一歌集『地下水脈』が北冬舎より刊行された。午後、北冬舎から見本が届く。栞文として「差異はつか」400字×6枚を執筆。諸処で言及している短歌の「自己像」をめぐる問題は、ちょうどこの歌集のゲラを読んでいるとき(今年の三月頃だったか)に考えを整理していたので、おのずとそのことが反映されている。歴史的な文体と今風な文体が快く同居した一冊である。

 差異はつかなれど一滴づつ落ちる雨のよろこび全身に受く/高木孝
 お互ひを見知らぬ他者にする儀式ともしび消して触れ合はむとす
 とても、ね、とても静かな、本当は冬木の中にひとりぼつちで
 次期課長候補なりしが希望してあの世へ人事異動ありけり

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cocologのメンテナンス

2004年8月26日(木)10:00〜18:00、cocologのメンテナンスで、このサイトへのコメントの投稿ができなくなるようです。どうぞよろしくお願いします。

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August 25, 2004

sweetswan.comのサーバメンテナンス

2004年8月25日(水)20:00〜24:00、sweetswan.comのサーバメンテナンスのため、同ドメイン下のサイトに一切アクセスができなくなります。ご利用各位にはご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。

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2004年8月25日(水)

午後、短歌ヴァーサス5号の表紙ゲラが届く。家人と買い物。早崎ふき子さんから電話が入る。11月の「塔」の名古屋でのイベントに出演することに。実家から父母が来訪。お茶を飲みながらひさしぶりにのんびり過ごす。夕刻、栗木京子さんから電話が入る。サーバメンテナンスの告知を諸々の掲示板に書きこむ。4時間完全ダウンのはずだったのだが、実質的につながっている時間もそこそこあるようだ。サーバダウン中は告知が意味をなさないので助かる。メンテナンスが完了して日付がかわると、第3回歌葉新人賞の一次選考結果の発表の日となる。

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August 24, 2004

2004年8月24日(火)

というわけで、誕生日です。夕刻、雷鳴が轟いて驚きました。神様を怒らせるようなことをしたの? と家人が笑いました。四十二年も生きていますから、それはいろいろとあるのかも知れません。来年の誕生日までに、新しい歌集が出せたらいいな、と考えています。こういうことは宣言するとかえって実現しない場合があるので、話半分で聞いておいて下さい。ここへのコメントや電子メールや日記や掲示板などでお祝いのメッセージを下さった方々、どうもありがとうございました。ものすごく元気が出ました。

 夏と呼んだり秋と呼んだりする日々をからだのなかのみづに訊ねる/荻原裕幸

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August 23, 2004

2004年8月23日(月)

週末から、仕事、食事、仕事、休憩、仕事、食事、仕事、の繰り返し。この単調な状況に追いこまれると効率ががた落ちになるところを、テレビがアテネ五輪で騒いでくれるおかげで気分転換ができている。もっとも、ときどき気分転換を超えて、テレビの前を立ちあがれなくなったりもするのだが……。総合誌「短歌四季」が今年いっぱいで終刊になるという。いくつか深い思い出のある雑誌なので残念だ。同誌の特集で春日井建さんの自宅を訪問して、インタビューしたり写真を撮りまくったりしたのがとても懐かしい。当時、二十代だったかな。もう十年以上前になるのか。予定では、明日、四十二歳になる。

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August 22, 2004

2004年8月22日(日)

早朝、何かの燃える匂いがした。ベランダから見たところ煙はない。それでも気になったのでマンションの周囲を巡回した。特に何も見つからない。安心のような解せないような。正午を過ぎたあたりで、短歌ヴァーサスのウェブのエッセイを自分で更新する。夕刻、リビングで休憩していると、とてもおいしそうな揚げ物の匂いがした。ご近所さんがトンカツでも揚げていたのだろうか。猛烈におなかが空く。クーラーを切って窓を開けているせいか、いろいろな匂いが侵入して来るらしい。仕事は一進一退といった感じ。

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August 21, 2004

2004年8月21日(土)

残暑お見舞い申し上げます、と言えるのも明日まで。家人が午後から義母義姉と出かける。夕刻、近所で外食した他は、終日ひきこもって仕事。先日、治療の折に歯科で歯磨きのブラッシングの指導を受けてから、できるだけ正しい方法で歯磨きをするように心がけているのだが、鏡で口腔をのぞいていて、親知らずの奥側の側面の磨き方がわからないことに気づく。と言うか、そもそもそんなところに面が存在していたのか……。

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August 20, 2004

2004年8月20日(金)

午後、短歌ヴァーサス5号の台割と再校ゲラが届く。ぼくよりも下の世代24人が近年刊行した歌集を対象に組んだ書評の特集。自分で組んでおきながらそう言うのもどうかと思うが、質も量もかなりなことになっていて、校正がかなりきつそうだ……。夜、八事のポップコーンへ。自宅から自転車で10分ほどの距離にある店。「PoetsOnTheRoad’04」というポエトリーリーディングのイベントを観る。先日の「tamatogi」に出演していた若原光彦さんと話をする。このエリアの詩の朗読シーンについて教えてもらう。閉店ぎりぎりのジャスコに飛びこんで家人に頼まれた買い物をして帰宅。深夜、7月7日以来のここのアクセス数が1万を超えた。読んでくださっているみなさん、どうもありがとうございます。

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August 19, 2004

2004年8月19日(木)

昨日の読書会から帰ったあたりが限界だったか、眠っても眠っても眠い。原稿やメールといった書く作業がなかなか進まない。このところ、クリアする仕事の量よりも増える仕事の量が多いようで、ちょっと苦しい感じ。夜、ここで紹介しようと思っていた地味で切れるウェブログサイトが大ブレイクしていて驚く。紹介はまた後日にしよう。谷川俊太郎の『詩を贈ろうとすることは』をひさしぶりに読む。この詩人のことばは、なぜこんなに負荷もなく現代詩なのか、と、いつもと同じ感想を抱く。少し声を出して読んでみる。

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August 18, 2004

中村英樹『新・北斎万華鏡』を読む

午後、栄の愛知芸術文化センターで読書会。7名参加。テキストは中村英樹さんの『新・北斎万華鏡−ポリフォニー的主体へ』(美術出版社)。葛飾北斎の作品解析を通して、現代の新しい人間像を模索する契機を見出す、というのが一巻の大きなモチーフ。遠近法の磁場のなかで構築され、そこに固定されて来た西欧的かつ日本近代的な主体成立の過程における問題を、北斎に見られる複眼的な磁場から再認識する。思考の手順としては1980年代から90年代にかけて見られたポスト構造主義に似ているが、いわゆるポストモダン的に、アンチ近代に終始する道筋を避け、いま・ここから未来へ向かう手順としてそれらを回収しているのが特徴的である。一般的な批評文体によらず、著者、K(の内面)、ノートを記述するK、マリオン(の内面)、といった四つの視点を並立させて著者の内面的思考へと単純に遡らせないスタイルは、北斎的な思考の実践ということだろうか。美術史的な要件を詳しく知らないぼくにも、充分に楽しめる本だった。

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August 17, 2004

2004年8月17日(火)

昨深夜、アテネ五輪の体操男子団体決勝の放送を見はじめたばかりにテレビの前を動けなくなる。結局、金メダルの瞬間まで見てしまう。こんな状況で出社する人もいるだろうなきつそうだなあとかぼんやり思っていたのだが、よくよく考えてみたら、自分も予定がぎっしり詰まっていた。朝、そのまま眠らずに仕事をしてから仮眠のような睡眠。午後から風媒社で打ちあわせ。出席を予定していた五七五の会をキャンセル。帰宅。仕事。仮眠。仕事。少しきりがついたところで明日の読書会のテキストの再読をはじめる。これはまた朝になりそうだな……。

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ねじまき句会・第6回記録

ねじまき句会、第6回の記録を公開した。早いもので句会をはじめてすでに半年が経過している。今回の題は「丸」。それと自由吟。各自三句を選んだ。過去の記録についてもこちらから順にたどって読めるようにしてある。
http://www.sweetswan.com/nejimaki/new.html

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August 16, 2004

2004年8月16日(月)

仕事仲間たちの休みが明けはじめたようなので、あれも連絡しなくちゃこれも連絡しなくちゃと思うもののなかなかはかどらない。焦るなと自分に言い聞かせているうちに時間だけがどんどん過ぎてゆく。夜、栄で、仕事帰りの加藤治郎さんと会って打ちあわせ。近く刊行を予定している加藤さんの著書の件で。古典からニューウェーブまでを視野に入れた短歌の入門書として、日本語のレトリックの小辞典として、さまざまに楽しんでもらえそうな内容である。帰宅するとTさんのサイトからトラックバック。昨日の短歌ヴァーサスのウェブのエッセイに反応したもの、と言うか、Tさんのテスト送信かな。満天、すこぶるかわいいね。

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August 15, 2004

2004年8月15日(日)

終戦記念日。涼しい一日。五輪や高校野球が重なっているせいか、新聞紙面の3割近くがスポーツ関連だった。「ここ」は平和なのだと思う。金メダルがいくつとれるのかとか、暑いとか涼しいとか、蝉が鳴いたとか鳴かないとか、締切なのに仕事があがらないとか、「短歌人」のウェブ歌会が白熱してますねとか、そういうことをきちんと気にしていられる毎日が「ここ」にはある。何が「ここ」をそのように維持してくれているのかを考えていたら、手の打ちようがない、津波みたいな切なさに襲われた。

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August 14, 2004

2004年8月14日(土)

昨夜、アテネ五輪の開会式をテレビで見る。いまひとつピンと来ない象徴的な演出に退屈していたら、ギリシャの神話・歴史を見せるパレードがはじまって、しばらく見惚れていた。家人が、あの演出に一生懸命になってプールの屋根ができなかったのかな、と言う。担当者が違うような気がするが……。仮眠のような睡眠をとってそのままずっと仕事。夜、きりをつけて鶴舞のK・Dハポンへ。桑原滝弥さんプロデュース「tamatogi」の三回目。ポエトリーリーディングの企画である。大阪から上田假奈代さんがゲストで来ていた。現代詩とポエムの間、それもややポエム側に位置する場で、正直なところまだまったく空気が読めないのだが、思うところがあってオープンマイクに参加してみた。この「思うところ」については後日あらためて。常連客の一人、ちくさ正文館の古田一晴さんと深夜まで話しこむ。

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August 13, 2004

「バックストローク」7号

川柳誌「バックストローク」7号、同人雑詠欄「アクア−ノーツ」を読む。この号にはじまったことではないが、日常から日常的視点を超えたところへ川柳の領域を明確に膨らませてゆこうとする意識のありように圧倒される。昨日、付箋や印をつけて抽出した句を以下に書き写してみる。

 一斉に舌出しをする夜の桜/松永千秋
 バス停の椅子と一緒に朽ちてゆく/草地豊子
 そしてもう二度と逢わない鍵括弧/田中峰代
 ぼんやりと春あけぼののふくらはぎ/白藤海
 うっすらと指紋のついた鯵の開き/柴田夕起子
 なるほどと思う五月の霊柩車/田中博造
 ことの起こりと階段がある広場/筒井祥文
 フクロノヨウナモノガタクサンオチテイル/楢崎進弘
 ひんやりと擦過してそのまま水底/清水かおり
 まばたきをしながら種をこぼしおり/広瀬ちえみ
 鳥になるか埃になるか迷っている/同
 南天の揺れる損益分岐点/石田柊馬
 生きている人はいろんな音を出す/丸山進
 ビニールの袋うるさいことを言う/一戸涼子
 途中から雨のにおいがきつくなる/樋口由紀子
 駄菓子屋に蝶が入ってでてこない/同
 口開けてわからないものを見ている/畑美樹
 あのひとにはじめて出合う向こう臑/同
 もしもしと死体に声をかけてみる/石部明
 壜を傾けてこの世を滴らす/同

こうして書き写してみると、それは雑誌の傾向でもあるのだが、情念あるいは情に沿った句が少ないのがわかる。そしてこれはぼくの川柳観の問題だが、詩的概念をひきよせるようなメタファの用いられた句が少ない。ぼくが川柳のジャンル性をどこに見ているかと言えば、一つには、隠喩的文脈よりも換喩的文脈に傾いたときに伝搬力の高まることばの磁場。もう一つは、コンテクストの切断面にたちあがる質感、すなわち不全感が意味の補完を呼び起こす流れ、となるか。同誌に書かれた石田柊馬さんと石部明さんの誌面批評を読むと、川柳作家は、換喩的文脈への傾向を「意味性」と呼び、コンテクストの切断のことを「断言性」とかごくふつうに「省略」と呼んでいるようである。

※川柳誌「バックストローク」のサイトには、以下のURLからアクセスできる。
http://ww3.tiki.ne.jp/~akuru/back-hp/index-2.htm

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2004年8月13日(金)

蝉の声がまた聞こえない。あるいはマンション周辺の蝉が出尽くしたのか。六月に中庭の欅が折れた影響かも知れないな。郵便が山になっているので、届いている雑誌をあれこれ読んでいたら、俳句同人誌「橋」が終刊だという。驚いた。創刊が一九七〇年代で、通刊一六三号。毎号しっかりした誌面づくりで、楽しんで読ませてもらっていたのだが。若い世代の後継者が出ない、ということも終刊のひきがねとなったらしい。中部圏の俳句、どうなってゆくのかな。吸っている煙草のパッケージデザインがかわった。とても日本の煙草とは思えない……。

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August 12, 2004

2004年8月12日(木)

蝉の声は一日で復活。やっぱりそう来たか。ツクツクボウシの声を今年はじめて聞いた。午後、結社誌「みぎわ」の編集部からファックス。同誌の評論企画「現代短歌の焦点」に執筆した原稿の再校。下旬発行の号に掲載されるらしい。義母が夏休みに入ったので、家人と三人で夕食と買い物に出かける。夜、短歌ヴァーサスのウェブのエッセイをまとめ、夏休み中の林さんに送信する。同ウェブのカウンタを見てみると、すでに2000アクセスを超えていた。ありがたいことである。川柳誌「バックストローク」7号を読む。仕事をしながら、終日、外部からの共感性と内部的なジャンル性、について考えていた。

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August 11, 2004

2004年8月11日(水)

夕刻になってふと蝉の声が聞こえないのに気づく。耳を澄ますと遠くで鳴いているのがかすかに聞こえる。近隣にはいないらしい。不思議な一日。深夜、家人の仕事につきあってキンコーズへ。ふだんは静かな終電後、そこかしこにやたら人がいる。巷はいよいよ本格的に夏休みのようだ。鈴木竹志さんの竹の子日記をひらいたら日記の継続性と安心感のことが書かれていた。なるほど。相手が特定されていないだけで、ウェブ日記は「日々の挨拶」でもあるか。

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August 10, 2004

2004年8月10日(火)

午前、とてもおだやかな感じのメールとあわただしい感じのメールとがこもごもに届く。夏休みに入った人とこれからの人である。午後、ねじまき句会。昨日一日ずっと短歌ばかり読んでいたのでなかなかきもちが川柳にきりかわらないなあと思っていたらすでに出かける時刻であった。自転車を漕ぎながら川柳にシフトしたのに、地下鉄の車内吊りに某社文庫本の広告があるのを見たら、なぜかふりだしに戻った。会場で詠草を読みはじめてやっと川柳のスイッチが入る。22分遅刻して、8分で選句して、途中に一度13分の休憩を挟んで、197分司会をした。家人にダイエット用の酢を買って帰宅。深夜、河野裕子歌集『森のやうに獣のやうに』『ひるがほ』を再読。頻出するモチーフについてメモをとる。

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August 09, 2004

藤原龍一郎「短歌の賞の現在と課題」/余談的補足

東京で会った何人かと件の文章について話をした。話をしながら、ぼくがこの文章に対していささか感じた困惑がどのあたりに由来するものなのか、それなりに自覚することができた。当初、関係する賞をめぐる見解の相違なのだと思っていたが、どうもそれだけでは説明がつかない。もっと本質的なところに要因があるようだった。それはたぶん、歌壇的メディアに対峙する姿勢の違いだろう。藤原さんの文章は、歌壇的メディアはハイレベルをめざすべきだ、そうさせなければならない、といった使命感的切迫感に満ちている。この感覚がぼくには欠落しているらしい。ぼくの考えはいつも、歌壇的メディアがそのようであるなら、自分の短歌や短歌観をそこで生きさせるにはどうしたらいいか、というアングルからたちあがる。既成のメディアをなぜか不変的で不可避的な前提条件として捉えてしまう。既成のメディアの外側に自分なりのプラスαを加えて、エッジの位置をなんとかずらせないものかなどと考えてしまうのだ。藤原さんの意見はあきらかに大人の発想で、自分のそれはどこかしら負けず嫌いのこどもみたいだとも感じるのだけど、性格に由来するのか、なかなか調整がきかないようである……。

※件の文章に対して先日書いた文章は↓こちら。
http://ogihara.cocolog-nifty.com/biscuit/2004/08/post_4.html

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August 08, 2004

2004年8月8日(日)

昨日、ひぐらしひなつ歌集『きりんのうた。』批評会のために上京する。今日の夕刻になって帰名した。批評会の参加者は35名ほど。パネラーと指名した参加者の発言が、それぞれまとまりも摩擦感もほどよい感じで、おかげで司会はとても楽をさせてもらった。批評会の実質的な運営者である井口一夫さん佐藤りえさんの二人と話しながら、彼等が人の動きを見ながらその向こうに動く現代短歌という概念から一瞬も視線を逸らしていないことにとても安心した。二日間、いろいろな人と話をしていろいろな種類の元気をもらう。帰宅すると名古屋らしい蒸し暑さと膨大な量のメールが待っていた。夜、それらを読んだり、批評会のメモをまとめたり、明後日の句会の詠草を書いたり、短歌ヴァーサスのウェブの今日のエッセイはそう言えば自分だったと思い出して確認したりする。

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短歌ヴァーサスのウェブに執筆

短歌ヴァーサスのウェブにリレー連載のエッセイを執筆した。800字。これから半年間、毎週日曜の掲載となる。息切れしないよう、楽しみながら書いてゆきたいと思っている。
http://www.fubaisha.com/tanka-vs/

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ひぐらしひなつ歌集『きりんのうた。』批評会/メモ

歌集『きりんのうた。』は、端的に言ってしまえば、比較的クラシカルな文体と現在的な世界の切り口とがとけあった地点でできている。いわゆる私性というか自己像への回路を内在しているが、他者像とか世界といったものへの回路がほぼ遮断されていて、像がたちあがりにくい。この点について、江戸雪さんは、一般に短歌は現実をことばで再現するのにここではことばによって世界が築かれている、作者はことばの世界に生きている、と指摘した。さらに、約束が果たされるのを望めない、自分のそばにあるものを信じていない、未来を見ていない等、現実を断ち切る傾向のあることを指摘。断ち切りがことばの自在さを生んでいる反面、全体が均質な印象をもたらすという。藤原龍一郎さんは、この断ち切りに対して、いわゆる青春を謳歌できなかった傷みを見出し、過去に対する不全感ならびにとりかえしのつかない現在や期待できない未来を受容する態度として読んでいたようだ。藤原さん的なロジックからすると、他者像の不鮮明さはマイナスポイントかと思ったのだが、人間関係の喪失の表現として、むしろ肯定的なコンテクストで捉えていた。自前の想像力によってイメージを結ばせている点を高く評価したのも興味深い。東直子さんは、歌集の構成について、時間の流れのあるあらすじ的なものよりも時間の流れのない心情的なものに重点を置いたことや設定を意図的に消したことをごく自然に受けとめ、個人を消して自由になったところにピュアな心情がたちあがっていることを指摘した。動物等、私ではない存在を描いた修辞的表現を一つの通路として、その向こう側に、私のもうひとつのこころが見えるという。斉藤斎藤さんは、自己像への回路を内在させながら具体性のないことが、気になる、という。何かがあったとわかるのにその何かが示されない、私性と匿名性の中間を向いた匿名希望性ではないかと指摘した。また、章毎のテーマの提示について、作品の積み重ねによる提示が近代短歌以来の方法であるに、詞書によってあらかじめ解や着地点が示され、テーマに向かう内的な必然性を欠いているのではないかと指摘した。各パネラーの個々の作品への読解をのぞいた歌集への見解を強引にひと綴りにすると、大体このような感じだった。

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August 07, 2004

ひぐらしひなつ歌集『きりんのうた。』批評会

歌葉でのリリース以来注目されている新鋭の歌集を、最前線で活躍する四人のパネラーが仔細に分析します。ぜひご参加下さい。

【日時】2004年8月7日(土)14:00〜17:00(開場13:30)
【会場】文京シビックホール(文京区春日1-16-21、電話03-5803-1100)
【パネラー】藤原龍一郎、東直子、江戸雪、斉藤斎藤、荻原裕幸(司会)
【批評会参加費】1,000円

【懇親会】17:30〜(アジアンキッチン後楽園店、電話03-5802-7321)
【懇親会参加費】4,200円

【参加申込先】
 批評会、懇親会それぞれの出欠を明記の上、
 佐藤りえ(fragile@fun.cx)までお申込み下さい。

【発起人】藤原龍一郎、加藤治郎、荻原裕幸、井口一夫、佐藤りえ
※詳細はhttp://www2.spitz.net/hinatsu/hihyokai.htmlにてご確認下さい。
※歌集についてはhttp://www2.spitz.net/hinatsu/kirin.htmlをご覧下さい。

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August 06, 2004

歌集『デジタル・ビスケット』

歌集の在庫の問いあわせがあったので、ここにも書いておきます。歌集『デジタル・ビスケット』は、第一歌集『青年霊歌』、第二歌集『甘藍派宣言』、第三歌集『あるまじろん』、第四歌集『世紀末くん!』、加えて未刊の第五歌集『永遠青天症』をすべて完本で収録。2001年3月に沖積舍から刊行されました。既刊歌集はこれでまとめて読めます。現在二刷が出ていますので、書店のルートで入手できます。ネット書店でも入手できるところがあります。版元の沖積舍(電話03-3291-5891)に直に注文していただければより確実かも知れません。定価は3,675円(税込)です。

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2004年8月6日(金)

広島原爆忌。気温はさほどでもないようだが、湿度が異常に高い。蒸し暑い。広島の平和記念式で、小泉純一郎首相が「平和憲法の遵守、非核三原則の堅持」を約束したという報道があった。ものすごく空しい感じがした。結社誌「塔」の創刊年一年分の復刻版が出た。創刊五十周年の記念事業の一環だそうだ。貴重な資料である。夜、会社帰りの加藤治郎さんに時間をとってもらって打ちあわせ。足掛け四年になる案件がいよいよかたちになりそうだ。雑談で、二人とも次を出せば第六歌集となることなど話す。六という数字の重みに愕然とする。

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August 05, 2004

2004年8月5日(木)

アブラゼミとクマゼミがひっきりなしに鳴いている。あれを聞いていると体感温度が何度か上がるような気がする。先月上京した折にミンミンゼミが鳴いていたのをふと思い出す。珍しかったので、井口一夫さんに、東京にはミンミンゼミがいるんですねぇ、と話したのを続けて思い出したところで、「ちゃばしら」7月号の藤原龍一郎さんの文章の感想をメモしたままでここに書きこんでいないのに気づいた。骨子の部分を書きこむ。短歌ヴァーサスのウェブ、予想以上にアクセス数が増えて、早々に1000を超えたらしい。ありがたい話である。終日、短歌を読んではメモを書き、短歌を読んでは校正していた。

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藤原龍一郎「短歌の賞の現在と課題」

短歌誌「ちゃばしら」7月号に、藤原龍一郎さんが「短歌の賞の現在と課題」という文章を書いている。短歌の賞をめぐる藤原さんの提言である。新人賞の募集歌数を増やすことで「短歌に賭ける真の表現意識」を持った新人を求めよ、賞を通して発掘した新人に対して主催側はチャンスを与えてきちんと育成せよ、などの主旨の提言にはとりわけ力が入っていた。具体的な賞の名をあげて、こうした文章を書くのはなかなかむずかしい。意見があっても摩擦をおそれて避けてしまうケースが多いだろう。それをあえて藤原さんが書いたことに共感を抱いた。歌葉新人賞や短歌ヴァーサスについての具体的な意見もあり、それもまたありがたいアドバイスとして読ませてもらった。いわゆる「諸般の事情」ではなく、自身の短歌観の反映としてそれぞれの現状があるので、いささか困惑もしたが(たぶんこの困惑は、提言の対象の賞やメディアのすべての関係者が必然的に感じるものだろう)、これからの展開を考えるための良いヒントをもらえたと思う。掲載誌「ちゃばしら」のサイトには、以下のURLからアクセスできる。
http://www.lebal.co.jp/cyabasira_bbs/web.html

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August 04, 2004

今井恵子「鑑賞のことば」

短歌ヴァーサス3号に執筆した「短歌と[場]3」について、「短歌新聞」の時評で今井恵子さんが言及していた、というのを今井さんのウェブで知った。いちばん言いたかったところを噛み砕いてもらったのがありがたかった。感謝。
http://sojikei.at.infoseek.co.jp/hyoron/hyoron2.html#6

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2004年8月4日(水)

涼しくなったのか、そもそも夜中にクーラーをかけっぱなしというのが間違いなのか、なんだか寒いなと感じて目が覚める。日中はそれなりに暑いので調整がややこしい。むかし、夏休みの真ん中あたりのこうしたちょっと暑さが控え目な感じの日に、ものすごく遠いところに行きたくなることがよくあった。郵便で短歌ヴァーサス5号のゲラの追加が届く。校正。プロデュース中の歌集の草稿を読み耽る。夕刻、家人と外食。先日あまり食べられなかったリベンジに、ふたたび回転寿司へ。まったくリベンジにはならなかった。週末は東京なので短歌ヴァーサスのウェブ用の原稿をまとめる。秋のイベントのチラシの原稿をまとめる。

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August 03, 2004

2004年8月3日(火)

午前、歌人のSさんから電話。ひさしぶりに声を聞く。午後、延々と仕事のしこみを続ける。夕刻、朝日カルチャーセンターの栄教室へ。秋のイベントの打ちあわせ。帰りに地下街の書店をのぞいてみる。小さな書店は大きな書店よりも売れ筋の本がよくわかるのだった。なるほどねぇと棚をたどっていると、ヨン様とかその他名前忘れたとかの韓流スターの本がペットの写真集と同じ棚になかよく表紙見せ状態で並んでいて思わず笑ってしまった。近所のジャスコで豆腐と蜂蜜とビタミンCを買って帰宅する。

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August 02, 2004

短歌ヴァーサスのウェブサイト、OPEN

短歌ヴァーサスのウェブサイトが、本日、オープンしました。短歌ヴァーサスに関連する各種情報の他、増田静、松井茂、矢島玖美子、大辻隆弘、佐藤りえ、櫂未知子、荻原裕幸(執筆ローテーション順)の7人による日替りエッセイが掲載されます。ご愛読いただければ幸いです。
http://www.fubaisha.com/tanka-vs/

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2004年8月2日(月)

正午、風媒社から電話。案件についていくつか打ちあわせ。午後、父が蕎麦とか米とか珈琲豆とかを届けてくれる。食糧難に見えるのか、そういうわけでもないのか、親というのは不思議な存在である。玲はる名さんからファックス誌「R☆FC」が届く。あいかわらずはじけている。夕刻、先月からのびのびになっていた原稿をしあげる。ファックスして速達した。ひとつ原稿がしあがると、そのたび、もう世界はおれのものだ、というかなり病んだ感じで脈絡のない意味不明な安心感に包まれるのだが、それはまあそれとして、次の仕事のしこみに入る。義母から夕食にと煮物をもらう。やはり食糧難に見えるのか……。夜、佐藤りえさんから電話。土曜の批評会の件で打ちあわせ。川柳誌「水脈」、俳句誌「豈」の最新号を読む。オープンしたばかりの短歌ヴァーサスのウェブへのリアクションを楽しむ。初日から多くのアクセスをもらった。感謝。

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August 01, 2004

斉藤斎藤『渡辺のわたし』リリース

斉藤斎藤さんの第一歌集『渡辺のわたし』が【歌葉】からリリースされた。第二回歌葉新人賞受賞者。受賞作「ちから、ちから」等293首を収録。独特の文体で描かれる世界は、ときに爆笑を、ときに絶望的な気分を、ときに至福の時間をもたらしてくれる。乞御一読。

 ふとんからふりだしにもどる匂いがしてまた日曜の午後の陽だまり/斉藤斎藤
 うなだれてないふりをする矢野さんはおそれいりますが性の対象
 加護亜依と愛し合ってもかまわない私にはその価値があるから
 泣きやんでしまう前にとハンカチを構えていたら脛を蹴られる
 寝返りにとりのこされて浮かんでるひだりのうでを君にとどける

同歌集は以下のURLから入手できる。
http://www.bookpark.ne.jp/cm/utnh/select.asp

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大橋麻衣子『シャウト』リリース

大橋麻衣子さんの第一歌集『シャウト』が【歌葉】からリリースされた。ハードな現実を描きかつ現実を超えたところに生じた心象を、短歌のフォルムのなかに鮮やかにたちあがらせている。家庭を舞台にした、良質の連作小説を読むような味わいの340首。乞御一読。

 洗濯のかごに靴下投げ入れるつまらぬ男の理屈に飽きて/大橋麻衣子
 男から夫へ変わるその顔を遺影のごとく眺めておりぬ
 一日の大半をともに過ごす子の保護者の欄に夫の名を書く
 涙の出るうちはよかった諦めが音なく下腹部へと溜まりゆく
 はずし方わからなくなってしまったか子がいない時も母親の顔

同歌集は以下のURLから入手できる。
http://www.bookpark.ne.jp/cm/utnh/select.asp

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