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September 30, 2004

2004年9月30日(木)

昨深夜、Oさんの歌集の版下作成がほぼ完了。あとは校正と表紙の仕上げを残すのみとなった。そのまま、もうすでに締切を数日超えてしまった原稿のまとめにかかる。朝になってから睡眠、正午近くになって起きる。ひきつづき原稿。コンテンツワークスからIさんの歌集のサンプルが届く。校正。校了。風媒社に電話を入れて短歌ヴァーサスの件でいくつかの確認。やっと5号の発送がはじまったらしい。6号はすでに動きはじめている。ひきつづき原稿。脱稿。メールで入稿するとやがて編集長から電話。原稿の内容の相談と歌壇の状況についてなどしばらく話す。長くお世話になっている人で、声を聞くと、緊張しながらもほっとするのだった。夜、中日ドラゴンズの優勝シーンを見ようと思ったら敗戦。あすからは十月。遅延気味の案件のいくつかに一斉にかかることになりそうだ。

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September 29, 2004

2004年9月29日(水)

きょうのあさがお、☆☆☆☆☆☆☆☆。台風も近づいているというのにたくさん咲いてくれた。午後、雨の中を中京大学へ。講座「俳句を楽しむ」の二回目。良夜、鰯雲、等、雨の屋外を見ながら、好天系の季題作品について話をした。外で仕事をしていた家人と食材をあれこれ買って帰宅。中日ドラゴンズの優勝祝杯用にビールも買ったのだが、生憎の天候で試合は中止らしい。食事の折、水煮しただけの豆をサラダに混ぜて食べたら、さっぱりしていてどれだけでも食べられることに気づく。実は味つけをした豆が苦手で、おいしいと思っても量が食べられなかったのだ。四十年も生きているのに気づかなかった! と呟いたら、家人に苦笑された。どうも最近そんなことばかり口癖のように言っているらしい。

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「東海の文芸」を執筆

9月29日付の朝日新聞夕刊、中部版学芸面のコラム「東海の文芸」に、詩歌句を対象とした時評約2000字を執筆した。今回は、先頃終刊となった俳句同人誌「橋」と中神英子さんの詩集『ファンタジア』(思潮社)をとりあげた。

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September 28, 2004

2004年9月28日(火)

昨深夜からそのまま仕事を続け、未明近く、新聞時評の原稿を脱稿。メールで担当者に送る。その後、家人と近隣の某所を散策。実は、イグアナを目撃したという情報があって、好奇心と動物愛護心(9:1程度)から、側溝や草叢や樹上をうろうろと見て歩く。あきらかに不審人物だな。邪心に気づかれたのか、犬には吠えられたが、イグアナは見つからなかった。仮眠して仕事、もう少し仮眠してさらに仕事。夕刻、初校ゲラのファックスが届く。担当者から確認の電話、某電話会社からセールスの電話、仕事の督促の電話、外出した家人から電話、某新聞社から歌葉新人賞の取材の電話、等、ひらすら電話が鳴る。ゲラの校正を済ませたところで、夜、家人と外食、その足で書店へ。ほぼ無目的に何冊か買う。

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September 27, 2004

2004年9月27日(月)

どうした加減か、朝顔は蕾をつけたままうまく咲かなかった。日曜の朝はきれいに七つ咲いたらしい。週末の疲れがどっと出ている。がんばって机に向かっているものの、脳がつかいものにならない。きのうの竹の子日記で鈴木竹志さんが書いていた地下鉄上前津駅の書店というのは、1980年前後にぼくも行ったことのある書店と同じかも知れない。通常の書店と古書店が一体になっていた。塚本邦雄以外の歌集・歌書の印象は薄い(というのは、当時、現代短歌へののめりこみがまだ浅かったからだと思う)けど、文芸関連では、澁澤龍彦等、装幀がきれいで高価な本がわりあいきちんと揃っていた。建石修志の画集とか中井英夫の詩集『眠るひとへの哀歌』(1972年、思潮社刊、その時点でも超レアものの一冊!)があったのに予算の都合で買えなかった、寺山修司の句集『花粉航海』はそこで入手した、等、懐かしい記憶がぼんやりと残っている。

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第3回歌葉新人賞/決定

昨日の公開選考会の結果、第3回歌葉新人賞は、しんくわさんの応募作「卓球短歌カットマン」30首に決まった。公開選考会への参加者は40名弱。途中に二度の休憩を挟み、討議は3時間に及んだ。前回と同じスタイルで、討議の半ばに選考委員各自が推薦作を三篇に絞る投票をする。票数において上位となった二篇を対象に再討議。各自が推薦作を一篇に絞る投票の結果、満票を得た「卓球短歌カットマン」の受賞が決まった。過去二回と同じく、結果として、大胆な印象の選考になった気がする。ただ、公開選考会での選考委員の態度は逡巡に満ちたものだった。加藤治郎さんと穂村弘さんの胸の内まではわからないけれども、ぼくたちは、責任をもって遠いところへ行きたかったのだと思う。さらに私見を付記すれば、そこが本当に遠いところであるとすれば、その遠さを得ることができたのは、作者、応募者、閲覧者をも含めた、歌葉新人賞という場に集う力のおかげだろう。選考委員は、場の力のもっとも強く作用する方向を確かめる、そんな役割を担っていたのかも知れない。

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September 26, 2004

短歌ヴァーサスのウェブに執筆/9月

短歌ヴァーサスのウェブ、9月最後のエッセイを執筆した。9月は毎日曜、計4回、各800字。各回のタイトルは、5日「推敲考」、12日「惹句考」、19日「新人考」、そして今日26日が「真摯考」。来月も引き続きご覧いただければ幸いです。
http://www.fubaisha.com/tanka-vs/

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2004年9月26日(日)

土曜、現代俳句協会青年部のイベントのために上京。俳人と川柳作家とあわせて20名ほどでの勉強会。テーマとなった題詠をめぐって、短歌と俳句と川柳の各ジャンルにおける感触の違いについて45分ほどレポートした。その後、俳句と川柳の両ジャンル合同での題詠句会。以前に名古屋でやっていた超ジャンルのあるまだ句会を懐かしく思い出す。今回のイベントの企画者は、そのあるまだ句会のメンバーでもあった三宅やよいさんである。須藤徹さん、四ッ谷龍さん、浦川聡子さん、なかはられいこさん、菊池典子さん、等、ポジションのまったく違うメンバーでの意見交換は、かなり新鮮な刺激があった。夜、都内で午後に開催されていたマラソン・リーディング2004の様子を、錦見映理子さんに電話で教えてもらう。深夜、穂村弘さんから翌日の集合時間の確認の電話。玲はる名さんから問いあわせの電話。翌日、日曜、歌葉新人賞の公開選考会。まだうまくシステム化できていないこのイベントを、佐藤りえさんや黒瀬珂瀾さんがてきぱきとサポートしてくれた。感謝。最終の新幹線で、深夜、帰宅。家人が留守中に大掃除をしてくれて、すっきりしたなあ、と思っていたら、にわかに災害時用の避難袋の詰め替えがはじまり、リビングがコンビニ状態に……。二日ぶりにパソコンを起こしてメールを落としたら、500通近くが一気に降って来た。

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第3回歌葉新人賞/公開選考会

【日時】2004年9月26日(日)13:30〜17:00(受付13:00〜)
【会場】津田ホール・1階会議室
    東京都渋谷区千駄ヶ谷1-18-24、TEL 03-3402-1851
    ※中央線千駄ヶ谷駅改札正面
【選考委員】荻原裕幸、加藤治郎、穂村弘
※第3回歌葉新人賞候補作について充分に討議をし、
 選考委員の合意により、受賞作品を決定いたします。

【参加費】1,500円
【参加申込先】風媒社(info@fubaisha.com
※人数の確認の都合がありますので、
 風媒社宛、事前にメールでお申込み下さい。

【主催】風媒社、コンテンツワークス株式会社、エスツー・プロジェクト
※選考の途中経過は、リアルタイム・スペースに随時掲載。

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September 25, 2004

第84回現代俳句協会青年部勉強会

現代俳句協会青年部が主催するイベントに出演します。外部からでも自由に参加できますので、興味のある人はぜひどうぞ。

◎21世紀俳句の新領域を探る(10)
 新・題詠トライアル—俳句と川柳の発想の差異を探る

【日時】2004年9月25日(土)14:00〜16:30(予定)
【会場】現代俳句協会事務所内図書室
    東京都千代田区外神田6-5-4 偕楽ビル7階
    電話03-3839-8190
【ゲスト】荻原裕幸
【司会】三宅やよい
※俳句と川柳の「題詠」の違いについて荻原が基調報告をします。
※参加者が当日持ちよった題詠作品で句会をします。題「飲む」。

【参加費】無料
【参加申込先】現代俳句協会青年部(gendaihaiku@bc.wakwak.com
※句会についての質問等は三宅やよい宛(yayoi15273@yahoo.co.jp
※懇親会も予定されています。

※詳細は、http://www.gendaihaiku.gr.jp/intro/part/seinen/benkyo/benkyo76.htm

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September 24, 2004

2004年9月24日(金)

きょうのあさがお、☆☆☆☆☆☆。きのうから激しい雨が降ったりやんだりと落ち着かない。気温はさほど高くないのに湿気があって暑い感じ。クーラーをかけると肌寒くなる。からだがなんとなくだるい。午後、時評の原稿に載せる顔写真のことを担当のMさんと相談する。締切が近い原稿の資料読みとメモの作成。週末は東京なので、夜、短歌ヴァーサスのウェブのエッセイをまとめる。編集部にメ−ルする。週末のイベントの準備をする。牧野芝草さんの「夢現間隙」に、題詠マラソンのぼくの41〜50の作品鑑賞が出ていた。感謝。

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September 23, 2004

2004年9月23日(祝)

秋分の日。きょうのあさがお、☆☆☆☆。家人に訊いたら、太陽の光をきちんと浴びているかどうかの問題らしい。そうだったのか。午後、題詠マラソンに二首投稿。「潮騒」「おんな」。これで50首。やっと折返点である。どこかで数日は完全に専念する日をつくらないとゴールに間にあわないかも。夕刻、家人と桜山の美容室へ。二か月以上も伸び放題になっていた髪を切ってもらう。次は早めに切ろう、といつも思うのだが、果たされたためしがないな。そのまま外で食事を済ませて帰宅。夜、延々と、たまっている仕事に向かう。原稿二本をまとめて考えながらメモをつくっていたら分割できなくなる。やれやれ。

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September 22, 2004

2004年9月22日(水)

涼しかったのに朝顔が咲かない。暑い涼しいは関係ないのかな。午後、中京大学オープンカレッジの講座「俳句を楽しむ」。秋期講座全12回の初回。類型的な説明を避けるとややこしくなるもんだなあとジレンマを感じながら、定型と季語と切字について話す。Oさんの歌集の表紙デザインのラフがあがる。夜、題詠マラソンに二首投稿。「機械」「熱」。これで48首。このところ、製作上でのトラブルが何件か続いていた。いずれも謎を残したままやっとそれなりに解決。

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「短歌研究」10月号に執筆

「短歌研究」10月号が届いた。特集「歌を生き生きさせる擬音語・擬態語」に900字のエッセイを執筆。柿本人麻呂、佐佐木幸綱、多田零の作品各一首を例歌とした。編集部が基調として掲載した山口仲美さんの談話に、オノマトペでは発音と意味が直結している、といったくだりがあり、興味深かった。意味から解放されていることをそういう角度から見るのか。同誌には、第22回現代短歌評論賞も発表されている。

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September 21, 2004

2004年9月21日(火)

きょうのあさがお、☆☆☆☆。暑くても咲くときは咲くらしい……。午前から午後にかけて、数件の仕事のデジタルデータのチェック作業を延々と。モニター上の目視だけでは結論の出ないものが多い。夕刻、家人と外へ出ると、入道雲が広がっていた。ほら、あれ、と空を指さしたら、「新選組!」だ! と言う。たしかに大河ドラマのタイトルバックに似ている。とても九月下旬とは思えない風景だ。夜、新栄へ。五七五の会に出席する。深夜、題詠マラソンの作品に手をつけるが、どうもすっきりまとまらないので、手元に残したまま……。

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September 20, 2004

2004年9月20日(祝)

敬老の日。暑い一日だった。暑さが嫌いなのか、朝顔が咲かない。連休に関係なく仕事を入れていたが、周囲が連休のため、とても静かな感じだった。夕刻、家人と散歩をかねて近所の喫茶店へ。途中、大きな瓢箪を見る。鶴首瓢箪というらしい。その名にふさわしい姿をしていた。家人が立ち止まって赤松に興味を示すので、あわててその場から連れ去る。松茸なんて滅多にあるものではないし、百歩譲って仮にあったとしてもだ、そこは他人の庭だってば……。夜、題詠マラソンに四首投稿。「濃」「ダンス」「家元」「練」。これで46首。7月7日以来のココログのカウンタが2万アクセスに到達していた。感謝。

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September 19, 2004

2004年9月19日(日)

きょうのあさがお、☆☆☆。うっかりして咲いた姿を見そこねた。昨深夜、短歌ヴァーサスのウェブのエッセイをまとめる。「新人」について書くつもりだったので、オンライン選考の直後にしようと思ったのだが、これが計算ミス。意識に疲れが沈殿したらしく、ひたすら時間がかかった。きょうもその疲れのなかで一日を過ごす。家人が義母と出かけていたので、近所の店で昼食。中日新聞で佐藤真由美さんの「恋する歌音」を読む。枡野浩一さんの「肯定を必要とする君といて平気平気が口ぐせになる」を枕にした佳い文章だった。対象ははっきり書かれていないが、あるいはこどものことなのかな。また、各紙のプロ野球のストをめぐる記事をチェックする。焦点がスライドして、プロスポーツを私意で変えようとする一部の企業への糾弾が緩くなった。嫌な展開だ。夜、題詠マラソンに二首投稿する。「血」と「映画」。これで42首となった。

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September 18, 2004

2004年9月18日(土)

きょうのあさがお、☆。ヘヴンリー・ブルー、まだこれからなのかな……。午後2時から歌葉新人賞のオンライン選考。リアルタイム・スペースで、先週未討議の候補作6篇を対象に、加藤治郎さん穂村弘さんと討議。討議中にAさんから先日の原稿依頼の詳細をまとめたファックス。夕刻の小休止の間に天野慶さんからファックス。午後10時、加藤治郎さんの「ター。」という掛け声が、聞いたわけでもないのに耳の奥にひびきわたる。午後11時、すべての討議を終了。一週間後には公開選考会が待っている。討議を済ませてから書こうと思っていたものがあるので、たぶん今夜はしばらく眠れないな……。

※追記。この日のリアルタイム・スペースのアクセス数は1,793だった。

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September 17, 2004

2004年9月17日(金)

午前、ツクツクボウシが壊れかけのおもちゃのように鳴いていた。まだいるんだなあ。風媒社から短歌ヴァーサス5号の見本ができたとメールが入る。午後、某社から原稿依頼。教育関連の広報誌への執筆依頼だった。自分の立っている場所から書けることや書くべきことがあるかどうかをしばらく思案する。夕刻、家人の気分転換をかねて外出。二人でラーメンを食べたりケーキを食べたり書店で本を漁ったり食材を買ったりして帰宅。食べる関係が多い……。途中、風媒社で短歌ヴァーサスの見本誌を受け取る。夜、歌葉新人賞の候補作品を読み直す。

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短歌ヴァーサス5号に執筆

短歌ヴァーサス5号の見本ができあがった。表紙は飯田有子さん。「新鋭歌集の最前線」と題して、24人の歌人の歌集を対象とした書評を特集した。この号には「その声のする朝から夜へ」30首、飯田有子歌集『林檎貫通式』評「魚住さんとか枝毛姉さんとか」1800字、「短歌と[場]」連載5回目1800字を
執筆した。定期購読者と執筆者への発送は、週末や祝日が重なるため、作業のだんどりによっては9月末近くになるかも知れない。書店への配本は10月の初旬となる予定。

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September 16, 2004

朝日新聞/ネットの土壌が育てる歌人

朝日新聞9月16日付朝刊文化面の「トレンド」で、大上朝美記者が「ネットの土壌が育てる歌人」という記事を書いている。見出しと写真を併せ、紙面の1/3×7段という大きな扱いだ。斉藤斎藤さん/歌集『渡辺のわたし』、石川美南さん/歌集『砂の降る教室』、ひぐらしひなつさん/歌集『きりんのうた。』が紹介の対象になっている。三冊とも直に企画・編集にかかわった歌集なので、なんだかどきどきした。ありがたい話である。

※各歌集のタイトル部分に、入手先へのリンクをはってあります。

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2004年9月16日(木)

午前、枡野浩一さんからメール。楽しく苦しいオファーをもらった。午後、島田修二さんが亡くなったと知る。ぼんやりしながら、歌集『花火の星』の、とりわけ好きな「ギプスと三輪車」を読んでいた。「幾億の年を隔てて光りゐる銀河系の下に子と二人なり」等、あらためて胸にしみる。ご冥福を祈りたい。夕刻、枡野さんからもう一度メ−ルがあって、名前をよく知っていたコラムニストが、実はぼくの学生時代の同級生だと教えられる。グーグルで写真の検索。あ、ほんとだ。同じ人だったのかぁ。びっくり。短歌ヴァーサスのウェブを見ると、まだ木曜のエッセイが更新されていない。あわてて編集部の林さんに連絡を入れる。すぐに更新される。大辻隆弘さん、すみません。深夜、村上きわみさんとなかはられいこさんの「きりんむすび」、井口一夫さんやよしだかよさんたちの「ちゃばしら」など、届いているメルマガを読みはじめる。

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詩の夕べ/朗読について

昨夜、空色曲玉(店名です、念のため)の「詩の夕べ」というオープンマイクの企画に行った。オープンマイクと言っても、オープンなだけで、物理的なマイクは存在しない。それはまあいいとして、場をコーディネートする人がいない。それもまあいいとして、いちばんの問題は、20人弱の参加者のなかに、短歌が現存の詩歌の一ジャンルだと特殊に意識しているのが、どうやらぼく一人であるらしいということなのだ。苦しい環境ではある。ぼくは、二年ほど前に書いたものから、口語、とりわけ会話体をベースにした作品20首を選んで朗読した。朗読しただけでは何も自足できない。何かが伝わったという感触も薄い。しばらくはかなり苦しい試行が続くのかな。狭義(うまく説明できないが、たとえば、「現代詩手帖」の読者が想定するような意味)での「現代詩」の朗読に対して、現代短歌の朗読は充分に拮抗できると感じていたが、ポエトリーリーディングのように、現代詩が豊かに膨張した場、いわゆる「ポエム」等も含んでのびのびと存在する場では、正直なところさっぱり歯がたたない。朗読力の問題(もあるのだけれど、それ)以前に、その場に提示するテキストとして、あきらかに自分の短歌のテキストは分が悪い感じなのだ。自身の短歌観を強く押し通したまま、その場のテキストたちに拮抗するにはどうしたらいいのか。しばらく楽しみながら考えたいと思っている。ちなみに、昨夜の参加者でもあり、他のイベントでも朗読を聴いた人で、詩のことばのちからと朗読のきわめて良質なバランスがとれていると感じた三人のサイトを紹介しておきたい。50音順、はともかくとして、敬称略に加えて無断リンクです。林本さん、水尾さん、若原さん、悪しからず。

▼林本ひろみ(白昼夢倶楽部)
http://2.csx.jp/~h_h/
▼水尾佳樹(POCOM)
http://www5d.biglobe.ne.jp/~pocom/
▼若原光彦(ZERO-BMP)
http://www.h3.dion.ne.jp/~rayboy/

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September 15, 2004

2004年9月15日(水)

こんにちは、荻原裕幸です、ベランダのヘヴンリー・ブルーがまたひとつ花をつけました、このところ、朝夕はずいぶん涼しくなりましたが……、というような文体で日記を書いてみたいと思うのだが、何かふんぎりがつかない。午前、Oさんからメールが届く。返信する。歌葉叢書のこと。解題、あとがき、等々、あとわずかである。午後、スタッフのTさん夫妻から、歌葉叢書のIさんの歌集の完版データが届く。最終的な校正。コンテンツワークスにデータを渡す。風媒社に電話。案件の進捗についてあれこれ話す。夜、新栄の「空色曲玉」へ。「詩の夕べ」というオープンマイクの企画。詳しくはあらためてまとめることにする。

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「NHK歌壇」10月号

「NHK歌壇」10月号が届く。きれいな写真とともに飾られる巻頭秀歌の末尾に、尾崎左永子さんの選で、ぼくの第四歌集『世紀末くん!』の一首「虹をうしなひまた虹を得て曖昧にただみづいろの歳月である」が転載されている。歌意の解説では、ぼくの歌に「色彩語がかなり多用されている」ことや「つねに淡色の語感が生きている」こと等が指摘されていた。選ばれたことも勿論だが、こうした作品傾向の指摘は、作者にとっていっそううれしいものなのである。感謝。

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September 14, 2004

2004年9月14日(火)

テレビを見ると殺伐としたニュースが続いている。と書いて、過敏になっている自分に気づく。秋らしくなりつつある頃はいつもこうだ。きのう、家人の仕事に大きなくぎりがついたので、便乗してそれなりにゆっくり眠る。午後、Aさんから原稿依頼の電話。流れで企画の相談をうける。「未来」9月号を読む。この雑誌は安定して元気な誌面である。加藤治郎さんの選歌欄「彗星集」は一周年だという。慶祝。優秀な人材が揃い、快い空気が広がっている。何のはずみか、本棚から『村上朝日堂』を抜き出して読む。村上春樹のエッセイは、小説の空間からあの異常な過敏さを取り払った文体で、無意識のうちに小説と比較しながら読むせいか、読んでとても落ち着く。村上春樹の小説は、たとえどんなに明るい話でも明るくはない。夜、なかはられいこさんに電話。まずは「ごはん食べた?」と訊いてみる。深夜、抽象的な思索に耽る。たぶん世界はどこにも行かずにここにあるとか、山紫水明とか、なんだかそんな脈絡のないことを考えていた。

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題詠マラソン2004/村本希理子5首選

題詠マラソン2004、村本希理子さんの100首からの5首選。ちょっとしたわけがあって村本さんの作品をマークしていた。彼女が完走したところで5首を選んでみた。ここまで選びきることもない佳作の多い100首だが、厳選はそれなりに意味があると思うので。

 もうゐない犬のかたちをなぞりつつひかりの中をうごけずにゐる/村本希理子
 あまりにも濃い夕焼けをいぶかしみ空の発する音を捜した
 歯磨きの好みのことを言ひあつてそののち深き水音をきく
 高台にあるお屋敷に病弱な美少女がいてもいなくても 夏
 どこまでが家族或いはどこからが家族どこかが磨り減る音が

一首目の「もうゐない犬のかたち」は、かたち、という語をはじめとした乾いた語の選択によって、文体が実にうまくまとまっている。死や失踪をあからさまには感じさせないため、かえって読む側の深いところに情景が届くのだろう。二首目の「あまりにも濃い夕焼け」は、遠い国での戦争がモチーフだと思うが、仮にそれを意識しなくても読めるのがいい。背景の散文的情報をダイレクトに入れないからこそことばがきらめいた感じがある。三首目の「歯磨きの好み」は、深き水音、という思わせぶりな謎が活きている。思わせぶり、も、謎、も、どちらかと言えばマイナス要因になりやすい。それが活きたのは、平凡に近い日常空間を枠組みにした効果か。四首目の「高台にあるお屋敷」は、ひととき笑い、やがてそこはかとない哀愁にみまわれる。発語者の視点が、美少女自身でもあり美少女をあこがれてみあげるもう一人の少女でもあり、と、安定せずにスライドする感じは、瑕とはならない魅力になっているようだ。ただ、現代仮名なのは、ミスなのかな……。五首目の「どこまでが家族」は、ことば遊びのようなこのことばの流れのなかにこれだけの発見があるというのが凄い。狙ってもなかなか書けるものではないし、まさに、題詠による収穫、と言えようか。それで、ちょっとしたわけ、というのは、今年の四月中旬、村本さんの掲示板で、題詠マラソンのぼくの作品に対するコメントを読んだとき、なんとなく、作者と読者として相性のいい時期なのではないか、と思ったことだった。その後も、かなり苦しいシーンで何回も彼女のコメントに救われた。というわけで、感謝のきもちをこめて。

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September 13, 2004

2004年9月13日(月)

午前、風媒社から短歌ヴァーサス6号の件でメール。微妙な内容だったが、急ぎ判断して返信する。歌葉叢書のIさんの歌集について手配をはじめる。きのうの疲れがしっかり残っている。午後、疲れをひきずったままで仕事。某新聞社のOさんから電話。リサーチのような、取材のような。訊かれた流れで、短歌時評みたいな内容のことをしばらく話す。夜、なかはられいこさんから電話が入る。これから遊べるかどうかを確かめるこどものような口調で「ごはん食べた?」と訊かれる。なんでこどもみたいなこと言うの、と言うのも失礼かなと思い、なんで母親みたいなこと言うの、と言ってみたらご不興を買ったらしい。人間の心理はなかなかむずかしいものである。それはそれとしてあれこれ話す。そうそう、書き忘れていたが、きのう、ベランダの朝顔がほぼ三か月ぶりに咲いた。

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テロの夜に/世渡りベタ

一昨日の夜、ここに「石井辰彦さんのブログを読む。驚く。」と書いた。中途半端なコメントだったので、無粋ながら説明をしておきたい。ぼくがなぜ驚いたかと言えば、静観的な態度を匿名大型掲示板で皮肉られたときのその呼び名を軽く笑い飛ばして自身の日記名に冠するほどの超静観派=世渡りジョーズが、世渡りベタをきわめたようなコメントを他者の掲示板に書きこんだことによる。書きこんだ行為や内容で単純に驚いたのではない。世渡りジョーズを世渡りベタにしてしまうほどの何かが三年前の九月のテロにはあるのだという事実を再認識したからである。あのテロをめぐる意識は、この三年、薄らぐことなくぼくのなかにもあるのだが、加えて、あのテロだけを過剰に特化して考えると見えなくなるものが生じるかも知れないという警戒心がある。その思考の微妙な匙加減のさなかに背中からどんと押された感じの驚きだったのだ。ともあれ、世渡りジョーズが世渡りベタをきわめた日が示す意味を、これから真摯に考え続けてみたい。

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September 12, 2004

2004年9月12日(日)

早朝まで起きていた。午前中はゆっくり眠った。午後2時から歌葉新人賞のオンライン選考。リアルタイム・スペースで、加藤治郎さん穂村弘さんとともに、候補作の半分である6篇を対象に討議を進める。前もってしっかりとしたメモをまとめてしまうと、自分の書いたことばに縛られるような気がして、読んだだけに近い状態でのぞんだ。午後6時、小休止を入れる。近所の蕎麦屋で家人と食事をする。家人にデザインを進めてもらい、再来月のイベント案内の完版データをしあげて担当者に送付する。午後9時、討議を再開する。午後11時終了。それなりに覚悟はしていたけど、やはりここまで疲れるものなのか……。深夜、ぼんやりといくつかのサイトを読む。26日の公開選考会の案内を載せてくれているサイトが増えた。感謝。あ、ユキオさん、読んでるよ。

※追記。この日のリアルタイム・スペースのアクセス数は1,709だった。

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September 11, 2004

ねじまき句会・第7回記録

ねじまき句会、第7回の記録を公開した。今回の題は「川」。それと雑詠(自由吟という呼び名はなぜか誰もそう呼ばなくなっていたので止めた)。各自それぞれ四句を選んだ。二村典子さんは俳人。春畑茜さんは歌人。こうしたクロスオーバー状態になると、まずはそのジャンルのそのジャンル性へと議論が走るのが俳句であり短歌であるが、川柳はなぜかそうはならないらしい。過去の記録もリンクを順にたどってすべて読めるようになっている。
http://www.sweetswan.com/nejimaki/new.html

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2004年9月11日(土)

まだときどき思い出したようにツクツクボウシが鳴く。歌葉新人賞の選考のための準備を進めたり、案件に手をつけたり。夜、鶴舞のK・Dハポンへ。桑原滝弥さんプロデュース「tamatogi」の最終回。岡山のユキオさんが名古屋のポエトリーリーディングのイベントに来るという話だったので、もしかして、と思いながら、店の隅を探していたら、ほぼ真ん中の席に坐っていた。ユキオさんの朗読、文字で読んで偽悪的な感じが少し気になる作品だったのに、声になると不思議なほど清潔感がある。その落差がとてもおもしろかった。帰りの時間、間にあったのかな。また、魚柳志野さんがひょっこりあらわれてびっくり。荻原さんきょうはたぶん来てないと思って、と言う。ふつうそこは気をつかって、来てると思って、じゃないのか……。ぼくもオープンマイクに参加。短歌10首を朗読する。ちょうど3年前から2年半前にかけて書いた9月11日をモチーフにした作品を中心に選んだ。今回は、水尾佳樹さんと伊津野重美さんのアドバイスを参考に、作品の「間」をきちんと意識して朗読してみた。内容が内容だけに感情の抑制がむずかしく、声が自分のものに感じられなかった。深夜に帰宅。歌葉新人賞の候補作品を読む。石井辰彦さんのブログを読む。驚く。

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September 10, 2004

第3回歌葉新人賞/候補作公開

第3回歌葉新人賞の候補作を公開しました。一覧のURLは以下の通りです。
http://www.bookpark.ne.jp/utanoha/kikaku5/kouho3kai.html

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牧野芝草さんの「夢現間隙」

牧野芝草さんのウェブ「夢現間隙」で、題詠マラソン2004の、31から40までの作品批評を書いてもらった。40の投稿から24時間もしないうちに掲載されていた。感謝。牧野さんは今年、ぼくの1から100までの作品すべてについて批評を書いてくれるというので、とてもうれしいのだが、かなり緊張もしている。なんとか完走したいと思う。ところで、牧野さんのウェブ、雑文群(「散慮逍遥」)が印象的。ぼくは、参加した批評会のレポート等をまとめるとき、性格的なものなのだろうか、副次的なことをふくらませて、ロジックの辻褄をあわせすぎる悪い癖がある。牧野さんの丁寧なレポートを読むと、いつも自分のいいかげんさが身にしみるのだった……。次回どこかでイベントがあったときは、カンニングさせてもらおうかな(笑)。

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2004年9月10日(金)

このところ、朝まで眠れない日が多い。午頃に起きて、しばらくメールの整理をする。三宅やよいさんから電話。25日の現代俳句協会青年部のイベントのことで。名古屋駅周辺まで一人で外出。資料集めなど。大名古屋ビルヂングの前に陣取ったホームレスの人々が、夕食の準備をしているのに遭遇。駅前の一等地の歩道にしてはかなり衝撃的な光景であった。なかはられいこさんと電話。歌葉新人賞の選考の予定をリアルタイム・スペースに書きこむ。夜、家人と外出。買い物と仕事と食事など。先日来、近藤洋太さんの『〈戦後〉というアポリア』(思潮社)を再読している。1995年の「現代詩手帖」の時評を核とした一冊。

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September 09, 2004

2004年9月9日(木)

午前、風媒社から電話。短歌ヴァーサス5号の最終確認の呼び出し。午後、済ますべき用件をいくつか済ませ、急ぎ風媒社へ。オフィスの近所の喫茶店でゲラを読み通す。新たな問題点が発生していて肝を冷やす。気づいてよかった。たしか先週もこんなことを書いたような……。終了後、八事のポップコーンへ。ポエトリーリーディングの定例イベント「詩のあるくちびる」。オープンマイクで短歌ヴァーサス5号に掲載予定の30首を朗読する。6月来、ゆっくり話をしてみたいなと思っていた水尾佳樹さんと話をする。アドバイスをもらう。深夜、ペース回復のため、題詠マラソンの作品を3首まとめる。「連」と「モザイク」と「ねずみ」。これで計40首となる。きょうの名古屋は地震がなかった。

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September 08, 2004

2004年9月8日(水)

午後、受信状況が好転したようで、Oさんから連絡がある。データの修正をほどこして返信する。夕刻、きょうは義母の誕生日だったので、家人と3人で食事に出かける。義母と家人がわいわい楽しそうに話すのを聞きながら笑い、文芸から離れるとわりあいものしずかだな自分は、とか思いながらさらに笑う。鈴木竹志さんの竹の子日記がパソコンのトラブルから立ち直ったらしい。先日の「塔」のシンポジウムのことを書いている。ちなみに、歌人集団・中の会が主催した現代短歌シンポジウム「フェスタ・イン・なごや」(1990年)の記録集を編集したとき、800人弱というその動員数は、現代短歌シンポジウムとして、一日あたりの最多記録だという話を聞いた。1400人というのは破格の数字だ。地震がまだたびたびある。どうも落ち着かない。

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September 07, 2004

2004年9月7日(火)

午前、題詠マラソンに5首投稿。週末に喫茶店と新幹線でとったメモを推敲してまとめた。「半」と「ゴンドラ」と「二重」と「流」と「愛嬌」。これでやっと37首となる。あと63首か。午後、ねじまき句会。はじめてのメンバーが3人参加して計9人での例会。いつもとはまた空気がかわっておもしろかった。提出した詠草は、これも週末に喫茶店と新幹線で書いたメモによる。句会中、朝にひきつづき二度目の地震。外では台風が吹き荒れていた。Oさんから電話、と家人からメール。外からかけてみると、きのうのデータが受信できないという。状況を聞くかぎりではどうやらあちらのプロバイダの問題らしい。こちらで手を出せないのが苦しい。ココログのカウンタによれば、6日(月)のここのアクセス数が500を超えた。カウント方法の詳細はわからないが、旧日記をはじめて以来もっとも多い数字だと思う。ありがたい話である。

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September 06, 2004

2004年9月6日(月)

昨夜、眠りに落ちたところへ大きな地震。震度4だという。テレビの速報を見ていたらすっかり目が覚めた。連夜で冗談のような展開である。ひらきなおって仕事をはじめる。効率のあがらないまま朝になる。ふたたび眠るとまた小さな地震が来た。頼むから落ち着いて眠らせてくれ……。結局そのまま小刻みに仕事をしたり仮眠をとったり。流れのよくわからない一日。夕刻、Oさんの歌集の校閲とデータ修正の作業をはじめる。何回も全体を読み直して微調整を繰り返していたら深夜までかかった。明日は平穏だといいなあ。

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September 05, 2004

2004年9月5日(日)

早朝、家人に食事をつきあってもらってから帰宅。パソコンを起こして時間を見たらすでに午前5時をまわっていた。メールをざっと読んでから睡眠。午後、きのうの批評会のレポートを書く。田中庸介さんが気にしていたのは、たぶん「総鬱化状態」みたいなものだろう。価値に価値をぶつける転倒の連鎖は、文芸ではなく世界に尺度を置いて考えれば、たとえば、テロと戦争の連鎖、と言えるのかも知れない。かなり激しい雷雨。夕刻、家人が義母義姉と出かけていたので、近所の蕎麦屋で蕎麦を食べる。蕎麦屋から家に帰る途中で、奈良県や和歌山県で震度5弱、名古屋市瑞穂区でも震度3の地震があったらしいのだが、まったく気づかずにいた。夜、ためこんであったリンク集の登録と訂正の作業をする。その他いくつかの用件をかたづけたところで、眠い、ということに気づく。気づいたらなおさら眠くなった。23時00分。これを書きこんだら眠ろうかな……。

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石川美南歌集『砂の降る教室』批評会/メモ

昨日の批評会のメモ。自身のパートでも話をしたのだが、非常に奇妙なプログラムであり、そこが何よりも印象的だった。歌集の批評会と言いながら、その他にも同世代の歌人を論じるディスカッションを組み、同世代の歌人の朗読のプログラムを組みこみ、あろうことかプロデューサーと著者が対談するパートまでもがあった。ぼくが企画者ならばこうは組まない。著者のテキストにとことん議論を集中して著者に何かを得させたいからだ。イベントとしては際だったしあがりになっていたものの、石川美南はもっと真正面から批評を浴びるべきでもあったとまずは言っておこう。むろんこの企画にはこの企画の意図があり、大きな収穫があったのを感じた。著者と同世代の歌人を論じるパートでは、水原紫苑が現在の青春の歌の構造を分析してみせた。世界に対峙する自分の不如意からはじまるはずの青春の歌が成り立たない現在に対処する方法論として、今橋愛や石川美南の作品を読んでいた。現在の現実はあまりにも重すぎる、そのため、石川が世界との接触面を攪乱したり、今橋が等身大要素で世界を覆うのだという。1980年代を通過した視点だと言えようか。対して、佐藤りえ、永井祐、西之原一貴の意見では、現在の短歌で一般化されつつある状況、かっこよさがだめ、何もないところで成り立つ、等をそれぞれの立場や感覚から説いてゆく部分があり、とても興味深く聞いた。司会の黒瀬珂瀾が、四人の意見を、定型に疑いをもたない、私が私であることに疑いをもたない、といった文学批判や主体批判という観点から丁寧につなげようとしていたが、実感の論議を含んだ現場で緻密にそれを進めるのはさすがにむずかしいものがあったようだ。後半の『砂の降る教室』をめぐるディスカッションでは、川野里子が文体の感触からその世界を探り、穂村弘が語彙とモチーフへの違和感からその世界を解剖した。このあたりの丁寧な読解をいくつも積み重ねてゆくのがベストの歌集批評会ではないか、と思われるような意見であった。なお、このパートで突出していたのは田中庸介の分析である。田中は『砂の降る教室』の世界に不用意にあらわれるポストモダン的要素(=既成価値の意図的な転倒による文学の成立要素)を徹底して批判した。これはかなりきちんと的を射た石川批判だと思う。たとえば、今橋愛とか増田静にはナチュラルになくて、斉藤斎藤が意図的に避けている要素として、この転倒への積極的な感触というものがある。ただ、留保をつけたいのは、田中がぼくの歌集を読んでくれたときにも感じたことなのだが、ニューウェーブを含めたニューウェーブ以後的な短歌は、従来の価値の序列にも転倒にも組みしないところで書こうとしてはいるのだ、という点である。石川にしてもそれは同じことのように見える。組みしない、そのフラット感を維持しようとする意識が緩んだときに、第三のこれはという要素がなければ、序列か転倒に組みしているように見えるということではないだろうか。転倒志向かフラット志向かというのは、それがそもそも微差なのかも知れないが、あえて言えば、ニューウェーブ以前以後をはかるための決定的な短歌史的要素ではあると思う。で、議論中、転倒にもそれなりのおもしろさがあるのでは、という位置で書いている岡井隆と田中との間で微妙な火花が散ったのは言うまでもない。ついでに書いておけば、短歌でこの転倒志向を徹底したのは小池光であり、転倒志向とフラット志向を半々に楽しんでいるのが岡井隆なのだ。その火花を浴びながら司会を進めた藤原龍一郎の表情は、混迷をきわめる現代短歌の表情そのものであった。ということでこのメモを結んでおこう。

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September 04, 2004

2004年9月4日(土)

昨深夜、はじめた仕事にさっぱりきりがつかず、そのまま朝が来た。朝食。まとめたデータをOさんにメールして電話で簡単に説明する。石川美南さんの『砂の降る教室』批評会のため上京。新幹線で一時間半ぐっすり眠る。東京駅で昼食をとって池袋の会場へ。百人近い参加者だったらしい。知人に声をかけきれないほどの盛会。懇親会がはじまったところで土砂降りになる。新幹線が止まるのではないかと言われたが、そのときはさして気にもしていなかった。懇親会の後、千葉聡さん田中庸介さん佐藤りえさんと、喫茶店で打ちあわせ的な雑談をしてから東京駅へ向かう。22時00分発名古屋行の最終のひかりに乗る。睡眠不足からたちまち深い眠りに入る……。列車が止まっているのに気づき目が覚めた。外を見ると強い雨ときれいな稲妻。名古屋に着いたわけではないらしい。23時03分。静岡と浜松の間あたりのはずなのだがと思っていたら車内アナウンスが流れる。大雨なのでしばらく新富士駅で待機中だという。家人に電話を入れる。手持ち無沙汰なので、短歌のメモ。一首書けたところで日記のメモをはじめる。23時20分。待機中と聞いてから人が一斉に携帯電話を使いはじめる。やがて飲み物を買いに席を立つ人が増える。いつまでも携帯電話をかけつづけているのはきれいな顔だちの男性。いわゆるホストのような服装である。23時50分。家人にメール。24時00分。駅の照明が一瞬すべて落ちる。缶珈琲を飲みながら川柳のメモ。二句。24時18分。乗り継ぎが不可能になったので、到着後、名古屋駅の列車内で宿泊をとアナウンスが入る。24時35分。三人がけの椅子で横になって眠る……。列車が揺れる。25時15分。運転が再開された。徐行運転である。25時45分、静岡駅通過。26時26分、浜松駅に停車。在来線より少し早い程度か。26時45分、豊橋駅に停車。27時06分、名古屋駅に到着する。ホームに降りると地元のテレビ局のカメラが来ていた。ご苦労なことである。それにしても長い一日だった。迎えに来てくれた家人と帰宅。

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石川美南歌集『砂の降る教室』批評会

石川美南さんの第一歌集『砂の降る教室』批評会に出演します。
若手歌人の現在を考えるイベントとして構成されています。
当日、会場で見かけましたら、ぜひ声をかけて下さい。

【日時】2004年9月4日(土)13:00〜17:00(開場12:30)
【会場】東京芸術劇場(豊島区西池袋1-8-1、電話03-5391-2111)

【プログラム】
第1部 若手歌人の歌を読む
 ▼パネルディスカッション
  水原紫苑、永井祐、西之原一貴、佐藤りえ、黒瀬珂瀾(司会)
 ▼作品朗読
  斉藤斎藤、中島裕介、永田紅、橋元優歩
第2部 石川美南『砂の降る教室』批評会
 ▼パネルディスカッション
  岡井隆、川野里子、田中庸介、穂村弘、藤原龍一郎(司会)
 ▼『砂の降る教室』を語る
  荻原裕幸 石川美南
◎総合司会 千葉聡

【企画運営】pool
【協力】早稲田短歌会
【後援】風媒社、エスツー・プロジェクト
※詳細は、http://homepage3.nifty.com/yaginoki/book/hihyoukai.html
※歌集サイトは、http://homepage3.nifty.com/yaginoki/book/top1.html

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September 03, 2004

2004年9月3日(金)

短歌ヴァーサスのウェブの件、製作のスタッフからダイレクトにトラバがあって事情が判明した。それにしても、Tさん夫婦、忙しそうだなあ。からだ壊さないようにね。午後、風媒社と電話。短歌ヴァーサス5号の校了の日程のこと。ゲラを素読みしていてかなり大きなミスに気づく。気づいてよかった。夜、風媒社に行って校正を戻す。来週、最終の確認か。20日頃に見本ができそうな感じ。校正に気をとられていてウェブのエッセイを入れてなかったことに気づく。編集部に原稿をメールする。石川美南さんに、明日の『砂の降る教室』批評会の件で電話。落ち着いた感じだった。

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September 02, 2004

2004年9月2日(木)

種村季弘が亡くなったのを知る。十代の頃から、仏文系の澁澤龍彦と独文系の種村、そこに沼正三を加え、何でも知っている三人、として、強い憧憬の念を抱いていた。淋しい。午後、仕事を早々に切りあげ、東桜歌会の詠草をまとめてプリントをつくる。夕刻から9月の例会へ。岡井隆さん、栗木京子さん、大辻隆弘さんをはじめ、11名の参加となる。題は「黄」で一首、自由詠を一首。いつもにまして、現代短歌をめぐる雑談の花が咲き盛る。俵万智以後についてまとめた評論集を早く出せ、と、どこかしら脅迫めいた激励をされた。終了後、近くの居酒屋へ。帰りの地下鉄に「ハリー・ポッター」の新刊を読む若い女性がいた。家人の「ハリー・ポッター」も佳境にさしかかりつつあるらしい。

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September 01, 2004

2004年9月1日(水)

9月。昨夜、日付がかわった時点で気になって確認してみると、短歌ヴァーサスのウェブのエッセイの8月分へのリンクが無効だった。1日分が掲載された時点では解消されていた。編集部に原因を確認しないといけない。同サイトのアクセス数が5000を超えていた。感謝。午後、穂村弘さんから電話。張りのある佳い声だった。家人が註文していた「ハリー・ポッター」の新刊が届く。感心するほど熱心である……。明日の東桜歌会の詠草が、葉書、メール、ファックスで届きはじめる。大きな山がそれなりに小さな山になりつつある。新学期になったのに夏休みの宿題に追われているような気分である。

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