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October 31, 2004

2004年10月31日(日)

きょうのあさがお、☆☆☆。昨深夜から、態勢を題詠マラソン2004にシフトする。午後、義母のところへ冬支度用の荷物を運んだり、食事をしたり、テレビを見たり、仮眠した他は、ほぼ終日、マラソン会場にはりついていた。残り50首すなわち51番からはじめたわけだが、60番通過が午前6時頃、70番通過が午後3時頃、80番通過が午後6時頃、90番通過が午後9時半頃、ゴールが午後11時半頃となる。最終日なので会場のサーバの接続状況が気になり、自分の作品をまとめながら、かたわらでずっと接続スピードも測定していた。眼と肩に疲れのかたまりのようなものがしっかり残っている。五十嵐きよみさん、水須ゆき子さん、兵庫ユカさん、おつかれさまでした。参加者のみなさん、観走者のみなさん、どうもありがとうございました。

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題詠マラソン2004を完走

題詠マラソン2004、最終日に完走した。題詠100首である。昨年はゴールの近い時期にパソコンのクラッシュがあり、書きためてあった作品やメモを一切消失したため、モチベーションが下がり、結果として少しクオリティが落ちていたと思う。今年は、最終日にどたばたしたものの、個人的な題詠のハードル設定を下げることなく書けた。一連の作品は、何か企画の素材に活用しようかと考えているが、いまのところまだ白紙状態。もしも一緒に企画を考えてもらえる人がいましたら、荻原までご一報いただけるとうれしいです。出詠の100首は、題詠マラソン2004の過去ログから「荻原裕幸」のキーワードで検索すると、一括して読むことができます。

※荻原裕幸のメールアドレスは(ogihara@na.rim.or.jp)です。

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短歌ヴァーサスのウェブに執筆/10月

短歌ヴァーサスのウェブに10月最後のエッセイを執筆した。今月も継続して毎週日曜に掲載された。1回あたり800字で計5回。タイトルは、3日が「選考考」、10日が「共鳴考」、17日が「錯覚考」、24日が「均衡考」、そしてきょう31日が「愛郷考」。来月も引き続きご覧いただければ幸いです。
http://www.fubaisha.com/tanka-vs/

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October 30, 2004

2004年10月30日(土)

深夜の夕食というのは、荻原家の場合、もはや珍しくもないふつうのなりゆきなのだが、午前二時の家中に焼けた秋刀魚の匂いが充満しているのは、さすがに何かが間違っているような気がしないでもなかった……。そのまま早朝まで机に向かう。午後、義母があれこれと食事を抱えて来てくれる。実は、きのうは実家の父母が米と蕎麦をもって来てくれたのだった。こちらから何かを言うわけでもないのに、親ってそういうものなんだなあとあらためて感謝する。夕刻、企画関連の電話が一件。夜、短歌ヴァーサスのウェブのエッセイを書く。細部の細部までもが気になるような題材を選んでしまい、これはしくじったかと思いながらもともかく書きあげる。天野慶さんから電話。深夜、題詠マラソン用のメモをつくりはじめる。あと50首。完走できるのかな……。

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October 29, 2004

2004年10月29日(金)

きょうのあさがお、☆。深夜から早朝まで机に向かう。原稿を書いたりメモを作成したり雑件を進めたり。午後、解題の原稿の続きを進める。400字×7枚を脱稿。ひさしぶりに丸谷才一『文章読本』をひらき、しばらく拾い読みする。夕刻、風媒社で打ちあわせ。進行中の短歌ヴァーサス第6号のこと、歌集歌書の企画のこと、ウェブの展開のことなど。夜、企画関連の電話を一件、メールを何通かまとめる。次の原稿の仕込み。結社誌「短歌人」11月号、特集「問題歌集を読む」を読みはじめる。深夜、ときどき原稿の手を止めて考えごと。考えごとの方が先へ進みはじめたので、そちらを原稿の核にしたメモをまとめる。

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October 28, 2004

2004年10月28日(木)

きょうのあさがお、☆。先日の台風で蔓が何本も切れてしまい、それでしばらく蕾をつけなかったらしい。ひさしぶりに一輪、鮮やかに咲いた。午後、雑件がなかなか消化できず、打ちあわせにも出かけられなくなる。先日から言及している枡野浩一さんとの仕事で、正岡子規の「写生」を英訳する際にどうすべきなのかを考えてみた。ぼくには英語力がないので、短歌史的な用語の意味の流れを確認するだけなのだが。それにしても「写生」は、奇妙な意味の遍歴を抱えているよなとあらためて実感する。夜、手ごたえが掴めたところで、歌葉叢書の解題の原稿を一気に進める。あすにはなんとか脱稿できるだろうか。

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October 27, 2004

2004年10月27日(水)

早朝まで机に向かう。いくつかの原稿の枠組みをまとめる。朝食の後に仮眠のような睡眠。午後、中京大学へ。オープンカレッジの講座「俳句を楽しむ」の五回目。高浜虚子の話など。話をしながら気づいたのだが、虚子の句、意外なほどその「作為」について話をしやすい。作為を好まないのがよくわかる文体だが、好まないということも一つの作為であるということか。家人と外で昼食を済ませてからジャスコで買い物。帰宅したら猛烈な眠気。仮眠。来年の歌集批評会の企画の件でオファーのメールがあり、構成を組み立てて返信する。深夜、正岡豊さんの日記を読む。彼がいわゆる「袋小路」を出たのだなと感じた。

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October 26, 2004

2004年10月26日(火)

このパターンを修正しないとまた体調を崩しそうだとは思いながら、早朝まで机に向かう。朝食。2時間ほど仮眠する。午後、栄の愛知芸術文化センターへ。読書会。今回のテキストは福田和也の『イデオロギーズ』(新潮社)。以前に福田の『作家の値うち』を読んで、その「採点」の是非は別にしても、どこかしら際物的な印象がはりついていた。『イデオロギーズ』を読んで、印象はがらりと変化した。ともかく文章の湿度が低い。などと言ってもわかりにくくなるばかりだけど、批評の、論理の向こう側に、ともすれば蠢いてしまう情的なものがきちんと抑えられていて、思惟の手がかりがスムーズに掴める。以後の読書会でもう一度同書を扱うことにした。メンバーと食事をして帰宅。深夜、かなり冷えこんでいるようだ。涼しさが寒さに近づいてゆく頃というのは、なにがしかきもちに不安定なものが生じるのを感じる。が、ともあれ、風邪をぶり返さないようにするのが先か。仕事が山ほどたまっているし、題詠マラソンも進んでいない。

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October 25, 2004

2004年10月25日(月)

昨夜はひさしぶりに外が明るくなる前に眠る。新潟県中越地震の報道、スクープ的に過熱しているのが気になるなあと思っていたところへ、本震直後のニュース番組の視聴率が伸びたという情報。嫌なものを強く感じる。午後、明日の読書会のテキストの読み残し部分をひたすらに読む。引用文が多かったせいか、読み終えるまでに意外なほど時間がかかった。プロ野球日本シリーズ第7戦、中日は連敗して日本一を逃す。残念。しばらく悩んでいたイベント企画のテーマとタイトルが決まる。このイベントと一昨日書きあげた原稿は、枡野浩一さんの依頼で進めている仕事。前者は近日案内予定、後者は遠からず枡野さんのウェブに掲載予定である。

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October 24, 2004

2004年10月24日(日)

早朝まで机に向かう。体調は落ち着いたが、咳だけがあいかわらず。午後、Sさんがまとめた歌集批評会のドキュメントを校正しながら読む。400字で換算したらきっちり100枚分あった。資料の整理をしていて、某誌を買い忘れていたのに気づく。次号が出てしまう前にと慌てて買いに出かける。栄の書店を三店ほどまわる。地下街を歩いていると人ごみが凄いし、やたらに気合の入った身なりの人が多いなあと眺めていて、ああそうか日曜だったなと気づく。ぼんやりしていて遅れて気づくことばかりだな、と気づく。義母がつくってくれたお好み焼きを夕食に食べる。プロ野球日本シリーズ第6戦、中日が負ける。イベント企画のテーマとタイトルを考えているのだが、なかなかまとまらない。

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October 23, 2004

2004年10月23日(土)

昨深夜から早朝まで机に向かう。まだ少し咳の残る感じがあった。資料を読み進めていたら、思考の焦点がぼやけている気がしたので、原稿を一から書きあらためることにした。午後、結城文さんから電話。原稿を進めて400字×4枚強で脱稿。枚数自由の原稿で、最後は二倍以上あったメモの分量をできるだけ削るという流れになった。短歌ヴァーサスのウェブ用のエッセイを脱稿。新潟で震度6強クラスの地震があったという。テレビの報道を見る。被害状況が見えないうちから各局が一斉に特番を構えている。気になってHさんの掲示板を見ると、とりあえず無事です、と書きこみがある。歌集書評の原稿依頼が一件。栗木京子さんから電話。深夜、次の原稿の仕込みをはじめる。ところで、鈴木竹志さん、野球観戦はつねにテレビの前です。球場はちょっと苦手なので。

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October 22, 2004

2004年10月22日(金)

ベランダの朝顔がこのところ蕾をつけない。先日の台風はどうにかやり過ごしたものの、葉がかなりぼろぼろになっている。今年はそろそろ限界なのかな。午後から延々と資料を読み続ける。短歌史とか歌論とか短歌辞典とか。短歌の輪郭をコンパクトにまとめるのを必要とする原稿があって、その仕上げのため。三省堂の『現代短歌大事典』をひらきながら、それにしても三枝昂之さんと島田修三さんは事項の要点を掴み出すのが巧いなあとあらためて舌を巻く。プロ野球日本シリーズの第5戦、6対1で中日が西武に勝つ。3勝2敗。先の沢村賞の選考委員会で「がっかり」と言われたのが逆に効いたのか、川上憲伸が凄かった。7月7日以来のココログのカウンタが3万アクセスに到達していた。感謝。

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October 21, 2004

2004年10月21日(木)

昨深夜、すでに名古屋は静かだった。ラーメン屋のチャルメラが鳴りひびいていたほどだ。ニュースを見て、台風23号の被害の大きさに驚く。家人の仕事が大急ぎの日程となり、二人とも風邪とか言っていられなくなった。プロ野球日本シリーズの第4戦、8対2で中日が西武に勝つ。2勝2敗。中日が山井の先発と聞いて一瞬、まさかまたじゃん拳で決めたのか、とどきどきした。結社誌「塔」の10月号が届く。アメリア・フィールデンさんの「河野裕子の歌を英語圏に伝える仕事」という文章が掲載されていた。彼女は、結城文さんと共著で、歌葉叢書から河野さんの『体力』の対訳本を出している。編集を手伝った縁もあり、とても楽しく読ませてもらった。ただ、もう少し河野さんの短歌のどこがどう好きなのかが知りたかったな。翻訳の意欲がどこからどう湧くのか、これは、現代短歌にとって、稀少で有効な論点になるのではないかと思われるからだ。

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「短歌研究」11月号に執筆

午後、「短歌研究」11月号が届く。特集「現代短歌は変わったか−『サラダ記念日』以前・以後」。1991年の同誌の誌上シンポジウム「現代短歌のニューウェーブ」以来の、短歌の現在の再検証である。藤原龍一郎、穂村弘、永田紅による鼎談。小池光、加藤治郎をはじめとした評論。それぞれの視点が百様に繰り出されて、読みごたえのある構成になっていた。感想はあらためて。ぼくは「自己像をめぐって」400字×5枚を執筆した。

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October 20, 2004

2004年10月20日(水)

午前、中京大学から電話。台風の接近でオープンカレッジは休講。風雨のなかを出かけずに済んで助かった。折角なのできちんと養生しておこうと、眠りかけたところへ宅配便。またこのパターンか、と思ったら、案の定、次々と。夕刻、台風で配送が止まったのできょうは荷物が届けられません、という電話が入るまで続いた。行くに行けないなと思っていたオープンマイクのイベントも中止。ならばテレビ中継でも見ようかと思ったプロ野球日本シリーズも中止。ついでに風邪も仕事も中止になってくれたらいいのに、と思いながら、まだどこか風邪っぽいからだをながめすかしながら机に向かう。

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October 19, 2004

2004年10月19日(火)

雨がずっと降りつづく。台風が近づいているらしい。家人の風邪がにわかに悪化する。ぼくの風邪もあいかわらず。夕刻、義母が食事ととびきり効きそうな風邪薬をもって来てくれた。おかげで気分的にかなり楽になる。感謝。五七五の会に出る予定だったが、そんなわけで欠席させてもらう。夜、正岡豊さんの「折口信夫の別荘日記」を読む。元気なような淋しいような、怒っているような笑っているような、いつもながらの屈折率の高い文章だった。ただ、屈折の率が、以前とあきらかに変化したなとも感じた。あすのオープンカレッジの講座のため、俳句関連の資料を読む。

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October 18, 2004

2004年10月18日(月)

風邪はあいかわらず。小康状態のまま。家人も風邪っぽい状態だという。どうやらうつしてしまったらしい。午前、Oさんから歌集の件で電話。仕様の最終確認など。午後、原稿に手をつけたり、題詠マラソンに手をつけたり。思うようにかたちにならないメモばかりができてゆく。書けばそれなりに進むのだが、ことばが抽象の域に空転しがちで、なかなか具象的な像を結ばない。やはり風邪で集中力を欠いているのだろう。夕刻から夜、断続的に何件かメールのやりとり。穂村弘さんから問いあわせがあり、しばらく塚本邦雄の本をひろげていた。

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October 17, 2004

2004年10月17日(日)

きょうのあさがお、☆。風邪は悪化もせず完治もせずといった感じ。午後、先日の吉野亜矢さんの歌集批評会のメモをまとめる。岡井隆さんの『前衛歌人と呼ばれるまで』(ながらみ書房)の再読をはじめる。のんびり休んでいると後々すぐにきつくなりそうなので、仕事のしこみをする。夜、プロ野球日本シリーズ第2戦の中継を見る。11対6で中日が西武に勝つ。1勝1敗。きのうはふわふわと雲を踏んでいるようだった中日の選手のなかで、とりわけめだったミスを連発した英智が、イージーな右飛を捕った後、はにかんだような表情でグラブを高く掲げた姿が印象的だった。人が重圧をクリアする姿を見るとほっとする。ぼく自身が重圧にきわめて過敏で、むりやりに慣れて来たタイプなので。友人たちの日記サイトで「やわらかい猫」とか「長い猫」の写真を見る。

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ねじまき句会・第8回記録

ねじまき句会、第8回の記録を公開した。11人の参加となり、句会の重心に微妙な変化があったかも知れない。今回の題は「二」。それと雑詠。各自それぞれ五句を選んだ。はじめて参加した松田宏二さんは俳人。二村さんは今回から改号した。過去の記録もリンクを順にたどってすべて読めるようになっている。
http://www.sweetswan.com/nejimaki/new.html

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吉野亜矢歌集『滴る木』批評会/メモ

今月10日に開催された吉野亜矢さんの歌集『滴る木』批評会のメモ。会場は大阪・上本町。参加者は40名強だった。パネラーの大淵嶺音さんは、あえてそうしたのかどうかはわからないが、短歌の古風な一般性、と言ってさしつかえない場所から、吉野さんの作品の特徴を摘出していた。たとえば、文体について、汚いことばを避けて透明感のあることばを意識的に選択しているとか、破調に挑んでいるとか、口語ではあるけれど古典的助詞や助動詞が頻出するとか。指摘はいずれもその通りだと思う。ただ、この特徴というのは、吉野さんが現在の短歌の流れのなかにいることを示す非特徴的な要素ではないかと感じた。さらに大淵さんは非常に強い鎮静の力があることを指摘。これも、明/暗、動/静、生/滅の後者への偏向は、やはり一つの詩歌表現のパターンではないかと思った。香川ヒサさんは、性愛の歌について、いま・ここではない、どこか遠くからの、すべての終りからの視線を指摘した。バブル経済にからんだ世代論としてそれを読むのはむずかしいのではないかと思ったが、女性性の受けとめ方が前世代と違うというのは納得できた。ある日、気づいたら、わたしは女だった、的な淡々とした感覚だという。ぼくなりに補足すれば、それは、女性性を人間の属性として捉える視点であり、わたしがわたしであることに伴うある種の不条理として女性性を捉えていることだと思われる。フェミニズムの表現のなかでは生じなかったものではないだろうか。また、美しい、等の主観表現をめぐって、ものごとの目的や意味を離れたところに美しさを発見しているという指摘は卓抜だった。大辻隆弘さんは、歌集全体に制度/システムへの違和感と反逆心のようなものがあると指摘した。香川さんの指摘した性愛の歌の特徴も、制度化された肉体への違和感としてあらわれているという。いささか型にはめこみすぎじゃないか、もう少し個別の表情として捉えるべきじゃないか、と思いながら聞いていたら、吉野さんは作品も本人も「名探偵コナン」の灰原哀に似た印象がある、とコメントがあって腑に落ちるものがあった。大辻さんはそこまでは言わなかったが、吉野さんの歌集にただよう違和感や反逆心というのは、20代の精神をもった灰原哀が小学校に通っているような、大人として、環境を迂闊には受け入れられない、といった感じにとてもよく似ている。自己を単純には規定できないと感じているロジカルな自意識が、短歌=小学校というシステムのなかで、自然に自己がたちあがってしまうのを拒んでいるようなのだ。ゆえにおのずと非短歌的な表現の模索がおこなわれるのではないだろうか。江戸雪さんは、私的経歴ではなくイメージの連鎖で歌集全体をまとめていることから、混沌たる世界としての秩序、というようなパラドキシカルな特徴をあげていた。秩序への憧憬がある一方で既成のそれを拒絶しているのだという。理性的/知的な印象とはうらはらに動物的/本能的な感覚につらぬかれていて、世界のしくみへの疑いが、動物的な第六感に似たものとしてあらわれていることを指摘していた。パネラー全員がいずれも同じような方向へと話をまとめるのが不思議だったが、司会の小林久美子さんの、抽象的な意見をもらさずにつなげてゆく手腕が機能していたのだろうか。ちなみに、批評会最後の挨拶のなかで、吉野さんが、著者として、パネラーを選択した理由をあきらかにしていたのが印象深かった。

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October 16, 2004

2004年10月16日(土)

きょうのあさがお、☆☆。それと、うまく咲かなかった蕾が二つ。休むと決めて気が抜けたせいか、風邪が本格化してしまったらしい。市販の風邪薬を飲む。たしか薬を飲んだのはこれが今年はじめてである。昼間からごろごろする。やたらに伸びていた足の爪を切る。義父がタイから帰国したので、夜、家人の実家に顔を出す。みんなで食事をしながらプロ野球日本シリーズの中継を見る。試合終了まで見てから帰宅。ぼんやりした気分のまま、原稿のネタのつもりで、生まれてはじめて出逢った短歌について考える。しばらく考えていたところ、ふいにそれが「君が代」だったのだと気づき、これじゃネタにならないなと気づく。悔しいので日記のネタにすることにした。

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October 15, 2004

2004年10月15日(金)

きょうのあさがお、☆☆。かなり疲れがたまっていたので、きょうはオフにしようかとも考えていたのだが、午後から仕事がらみの電話が相次いで、結局そのまま仕事の態勢となる。休むときは休む、というのがなかなかできない。二日ほど前からあきらかな風邪の兆候があるので、週末は少しのんびりしようと思う。田中槐さんのブログを見ていたら、蜜柑の皮の話が出ていた。たしかにぼくはつねに螺旋状に剥くけど、O型だよ。夜、家人と外食。そのまま書店へ。『石田波郷読本』(角川書店)を買う。資料のつもりで、細かいチェックもせずに買ったところ、八冊の句集が完本で収録されていて吃驚。買得というものである。

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October 14, 2004

2004年10月14日(木)

きょうのあさがお、☆。正午少し前に部分日蝕があったらしい。うっかり見逃してしまう。残念。マンションの中庭に桜の樹があって、どうしたわけか一枝だけ花が咲いている。いくら季節を間違えるにしたって程があるような気もするのだけど。午後、コンテンツワークスからOさんの歌集サンプルが届く。校正その他のチェックをはじめる。「未来」10月号で、盛田志保子さんが、葛原妙子から影響を受けた旨、コラムに書いていた。なるほどな、と思う。盛田さんにしても他の誰彼にしても、葛原と作品が似ている歌人は皆無という気がするが、作品から背景につながるコンテクストを完全に切断した、一首単位にこめることばへの信頼の感触みたいなものが、葛原みたいだなと思う人はときどきいる。盛田さんもそういう一人なのだ。「日本が心からはみ出していく見たこともない折鶴を折る」等々。紀野恵さんにもこれを感じることがよくある。夜、八事のポップコーンへ。オープンマイクの企画「詩のあるくちびる」に参加。『永遠青天症』から20首の連作を朗読する。深夜、帰宅。

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October 13, 2004

2004年10月13日(水)

きょうのあさがお、☆☆。午後、中京大学へ。外を歩いていると、夏みたいなひざしで、とても十月とは思えない。その一方で、そこかしこの金木犀が強烈に秋を主張している。オープンカレッジの講座「俳句を楽しむ」の四回目。室内の空調があわないのか、ずっと汗をかきながら喋りつづけた。夕刻、少し長めに仮眠をとる。矢野徹さんが亡くなったという。ぼくは、ハインライン(とりわけ後期の長篇)からずいぶん影響を受けたのだけど、恥ずかしながら原書ではなく、すべて矢野さんの翻訳本を読んでいたのだった。ラザルス・ロングのような超長命にもせつないものがあるが、百歳以下の死はやはりせつない。ご冥福を。

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October 12, 2004

2004年10月12日(火)

早朝まで机に向かう。未明、某編集部からメールがあって吃驚。どうやらゲラの校正中だったようで、文章をかなりコンパクトにまとめた箇所に対して質問が書かれていた。すぐに返信する。午後、丸の内へ。ねじまき句会。はじめて出席するメンバーが2人、計11人での例会となる。詠草が44句。批評を終えたところでどっと疲れが出た。有志で喫茶店と居酒屋に行く。夜、帰宅。数日前から年末のイベントをめぐってあれこれやりとりを進めている。企画の詰めとしてOさんに打診のファックスを入れる。午後10時前なのに、猛烈に眠い……。

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結社誌「短歌」10月号に執筆

結社誌「短歌」10月号が届いた。春日井建追悼号。さまざまな総合誌での追悼特集がすでに出ているため、来月の予定を繰り上げたそうだ。400字×5枚の追悼文「春日井建断章」を執筆した。ずらっと並んだ追悼文を読んでも、故人の死にピンと来ないところが残っている。どこかの会に、ふらっとあらわれてくれそうな気がしてならない。

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October 11, 2004

2004年10月11日(祝)

体育の日。きょうのあさがお、☆。ログがそれなりに増えてきたので、ひぐらしひなつさんに頼んで、現在右側に並んでいるメニューの最下部に、サイト内検索のウインドウを付けてもらう。感謝。午後、以前に勤めていたプロダクションの同僚のM夫妻にこどもが生まれた(おめでとう!)ので、家人がT夫妻とともに顔を見に出かける。ぼくは名古屋駅へ。短歌ヴァーサスの対談の企画で、吉川宏志さんと江戸雪さんに会う。現代短歌の諸状況とそこにからむインターネットの問題について話す。対談後、食事をしながら短歌関連の雑談。あれはいいよねこれはどうかなと次々に話題にのぼる歌集の内容を、ほぼ例外なく共有できていたのが快かった。夜、帰宅。深夜、明日のねじまき句会の詠草をまとめる。

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October 10, 2004

2004年10月10日(日)

早朝まで机に向かう。短歌ヴァーサスのウェブのエッセイを更新する。きょうは東直子さんと木内達朗さんの『愛を想う』(ポプラ社刊)をめぐっての一文。仮眠する。二時間ほどで起きる。吉野亜矢さんの歌集『滴る木』の批評会に出席するため、新大阪経由で上本町へ。江戸雪さん、大辻隆弘さん、大淵嶺音さん、香川ヒサさん、司会で小林久美子さんが加わってのパネルディスカッション。ふだんとはあきらかに違うハイテンションとふだん通りのあの誠実さとで進行する小林さんの手腕によるものか、ひさしぶりに純然たる批評会という感じの批評会を体験したような気がした。詳細は後日まとめる。懇親会でパピエ・シアンのメンバーが揃っているあたりに、いかにも、同人誌、という感じの空気が流れているのを楽しく見せてもらった。ちなみに、一度も話題には出なかったが、吉野亜矢さんはニフティの短歌フォーラムの初期メンバーだった。一九九七年の秋から冬にかけてのあの不可思議な場を共有した一人だと思ったら、なぜか鼻の奥につうんとした感じが走った。深夜、帰名。帰宅。

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October 09, 2004

2004年10月9日(土)

台風は名古屋を逸れたらしい。午後、愛知県全域に大雨洪水警報が出ているにもかかわらず、雲の間から橙黄の光がもれていた。青空、光を帯びた白い雲、灰色の雲、真っ黒な雨雲が層をなす、マーブル調の不思議な空があった。Hさんからメール。某元出版社社主について書かれた文献を探しているというので、とりあえずの記憶にあるところをお知らせしたのだが、うっかり大事な文献を忘れていた。いま手元で見つかったのは『流薔園変幻』だけですが、Hさん、中井英夫の戦後から一九八〇年代にかけての日記にBのイニシャルで登場するのは、すべて件の人のはずです。夜、正岡豊さんのチャットに少し顔を出す。

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October 08, 2004

2004年10月8日(金)

きょうのあさがお、☆。まだ少し疲れが残っているらしい。集中して何かを考えはじめるとうっすら靄がかかったような感じになる。まあ、ふだんもそうだと言えばそうなのだが……。夕刻、早崎ふき子さんから電話。来月の「塔」東海支部大会のことで。講演内容についてリクエストをもらう。この頃、なにげなく「奥の細道」をひらいて、こういう創作スタイルもいいよな、などと思い、旅に出る七十代くらいの自分をイメージしていたのだが、よく考えたら、みちのくを旅したときの芭蕉って、四十代なんだよなあ。なんで肖像がどれも爺さまの雰囲気なんだろう。享年でさえ五十歳なのに。

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October 07, 2004

2004年10月7日(木)

ゆっくり眠ったらそれなりに体調は回復。ただの睡眠不足だったか。午後、歌会のプリント作成をはじめたところへ某編集部から電話。入稿済みの原稿への加筆のリクエストだった。大急ぎで対応する。編集部のOKをとってから、さらに大急ぎでプリント作成。夕刻から栄へ。東桜歌会の例会。題は「黒」で一首、自由詠を一首。今回は、はじめての参加者三人を含めて十四人の出席。途中、岡井隆さんが、この歌会の場の批判というわけでもない感じで、ある程度はロジックで作品を読んだ方がいい、という話をする。現代的な文体の広がりからやむをえず生じていることだとも思うが、たしかに、論理的読解よりも感覚的鑑賞が優先する状況がそこかしこにある。全体に無所属の歌人が増えて、作品批評や評論を半ば強制的に執筆させられる場から自由になっている影響もあるか。終了後、いつものように有志で居酒屋へ。深夜、帰宅。

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October 06, 2004

2004年10月6日(水)

爽やかに晴れた。午後、中京大学へ。外を歩いていると汗ばむほどだった。オープンカレッジの講座「俳句を楽しむ」の三回目。加藤郁乎の話とか正岡子規の話をする。地下鉄名城線がきょうから環状化されて、マンションの近隣に駅ができた。夕刻から家人と試乗をかねて外出。矢場町まで出て食事をして買い物をしてお茶を飲む。中日ドラゴンズの優勝セールの最終日とかで、パルコの店内にはエンドレスで「燃えよドラゴンズ!」が流れていた。水木一郎の声だとアニメソングみたいだ。環状線をぐるっと一周して帰宅。あすの東桜歌会の詠草が届きはじめている。深夜、少し頭が重い感じ。風邪というほどでもないが……。

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October 05, 2004

2004年10月5日(火)

きょうのあさがお、☆☆。Oさんの歌集データをコンテンツワークスに渡す。MさんIさんと歌集についてのやりとり。もう一息かな。きのうは実家の父母が食糧を抱えてやって来た。きょうは義母が食糧を抱えてやって来た。親はほんとにありがたい、と感謝しながら、まてよ、たしか先々月も、時を同じくして両家の親がそれぞれ食糧を抱えてやって来たな、と思い出す。やはりときどき食糧難の相とかが出たりしてるのか……。そうそう、日記を伝言板がわりに使うのもなんですが、鈴木竹志さん、短歌ヴァーサスは、書店とインターネット以外でも、風媒社に直に電話で註文すれば一冊単位で入手できます。電話番号は、短歌ヴァーサスのウェブに掲示されています。こちら→「各号の紹介」のページです。

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October 04, 2004

2004年10月4日(月)

きょうのあさがお、☆☆。仕事の山が少し小さくなって来た。あともう一息。五十嵐きよみさんが自身の掲示板で、文章は否定的な論調だと書きやすい、という旨のコメントを悩み深そうに書いていた。ぼくもそう思う。たぶんそれは、人間の性質の問題と言うよりも、ものごとを肯定するには、否定する以上に多量の文脈(知識と言った方がいいかな)が必要だからではないだろうか。一人の知識にはどうしても限界があるのだから。肯定には肯定のための文脈をほぼそのたびに発見したり構成したりする必要がある。否定は自身の中で肯定の文脈の不在を確認すれば済むのだ。否定的な文章の方が、腕はふるいやすいと思う。ただし、そこはつねに、新しい肯定の文脈を発見しようとも構成しようともしない思考的怠惰と隣あわせなのだとも感じる。実に悩ましい問題である。小笠原賢二さんが亡くなったと知る。つい先日、原稿依頼をして、体調不良を理由に断られた。そんなに悪いとは知らなかった。58歳での死を誰が想像しただろうか。現代短歌について、ぼくと考えの一致する人ではなかったし、批判もされたが、その著作から多くを教えられた人であった。戦中から黒鳥館時代にかけての中井英夫を論じた文章など、とても強く印象に残っている。「現実に密着すればするほど、不思議に非現実の色あいが強められて行く。現実を再編集するようにして、幻想世界が出現するのである……」。ご冥福をお祈りしたい。

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或る危惧について

9月30日付の藤原龍一郎さんの「電脳日記・夢みる頃を過ぎても」に、ぼくが短歌ヴァーサス5号に執筆した飯田有子『林檎貫通式』の書評に対して「飯田有子という人が、かつて「まひる野」という伝統的な結社に所属して、そこで定型にそった短歌をつくっていたということにも触れてほしかったと思う。定型を熟知した上での現在の文体の成立があるということを、きちんと踏まえておかなければ、飯田有子の本質を理解したことにはならないのでは、と危惧する」という感想が述べられていた。そうか、危惧されるような文章だったか、と、件の文章を読み直してみたのだが、ん? と思った。たしかに飯田有子の「まひる野」での活動に直には触れていないものの、短歌へのアプローチの姿を隠した、とは明記している。それも、わざわざ、塚本邦雄の『水葬物語』と並べて。少なくとも藤原さんのように前衛短歌をよく知っている読者には、『透明文法』や『初学歴然』や『薄明母音』等が連想されるはずで、かなりわかりやすいかたちで飯田有子の「過去」が示唆されているのだ。飯田有子の研究論文を書いているわけでもないし、具体的に過去の作品を引用して当該の歌集への言及をこれ以上減らすのも書評としておかしな話だし、自分自身でできるかぎり客観的に判断しても、このアングルから危惧されるほどの文章ではないと思うのだ。よもやぼくが飯田有子の経歴をよく知らないままでこれを書いたと思われたのか? いや、それは藤原さんと直に会って話したこともあるし……、何が言いたいのだろう? としばらく考えていた。日記と、交遊による藤原体験から言えば、この危惧の背景にあるのは、定型に対する基礎的な技術や知識のない場所からいきなり革新的な短歌が生じることはない、伝統や基礎をおろそかにするような誤解が広がるのは歌人の質の低下につながる、という考えであろう。ただ、これは、ぼくの考えともほぼ同じなのである。あの書評を読んで、ぼくの感覚からすればかなり神経質なまでの危惧がたちあがるというのは、藤原さんが、書評に対してもある種の啓蒙性を要求しているからなのかも知れない。だとしたら、それはそれで一つの見識ではあるが、ぼくは、総合誌の読者をもっと信頼していいのではないかと感じている。正確に言えば、信頼した位置で文章を書くのがいいと思っている。実際、藤原さん自身が、同誌同号に書いた笹公人『念力家族』の書評は、そのように読者を信頼した位置で書かれた良質の文章ではないか。この件は、藤原さんに、神経質すぎる! と反論しておこうかな。ぼくも他人に言えたものではないほど神経質だが、この啓蒙的な面であまり神経質になりすぎるのは、一意見をコモンセンスだと押し売りすることにもつながりかねないし、ひいては読者に対して傲慢と感じさせる事態を生んでしまうのではないかと危惧されるのであった。

※補足。いわゆる「主観の問題」の類かとも思ったが、藤原さんの該当日の日記の批判的な匂いもある筆致の矛先が自分にも向けられたことについて、不可解な印象をどうしても拭えなかったので、変にこだわってしまう大人げなさを自覚しながらも、意見を公開することにした。
※補足2。藤原龍一郎さんの掲示板「短歌発言スペース・抒情が目にしみる」において、藤原さん自身から丁寧な説明をもらった。ぼくの書いた文脈の上で言うと「矛先を向けたわけではない」とのこと。となると、上記の文章が「誤解」ないしは「誤読」から生じてしまったものとなるわけだが、ぼく自身の、メディアと文章をめぐっての考えを反映してもいるので、このままの状態で公開しておこうと思う。藤原龍一郎さん、お騒がせしました。対応に感謝します。

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October 03, 2004

2004年10月3日(日)

早朝まで仕事。三時間ほど仮眠してから外出。名古屋駅で、正岡豊さんなかはられいこさんと合流。その後、飛永京さん宅へ。すでにここでも案内をはじめた来月の「プロムナード現代短歌」と来年一月の正岡&飛永によるセッションの準備と打ちあわせ。試行錯誤を繰り返しながら、来月の朗読内容までを確定。朗読をめぐって正岡さんとじっくり話す。朗読に対する価値基準の見えにくいところで展開されている現在の短歌朗読の成果や疑問点について。また、正岡さんから正岡さん自身の朗読への評価を問われたので、可能な範囲で答えてみる。そうした基本的な批評の場があまりないのだということを再認識した。深夜、帰宅。短歌ヴァーサスのウェブの累計アクセス数が1万を超えた。感謝。

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October 02, 2004

2004年10月2日(土)

きょうのあさがお、☆☆☆☆。Oさんの歌集の表紙を仕上げる。短歌ヴァーサスのウェブのエッセイを書きあげて編集部にメールする。きょうどうにか完了したのはこの二件、その他はすべて進行形のまま……。ところで、先月の25日、現代俳句協会青年部でレポートしたときのレジュメに、題詠をめぐる俳句の特質を語るにあたって「題詠が常態であること。」という文言を記した。この文言を出席者のなかはられいこさんがそのまま日記に引用し、それを読んだ花森こまさんがさらに日記に引用して「う〜ん。別ジャンルの人にはこのように映るのね。意外だった。そもそも、俳句で題詠を経験したことがない。」と書いている。当日のレポートは「有季の俳句において必ず季語/季題を作品に組みこむのは、特定の題を決めていなくても、歳時記からならばどれを選んでもいいという選択肢のある題詠をやっているのと同じ状態である」という内容だった。コンテクストを欠いたところでどんどん歪んでゆくなりゆきに、レポートした当人が苦笑かつ困惑している姿をお二人に想像していただければ幸いである(苦笑)。

※追記。その後、早速お二人が歪みを修正してくれた。幸甚。

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October 01, 2004

2004年10月1日(金)

きょうのあさがお、☆☆☆☆☆☆☆。昨夜も仕事の下拵えをしているうちにどんどん時間が過ぎて、結局そのまま朝を迎えてしまう。午後、好天だったので、家人と某所までドライブに出た。夜、中日ドラゴンズがリーグ優勝を決める。落合博満監督の胴上げシーンをテレビで見る。ドラゴンズのファンとして、桁外れに面白いシーズンだった。財力による戦力補強を拒んだチーム構成を核に、担保もなく保険もきかない新しい構想を次々と完遂した点がとりわけ快かった。監督のインタビューを聞きながら飲むビールの味も格別だった。深夜、いくつかの案件に着手する。短歌ヴァーサス5号への反応がウェブ上に出はじめている。

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