2004年12月26日(日)
書斎は暖房を使えないほどちらかっているし、かたづけは進まないし、しかも煙草を吸うために終日窓を開けたままにしてあるので、かなり寒い。暖冬でなければ悲鳴をあげていたか、あるいは、必要に迫られてとっくにかたづけが済んでいたかな……。菅野耕平さんの23日付のウェブ日記に「短歌の輪郭と枡野浩一の位置」の感想が書かれていて、なかで『これまでの短歌が「普遍を見出そうとしていた」ようには感じない』という記述があった。おそらく短歌的なリアリズムのことを言っているのだろうが、近代以降の短歌がしばしば個人的な時間や空間を描くのは、そのような個人的な時空が、普遍的な(これは「一般的な」と言うのが正確かも知れない)何かを象徴的に表現する、という考え(ないしは作者や読者の無意識の約束)に基づいているからだとぼくは思っている。普遍のよしあしはともかくも、そうみなすのは、ともすれば私事に終始しがちな多くの短歌作品に対して、合理的な説明になるのではないだろうか。
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