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December 30, 2004

2004年12月30日(木)

冷えこみがはげしくなりそうなので、どうにか書斎の暖房だけは使えるようにした。かたづけをしているうちに、あ、ここにあったのか、と、探していた資料があれやこれやと見つかりはじめる。夜、義母のところで、できあがったばかりのお餅をごちそうになる。ウェブのニュースで、俳人の田中裕明さんの訃報を読んで絶句する。40代半ばではないか……。大晦日から三が日、ブログの更新は休憩するつもり。ご愛読に感謝しつつ。どうぞ良い年をお迎え下さい。

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December 29, 2004

2004年12月29日(水)

書斎のかたづけがてんではかどらない。このまま正月に突入するのは必至か。午後、佐藤りえさんから電話。来月のクリアポイントの打ちあわせもかねて長電話する。クリスマスイヴに頼んでおいた眼鏡がしあがったらしいので、夕刻、眼鏡屋さんへ。少しばかり表情が変わったか。スーザン・ソンタグが亡くなったのをウェブのニュースで知る。現代思想を、やや歪みのかかったところ(それはしばしばソンタグ批判だったりもした)から読みはじめたため、ソンタグにのめりこむといったことはなかったが、空気のように自然なものと思いこんでいた思考の根拠がときに反転してしまう、という論理の陥穽(あるいは、論理の基本)について、この人の本からきわめて多くを学んだ。冥福を祈りたい。

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December 28, 2004

2004年12月28日(火)

数え日、年内に動かせなくなった案件の整理をする。今年はかなりの分量の仕事をこなしたとは思う。ただ、それでも、滞っているものが多々あり、反省することしきり。自身の年間回顧をするつもりでいたけれど、気が滅入ることになりそうなのでやめておこう。夕刻、Aさんから電話。滅多に及第点を出さないAさんから仕事のことで及第点をもらう。少し穏やかな気分になる。報道を見るたびにスマトラ沖地震の死者の数が異常な単位で増えてゆく。人命が数の問題になるときほど嫌なものはない。物理の計算を思い出して、阪神大震災とマグニチュードを比較していたら、目眩に襲われた。あの数百倍?

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December 27, 2004

2004年12月27日(月)

昨深夜、塩谷風月さんの掲示板で少しやりとりをする。ぼくには、原理や原論がどこかにあるような気がするのに見つからない、という感覚がつねにあるのだけど、これはもしかすると単なる個人の性格ではなく、世代的なものでもあるのかも知れないなと思った。来年の、イベント以外の、いくつかの企画について、終日あたまをひねっていた。どうもまだうまく着地点が見つからない。東郷雄二さんのウェブで、江畑實さんの『檸檬列島』が紹介されていた。懐かしい。表題作品「下宿までいだく袋の底にして発火点いま過ぎたり檸檬」は、ぼくが現代短歌にのめりこむきっかけになった一首。雑誌初出はたしか1980年。純前衛短歌的な作品が現在進行形でぼくに衝撃を与えた最後の一瞬だったと思う。

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December 26, 2004

2004年12月26日(日)

書斎は暖房を使えないほどちらかっているし、かたづけは進まないし、しかも煙草を吸うために終日窓を開けたままにしてあるので、かなり寒い。暖冬でなければ悲鳴をあげていたか、あるいは、必要に迫られてとっくにかたづけが済んでいたかな……。菅野耕平さんの23日付のウェブ日記に「短歌の輪郭と枡野浩一の位置」の感想が書かれていて、なかで『これまでの短歌が「普遍を見出そうとしていた」ようには感じない』という記述があった。おそらく短歌的なリアリズムのことを言っているのだろうが、近代以降の短歌がしばしば個人的な時間や空間を描くのは、そのような個人的な時空が、普遍的な(これは「一般的な」と言うのが正確かも知れない)何かを象徴的に表現する、という考え(ないしは作者や読者の無意識の約束)に基づいているからだとぼくは思っている。普遍のよしあしはともかくも、そうみなすのは、ともすれば私事に終始しがちな多くの短歌作品に対して、合理的な説明になるのではないだろうか。

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短歌ヴァーサスのウェブに執筆/12月

短歌ヴァーサスのウェブに12月最後/今年最後のエッセイを執筆した。今月も継続して毎週日曜に掲載された。1回あたり800字で計4回。タイトルは、5日が「題詠考」、12日が「安定考」、19日が「出逢考」、そしてきょう26日が「次波考」。来月/来年も引き続きご覧いただければ幸いです。なお、12月29日から1月4日まで、同ウェブの更新はお休みとなります。
http://www.fubaisha.com/tanka-vs/

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December 25, 2004

2004年12月25日(土)

降誕祭。書斎のかたづけをはじめようと思ったが、読めていない雑誌や本が山のようにあるので、とりあえずそちらを優先してしまった。夕刻、家人が義母と義姉と出かけたので留守番。「BLEND」7号で高橋みずほさんが、総合誌「歌壇」1月号で広坂早苗さんが、それぞれ岡井隆歌集『伊太利亜』について語っているのが興味深かった。前景の方法論に惑わされず、一冊の本として丁寧に読む姿勢に快いものがあった。正岡豊さんの22日付のウェブ日記に『この世に「短詩型文学」が「短詩型文学」として流通する場所などどこにもない』とある。越境にとりつかれると気づくのに時間がかかるが、この「どこにもないもの」を通過することも財産の一つであると信じたい。

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December 24, 2004

2004年12月24日(金)

降誕祭前夜。仕事にひとくぎりつけて夕刻から家人と外出。外はクリスマスめいた空気が流れている。家人は、サラリーマン風な男性の多くがケーキらしきものを提げている姿を見てはしきりに感動していた。眼鏡屋さんに行って新しい眼鏡を選んでもらう。お店の人が、これはペ・ヨンジュンさんのかけているタイプだとか熱心に説明しているのを悪いなあとは思いながら適当に聞き流す。で、決めたのはと言うと、先のテレビドラマの「白い巨塔」でお医者さんたちがかけていたタイプなのだそうだ……。元々の顔のつくりが違うので、そう言われてもピンと来ないってば。ともあれ、年末か年始にできあがるらしい。その後、回転寿司屋さんに行って寿司を食べる。クリスマスイヴに和食系、やはり空いていた。

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December 23, 2004

2004年12月23日(祝)

天皇誕生日。午前、Oさんから電話。入稿済みのはずの原稿の督促で、調べてみると、宛先に指定されていたメールアドレスが、実は違っていたのだと判明。再送して入稿は完了。それにしても、返送されなかった先のメール、どこへ届いたのだろう。誰か別の人のところへいきなり現代短歌論の原稿が届いたのか。驚いただろうな。続けてお詫びのメールを入れるのもかえって迷惑かと思い、そのままにしてある。夜、来年の4月と5月のイベントの打診があった。1月と2月と3月はすでに決まっているものもいくつか。イベントの盛況は、来年も今年と同じように続くのだろうか。

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December 22, 2004

2004年12月22日(水)

早朝、新聞を大量に整理して廃品回収に出す。今年最後の回収日。午後、中京大学へ。オープンカレッジの講座「俳句を楽しむ」の十二回目。家族をモチーフとした俳句の話を。総じておとなしい句を語ったのだが、なかに「兄を姉と呼ばねばならぬ夏の暮/藤原月彦」を混ぜておいたら、そこだけやはり反応が少し弾んだような感じになる。今季の講座はこれで終了。今年もあと十日ばかりだが、仕事や案件を思うと、来年がかなり遠いもののようにも感じられるのだった……。

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「東海の文芸」を執筆

12月22日付の朝日新聞夕刊、中部版学芸面のコラム「東海の文芸」に、詩歌句を対象とした時評約1000字を執筆した。今回は年間回顧である。同コラムの小説・評論の部門を執筆している清水良典さんの文章と併載された。

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December 21, 2004

2004年12月21日(火)

冬至。これからは日が長くなるのだと思うと、何とはなしにあたたかい感じに包まれる。かつてここが年のはじまりだったというのも頷ける。きのうは午後からずっと飛永京さん宅で「クリアポイント」の打ちあわせ。来月15日の本番に向けてのあれこれをまとめてゆく。短歌ヴァーサス第6号の見本を正岡豊さんに見せる。誌上に増補して再録した歌集『四月の魚』の、とりわけ増補部分に納得してもらえたようでうれしい。きょうは睡眠不足を少し解消した。夕刻、家人と栄へ。用件を済ませて後、五七五の会へ。今年最後の例会。俳句の会に継続して顔を出しているのはいつ以来だろうか。とても相性のいい会なのだと思う。

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December 20, 2004

枡野浩一さんの英語ページ

枡野浩一さんの公式サイト「ますので」の英語ページ(元の日本語も併載)が公開された。縁とゆかりがあって「短歌の輪郭と枡野浩一の位置」という文章を寄稿している。400字で4枚ほどだったか。枡野さんの作品に細かく踏みこんだ文章ではないが、短歌の歴史をこう眺めれば枡野浩一はこう位置づけられる、というところをそれなりに見えるように紹介したつもりではある。この文章を、丹美継さんと晄晏隆幸さんが英語化し、57577デザイン室さんがウェブ化してゆくのを楽しく眺めさせてもらった。ご覧いただければ幸いです。

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December 19, 2004

2004年12月19日(日)

午前、岡井隆さんからファックス。用件に添え書きがあって、現代文学会の対談についてインターネットのお蔭で関西の人たちがすでにあらかた内容を知っていたとのこと。とても楽しそうな感じで書かれていた。午後、家人が義母と義姉と出かける。ぼくは留守番、と言うか、原稿等の仕事に追われていた。題詠マラソン2004の単行本に出稿する30首を選ぶ。略歴を添える。それから、朝日新聞中部版のコラム「東海の文芸」の年間回顧の原稿をまとめる。また、来年早々に創刊となる結社誌「井泉」に寄稿する現代短歌論、400字×11枚分をまとめる。文章はかなりあらっぽくかたちにしたので、推敲に時間がかかりそうな気配である。たぶんまた眠らないのに朝が来るのだろう。

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December 18, 2004

2004年12月18日(土)

午後、気づいたら短歌ヴァーサスのウェブの様子がおかしい。12月分のアーカイブが表示されなくなっている。編集部の林さんに問いあわせると、管理をお願いしているTさんには連絡済みとのこと。しばらくして復旧した。数人からメールで問いあわせをもらう。ご迷惑おかけしました。ちなみに同ウェブ、アクセス数が本日付で20000を突破した。ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。短歌ヴァーサス第6号の見本ができあがる。夕刻、実物を確認するために風媒社へ。「歌壇」1月号、特集「短歌のゆくえ」、特集全体についてはまだ仔細に読んでいないが、井口一夫さんが「『場』の時代−荻原裕幸の考察を追って」という評論で、ぼくの出した「場」をめぐっての見解に、とても丁寧に言及してくれていた。感謝。

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December 17, 2004

2004年12月17日(金)

夕刻から家人と外出。栄へ。と言っても、用件を済ませるだけの外出で、すぐに帰宅。のんびり出かけたいものである。総合誌「短歌」12月号、加藤治郎さんが歌壇時評で、東直子さんと木内達朗さんの『愛を想う』をとりあげていた。コラボレーションを短歌の側から解いてゆくもので、奇を衒わない巧い読み方なのだが、慎重居士の加藤さんが、「短歌」の歌壇時評で、というところに吃驚したい。田中槐さんの短歌月評では、短歌ヴァーサス第5号に出稿した「その声のする朝から夜へ」をとりあげてもらった。丁寧な読みに感謝。「短歌研究」12月号、短歌年鑑の、「2004年度歌壇展望座談会」、佐佐木幸綱さんの司会で展開されている。インターネットのこともとりあげながら、予想よりもかなり穏やかだったので驚いた。これまでの溝をきちんと埋めるような「対話」が、遠からずきちんとはじまりそうな気配である。

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December 16, 2004

2004年12月16日(木)

午後、電話に出ると甘えた感じの女性の声で、あぁ、荻原さんですかぁ? こちらは○○○の○○○です。はい?? このたびわたしたちの○○○を紹介させていただいているんですけどぉ、荻原さんは独身ですよねぇ? ……。どちらの名簿を見ておかけでしょうか? ガチャ、ツー、ツー……。なんだそれ。たぶん何かの名簿をローラーしているのだろう。社名を言っているのに突然切ったらだめじゃない。信用落ちちゃうよ。などとお人好しな心配をしながら、日記ネタとしてメモしている自分をかなり奇妙だなと感じるきょうこの頃である。う〜ん、原稿があがらない……。

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December 15, 2004

2004年12月15日(水)

深夜から早朝にかけてかなり冷えこんだ感じ。とは言っても、12月半ばとは思えない暖かな冬ではある。不規則なサイクルで睡眠をとっているので、どこかしら疲れが抜けない。午後、地下鉄の一区間を地下鉄に乗って中京大学へ。オープンカレッジの講座「俳句を楽しむ」の十一回目。今季はあと一回となった。講座後、そのまま外で家人と食事をして買い物をして歩いて帰る。紅葉園という名の字が近所にあるのだけど、その名にふさわしく紅葉の庭が多い。鮮紅に眼を遊ばせながら通る。夜、千種の「空色曲玉」のオープンマイクに出かけたかったのだが、仕事の都合もあってあきらめる。残念。牧野芝草さんが、先日の現代文学会の丁寧なレポートを、ウェブ「夢現間隙」に書いてくれている。感謝。

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December 14, 2004

2004年12月14日(火)

昨深夜、斉藤斎藤さんと電話。佐藤りえさんと長電話。午前、長く抱えこんでしまったゲラの校正(Mさん、すみません)。読書会のための再読。午後、栄の愛知芸術文化センターへ。読書会。テキストはひさしぶりに歌集。江村彩さんの第一歌集『空を映して』(本阿弥書店)。ディスカッションの流れを気にしなくてもよかったので、延々と喋りつづける。少人数だったおかげで、歌会で話すような細かなテクニックの話もできた。終了後、メンバーと居酒屋で食事。ここでも延々と喋りつづける。深夜、帰宅。結社誌「未来」12月号、中沢直人さんが時評で「短歌ヴァーサス」に言及してくれていた。感謝。第6号は、年内に完成するが、送本のスケジュールは未定。書店配本は正月明けとなりそうだ。

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December 13, 2004

2004年12月13日(月)

疲れが抜けないのでしっかり眠ろうとしたのだが、睡眠のサイクルがかなりずれているようで、外が暗いと眠れないらしい。困ったものだ。きのう、鈴木六林男さんが亡くなったという。時代や社会をモチーフにした句が有名だけれど、状況への直接性をやや抑えた感じの「蛇を知らぬ天才とゐて風の中」等がぼくは好きだった。ご冥福を祈りたい。俳誌「」21号で、特集「俳人の短歌−題詠マラソン2004の成果」が組まれている。ビギナーが参加しやすい=他ジャンルの作家も参加しやすい、という、ウェブの企画の効用を再認識させてもらった。現代文学会のトークショー、北海道からも参加者があったと教えてもらう。玲はる名さんのメールマガジン「次世代短歌研究室コンパス」12.05号で「ネエ神様ソコニヰルナラセメテアノ一日ダケハ消シテ下サイ/荻原裕幸」について言及してもらっている。感謝。深夜、かなり冷えこんでいるようだ。

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「週刊読書人」にアンケートを出稿

「週刊読書人」12月17日号が届いた。年末恒例のアンケート特集「二〇〇四年の収穫」に、3冊を対象とした400字のコメントを出稿。制作にダイレクトにかかわった歌集で入れたくなるものもあったのだが、それらは対象外とした。

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December 12, 2004

2004年12月12日(日)

仕事の都合で土曜は日帰り。最終の新幹線に乗る。現代文学会の岡井隆さんと枡野浩一さんのトークショーはかなりの盛況だった。参加者は百人を超えていたらしい。出演者の控え室に、岡井さん枡野さんと運営サイドの柘植光彦さん小林恭二さんがいて、加藤千恵さんが挨拶に来たりした。何となくいつもと違う雰囲気だなと思っていたが、会場に入ると知人がかなり来てくれていて落ち着いた。東京圏の他に、関西や中部から、それに富山や大分からも参加者があった。トークのおもしろさをひきだす他に、岡井さんと枡野さんのコミュニケーションをきちんと成立させる、というのが今回の自分に課した最低限のノルマで、加えて、なぜ枡野さんと歌壇との間に溝ができてしまっているのかを作家の態度の問題を離れた文体の問題として示唆できるといいなと考えていた。このあたりはそこそこクリアできたような気がしている。記録については、枡野さんが掲載メディアを募集中とのこと。昨深夜、デッドラインぎりぎりの原稿を一件しあげて、次のものにかかる。きょうは疲れが一日抜けきらないまま。

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December 11, 2004

現代文学会2004年度大会

現代文学会が主催するイベントに出演します。PR文によれば「現代短歌の最前線で活動する優れた論客たち、不滅の大家・岡井隆氏と、特殊歌人・枡野浩一氏が、現代短歌メディアの中心的存在・荻原裕幸氏を間に、現代短歌をめぐる様々な問題を熱く語る!」とのことです(凄いな……)。是非ご参加下さい。

【日時】2004年12月11日(土)14:00〜17:00(予定)
【会場】専修大学神田校舎201教室
【テーマ】トークショー「短歌の領分」
【ゲスト】岡井隆、枡野浩一、荻原裕幸(司会)
【参加費】無料
※詳細は、http://genbun.com/

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December 10, 2004

記念日俳句

日本記念日協会と里俳句会との共催で「記念日俳句」がスタートした。記念日による題詠を自由投稿。櫂未知子さん、島田牙城さん、仲寒蝉さん、媚庵(藤原龍一郎)さん、宮崎二健さんの5人が定期的に選句をおこなう企画。ぼくは、計3会場のセッティング等、ウェブ管理をひきうけている。詳しくは下記を。
http://www7.ocn.ne.jp/~haisato/kinenbi-home.htm

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ねじまき句会・第10回記録

ねじまき句会、第10回の記録を公開した。今回の題は「原」。それと雑詠。出席者も欠席者も各自それぞれ無記名詠草から四句を選んだ。はじめて参加したすぎもりたかこさんは歌人。過去の記録もリンクを順にたどってすべて読めるようになっている。
http://www.sweetswan.com/nejimaki/new.html

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December 09, 2004

2004年12月9日(木)

深夜、仮眠、そのまま朝まで机に向かう。こまごました雑件が重なっていてなかなか前に進めない。原稿もいくつか予定をスライドしている。午後、仮眠、引き続き仕事。夜、Mさんの歌集の初校データがあがる。近日紹介する予定だが、楽しみにしている一冊である。日付がかわると島田牙城さんたちの企画した「記念日俳句」がはじまる。先日、いくつか書いてみたところ、縛りとしては、短歌の題詠よりも記念日限定の俳句の題詠の方がきつい。俳人たちは腕が鳴るのではないかという気がする。逆に、季語/季題の豊富な蓄積を抱えていない人もことばの表層のイメージが活かせるので書きやすそうだ。ネットというのはおもしろいことを考えつかせるものだなとあらためて思う。盛況を期待したい。

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December 08, 2004

2004年12月8日(水)

昨深夜から延々と短歌ヴァーサス第6号の最終確認。それから来年度の仕事のための書類作成。午後、中京大学へ。オープンカレッジの講座「俳句を楽しむ」の十回目。川柳の話をしようかと思ったのだが、気づいたら俳壇の話に終始していた。講座終了後、最終のゲラをとりに来てくれた風媒社の林さんに手渡す。家人と待ちあわせて外で食事。その足で美容室へ。さらにその足で朝日新聞社の社外筆者の謝恩パーティーへ。大塚寅彦さん、小塩卓哉さん、加藤治郎さん、と、歌人が珍しく多かった。風媒社の劉さんも来ていておのずと仕事の話など。ひさしぶりに顔をあわす知人が大勢いたので、二次会にも顔を出す。もう少し話したい感じだったが、仕事を残したままなので、地下鉄の動いているうちに帰宅。

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December 07, 2004

2004年12月7日(火)

午後、ねじまき句会の例会。10回目。メンバーがさらに一人増えて総勢12人となった。人は、集めようと思ってもなかなか集まるものではないし、何なのかはわからない何かがうまく動いてくれているらしい。句会終了後、なかはられいこさんと宮川尚子さんと三人で食事。その後、風媒社へ。夜、帰宅。イソカツミさんの歌集『カツミズリズム』の出版記念会の感想の続き。朗読のパートは、イソさんの作品を最低一首以上組みこんで、他の構成は自由に、という条件でおこなわれた。なかはられいこさんは、自身の散文をイソさんの作品に詞書風に連結していた。散文における感情の発散と短歌における抑制感とが対比される。短歌を読む部分でだけ静かに定型がたちあがり、そこがイソさんの作品なのだなとわかるしくみがおもしろかった。塩谷風月さんは、イソさんの作品の間に自作とイソさんのことば遊び的な文体を意識した早口ことばを挿入して読む。早口ことばの部分では何かを気にして照れていた。アドリブならともかく、準備してあった台本に対して照れるのはちょっとマイナスかも知れない。構成がすごくよかったのでそこだけが惜しいなと思う。田中槐さんは、イソさんの連作と自身の連作をまったく別々に読む。自身の朗読力に対する自負による構成か。その自負を十分に裏づけるような快い朗読だった。ただ、二つの連作の接合の意味が不明瞭でどこか混沌としたきもちも生じた。正岡豊さんは、現代詩とイソさんの作品を連接させて読む。構成はおもしろかったものの、イソさんの作品に対して著者はこんな感じで書いたのだろうといった風な解釈が過剰に挿入されていて、言い換えると過剰なほど眼前の著者を意識していたようで、どこか発声に迷いがあるように感じられた。ぼくの作品をぼくの前で読むときにはそうはならないのになあとか思いながら聴いていた。イソさん自身は、短歌の定型に対する意識がほとんど見えず、ひたすらテキストを朗読するというスタイルを貫いていた。快いもののある朗読だったが、読まれているテキストがそれと意識しているぼくにも短歌だと感じられないというのはどうだろうなあという気もした。これはたぶんイソさんの文体にも直結していることで、再考要素ではないかと思う。穂村弘さんは、この人独特の淡々とした声調でイソさんの作品を読み、自作とイソさんの作品を合体させた一首を最後に読みあげた。穂村さんの朗読を巧いと形容するのは何かが違うような気がする。これはなんだろうといつも思う。彼の声が持っている知的なためらいのような感触の快さは、巧拙を超えたものかも知れない。

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December 06, 2004

2004年12月6日(月)

うだうだ、あるいは、ごろごろ、ときどき仕事。疲れが残ったままで仕事をしているとミスも多い。書き残したくないようなことが次から次へと。う〜ん、と一日に何度も唸る。牧野芝草さんのウェブ「夢現間隙」に、題詠マラソン2004のぼくの91〜100の作品鑑賞が出ていた。最後まで丁寧に鑑賞してくれてありがとう。イソカツミさんの出版記念会のことを語っているのに作品について直に一度も書いていなかったので、歌集『カツミズリズム』から印象に残っている作品を引用しておく。

寺町の三条上ルの文具屋の自己破産すべて簡単だった/イソカツミ
電話あり電話がかからないがあり持て余しているを携帯している
おもいでとおもいだけでみたされているわたくしは皮だけのバナナか
シャンプーのきみのあたまの泡のまにあたしの家があったがながした
父につながれた記憶につながる指のさきにはほかのだれかの父である指

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December 05, 2004

2004年12月5日(日)

京都で一泊した。きのうは、イソカツミさんの第一歌集『カツミズリズム』の出版記念会。出演者と参加者をあわせて60人ほどが集まったようだ。歌集批評のディスカッションは、田中槐さん、なかはられいこさん、松村正直さん、そして司会が穂村弘さんという構成。イソさんの文体は、短歌のフォルムに対峙する感覚が総じて緩いと言うか甘い感じがあって、それゆえに生じているらしき個性がある。これをはなから表現技術の問題(ディスカッションでは主に「秀歌性」と呼ばれていた)として批判してしまうと見えるものが少なくなるところを、表現技術の批判とテーマやモチーフの読解とを平行して進め、ほぼ理想的な議論のかたちが実現していたと思う。穂村さんの進行の構成に加え、パネラー三人の発言がとても明晰だった。ただ、一読者としては満足だが、一歌人としては、イソさんの歌集の、鼻につくと言ってもいいほどの個性、つまり自己言及の過剰さやことば遊び風な自己認識や表題に筆名を組みこんだり作中に自身の名前が頻出したりというこれでもかと言わんばかりの構成をいったん全肯定した上で、表現技術の批判を徹底して、批判をどのあたりまでつきつめてもいいのかを見きわめたいきもちも残った。松村さんは、第一歌集で秀歌性のことは強く問わない、という意味の発言をしていたのだが、イソさんの方法論は、第一から第二へと変化するものではあっても進化するものではないように思うし、結社の場がしばしばうるさいほど展開する表現技術の批判をきちんと通過すべきではないのかとも感じられた。歌集朗読についての感想は後日。一泊してのきょうは、有志での吟行が予定されていたようなのだが、怠けるのが好きなメンバーで慈照寺から南禅寺あたりを散策。慈照寺の境内にあった苔のサンプルがやけに印象に残る。曰く、銀閣寺の大切な苔、ちょっと邪魔な苔、とても邪魔な苔。何が基準なのさ。なりたいわけではないけど、もしも銀閣寺の苔になることがあったら、大切かとても邪魔かのどちらかがいいなと思う。ちょっと邪魔は嫌だ。夕刻の新幹線で帰名。金曜の夜は一睡もしていないので、そこからの疲れがどっと出ている。

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December 04, 2004

イソカツミ歌集『カツミズリズム』出版記念会

イソカツミさんの第一歌集『カツミズリズム』出版記念会に出かけます。
出版記念会での他者による歌集作品の朗読は珍しい試みですね。
当日、会場で見かけましたら、ぜひ声をかけて下さい。

【日時】2004年12月4日(土)13:30〜20:00(開場13:00)
【会場】京都ロイヤルホテル(中京区河原町三条上ル、電話075-223-1234)
【プログラム】
◎批評会「カツミズリズムを読む」
 出演=田中槐、なかはられいこ、松村正直、穂村弘(司会)
◎朗読会「カツミズリズムを詠む」
 出演=田中槐、なかはられいこ、穂村弘、正岡豊、塩谷風月、イソカツミ
◎懇親会
【発起人】荻原裕幸、小林久美子、田中槐、穂村弘、正岡豊
※詳細については、著者サイトをご参照下さい。

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December 03, 2004

2004年12月3日(金)

早朝まで机に向かう。主に原稿。午後から主に原稿と校正。夕刻、短歌ヴァーサス第6号の校正を完了。あとは来週、最終のチェックをする。夜、短歌ヴァーサスのウェブのエッセイを書きあげる。深夜、Aさんと電話。原稿の分量を正確に決めておいて締切を少しスライドさせてもらう。朝日新聞社のMさんと電話。原稿を一本依頼される。家人は、仕事の都合で二人での予定を延期することを「譲る」と言う。実は、結婚前に譲ってもらったまま実現していないことがあったりもする。きょう、その話になって、鶴だってもう少し早く恩返しをするよと言われた。お地蔵さんはその日の夜だったとか。早く機を織らねば……。

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December 02, 2004

2004年12月2日(木)

早朝まで机に向かう。仕事を進めたり、本を読んだり。短歌評論誌「ダーツ」第6号、特集テーマは「越境する短歌」。なみの亜子さんの「詩と短歌〜石原吉郎歌集『北鎌倉』からいくつかの推論」をとても興味深く読んだ。短歌をまるごと擁護しようという発想があっては書けない文章で、現代詩と短歌と石原のシベリア抑留体験とにうまく踏みこみ、そしてうまく距離をとっていた。また、シベリア抑留体験に深くシフトしないと石原を論じるのはむずかしいはずなのだが、この文章はシフトを浅くしたことで成立したのだと思う。午後、東桜歌会の詠草をまとめてプリントを作成。詠草は十五人。二人は都合で欠席。夕刻、栄の愛知芸術文化センターへ。今年最後の例会。題詠「銀」で一首、自由詠が一首。選歌数を四首から三首に変更したところ、票のちらばりがふだんの感じと違っていておもしろかった。歌会終了後は有志で居酒屋へ。談笑。深夜、帰宅。

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December 01, 2004

2004年12月1日(水)

昨深夜、日付が変わったところで題詠マラソン2004の会場の撤収作業をはじめる。二回目なので比較的順調に進んだ。あわせて題詠マラソン2005の会場の仮セッティング。動作のテストなど。それから島田牙城さんたちが企画している「記念日俳句」の会場の準備。htmlやcgiを延々と読み書きしていたのだった。午後、歩いて中京大学へ。キャンパスの学生たちに厚着がめだつ。オープンカレッジの講座「俳句を楽しむ」の九回目。もう一度虚子の話をする。帰宅してからは延々と仕事に追われる。師走が慌ただしくはじまった。

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