秀歌と愛誦歌とリアリティ
*短歌誌「井泉」二〇〇五年一月号掲載
秀歌と愛誦歌とリアリティ
荻原裕幸
#1
昨年、総合誌「短歌」で、現代の秀歌を一首だけ選んで鑑賞するという企画があった(二〇〇四年七月号・八月号「101歌人が厳選する現代秀歌101首」)。できるだけ新しいものを、と思って、手元にまとめてある好きな歌や有名な歌をたどりながら考えたものの、なかなか決められない。とりわけ、この二十年ほどの作品では、好きな歌やおもしろいと感じる歌はいくらでもあるのに、秀歌と呼ぶのにかなり強い抵抗があるものが多いのだ。読んで圧倒されるような感覚が生じないと言ったらいいだろうか。そこで、時代をどんどん遡って、一九七〇年近くまで範囲を広げてみると、あ、これは、という歌がいくつも見つかりはじめた。悩んだ末に、ぼくが選んだ一首は、馬場あき子の次の作品であった。
しずめかねし瞋(いか)りを祀る斎庭(ゆにわ)あらばゆきて撫でんか獅子のたてがみ 馬場あき子
第四歌集『飛花抄』(一九七二年)の巻頭の連作「飛花抄」のはじめに据えられた一首である。連作のサブタイトルは「鬼とは何かまたその消滅への挽歌」。世阿弥を題材とした一連であり、日本の精神史としての鬼をモチーフにしたものだ。同時期に馬場が刊行した評論『鬼の研究』(一九七一年)等で、徹底して追い求めたモチーフでもある。「ゆきて撫でんか獅子のたてがみ」というフレーズには、自身の瞋りをも含んだ〈鬼〉に、同化するわけでもなく、否定するわけでもなく、何か新しいかたちへ昇華しようとする馬場の思惟が見え隠れしている。加えて言えば、そのような古典の世界へのつながりの他にも、一首の背景に、六〇年安保から全共闘にいたる左翼的なイデオロギーが敗北に到らざるを得なかった時代の流れが刻印されているのを見てもいいのではないか。「しずめかねし瞋り」とは、左翼的な運動を促した時代のエネルギーとも読めるのではないだろうか。
馬場の意図を的確に言いあてるのは困難だし、二重に絡んだ解釈は、読者によって多少揺れの生じるものかも知れないが、注目したいのは、作品のことばの〈外〉にある何ものかをある程度はっきりと読者に意識させ、おのずと引き寄せて読ませる点である。ぼくがこの二十年ほどの作品に対して、好きだとかおもしろいとか感じるにもかかわらず、秀歌と呼ぶのに抵抗をもった理由はここにある。あまり強引な定義はよくないとしても、秀歌というのは、書かれたことばの〈外〉から、読者が、さまざまな体験、そして歴史や文化にかかわるコンテクストを強く呼び起こすことができる。それが条件になっているようだ。読む側の状況、つまり読者の知識や経験によって読みが変化するとしても、条件の一つとしてこう言っておきたい。
#2
現在、短歌の価値をはかる軸はあまりにも不安定であり、ときにきわめて恣意的にもなりがちである。秀歌の定義めいた条件を述べたのは、短歌の価値をはかる軸がどのように不安定になっているかを考える一つの視点としてである。何がどのように不安定なのかを意識できれば、恣意的な価値観に陥ることを避けやすいのではないかと思うからである。
繰り返しになるが、この二十年ほどの短歌、正確に言うと、もう少し長く、一九七〇年代あたりまでの短歌に対して、好きでありおもしろいと感じても、ぼくは、それを秀歌と呼ぶのに抵抗がある。理由は、秀歌というものが、書かれたことばの〈外〉から、読者に何らかのコンテクストを強く呼び起こさせることが一つ条件であるようなのに、その感覚が生じないからである。ぼく個人の感覚によるところも大きいのだろうが、いろいろ考えてみると、個人の感覚を超えた場所に、もう少し一般的な根拠があるようにも感じられる。と言うのは、一九七〇年代から八〇年代にかけては、短歌のみならず、文芸全般において、価値観の大きな揺らぎにさらされた時期であり、先にあげたような条件での秀歌が見つけにくくなる時期もこれと重なるからだ。
価値観の大きな揺らぎ、とは、端的に言えば、作者の内的なテーマの表現として作品を捉えるための場として機能した時代の状況(大状況とか共同幻想とか〈大きな物語〉とか呼ばれていた概念)が、作者と読者との間でうまく共有されなくなってしまったことによって、従来通りの価値観が成り立ちにくくなったことを言う。共有されないゆえに、作品を通して作者の内面をうまく感じとることができなくなり、同時に、それまで作者の内面だと思われていたものが、実はこの共有によって成立することばのイメージに過ぎないのではないかという問題も露呈した。ポストモダンの時代と言われ、モダン=近代の、次の時代が来たなどとも誤解されたが、実はそうではなく、従来の価値観が問題を露呈し、かと言って新しい価値観が成立するわけでもなく、人の考えが、いつまで経っても近代を(悪しき歴史を残してしまった近代を)抜けられないのではないか、という迷宮的な状態があきらかになったのだった。
一九七〇年代以降、短歌において秀歌と呼ぶべきものが見つけにくい=書かれにくいのは、時代の状況を共有することができない、すなわち、作品に書かれたことばの〈外〉から読者が特定のコンテクストを強く呼び起こせないこと、が大きな要因だと考えると、文芸の流れのなかでの短歌の状況が見えて来るように思う。馬場あき子の一首をはじめとした秀歌の価値は、歴史の上に、現在も揺らがぬものとしてあるが、同じ方法によって秀歌を書いたり短歌の価値をはかったりすることは、もはや不可能に近いのではないだろうか。
観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ) 栗木京子
第一歌集『水惑星』(一九八四年)に収録されたこの一首の初出は、栗木京子が角川短歌賞で次席となった一九七五年である。一九七〇年代の代表歌と言っていいと思うし、いちばん愛誦されている歌でもあろう。はじめにあげた馬場の作品よりも、むしろ一人称の置かれたシチュエーションは見えやすい作品であり、作者の内面をそこに見ることができるのではないかとも感じる。しかし、馬場の作品と決定的に違うのは、この歌が呼び起こす背景のコンテクストの位相である。馬場の作品は、古典や時代の状況と連動して〈特定の〉コンテクストを強く呼び起こすのだが、栗木の作品では〈特定の〉コンテクストといった感触が薄くなっている。書かれた時代を誤読されたこともあったように、背景の状況として戦中でも戦後でも現在を呼び起こしても(いや、現在となると多少怪しいかも知れないが……)それなりに成立する文体の構造をもっている。
短歌のフォルムに特有の省略、英語で言ういわゆる5W1Hのうちでモチーフに深くかかわらないところの省略をおこなっている。恋愛感情を強く抱く相手と観覧車に乗って楽しく過ごすきょう一日が、相手と結ばれないまでもせめて想い出として強くこころに刻みこまれるように、という願い、あるいは祈りにも似たきもちの部分が鮮烈に抽出され、そのかわりに、どんな相手とどんな時間を過ごしているのかといったシチュエーションが省略されているのだ。こうした省略に〈特定の〉コンテクストが流れこむのが、先の馬場の歌の場であり、時代であった。栗木の歌の場合は、読み手に〈自由な〉コンテクストが流れこむようだ。前者は秀歌の条件を満たすものであり、後者は愛誦歌の条件を満たすものである。栗木の意図であると言うよりも、時代の状況を共有できない短歌の場がそうさせたと言うべきか。
#3
背景に呼び起こすコンテクストに対して読者の側が抱く〈自由な〉感じ。栗木の作品がすべてそうだとは言えないし、一九七〇年代以降の作品がすべてそうだとも言えないのだが、時代の状況を共有しにくくなった時代以降に浮上しているコンテクストの位相のこの変化は、一九八〇年代におけるライトヴァースや一九九〇年代におけるニューウェーブ等、短歌の新しい展開を成立させた大きな原因にもなったと推察される。口語の対話を導入して同時代の空気を体現した文体、記号やことばの歪みを導入してレトリックを進展させた文体、等々は、それまで作品の背景に呼び起こす〈特定の〉コンテクストが補完してくれていた短歌の価値を、一首のなかで何とか成り立たせようとた試みでもあると考えられる。どのように書いても〈自由な〉コンテクストの上に作品が乗るのであれば、一首のなかに価値の礎をダイレクトにもちこむことは必然的な発想とも言えようか。ここで一九八〇年代から九〇年代前半の試行を検証する余裕はないので簡単にまとめると、現在も短歌史的な記述で避けられがちなライトヴァースやニューウェーブを分析しないことが、現在の短歌の価値をより不安定に感じさせているのではないかということである。一九九〇年代の半ば以降、話題になりつつも混沌とした分析しかなされない多くの作品の流れのみなもとは、いずれもライトヴァースやニューウェーブにあると考えられるし、本質的な部分に、読者が一首の背景に呼び起こすコンテクストの〈自由な〉感じが影響しているようだ。
廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみゆくばかり 来て 東直子
球体にうずまる川面いやでしょう流れっぱなしよいやでしょう 飯田有子
ハロー 夜。ハロー 静かな霜柱。ハロー カップヌードルの海老たち。 穂村弘
東直子の第一歌集『春原さんのリコーダー』(一九九六年)、飯田有子の第一歌集『林檎貫通式』(二〇〇一年)、穂村弘の第三歌集『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』(二〇〇一年)からの引用である。漠然としたシチュエーションで、読者が内面にたどりつくための手がかりがきわめて薄い。わけがわからないと言ってしまえばそれまでだが、ここには、いずれ〈自由な〉コンテクストが呼び起こされるのだから、読者がより強いリアリティを感じられるしくみ、まるで自分のこととして感情移入しやすいしくみとして、シチュエーションを固定する要素をほぼ排除し、感情の核のようなものだけを残すという発想の転換がある。おもしろい歌だと感じはするものの、これは従来の意味での秀歌にも愛誦歌にもならないだろう。新しい読解の方法が必要なのだ。ぼくたちは現在、そんな状況に立たされている。
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