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January 01, 2007

愛誦性を超えて/栗木京子の言葉の位相

*角川書店「短歌」二〇〇五年五月号掲載

愛誦性を超えて/栗木京子の言葉の位相
荻原裕幸

 #1

 昨年、代表作である「観覧車」の一首に言及する文章をいくつか書くなかで、栗木京子の作品を第一歌集『水惑星』から順に再読してみた。『水惑星』『中庭』『綺羅』と読み進め、第四歌集『万葉の月』を読んだあたりで、栗木が展開する言葉の位相に、何かしら奇妙なものを感じていた。うまく考えが整理できるかどうかわからないが、依頼テーマが「言葉」ということなので、そのとき感覚について、少し考察してみたい。
 歌集『水惑星』で示されたおおよその制作年代をそのまま信じると、栗木京子は、私的な叙事のスタイルから短歌を書きはじめている。これは、歌集冒頭の「二十歳の譜」などにも如実にあらわれている。自己をとりまく私的な叙事をフレームとして、定型や韻律のうちに自己像を構成してゆく手法だ。この手法自体は珍しくはないし、むしろごく普通のパターンの一つである。現在もそのまま栗木の作品世界の骨格をなしている。ただ、そうした大筋の流れの他に、隠喩的表現で内面を描く、平たく言えば、言葉の力でこころを映し出す試みが再三見られる。ある時期以降、繰り出される言葉の位相が、二種類に分離したり融合したりしているようだ。
 隠喩的表現にどうもリアリティが感じられなくなって叙事的表現へ、というのは、前衛短歌以降の時代の静かな趨勢かと思われるが、この表現の推移は、現在の状況では、一人の歌人のなかでは不可逆的なものとしてあるようだ。ところが、まして栗木の場合、もともと叙事的表現から短歌を書きはじめているわけで、爾後に隠喩的表現へも食指をのばすのは、世代的に考えると、かなり特徴的なことではないかと感じられる。

  観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)  『水惑星』
  いのちよりいのち産み継ぎ海原に水惑星(みづわくせい)の搏動を聴く  同

 一首目は、代表作と言われ、おそらく栗木の作品のなかでもっとも有名なもの。二首目は、第一歌集の表題を含む作品、つまり栗木にとって歌集の根幹をなす意識のあらわれたものだと考えられる。一首目は歌集の巻頭近くに、二首目は巻末近くに収録されている。
 各作品の空間的なイメージの核となる「観覧車」および「海原」という言葉を比較してみると、前者からはあきらかにどこかの遊園地で観覧車に乗る二人の実景が喚起されるのに、後者は実景としての海にいるか、海を見ているか、そのあたりがわからない。わからないだけではなく、言葉として書かれている「海原」よりも、叙事的な要素としては、隠喩的表現の向こうに見える妊娠や出産や胎児や母としての自己が重要なのである。この二首の言葉の位相はまるで違っている。
 前者が青春期に、後者が私的にはたぶん出産、短歌で言えば女歌の時代の真只中で書かれたという違いがあるとしても、叙事的表現をいったん身につけたあとに隠喩的表現があらわれるのには、それなりの必然があると考えるべきだろう。必然はどこにあったのか。

 #2

 栗木京子が「二十歳の譜」で角川短歌賞次席となったのは一九七五年だという。短歌史的にも文学史的にも過渡期と言っていい時期であり、文芸が何かを渡ってゆく境目の、価値観が微妙に捩れた場からの登場だった。栗木よりも七歳年長の小池光は、同作をめぐり、モチーフである大学生活におけるその七年の差(全共闘とそれ以後と言ったらいいだろうか)をきわめて大きなものとして捉えながら、「キャンパスが、青春が、常態を回復したように、短歌も常態を回復したのであり、栗木京子の歌はもっともあざやかにその先端と典型を同時に示したのだった」と述べている(雁書館刊『水惑星・中庭』解題「聡明な花」)。この小池の評言ほど栗木の登場について巧く言いあらわしたものは、知るかぎり他にはないと思われるが、一点、短歌の常態がほんとに回復したのかどうか、こう断言してしまうのにはいささか留保を要するのではないだろうか。

  かがみ込み数式を解く君が背の縫ひ目のほつれ見てをり我は  『水惑星』
  桃色の服をあてがふ試着室にゴキブリの子の走り去る見ゆ  同

 先に引用した「観覧車」やこれらの作品をめぐり、小池は「ディテールを印象ぶかく描写しながら、一方で隙間をあけ、そこにさまざまな読みを誘導してくる。短歌の常態というのは、単純化すれば、そんな疎密をちりばめたセンテンスの構造にあるともいっていい」とも述べる(同「聡明な花」)。短歌というフォルムに特有の省略、英語で言うところのいわゆる5W1Hのうちで、一首のモチーフに強くかかわれば密とし、さほど強くかかわらなければ疎とする。そうした文体の匙加減は、たしかに短歌の常態と呼ぶべき何かの重要な要素をなしていると思うし、栗木がそれを十全に活かそうとしているのもわかる。ただ、小池の言う短歌の常態、近代の短歌のリアリズムが築いた疎密をちりばめたセンテンスの構造とは、疎に対する読者の補完、つまり「読み」がなされたとき、たとえ解釈が幾筋にわかれても、特定の一人の抱える時間や空間へとそれなりに着地するものだったはずである。
 たとえば斎藤茂吉の一首を読むとき、ぼくたちは、そこにセンテンス上の疎、解釈上の謎がちりばめられていたとして、それを好き好きに個人の感覚で読んでしまうのには大きな抵抗感があると思う。ところが、栗木の作品では、とりわけ「観覧車」の一首で実際に頻繁にそうされているように、記述の隙間に対して、読者が好き好きに自己の体験を重ねあわせて愛誦することができるのだ。これは作風の違い等ではなく、一九七〇年代以降の自己像が、共有性や鏡像性の高い地点でしか成り立ちにくくなっていることによるのだろう。むろんそれゆえに近代短歌ではない栗木京子らしさがあるのは言うまでもないのだが、短歌の常態へ向かおうとして、はからずも短歌の常態が回復しない現実につきあたり、そこに一九七〇年代的な先端と典型が示されたというのが事実に近いところではないだろうか。
 話を前述につなげると、自己像の共有性や鏡像性の高い栗木の叙事的表現は、愛誦性の高い「観覧車」の一首のような作品を生み出した。ただ、それは、同時に、自己像を描くことでむしろ近代短歌が抱えていた特定の一人の抱える時間や空間を感じさせなくなってしまうという事態をも引き起こした。栗木が言葉の位相をあえてスライドさせて、隠喩的表現にも食指をのばしたことの必然というのは、このあたりに発端があるのではないかと推測される。

 #3

 栗木京子の作品は、隠喩的表現と言っても、抽象的な心象の表現になるケースは多くない。言葉ばかりが先行する表現の詩的強度を現在が十全に保証してくれないからでもあるのだろうが、「水惑星」の一首にしても、産み、海、母、等の隠喩的連想がもたらすイメージが、類型性を帯びやすいからでもあろうか。『中庭』以後、栗木が繰り返し試みているのは、構図化して言えば、叙事的表現の安定したフレームのなかに、特定の一人らしさを与える認識や思考の流れとして隠喩的表現を組みこむことだと言っていいかも知れない。たとえば「傘」というキーワードで作品を見てみよう。

  傘の先新芽のごとく空に向け春雷とほく鳴る街をゆく  『中庭』
  標的となるまでわれは華やがむ花びらいろの傘まはしあゆむ  同
  ひらきたる傘を支へて漆黒の柄(え)はぬめぬめとをみなの器官  同
  濡るることいまだ知らざる傘の花ひしめきてショーケース華やぐ  同
  傘の上を雨はななめにすべり落ち結末を知りつつも夢追ふ  同

 こうして「傘」だけを抜き出すと、日常生活的なアイテムを巧みに活かした、という、共有性や鏡像性のレベルで読まれてしまいそうだが、『中庭』という歌集単位の連作構成にはもう少ししかけがあって、「傘」が言葉としてもつ感触にプラスアルファの要素を与えようとしているようだ。

  せつなしとミスター・スリム喫(す)ふ真昼夫は働き子は学びをり  『中庭』
  女らは中庭(パティオ)につどひ風に告ぐ鳥籠のなかの情事のことなど  同
  扉(ドア)の奥にうつくしき妻ひとりづつ蔵(しま)はれて医師公舎の昼闌(た)け  同

 これら『中庭』の主たるモチーフを見せる作品とあわせて読んだとき、前述の「傘」のイメージはいささかかわる。単純に言えば、傘は、籠や奥からの「解放」を意味するわけだし、外で出逢う雨という小さな「事件」をも意味していると言えようか。倫理をやぶるような話ではないとしても、雨降りの鬱陶しさに対する嫌悪が一切示されず、これだけいきいきと、あるいはうきうきと描かれているのは、私的な叙事の表情を見せながらも、その向こうに、隠喩的表現としての「傘」の意味を重ねているからに他ならない。誰でもあり得た「観覧車」の一人称は、こうした突出した方法意識により、誰かであることへと向かう。『綺羅』を経て『万葉の月』に到る頃には、方法意識は見えにくくなっているが、栗木の本質にある言葉の位相の二重性に変化はないと思われる。

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