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October 31, 2007

2007年10月31日(水)

午後、中京大学へ。今週末が大学祭らしい。各種イベントなどの派手な宣伝看板が立てられて、キャンパス内は楽しそうな雰囲気に包まれている。法被を着た学生がやたら忙しそうに動きまわっていた。オープンカレッジ「俳句を楽しむ」秋期七回目。きょうの題は「紅葉」。少し時間に余裕があったので、講評の他に季節観について話をした。終了後、家人に頼まれた買い物をして帰る。

きょうの一首。生活圏の私的な事象を選択して定型上に列記したスタイル。作品として成り立っているのかどうか、こころもとないが、なんとなく何かがそこに投影されているような気がするので、このままリリースしておく。

 深爪とか折れた傘とかメリケン粉まみれになつた豚ロースとか/荻原裕幸

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October 30, 2007

2007年10月30日(火)

午後、水ではなく緑で満たされている名古屋城の外堀を眺めながら、市役所近隣の名古屋市市政資料館へ。大正時代に控訴院の庁舎として建設されたそうで、建物は国の重要文化財でもあるのだが、そうしたいかめしい来歴とは関係なく、集会室を借りて、ねじまき句会の十月例会。参加者は七人。今回の題は「線」、それに雑詠。ぼくの出詠したのは以下の二句。

 物寂しいので街じゅうの線を踏む/荻原裕幸
 松の木がうごきだすまで見て帰る

句会後、帰宅してから、川柳についてあらためて考えていた。昨年五月に発行された川柳誌「双眸」第21号に、「読みの時代の時事川柳」と題して長い作品評を書いた折に、併せて「思い」の表現をめぐる川柳観をまとめたのだが、どうもそれ以後、考えが進まなくなってしまっている。現在の川柳の動きは、ぼくの観点からすると、「思い」の表現にこだわる人と「思い」の主体を「自己」として構築してゆくスタイルから脱却しようとする人の対立の構造に映るのだが、そこからさらに先への動きがうまく見出せないでいるのだ。過去の作品をもう少しまとめて読んでみた方がいいのかも知れない。

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October 29, 2007

2007年10月29日(月)

午後、人身事故があって地下鉄が止まっているというので、稼働している路線の駅まで歩いて行こうかと考えていたら、ほどなくして復旧した。同朋大学へ。講義はこれで五回目になる。きょうは評論についての概説と具体的な評論文の解説を進めた。表現論としてはいちばん厄介なところなので苦心する。終了後、家人から外で食事して来てと言われていたので、中村公園のパスタ屋でパスタを食べる。はじめて入る店。オーダーして、雑誌を読もうとラックを見ると、あまりにもパスタ屋的ではない印象の雑誌が並んでいて、そこはかとない不安をおぼえたのだが、パスタの味はしっかりしていた。

きょうの一首。積み重ねていると考えるか消化していると考えるかで、日々の感触はずいぶん違ったものになるが、そもそも日々が直線的に進んでいるという実感がなければ、積み重ねも消化もできないなあ、などと思いながら。

 暦の枝を伐つては接いでゆく秋の涯にあるそのかすかなひかり/荻原裕幸

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October 28, 2007

2007年10月28日(日)

縫目がわざわざ表側に出るように縫製された服がある。そういうデザインなのだと一応は理解しているが、あれはどう見ても裏返しである。家人があれを着ているとどうしても、裏返しみたいだね、と言いたくなる。きょうも外出の前にそれを言って、不憫で哀れな存在を見るような目を向けられた。だってそう見えるんだからしかたがないじゃないか、と思いながら留守番。帰宅後、母親にまったく同じことを言われたよ、と、こんどは不憫で哀れな種族を見るような目を向けられた。義母のことまでは責任もてないが、やはりどう見ても裏返しである。

きょうの一首。人に何もしてやれなかったという悔しさが、爾後、その人との距離を極端に近づけたり無限に遠ざけたりすることがあるように思う。なんとなくそんなことを考えながら。

 髪を洗ふ夜のしづかな彎曲のなかでなみだをながすのだらう/荻原裕幸

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October 27, 2007

2007年10月27日(土)

家人が外出。留守番。だというのに、うっかりしていてペットボトルを潰すのを忘れる。台風20号は名古屋をスルーして、雨のあがった夕空では鰯雲がきれいに焼けていた。

思潮社から「現代詩手帖」11月号が届く。まず、加藤治郎さんの短歌時評を読む。「『短歌ヴァーサス』は、現代短歌への十一の質問だったのである」等、終刊をめぐってのコメントを書いてくれていた。特集の一つである「詩歌句スクランブル」を読む。題の示すように、ジャンルの越境と攪拌を意図している。軸足を置くジャンルに対する掴みきっているという自負と踏み出したジャンルに対する手探りな感じ。その落差を無視すると傲慢さがにじみはじめ、意識し過ぎると卑屈さがにじみはじめるのをあらためて感じた。そう言えばと思い出して、同誌昨年12月号の「現代詩年鑑2007」をひっぱり出して、ぼく自身が書いた越境的文章「現代詩と短歌をめぐる断章」を読み直す。そこには卑屈さがしっかりにじんでいた……。

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October 26, 2007

2007年10月26日(金)

雨の一日。台風も発生したという。どこかまだ夏秋のはざまみたいな印象が抜けきらず、ときどき暑いと感じる日もあるが、それでも光熱費は正直で、すっかり秋らしい数字になっていた。夕刻、近所のスーパーへ行くと、鍋物の材料がこれみよがしにレイアウトされている。さすがにそろそろそういう季節に近づいているのだろう。荻原家も今夜はおでんとなった。

正岡豊さんが、ブログ「折口信夫の別荘日記2」で、第二歌集『甘藍派宣言』をめぐっていろいろ書いてくれていた。その筆致から、髪を撫でられているような快さと臓器に直に触られているような緊張とがこもごもにやって来る。一九九〇年の刊行なので、すでに十七年前のことになるが、自分のなかには、当時の問題がまだそのまま解決されずにある。それが快さや緊張につながるのだろう。正岡さんが言う「クラベスの響き」は、作者が自身で認識できるものではないわけだが、以後の時代にどう影響されても、初心で前衛短歌に影響された歌人が抱え続けている、ふるさとの訛、のようなものなのかも知れない。と、そんなことを考えながらの、きょうの一首。

 春を濾過あるいは夏を浄化するあなたは鳥の内部を抜けて/荻原裕幸

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October 25, 2007

2007年10月25日(木)

夜になってから神宮前へ。駅前の某所で、義姉と家人が通っている某教室が終るのを待っていた。よく見える場所で、ストリートミュージシャンが一人できもちよさそうに声をひびかせていた。思い出せそうで思い出せない曲があって、気になったのでこっそり歌詞をメモにとる。メノマエハコンペキノアオイソラダ。紺碧なのか青なのかどっちなんだろうと思っていると携帯電話が鳴る。簡単な買い物をして、家人と義姉と一緒にお茶をする。

万来舎のウェブサイトに、21日付で、江田浩司さんが「『短歌ヴァーサス』最終号を読む。」という文章を書いている。「テクストの優劣を区別する生産性のある批評の場」を語る江田さんの、この文章が発する渇望のようなものは、文脈上は、ポストニューウェーブを論じる場に向けられているが、そもそもは、短歌批評全体に向けられたものなのかも知れない。最近、結社誌「塔」9月号の時評で、なみの亜子さんが、現在の作品に対応できない短歌の批評用語の実状を指摘したり、結社誌「未来」10月号の時評で、黒瀬珂瀾さんが、典拠のある批評用語での応酬や共有認識の蓄積を求めたり、という具合に、短歌批評の既成の枠組への疑いをはらんだ言及をよく見かける。

角川書店から総合誌「短歌」11月号が届いた。第53回角川短歌賞の発表号である。この号の別の特集「旧仮名遣い・新仮名遣い」に「短歌における旧仮名と新仮名」という文章を出稿した。400字で10枚ほどだったか。仮名遣いについては、ぼく自身がいささか癖のある傾向をもっているので、この機会に資料を読み直して、できるだけ入門者的な観点から再考してみた。

本日の朝日新聞夕刊、中部版学芸欄に、隔月連載の詩歌句時評「東海の文芸」が掲載された。作家の在住エリアが限定されて、詩歌句全ジャンルが対象になるという条件は、書きやすいようでもあり書きにくいようでもある。今回ははからずも俳句関連の本が集中した。とりあげたのは、加藤哲也さんの評論集『寺島初巳秀句抄』(東京四季出版)、中村雅樹さんの第二句集『解纜』(花神社)、土井田晩聖さんの第一句集『万事』(富士見書房)である。

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October 24, 2007

2007年10月24日(水)

霜降。だというのに、ベランダの朝顔がふたたび花をつけはじめている。きのうは紅が一輪。きょうは紺と紅とで五輪。水を忘れないように、とアピールされているみたいだ。午後、中京大学へ。オープンカレッジ「俳句を楽しむ」秋期の六回目。きょうの題は「秋の暮」。事務の人から早々と春期の講座についての打診があった。終了後、八事に来ていた家人と、喫茶スペースのあるギャラリーのようなアンティークショップのような店でお茶をして帰る。

岩波書店「広辞苑」が来年一月に第6版として改訂刊行されるらしい。テレビでは新語収録をめぐってのニュースが盛んに流れていた。電子版の第5版は一応手元にあるが、ぼくが机上で頻繁に利用しているのは実は書籍版で、しかもかなり以前の版だ。国語系の項目も百科系の項目も、収録される新語を聞くたびにむしろきもちが萎えて、ついつい買わずに来てしまったが、さすがにそろそろ新調した方がいいのかも知れない。ところで、いつからか「広辞苑」を国語辞典扱いすることが定着したのだろうか。ネットのニュースでは、読売新聞も朝日新聞もともに国語辞典と明記していた(日本経済新聞は国語辞典という語をあえて回避したような書き方だった)。百科項目も含んだ鵺的用途は「広辞苑」の特徴で、それゆえ新語の幅も広がってニュース価値が生じているように思うのだが……。

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October 23, 2007

2007年10月23日(火)

桜山にある美容室でカットをしてもらう。実は、十年近くカットを頼んでいた美容師さんが八月で退職して、きょうから同じ店の別の人に頼むことになった。髪の質とか癖とか状態などを説明すると、ひとしきり鉢植えを見るように髪を見られて妙な気分だったが、前の人と同じように丁寧に仕事をしてくれる人だったので安心した。カットの途中で、髪の量が多いですね、と言われて、さほど多くも少なくもないような、と不思議に思った。しばらくしてから、年齢に対して、という社交的な意味がそこはかとなく含まれているらしいことに気づいて、苦笑を浮かべることになった。

 はじめての長髪剛きやさしさやとどろく秋の風にあゆめば/岡井隆

第四歌集『眼底紀行』(一九六七年)の一首。「少年期に関するエスキース」と題された一連に収録されている。髪を切るとしばしばこの歌を思い起こす。『鵞卵亭』以前の岡井隆と言えば、方法を前面に押し出した印象ばかりが強いが、唯一例外的に実感や体感に近いところから修辞を繰り出しているように見えるのがこの一連である。「エスキース」としたのは、方法的に無意識な見かけに対しての、ある種の含羞によるものだろう。むしろ『鵞卵亭』以後の岡井隆は、この一連を「完成作品」とみなすところから出発し、この一連の方法的バリエーションを展開した、と言っていいかも知れない。

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October 22, 2007

2007年10月22日(月)

午後、高層と言うほどでもない高さの建物がならんだ場所にいると、太陽の角度がはっきりして、日が短くなっているのがよくわかる。同朋大学へ。きょうで講義は四回目。きょうは学生たちに実際にエッセイを書いてもらった。内容もさることながら、用紙を白紙にすると、縦書きも横書きもあり、巨大な字も極小の字もあり、元気な字も元気のない字もありで、フォントや書式が消してしまう、文章のもうひとつの表情のようなものが見えておもしろかった。

きょうの一首。

 秋の字の書き順ちがふちがひつつ同じ字となる秋をふたりは/荻原裕幸

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October 21, 2007

2007年10月21日(日)

家人が外出。留守番。数日前に徹夜した疲れが残っていて、書くとか練るとか捻るとか、出力にかかわることにはまるで脳が働いてくれないので、読むとか見るとか聞くとか、入力にかかわることに耽っていた一日。

結社誌で、過去の号の掲載作を対象に、作品評ではなく、ただ気に入った作品を選んで列記するだけのコラム、というのをしばしば見かける。たぶんあれは、内輪に向けてのある種のサービスの意味を含んだコラムだと思うが、選ぶひとが自身のこだわりを剥き出しにすると、思いのほか楽しめることがある。最近のものでは、結社誌「未来」10月号の、盛田志保子さんが「ふっとめまいのしてくるような歌」と題して十五首を選んでいたコラムが、こだわりまくった感じで楽しめた。以下はそのなかの三首である。

 背中にはすきとおる傘掛けられてベンチしずかに無人なりけり/大滝和子
 間違いのように明るき雨の下二月の果てへ歩み入るべし/吉野亜矢
 広野には雪降りつもり寂(せき)として失はれゆく吾が方位あり/井田輝子

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October 20, 2007

2007年10月20日(土)

二人暮らしのせいか、食事が、外食、中食、内食、の、いずれかにいったん偏ると、流れがそのまま続いてゆく傾向がある。このところ、家人が中食に飽きて内食の流れにあったのだが、下拵えの最中に肝心の調味料が切れているのに気づくというようなケースが続いて、ふたたび外食の流れになる。きょうは、近所の中華料理店で、炭水化物をおかずに炭水化物を食べるという怖い昼食だった。

きょうの一首。尽きては殖える、の方が表現的にリアルかな、とも思ったが、この方が体験的にはリアルだ、と思った。いつか、殖えては尽きぬ、ということになるのだろうか、などとも思いながら。

 匿すこと殖えては尽きる雲のもとふたりは秋のどこに位置する/荻原裕幸

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October 19, 2007

2007年10月19日(金)

雨の一日。栄のスカイルへ。朝日カルチャーセンター「はじめての短歌」。今回の題は「船」。出席20人。出詠された20首についての講評。あいかわらずの延長だったが、それでも前回よりは短めになった。一昨日、迂闊にも「船」の一首を書いていたので、きょうの作例は旧作でお茶を濁してしまった。

ながらみ書房から総合誌「短歌往来」11月号が届いた。なんとなく通巻の号数を見ると第222号とあった。この号には「わたしのなかの」と題して13首を出稿している。テーマを固定せずに作品をまとめると、心のどこかにある、他人に知られてはいけない類の、何か妙なものが浮かびあがるような気がする、などと思いながら自作を眺めていた。

そう言えば、とある成分解析系サイトで解析をすると、「荻原裕幸」の解析結果は以下のようになるのだそうである。

 荻原裕幸の84%は魔法で出来ています
 荻原裕幸の12%は知識で出来ています
 荻原裕幸の2%は心の壁で出来ています
 荻原裕幸の2%は成功の鍵で出来ています

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October 18, 2007

2007年10月18日(木)

未明に近いがまだ星の見える時間に外へ出ると、南の空の高いところにうっすらとオリオン座がある。東の空には遊星があざやかに光っていた。たぶん火星。名古屋のこのあたりの空は、関心がもてないほど星が見えないわけでもないが、星座をたどろうと思ってもなかなかはっきりは見えない。中途半端である。

 柿の花それ以後の空うるみつつ人よ遊星は炎えてゐるか/塚本邦雄

間奏歌集『森曜集』(一九七四年)の一首。「柿の花」がどこか俳句的な用法なので「それ以後」が一日の時間帯を言っているようにも見えるが、夏から秋へと向かう季節のめぐりと捉えても間違いではないだろう。この遊星=地球=世界の当時の病み具合を嘆きかつ鼓舞しているようでもあり、みずからが燃えることのない星の属性に喩えて絶望を甘受しているようでもある。

テレビ番組のテキスト誌である「NHK短歌」11月号が届いた。川野里子さんが、歌集『永遠青天症』の一首「卵ふたつまどかに焼けてつながりて妻にまたふたつに断たれをり」を文中に引用してコメントしている。「妻の機嫌を伺っているかのような夫の視線」等々。おもしろかったので家人に読ませる。

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October 17, 2007

2007年10月17日(水)

中京大学へ。大学祭が近いようで、門がきれいに飾りつけられていた。オープンカレッジ「俳句を楽しむ」秋期の五回目。きょうの題は「木犀」。前回の秋刀魚の題のとき、講評をしていてはげしくお腹が空きはじめたのだが、今回は嗅覚をやたらに刺激された。講座後、某所のベンチで一人缶コーヒーを飲みながら、連想だけでどれだけ感覚がリアルにたちあがるかを試したりしていた。

きょうの一首。

 十月のひかりがふくむかすかなる不安をあびて船を見にゆく/荻原裕幸

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October 16, 2007

2007年10月16日(火)

栄の愛知芸術文化センターへ。定例の読書会。参加者は5人。テキストは柄谷行人『探求』の一部分。何回も読んだテキストだが、読み尽くしてはいないことを確認するような展開になった。終了後、ペギー珈琲店で珈琲を飲んでから中日ビルのとにおに移動して食事をする。歓談と議論の続きなど。

青磁社のウェブサイトに、15日付の時評として、大辻隆弘さんが「ネット短歌の終焉」という文章を書いている。短歌ヴァーサスの終刊および終刊号をめぐる発言である。曰く、終刊号の「全体に流れているのは、歴史的文脈のなかで自分の立ち位置を確認しようとする新人たちの危機意識」だという。そうかそう見えるのかと不思議な気分になりながら読んでいた。

歴史に縛られない浮力感とか。歴史から逸れてゆく暴走感とか。そして歴史のなかに何かを再発見する回帰感とか。新人にかぎらず、歴史をめぐる表現者の側の感覚のありようを考えてゆくと、それぞれにサイクルを違えながら、そうした浮力感、暴走感、回帰感などを何回も経てはそのたびに自身の世界を更新してゆく姿が浮かぶ。ただし、短歌というジャンルには、浮力感や暴走感をめぐるサイクルの極端に短い人やそれが無いように見える人が多い気がする。この観点から言えば、相対的にではあるが、短歌ヴァーサスは、終刊号を含めて、浮力感や暴走感などが回帰感よりもきわだつことで一つの特徴づけができる場だったのではないだろうか。

一九九〇年代の半ばに、ライトヴァース/ニューウェーブに関連する、終った発言、がいろいろとあったように記憶している。そのあたりからむしろ、既成の短歌史には収まりきらないウェーブの拡散が本格化しはじめた。ここから先、ふたたび同じような風景を見ることになるのか、大辻さんの言う「短歌の歴史という巨大なものの前で、ひとりひとりのうたびとが、ちっぽけな営みを続けてゆくという、当たり前の情景だけ」が残るのか、それはわからない。ただ、人が終焉を感じてそれを語るのは、あたりまえではない新たな何かに直面する予感のなかにあるとき、という気もする。

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October 15, 2007

2007年10月15日(月)

未明、ごみを捨てに外へ出ると、まだうっすらと青いだけの空に、ものすごくきれいな鰯雲がひろがっていた。何だか得をしたような気分になる。午後、同朋大学へ。キャンパスの前で市バスを降りると、昨年の受講生だったKくんに声をかけられる。講義はきょうで三回目。一九八〇年代に書かれたテキストのところどころに時代的な註釈を入れながら話を進める。一九八〇年代のテキストに註釈が必要という事態にはどこか違和感をおぼえるが、考えてみれば、当然か。

きょうの一首。戯歌。地下鉄にこんな感じの人がいた。自分もたまにこんな状況になることがある。妙な時代である。

 俺のかな俺のぢやないな誰なんだまだ出ないのかあれ俺のかな/荻原裕幸

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October 14, 2007

2007年10月14日(日)

家人が外出する。留守番。名古屋の巷は名古屋まつりで賑わっていたらしい。むかしはときどき父と見に行ったなあと思い出したが、記憶はかなりぼんやりしている。考えてみれば、郷土英傑行列を最後に見たのは十歳前後だ。はっきり憶えているのは、パレードの英傑に、実際の人物としての関心が強くなって、祭の底抜けの明るさにギャップを感じたこと。たぶんそんな影響もあってあまり興味をもてなくなってしまったのだと思う。

そう言えば、ギャップを感じて遠ざかってしまった件は他にもあった。同じく十歳前後のことである。当時、第二次大戦中のドイツ陸軍の1/35スケールのプラモデル(タミヤの「ミリタリーミニチュアシリーズ」)が大好きで、初期型のタイガー1とか18トンのハーフトラックとか88ミリ砲とかキューベルワーゲンとかシュビムワーゲンとかBMWのサイドカーとか、そうした戦闘車輛類に兵士のフィギュアを組みあわせて飾ってはうっとりと眺めていた。人気のあった商品なので、当時そういう男子も多かったはずだ。ただ、何にせよ、モデルの時代背景が時代背景なだけに、あれこれ知りはじめると、なかなか素直にうっとりとはできなくなる。少年時なので、飽きた、という面もあったのだろうが、知らず知らずその世界から遠ざかってゆくことになった。

つらつらとそんな思い出に耽っていて、ふと繋がったのが、先に刊行された石井辰彦さんの最新歌集『蛇の舌』(書肆山田)の次の一首だった。

 なぜ美しいのだらう、か? ぴかぴかの戦闘機、とか、戦艦、とか、は

本来、連作のコンテクストから読むべきではあるのだが、三十数年前のあの頃の感覚がこの一首に繋がって、むくむくと蘇りはじめた。この一首のもつ、呪文のような力は、兵器(たとえそれが写真や映像やミニチュアであったとしても)に向ける人の視線を迷宮のような場所に連れこむようだ。テロを憎むとか戦争を憎むとか死者を悼むとか、そういう倫理や正義の次元を超えたところで示される疑問符の重さには、眩暈に似たものを感じる。

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October 13, 2007

2007年10月13日(土)

気づいたら眼鏡のレンズがかなり曇っていた。拭く。気づいたら爪がやけに伸びていた。とりあえず手の爪を切る。気づいたらキッチンの空の牛乳パックが山になっていた。きょうのところは気づかないふりをする。気づいたら下顎の右側に違和感のようなものがあった。虫歯の痛みでもないようだけどと気にしていたのだが、気づいたら消えていた。

 朝顔の紺の彼方の月日かな/石田波郷

句集『風切』(一九四二年)の秀句。初版は「かなた」と平仮名での表記だったようだ。一昨日の永島靖子さんの句には、この句の無意識的な投影があるのかも知れない。なぜ「彼方の」に時間の遠さを感じるのか、自分でもうまくわからずにいたが、たぶんこの句の印象がどこかに残っていたのだろう。そう言えば、数日前、家人がベランダの朝顔の種子を収穫していた。今年の荻原家の朝顔は、八事の興正寺の縁日で買った苗を植えかえたもので、紅と紺と白の三種類。気まぐれな咲き方だったが、大輪でとても綺麗だった。

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October 12, 2007

2007年10月12日(金)

日々秋に向かっているのかと思えば、きょうの名古屋は夏日だったという。夕刻に外出、瑞穂陸上競技場の近くまで歩く。帰りに、切らせた食材を揃えておこうと、通り道にあるスーパーに着いたところへ、店のなかから見おぼえのある顔があらわれて、あぁ、と互いに気づく。中学時代の同級生だ。妙な場所で会ったなあと思っていたが、そこは彼女の従兄が経営している店なのだそうだ。目に見えない網のようなものを感じながら、自分が何十年も同じ領域に暮らしているのだとあらためて思い出した。

きょうの一首。

 橋を渡るたびに何かが欠けてゆく何かが何かわからぬけれど/荻原裕幸

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October 11, 2007

2007年10月11日(木)

夜、気分転換に歩く。外気はすでに涼と言うよりも寒に近い感じか。近所のコメダ珈琲店本店へ。午後十時を過ぎても空席は少ない。歓談のため、あるいは、沈黙にひたるため、人が集まって来ている。

 一枚の絹の彼方の雨の鹿/永島靖子

季語を俳句の、いまここ、だとするならば、この句は、秋雨にけぶる鹿の姿の属目であり、視界を覆ってひろがる一枚の絹の存在を感じているのだと読める。けれど、彼方、という語のひびきには、距離だけではなく時間の遠さの意味も含まれているように感じられてならない。であれば、視界にあるのは一枚の絹の方であり、雨の鹿は属目ではなく幻視されていることになる。どちらと解するかは俳句観にもよるのだろうが、一枚の絹を契機に雨中の鹿を想う人の姿、を考えるのが自分の好みではある。句集『眞晝』(一九八二年)所収。

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October 10, 2007

2007年10月10日(水)

秋晴の、暑くもなく寒くもない、いかにも秋な感じの一日。中京大学へ。オープンカレッジ「俳句を楽しむ」秋期の四回目。きょうの題は「秋刀魚」。質疑を交えながら講評。秋刀魚はむろんいまでもふつうに食べられるわけだが、俳句だとどこかノスタルジアがたちあがる気がする。煙や炎や匂いといった、秋刀魚の句の主要な小道具が、現代の生活空間から逐われつつあるからだろうか。

きょうの一首。状況確定のためのコンテクストがかなり緩いが、調整すると何かが壊れるような気がするのでそのままにした。

 ではまたと扉の閉まるひとときに虚を衝くやうな表情をする/荻原裕幸

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October 09, 2007

2007年10月9日(火)

寒露。週末、家人の風邪がぶり返す。経過を見ていても、なかなかすっきり治らないようなので、付き添って近所の内科へ行く。いったん診察室から出て来た家人が、別室で何か治療をしてもらう気配なので、何? と訊いたら、マスク越しにもごもごと鼻声で、ぎゅーにゅー、とか言っている。ぎゅーにゅー? ぎゅーにゅー! 牛乳? ぎゅー!にゅー! といった感じの世にも間抜けなやりとりを待合室で繰りひろげた後で、薬の吸入だとやっとわかった。

俳句誌「OLD STATION」第13号、短歌誌「かばん」10月号、俳句と連句誌「獅子吼」10月号、短歌誌「未来」10月号、中西洋子さんの第四歌集『雲出川』(砂子屋書房)、松平修文さんの第四歌集『蓬(ノヤ)』(砂子屋書房)などが届く。ちなみに、届いた本の列記は、とりあわせがおもしろい、と感じたときに書いている。きょうの一首。砂時計をモチーフにした俳句の作例を書こうとして、なぜか短歌になってしまった。

 秋の砂時計に秋の砂が降つてパスタの茹で具合などを報せる/荻原裕幸

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October 08, 2007

2007年10月8日(月)

体育の日。未明、ごみを捨てにマンションのごみ捨て場に行くと、鴉と猫の対策のためにかけてあるネットのなかに、どこからか一匹の猫が入りこんで、ごみ袋の山を物色していた。外に出そうと近づいたところ、慌てて逃げようとした猫が勢いよく突進してネットに行手を阻まれる。事情が飲みこめないのか、パニック状態になった猫は、小刻みにステップを踏んでは闇雲な突進を繰り返し、そのたびにネットに行手を阻まれている。落ち着けよ、と声をかけてみたが、伝わらないようなので、必死に脱出を試みる猫をしばらく眺めていた。

きょうの一首。いつか誰かにこれに類することを言われた気がする。

 たぶんあなたの見てゐるかげはわたくしの十年以上前の紅葉/荻原裕幸

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October 07, 2007

2007年10月7日(日)

家人が外出。留守中、そう言えば、と思い出して、キッチンのすみで山になっていた空のペットボトルを潰す。ボトルを潰すときのあの音を家人が嫌うので、一人になるとこの作業をする。床に置いたボトルを足で踏むと、ひとつひとつが微妙に異なったわけのわからないかたちになる。お、これはいいかたち、とか、これはなんかへんなかたち、とか、わけのわからないことを思いながら、ボトルをすべて潰して分別用のごみ袋に詰めこむ。山になっていたボトルを小さな袋に収めて、大したことでもないのにすっきりした気分になる。

きょうの一首。はじめは、何が、が大切だったのに、やがて、そうである、ことだけが大切に思われて来て、このかたちになった。

 ありきたりの秋のなかからあらはれて思ひがけない翼をひらく/荻原裕幸

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October 06, 2007

2007年10月6日(土)

午後、家人と外出。瑞穂郵便局へ行くと、駐車場のすみで某社の腕章をつけた女性記者がカメラをぶらさげて脚立に腰かけていた。もう一人、同業者らしい男性もいた。ローカルのニュースで、DM料金の不正云々で捜査、と報じられていたので、たぶんその関連なのだろう。熱田のイオンへ行くと、週末のにぎわい、といった感じの人出。乳製品とか野菜とか果物とか、冷蔵庫のストックを補充するような買い物をする。帰りに和食系のカフェテリアで遅い昼食をとる。秋刀魚の塩焼、雑魚おろし、菠薐草のおひたし、章魚と胡瓜の酢の物、蒟蒻のおでん、鶏肉系の煮物、冷奴、若布の味噌汁、白ごはんを食べた。

きょうの一首。風呂あがりってそれなりに本気でこんな風に感じる。

 浴槽の栓をはづせばうづなしてどこかへ消える湯もわたくしも/荻原裕幸

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October 05, 2007

2007年10月5日(金)

栄のスカイルへ。朝日カルチャーセンター「はじめての短歌」。きょうは19人の出席。十月からの新しい受講者も数人いた。題は「風」。秋らしい爽やかな気候を想定しての出題。もっとも、ぼく自身が半袖で外出し、教室では扇を使っているような一日であった。ふだんどおりに講評を進めたつもりだったが、どこでテンポがずれたのか、終ってみると一時間の延長になっていた。講座後、所用と取材で栄をぐるぐる歩きまわる。

講座で発表したぼく自身の題詠は以下の一首。

 カーテンはまどかに揺れていたはりのことばのやうにとどく秋風/荻原裕幸

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October 04, 2007

2007年10月4日(木)

午後、パスタを茹でるために湯を沸かしていたら、義母が食事を届けに来てくれた。あと数分であやうく昼食のデザートにパスタなどというわけのわからないことになるところだった。家人の風邪はどうにか治まりつつある。

栄の愛知芸術文化センターへ。東桜歌会の例会。参加者は10人。斉藤斎藤さんが初参加。題詠「星」ならびに自由詠。扱いやすい題だったせいか、詠草全体に元気な感じがあった。ぼくの出詠したのは以下の二首。

 魚から鳥にその後ひととき星になりふたたび鳥にもどる寝姿/荻原裕幸
 気になる音がしはじめたので反射的にあなたの沼の底を思つた

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October 03, 2007

2007年10月3日(水)

午後、中京大学へ。オープンカレッジ「俳句を楽しむ」秋期の三回目。講座のはじめに獣の「犀」をキーワードにした句についての質問が出た。俳句でそれなりに好まれているところもあるようだが、どこか書きにくいし読みにくい印象がある。幻獣としてのイメージも不安定で、動物園で見る以外のシチュエーションを考えにくいからだろう。短歌のように饒舌な詩型ならばもう少し事情が違って来るのだが。きょうの題は「秋の声」。講評と質疑応答。講座後、ジャスコでレトルトのお粥などを買って帰る。きのうから家人が風邪で熱を出している。

青磁社から、例の一連のウェブ時評、論争、シンポジウムの記録集『いま、社会詠は』が刊行されている。掲載されたディスカッションの内容には賛同できる部分と大きな疑問を抱いた部分とがあったが、むろんそのような短歌観の差異の次元を超えて、シンポに参加できなかった人間が、考えをまとめてゆくきっかけにすることができる構成になっている。また、社会詠が、題詠全盛のこの時代の影響をどう受けているかを考えることは、短歌の現在の風景全体を俯瞰する方法の一つでもあるだろう。良質な企画だと思う。

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October 02, 2007

2007年10月2日(火)

近所の麺麭屋のイートインで遅い朝食をとる。この店、行くと九割以上の確率でBGMに竹内まりやを流している。竹内まりやを聴きながら、サンドイッチを食べて紅茶を飲んだ。きのうから民営化されたという郵便局へ。ニュースでは大きな混乱もなく云々と報じられていた。大きな混乱はなかったが、小さな混乱は目白押しのようでもあった。スーパーで買い物をする。梨の棚を見ると、幸水がほとんどなくなり、豊水と二十世紀がメインに。新高も並びはじめていた。秋が深まっているらしい。

姫路文学館で開催されていた特別展「恋うたの現在」が終了して、企画担当の人から手紙と講演のときの写真が届く。八月下旬の姫路へ行って、講演をして同展の色紙と写真を見て文学館所蔵の岸上大作の「ぼくのためのノート」を見て姫路城を遠望して若い短歌の仲間と話しこんだのを懐かしく思い出したが、その日からはまだ一月余りしか経っていないのだった。この懐かしい感じは何だろう。

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October 01, 2007

2007年10月1日(月)

十月を東京で迎える。寒い。一昨日も昨日も半袖だったが、さすがに風邪をひきそうな気がしたので長袖にした。外ではちょうどいい感じだが、建物のなかでは暑いので袖をまくりあげる。面倒な季節である。

午後の新幹線で帰名。名古屋駅からそのまま帰宅せずに同朋大学へ。講義の二回目。受講者は29人で確定したらしい。きょうはエッセイについて、ジャンルの概説と作品紹介。ごくふつうの文章に見えるテキストにどのような仕掛があるのかという解説をする。講義後はまっすぐに帰宅。郵便物その他いろいろなものが山になって迎えてくれた。

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