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December 31, 2007

2007年12月31日(月)

大晦日。二〇〇七年が終る。

ブログを再開して三か月余りが過ぎた。日記と新作短歌をベースにしたスタイルは、しばらくこの感じで粛々と続けようと思う。ブログ内コラムも折々に企画するつもりでいる。読者に感謝しつつ。

今年最後の、きょうの一首。「わたしのなかのひと」は、倉橋由美子のエッセイ集に『わたしのなかのかれへ』というのがあるので、たぶん無意識にそこから連想したのだと思うが、どこか2ちゃんねる用語っぽい気もする。ともあれ、二〇〇八年もどうぞよろしく。

 どのやうな年だつたのか逝く年をわたしのなかのひとに訊ねる/荻原裕幸

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December 30, 2007

2007年12月30日(日)

午後、家人が義母と義姉と買い物に出ている間、書斎やリビングや寝室などの拭き掃除にはげむ。書斎のカーテンを新調した。分担して分割して大掃除を進めたため、掃除をしたという実感がさっぱりないが、ほぼ完了した。

きょうの一首。牧野芝草さんに出題してもらった「灯油」。これもメモをとるつもりでいたのだが、拭き掃除をしながらつくってしまって失敗した。灯油が題でなければ、たぶん同じモチーフでも原油か石油ということばになって、雪にはつながらなかったのではないかと思う。掃除の途中で一度、辞書で「こんこん」の意味をすべて確かめた。

 灯油高騰するからくりのこんこんと雪ふるなかに埋れて見えず/荻原裕幸

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December 29, 2007

2007年12月29日(土)

午後、父母が遊びに来る。ケーキを食べながら四人で歓談。夕刻、義母と家人とコメダ珈琲店で歓談。近所に実家があるので、帰省をするということがない。一度は体験してみたいとも思うが、いまは便利だと思うことにしている。きのう壊れてしまったシェーバーを新調した。

「現代詩手帖」1月号の久谷雉さんの詩誌月評に以下のようなくだりがあって付箋をほどこした。久谷さんの作品や文章を読むと、はじめての何か、を、むかしから知っていたように錯覚してしまうことがある。良質なことばの証左だろう。

 詩の言葉というのは素晴らしい眼鏡になりうる。しかしそのあつかい方をまちがえると、みえるはずのものがみえなくなってしまう。あるいはみえないものがあることに気がつかぬまま、詩を書こうとしてしまう。実際、書けてしまうのだから恐ろしい。/久谷雉

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December 28, 2007

2007年12月28日(金)

夜、風呂に入っていると、マンションのどこからか、こどもたちの「お正月」の大合唱が聞こえて来た。もういくつねるとお正月、のところと、はやく来い来いお正月、のところは、息がぴったりなのだが、途中の、遊戯をあげてゆくところは、おのおのが好き勝手な調子でうたって、しかも歌詞がてんでばらばら、なにがなんだかわからない感じだった。凧揚げとか独楽回しとか鞠つきとか羽根つきとか、いまや誰もしないのだろうし、そもそも誰も知らないのかも知れない。十回ほど繰り返してうたったあと、飽きてしまったのか、急に静かになった。

きょうの一首。いまの気分をかたちにしてみた。

 オカリナのなかに小さな空あればひかりかすかに年の瀬をゆく/荻原裕幸

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December 27, 2007

2007年12月27日(木)

夕刻、食事に出たついでに、研ぎを頼んであった包丁を受けとる。刃物屋さんではない某飲食店が、一本あたり二百円で研いでくれるというので、先日まとめて頼んだところ、価格からは予想できない仕上がり具合だった。きれいになった刃を見ながら、これまで雑に使っていたことを反省する。きょうの一首。

 ふゆの日はふゆのひかりをやどらせてひとの利手にひかる包丁/荻原裕幸

本日の朝日新聞夕刊、中部版学芸欄に、時評「東海の文芸」の年間回顧が掲載された。散文を清水良典さんが韻文を荻原が担当。連載担当の記者さんが今回から交代した。今年の名古屋周辺は小説の勢いばかりが話題になっていてとても書きにくかったのだが、それを過剰に意識しないように留意しながら、時評でとりあげることのできなかった本について粛々と言及した。

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December 26, 2007

JUNCTION #1

 
 
  はるびん   島なおみ
 
 
 
 紫陽花のかげに殖えゆくかまきりのむかし生物兵器はみどり

 それまでは静かな午後であつたでせうみどりがゆれる銃座のほとり

 殺戮者を王座に据ゑた画のなかを夏闌けて獅子の舌濃きみどり

 枕木も芽吹いたらうか翌年の哈爾濱駅の春あめあがり

 羊膜がアジアを包むさんぐわつの空よわたしは黄いろでゐたい
 
 
 
  *作者ブログ(Where can we go in the sand-fleet?)
   http://absolutepitch.typepad.jp/blog/

JUNCTIONは、不定期に開催するブログ内作品展です。初回は、島なおみさんの短歌「はるびん」五首です。「生物兵器」に「哈爾濱」、ずどんと重くなる主題を抱えた一連のようですが、澄んだ表情のことばたちがめざすのは、その主題とはまた別の世界なのかも知れません。脚韻風な各結句のかたちもきれいですね。どうぞお楽しみ下さい。感想等、コメント欄にいただければ幸いです。

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2007年12月26日(水)

マンションの玄関ドアに飾られたクリスマスリースが一斉に外された。年末への足どりが一気に加速するのだろう。気象予報によれば、この数日中に寒波が来るという。早く掃除を済ませた方が良さそうなのだが、まだ手がつけられない。結社誌の新年号もすでに届きはじめている。あけましておめでとうございます、と挨拶の入ったものもあった。

ささやかな試みとして、ブログ内に他者による作品コラムをつくってみた。

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December 25, 2007

2007年12月25日(火)

あすが粗大ごみと古紙の回収日なので、夜、不要になった書棚を運び出したり新聞の整理をしたりする。新聞の整理をしながら、長嶋有さんが朝日新聞夕刊に連載している小説「ねたあとに」を読み直す。空間描写に短詩型風な味わいのある長嶋さんの文体を丁寧にたどっていて、ふと「ケイバ」をやってみたくなったのだが、考えてみたらいまは手元に麻雀牌がなかった。

きょうの一首。完全に廃れたわけではないはずだが、家で卓を囲んでの麻雀、というのは、どこか昭和の風景めいている。四人家族がふつう、だった時代のシンボルでもあるのだろう。ちなみに、ぼくも小学生の時分に家庭で覚えた。覚えると何にでものめりこむ性格で、『阿佐田哲也のAクラス麻雀』等、麻雀の本を読み耽る小学生に、両親が顔をしかめていたこともあった。

 ロンといふ声をあかるくひびかせてゐた家が冬草にしづまる/荻原裕幸

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December 24, 2007

2007年12月24日(月)

振替休日。午後、プレゼントというわけではないのだが、二つの実家に届けものをして、夜はどこにも出かけない静かなクリスマスイブ。ケーキのかわりにモチクリームなるものを食べた。餅皮に洋風の餡や生クリームをつめてあって、見た目は奇妙な大福という感じだが、味はとてもおいしかった。小ぶりなので何個でも際限なく食べてしまえるところが難点と言えば難点か。

きょうの一首。ピザの宅配の若者たちが着ているところも見かけた。自分には経験がないのでよくわからないが、楽しいものだったり、照れくさいものだったりするのだろうか。ともあれ、メリークリスマス。

 レジだとか寝室などでそれぞれの事情があつて着るサンタ服/荻原裕幸

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December 23, 2007

2007年12月23日(日)

天皇誕生日。夕刻、義母と義姉と家人と四人で外出。巷はすっかりクリスマスである。ロイヤル系の和食の店で食事。流れでなんとなく入った店だが、四人ともに好評だった。義姉にごちそうしてもらう。場所を移ってお茶をしてから帰宅。

 ゆびさきの温みを添えて渡す鍵そのぎざぎざのひとつひとつに/東直子

第二歌集『青卵』(二〇〇一年)の一首。「渡す鍵」とは、恋人から恋人に渡される一人暮らしの部屋の鍵なのだろう。二人が、鍵や部屋だけではない何もかもを共有してゆくときめきの過程を、鮮やかにトリミングして見せている。二人の未来にどんな時間が待つのかはわからないが、楽観も悲観もここにはなく、ただこの一瞬が一首のなかで永続してゆくのだ。永遠を手にすることは誰にもできないが、永遠を感じる時間というのはたしかに存在すると思う。

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December 22, 2007

2007年12月22日(土)

冬至。だというのに、雨が降っていて、どこまでが昼でどこからが夜なのか、あまりはっきりしない一日だった。

先日、地下鉄で、週刊現代の中吊り広告に伏字があるのを見た。マクドナルドの批判記事の見出しで、「『マクドナルド』を/■■■はいけない!」。伏字の中身は丸わかりであるし、伏字状態はことさら人目をひく。広告の表現手法として効果はあるのだろうが、何か嫌な感じだ、と思っていた。ところが、これ、週刊現代の表現手法というわけでもなく、媒体側からのクレームによって三文字分を墨塗りした結果だったらしい。きょうになってネットのニュースで知った。誰が何にどう配慮しようとしたのかがよく理解できない。

きょうの一首。Sさんからメールでもらったリクエストによるものだが、きちんとこたえられたかどうか、自分ではよくわからない。

 粉雪のよるにすべてが奪はれるやうな気がしてあなたに傘を/荻原裕幸

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December 21, 2007

2007年12月21日(金)

昨夜、日付が変ってすぐの頃、棋士の羽生善治さんが、A級順位戦で勝って通算一千勝をあげた。史上八人目。史上最速での達成。終局間際だけネットで中継を見た。自身はまったく将棋を指さなくなったが、プロの対局中継や棋譜を見るのは楽しい。スポーツ観戦とほぼ同じ感覚である。

午後、栄のスカイルへ。朝日カルチャーセンター「はじめての短歌」。年内の最終日。一月の講座開設からちょうど一年が過ぎたことになる。22回目。きょうは18人の出席。題は「砂」。講座で見せたぼくの題詠は以下の一首。

 楷書でも草書でもないまろやかな字が残るゆふやけの砂場に/荻原裕幸

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December 20, 2007

2007年12月20日(木)

夕刻、桜山へ。喫茶店で遅い昼食をとってから美容室へ。ほぼ二か月のばしっぱなしだった髪をカットしてもらう。

地球外から飛来する未確認飛行物体をめぐっての閣僚発言が報じられている。関連のニュースをはじめに聞いたときは、質問した民主党議員への批判報道なのかと思っていた。それが、閣僚が次から次へと喰いついて、いつの間にか政府批判の話題になっている。地球外生命について考えるのは、大切なことの一つだと思うのだが、どこかむかしながらのオカルト談義の論調そのままで、懐かしいような空しいような感じがある。きょうの一首。

 UFOの写真につどふあの冬のにがき写真につどふこの冬/荻原裕幸

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December 19, 2007

2007年12月19日(水)

早朝、キッチンに山となっていた不燃ごみを運び出す。愛着が薄れるとすべてのものがごみになる。絶対にごみにならないものって何だろう。

きょうの一首。牧野芝草さんに出題してもらった「急行」。先日と同じくノートに手書きでとったメモを付す。雑然としているし、仮名遣いも混淆状態で、メモそのものを整理したくなるが、一応そのままにしてある。

 急行、の止まらない場所、駅
 急行の止まらぬ駅に
 急行では行けない場所に
   孤島のやうな
   人が、ひかりの束が、粒が
 わたくしを内から照らす  ふりそそぐ雨
 わたくしの内からつもる  ふりつもる雪
   わたくしの内部につもる
 誰も見ないものを覆う、覆って

 誰も見ないものを覆つて急行のとまらぬ駅にふりつもる雪/荻原裕幸

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December 18, 2007

2007年12月18日(火)

書斎ではオイルストーブを使っているのだが、喫煙用に換気扇をずっとかけっぱなしにしているせいか、かなり寒いらしい。らしい、と言うのは、自分ではなく家人の感想だから。そう言われてみれば、暖房のない玄関のスペースよりも書斎の方がさらに寒いような気もする。

あすが不燃ごみの収集日なので、大掃除であちらこちらから出て来た古いビデオテープを整理していた。三十代で亡くなった知人が、某テレビ番組に出演したときの映像が出て来て、夫君と一緒に明るい笑顔を見せていた。しばらく記憶が走馬灯状態になった。泣き出しそうになってビデオを止める。ラベルにメモをして二度とまぎれないようにケースに収納した。

きょうの一首。冬の音、というものを考えていたら、日常がいかに電子音にまみれているかを思い知らされる。少しそれに逆らってみた。

 警告とか完了とか着信などの音のかなたにある冬を聴く/荻原裕幸

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December 17, 2007

2007年12月17日(月)

午後、同朋大学へ。ベンチに坐っていると、隣りにいた女子大生が二人、キャンパスを行く学生たちの服装について寸評をはじめる。あのこのブーツイン、おばさんくさくない? とかなんとか、次から次へとそれはもう言いたい放題に。鳥の声を聞くようにそれをぼんやりと聞いていたのだが、やがて、わたしたちなんでいまここでファッションチェックしてるんだろうね、と言って笑い出したところで、急に笑いが伝染しそうになったので、立ちあがって教室の方へ向かう。文章表現の講義の十二回目。きょうは散文詩の作品を読み進めた。年内の同講義はこれで最後となる。帰りに行くいつもの喫茶店が早々に店を閉めていたため、別の喫茶店で珈琲を飲む。スポーツ紙を読んでから短歌のメモをとる。二人分の弁当を買って帰宅する。

きょうの一首。初句の字足らずを条件にして書いてみた。水彩画のようなタッチをめざしたのだが、鉛筆での下書きレベルを出ていないような気もする。

 校舎の午後をひざしが枯れてゆく窓をはなれた席から順に/荻原裕幸

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December 16, 2007

2007年12月16日(日)

午後、家人の友人が五人で、一人は娘さんを連れて、遊びに来る。女性六人と女の子一人のつくる何か大きな渦のようなものに巻きこまれながら一緒に食事。しばらくこの渦のなかにいたい気もしたが、その後は彼女たちの話の邪魔をしないように書斎にひきこもる。

きょうの一首。牧野芝草さんに出題してもらった「柚子」。ノートに手書きでメモをとりながら、書きあげてゆくプロセスをかたちとして見えるようにした。書法にもう少し思考の流れが見えるような工夫が必要だとは思うが、きょうのところはとりあえずこれで。

 柚子湯、冬至
 柚子を買う、湯に浮かべる
 湯に浮かべて、待つ
 柚子を浮かべて何々を待つ
 柚子を浮かべて誰々を待つ
 柚子を浮かべて足音を待つ
 湯に柚子を浮かべて
 わたしのなかの暗がりに
 湯にそしてわたしのなかの暗がりに

 湯にそして私のなかの暗がりに柚子を浮かべて足音を待つ/荻原裕幸

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December 15, 2007

2007年12月15日(土)

寒い一日。ぱらつく小雨にどこか霙っぽい感触があった。夕刻を過ぎて義母と義姉と家人と四人で出かける。外で食事。夜、家人の髪のカラーリングをする。

菱川善夫さんが亡くなった。享年七十八歳。愕然として呆然となる。菱川さんは純然たる短歌評論家であった。そして、前衛短歌を中心に据えて現代短歌の輪郭を構築した。殉ずる、などと言えば、どこか大袈裟にひびくかも知れないが、菱川さんに限っては、文字通り、前衛短歌に殉じた人生だった、と言ってもいいだろう。中井英夫が結果的に前衛短歌をプロデュースしたのとは違って、菱川善夫は意識的に前衛短歌をディレクションした。

評論「実感的前衛短歌論−『辞』の変革をめぐって」(一九六六年)は、前衛短歌の方法を「辞の断絶」(正確には「辞の切り捨てによる断絶」)という視点から時代的に意義づけた。一方、評論集『歌のありか』(一九八〇年)では、前衛短歌を「想像力の犯罪性」という視点から戦後短歌史のなかへとわかりやすく位置づけた。これらを含む菱川のロジックが存在しなければ、短歌は、大切なものを欠いたまま、現在とはかなり違う時間をたどることになっただろう。

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December 14, 2007

2007年12月14日(金)

午後、ねじまき句会の十二月例会。矢場町で地下鉄を降りて久屋大通の東側に出ると、大津通のにぎやかさとは違って、いかにも名古屋的な、静かなビル街がひろがっている。通りに面した某ホテルの一階にあるビストロしゅりあんへ。忘年会を兼ねて食事をしながらの句会。参加者は五人。出詠者は七人。今回は一句のみの出詠で、題詠「紫」。ぼくの出詠したのは以下の句。

 夜更かしをして紫が抜けてゆく/荻原裕幸

週刊読書人の12月21日号が届く。年末恒例のアンケート特集「二〇〇七年の収穫」が掲載されている。ぼくも、今年印象に残った本三冊をあげて、コメントを付して出稿した。ざっと見たところ、37人の出稿者中、詩歌句にかかわる人はぼくを含めて4人いたが、選択は見事にばらばらだった。

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December 13, 2007

2007年12月13日(木)

午後、父母が来る。衣類と果物を渡して、魚と肉と果物をもらう。別に物々交換に来たわけではないのだが、事の流れでそんな具合になった。夕刻、伏見へ。朝日新聞名古屋本社の謝恩パーティに出る。一年の紙面づくりにかかわった筆者や有識者たちの集まりで、80人ほどでにぎわう。ぼくも時評の連載をしている関係で、いろいろな肩書の付いた人にまぎれて毎年出席させてもらっている。新聞社側のスタッフが紹介されるなか、そこで会うのははじめてのはずなのに名前と顔におぼえのある一人がいた。笑みかけられて気づけば、もうずいぶん会っていない母方の従兄だった。三十数年ぶりに再会する。

パーティには、上半期の芥川賞を受賞した諏訪哲史さんも来ていて、終始話題の中心になっていた。スピーチでは「すばる」1月号の「『ナゴヤ文学革命』、始まる!?」での清水義範さんとの対談の裏話などが披露された。諏訪さんをはじめとして「ナゴヤ文学革命」(という書いていて恥ずかしくなる呼び名の現象)を信じている様子は誰にもないのだが、どこかに、まんざらでもない、的な空気が流れていた。同誌の清水良典さんの文章に「『二流』の街である名古屋は、二流国に劣化した日本の、リアリズムの中心」というフレーズがあったのを思い出しながら、リアリズムの中心で苦笑を浮かべる一夜であった。

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December 12, 2007

2007年12月12日(水)

終日、家人と大掃除。下旬になってから、と思っていたのだが、二人で動けそうな日があまりないので、とりあえず、きれいにする掃除とかたづける掃除の、きれいにする掃除は下旬にするとして、かたづける掃除をむりやりきょう一日で終らせることにした。押入につめこんであったものをすべて広げる展開になり、永遠に終らないような絶望的な気分になりつつも、予定していたところまでなんとかクリアする。家のあちらこちらが粗大ごみとか不燃ごみの山と化した。

きょうの一首。

 天袋から箱降ろすとき箱が鳴く怪しげに鳴くあけずに戻す/荻原裕幸

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December 11, 2007

2007年12月11日(火)

小雨が降ったりやんだり。栄の愛知芸術文化センターへ。定例の読書会。新しいメンバーが一人増えて参加者は7人。今回のテキストは『いま、社会詠は』(青磁社)。年末なので読みやすいものを、という意見が出てこの本になった。ひさしぶりに短歌関連のテキストにしたせいか、テキスト外の件にまで議論が及んで大変だった。

題詠について、どうやって書いているのか、を検証しようと考えたのだが、一文字だけの題とか自分自身で出した題では、予定調和的になって、どうもうまくプロセスが浮かびあがって来ない。どなたか、書かせてみたい、という題はありませんか?

きょうの一首。

 あでやかなゆめのかけらを貘からの歳暮のやうに残して朝は/荻原裕幸

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December 10, 2007

2007年12月10日(月)

午後、同朋大学へ。文章表現の講義の十一回目。きょうからは詩について。作品の読解を進める予定だったが、ジャンルの概説をしていたらそれだけでほとんど時間を費やしてしまう。帰りに中村公園のパスタ屋でパスタを食べて、出がけに鞄に詰めこんで来た結社誌などをしばらく読んでいた。

きょうの一首。こういう歌はどうなんだろうと思いながら、テレビカメラを回すような気分でまとめてみた。アングルはすぐに定まったが、光量の調整のようなプロセスに意外に手間がかかった。

 沈みゆきまた浮かびきて湯にひかる項のそばのまどかな窪地/荻原裕幸

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December 09, 2007

2007年12月9日(日)

クリスマスと年の瀬の商戦がかさなった日曜、栄に行くと、店舗にも店舗ではないところにもいろいろきらきらしたものが飾られて、いたるところに人だかりができていた。雑踏のなかを泳ぐように移動しながらキンコーズその他で所用を済ませる。数時間外に出ていただけなのにぐったりと疲れた。

きょうの一首。帰りの地下鉄で。

 急になにか重たいものがやつて来て泣けとうながす三越の前/荻原裕幸

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December 08, 2007

2007年12月8日(土)

日が沈んでから家人と買い物に出る。途中で給油したスタンドは、レギュラーガソリンがリットル153円だった。頻度が少ないせいもあってか、給油のたびにものすごく高くなっている。帰りにコメダ珈琲店の系列の甘味処に寄る。家人はときどき義母と来ているらしい。珈琲も飲める店なのだが、折角の甘味処なのだからと、おやつのつもりでぜんざいを食べたら、食事並に満腹になった。

きょうの一首。もうずいぶん前のことになるが、父が、母とハワイ旅行に出かけた折に、真珠湾から絵葉書をくれたことがあった。「父からのゑはがきとどくホノルルの消印ゆゑかうすくほのかに」という『永遠青天症』の一首はそのときのことをまとめたものだ。わかりやすいことしか言わないし書かない人なのに、その文面には、何かを言いよどむようなわかりづらさがあった。

 父が荻原軍曹として死ぬことのなく生きついだその冬の沼/荻原裕幸

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December 07, 2007

2007年12月7日(金)

大雪。あと半月で冬至。いよいよ寒くなって、きのうから重ね着を一枚増やして外出しているが、暖房のきいた場所では暑くて、かえって体調を崩しそうだ。

午後、栄のスカイルへ。人出が多いせいなのか、地下でエレベーターを待ちはじめて十階の教室まで行くのに十分近くかかった。朝日カルチャーセンター「はじめての短歌」。きょうは17人の出席。詠草は18首。題は「石」。講座で見せたぼくの題詠は以下の一首。きのうの歌会のことなどを思い出しながら、少年時も現在もさして変化のない、対人関係における自分の行動様式を写したが、散文調で状況を描いていないので、恋歌風で、どこか古い歌謡曲めいた気もする。

 あまりにもおだやかな彩だつたのであなたの水に小石を投げた/荻原裕幸

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December 06, 2007

2007年12月6日(木)

夕刻、栄の愛知芸術文化センターへ。東桜歌会の例会。参加者は11人。吉田淳美さんが初参加。題詠「牛」ならびに自由詠。今年の題はすべて日本のプロ野球のチーム名に由来するものだった。来年は別の趣向になる。この会はいつも作品の読解を中心に議論を進めているが、きょうはその読解をめぐる議論が過熱気味で、話が前に進まなくなる場面もしばしばあった。完全に読み解けているつもりでも、他者の意見を聞くと揺らぎが生じる。互いにその揺らぎを調整しながら妥当な読解を求めてゆくわけだが、もとより明確な結論が出るはずもなく、どのあたりから意見が分かれるのかだけはわかるという具合である。

ぼくが出詠したのは以下の二首。「牛」の一首は、牛が牛の貌をしている説と人が牛の貌をしている説とに分かれた。

 草にまざる午後のひかりをいつまでも牛の貌して咀嚼してゐる/荻原裕幸
 たつぷりとしてゆたかなるくらがりをかかへて冬の交番へゆく

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December 05, 2007

2007年12月5日(水)

何をしていてもからだがだるく、あたまもぼぉっとした感じの一日。あるいは予防接種の影響なのか。午後、中京大学へ。キャンパスのベンチは閑散として、異常に人数が少なかった。変だなと思いながらしばらく坐っていたら、深々とからだが冷えてきて、そうかこのせいかとやっと気づく。オープンカレッジ「俳句を楽しむ」秋期の最終回。きょうの題は「雪」。講座終了後、受講生さんたちと喫茶店で歓談。今年はこれでという挨拶を今年はじめてして別れる。

 日曜日のたそがれどきも
 水曜日の朝とおんなじように
 ふたつのいきものに
 ふたつの影がついてまわる/久谷雉

久谷雉さんの「トンネル」の冒頭部分。詩集『ふたつの祝婚歌のあいだに書いた二十四の詩』(思潮社)所収。久谷さんの詩のはじめの数行の、強くもなく弱くもなく、果物に最初の刃をあてるときのような、あてる位置がおのずと決まってゆくような、独特な感じの世界の切り出しが楽しい。

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December 04, 2007

2007年12月4日(火)

夕刻、家人と近所の内科でインフルエンザの予防接種をうける。もうすでに流行がはじまっているらしいし、対応が遅かったかも知れない。ワクチンの効果が出るまで半月ほどだという。

このブログの11月22日の記述をめぐって、吉川宏志さんのコメントをもらっている。そこで質問の出た飯田有子さんの一首について、先週、シンポジウムの準備がてら、以前に読解したプロセスを、自身のメモを参考に、思い出して文章化してみた。そこからさらに総合的に論を構築しようと考えたが、どうもすぐには時間がとれそうにないし、現在も意見が変化したわけではないので、とりあえずは、読解のプロセスを文章化したものをそのまま掲載しておきたい。

 球体にうずまる川面いやでしょう流れっぱなしよいやでしょう/飯田有子

第一歌集『林檎貫通式』(二〇〇一年)の一首。この歌を解釈しようと意識して読んだときの経緯を思い出してみた。まず、この球体とは何だろうとしばらく考えた。何か得体の知れない球体だろうか。もしもそうだとすると、球体の正体を憶測する様子もないままで「うずまる川面」や「流れっぱなし」という状態に対して「いや(嫌)」と書かれている文脈がうまく成り立たない気がした。説明なしにいきなり「球体」と出ているのは、広い意味での人の生活圏にある何かの言い換えだからだろう。球体が川面をうずめて流れっぱなし、しかも、それが特殊な事件の結果だというようには示唆していない。つまり、この球体が日常的な推測でたどりつける何かであることをテキストは示している。ここは経験的感覚から考えていいところなのだろう。ならば、球技用のボールだと考えてはどうだろうか。ボールの管理が甘くなりがちな競技で、そう言えば、川を汚すごみとなることがときどき社会問題にもなっているゴルフボールであると考えてもいいのではないだろうか。ゴルフ場の近くの川で流れて来るボールを拾い集めて売る人がいると聞いたこともあるし。問題は、ではなぜ「ゴルフボール」等とはっきり記述しないのかである。字が余るからかも知れない。でも、それで誤解を生じさせる可能性があれば、初句を七音にするのが現代短歌のセオリーだ。となると、何のボールであるかがさしたる問題にならないか、むしろ何かをはっきりさせることによって別の誤解が生じるのを避けたのだろうと思った。ゴルフ、テニス、野球、等、もしも競技名が記述されるとすると、この「いや(嫌)」は、競技そのものへと向けられたものだと読まれる可能性も高い。この「球体」はそれを回避しているように見える。たとえばゴルフボールだとしても、ゴルフ用であることが問題なのではなく、ボールであること=球体であることが問題にされているわけだ。この「いや(嫌)」は、球体をめぐる行為、すなわち競技に向けられたものではなく、球体そのものと球体の状態に向けられた生理的嫌悪に近いものなのだろうと判断した。

この「球体」をめぐって考えるなかで、あわせて考えていたのは、繰り返してあらわれる「でしょう」についてである。繰り返しは、ここでは、そうであることを強調する、という印象があったので、推量であることはまずあり得ないと感じた。残された可能性のなかで、同意を求める疑問か、疑問を形式的に含んだ押しつけであるか、たぶんどちらかなのだろうと思った。内容を入れ換えてみるとわかるだろうかと、たとえば「軍隊が牛耳る政府いやでしょう撃たれっぱなしよいやでしょう」などとパロディをつくったが、同意を求める疑問か、疑問を形式的に含んだ押しつけか、どちらなのかを判断するには、発話されたのがどういう状況なのかを確定していないと無理だと思われた。発話された状況を考えながら気づいたのは、この歌、何かものすごくモノローグ感が薄い、ということだった。

 砂浜に二人で埋めた飛行機の折れた翼を忘れないでね/俵万智
 もうゆりの花びんをもとにもどしてるあんな表情を見せたくせに/加藤治郎

少なくとも近代以降の短歌はモノローグ的である。つまり、誰かが聞いているか読んでいることを前提にしながら、あくまでも直に伝えるのとは違う独白的文体によって書かれて来た。たとえ二人称に向けて書かれていてもこの事態はかわらないし、一九八〇年代に俵万智や加藤治郎が、口語とりわけ会話のスタイルを採用したときも、独白的な、こころのなかのリアルなつぶやき、であったからこそ違和感が軽減されて、短歌の世界に浸透していったのだと思われる。だが、飯田の一首は、このモノローグ感が薄い。具体的にどんな状況で発話されたのかを想定しないと、読めたという感覚が生じにくいのである。従来は鍵括弧のなかに入れて表記していたディアローグ的文体に近いと考えるべきだろう。

このように考えを進めて来て、飯田の一首を、以下のようなディアローグを仮想しながら読むことも可能ではないかと思った。

 A「川がゴルフボールだらけでいやな感じ」
 B「そうかな?」
 A「球体にうずまる川面、いやでしょう?
   流れっぱなしよ、いやでしょう!」
 B「そ、そうかもな……」

ぼく個人は、話者Bの感覚のなかで生きているが、話者Aの主張を否定する気は起きないし、むしろ、他者とはこのように感覚として理解しづらいものなのかとおもしろがるように思う。飯田の一首を読んでも、感覚的にはまったく共感できないのにおもしろいと感じる。たぶんそれは、いまここに生きていることに瞬間的な嫌悪を感じている話者Aの感覚の外に置かれることが、いまここに生きていることに瞬間的な肯定感をもたらすからだろう。逆に、話者Aの共感者も、嫌悪という共感によって瞬間的な肯定感のなかにいることができると思う。作者である飯田自身は、話者Aの感覚のなかにいると考えられるが、この一首は、共感を呼ぶコミュニケーションとして読者に届く場合とぼくのように共感を呼ばない者とのディスコミュニケーションとして読者に届く場合との双方を想定しているのではないか。「いやでしょう」を繰り返す、同意を求めるとも押しつけともつかないこの一首のディアローグ的文体は、その証左のように思われる。

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December 03, 2007

2007年12月3日(月)

雨が降ったり晴れたりの一日。雨あがりに郵便受を見に外へ出ると、ちょうど雲がひいて、まだ濡れたままの風景のうえを、するするとひざしが広がってゆくところだった。午後、同朋大学へ。文章表現の講義の十回目。小説のまとめ。次回からは詩の話をしますと伝えたら、学生たちの多くが、困惑と好奇心をないまぜにしたような、とても微妙な表情をしていた。帰りはいつものように喫茶店でしばらくぼんやりした。

きょうの一首。現実的な問題は書きあげられないことのはずなのだが、短歌的視線は違うアングルを選ぼうとするらしい。修辞的に一首を推敲すると現実離れが生じやすい理由は、そんなところにもあるのだろう。なので、初案のまま。

 くしやくしやにした便箋がどれ一つ同じかたちにならぬ冬の夜/荻原裕幸

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December 02, 2007

2007年12月2日(日)

午後、今池の今池ガスビルで開催された「日本短歌大会IN名古屋」へ。鈴木諄三さんの講演「北原白秋の抒情」とシンポジウム「短歌の現在と将来」という構成。シンポジウムの出演者は、大塚寅彦さん、大辻隆弘さん、荻原裕幸、甲村秀雄さん、松本訓男さん、梓志乃さん(司会)。大塚さん大辻さんと三人でいろいろ喋りっぱなしになっているのを、他の人がなだめたりまとめたりするような展開になる。

大辻隆弘さんは、てにをは、の重要性、つまり、一首を統御する類のことばがなぜ選ばれてその位置を占めるのかそしてどう機能しているか、を緻密に考える重要性を盛んに言う。大塚寅彦さんは、何をどう表現するか、という近代的な磁場から短歌を問うことよりも、どういう表現が何を伝えるか、を問うことがより根源的であるとして現在を考えてゆく。荻原裕幸は、短歌が短歌だと認識しづらくなる現在の口語の表現の読解によって、歴史の流れに崩されない短歌の姿が浮かびあがるのではないかと話した。同じ何かをめぐっての話だと感じていたが、議論は表面的な争点に終始して、何かが何なのかがつまびらかになる前にシンポジウムは終了した。

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December 01, 2007

2007年12月1日(土)

十二月となる。各紙の題字下に、朔日恒例の、三菱東京UFJ銀行系列の小型広告が出ていた。「暮れる年/街にぎやかに/十二月です」。俳句っぽいが俳句ではないコピー。三和銀行時代から続くもので、根強いファンも多いらしい。五七風な巷の描写に「○月です」と結びをつけるのが基本型のようで、「春の空/決意も新たに/四月です」(二〇〇七年四月一日)など、何の変哲もないところにことばを成り立たせる、広告特有の不思議な味わいがあると思う。

思潮社から「現代詩手帖」12月号が届いた。「現代詩年鑑2008」として編集された号。拾い読みをしていると、今年度の収穫のアンケートのなかで、田中庸介さんが「『短歌ヴァーサス』休刊号『わかものうたの行方』。ひとつの幸福な季節が終わった」と書いていた。次の季節のことに思いをめぐらす。この号には、蜂飼耳さんの詩集『隠す葉』(思潮社)の書評を出稿した。400字で3枚ほどだったか。

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