2008年1月16日(水)
午後、からだをかるく動かすつもりで、家人と歩いて買い物に出る。荷物を運ぶ手間を考えて、薬局、花屋、スーパーの順に回ろうかと話していた折、スーパーの周囲に人の気配がないのに気づく。定休日だった。家人が真顔で、知ってた? と訊く。知ってた? は、口癖のようなものなのだが、脱力する。笑いをこらえながら、知らなかった、と答える。念のため、知ってたら来ないよ、とも言い添えておく。薬局と花屋で買い物、一度帰宅してから別のスーパーに行く。
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宮中歌会始。テレビ中継を録画したまままだ見ていない。新聞の夕刊には、皇族をはじめ、召人と選者の作品、それに詠進歌が掲載されていた。皇族の歌を現代短歌を読むように読んでしまうとどこか不敬な感じが生じるものだし、選者たちの歌は場に配慮してか過剰なほどかしこまった印象があるし、それらを語らずに詠進歌だけを語るのも変だし、というわけもあってか、歌会始が文芸のアングルから語られることはほとんどないのだが、何かとても惜しいという気がする。
★
きょうの一首。毎年のように、いつからが「一月」なのだろう、と考える。そろそろかなと思ってもどこかで正月の行事をしていたり、まだまだだなと思っているとすっかり一月になっていたりもする。よくわからない月である。
まだ頼りなき淡青に盈たされてここはゆつくり一月となる/荻原裕幸
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Comments
こんにちは。
うっかりして家にいたのに歌会始を見るのを忘れてしまいました。
あのお題なのですが、今年は「火」、来年は「生」ですよね。その字を使っていればよいということで熟語も訓読みも使えますが、今年のは特に読みにくいお題だったように思います。
わたしも応募したので参考にするために「火」を使った歌を手持ちの本(古典が多くて現代が少し)から探したのですが、あまり数がなくて苦労しました。
もうちょっとお題の出し方に工夫してほしい、と思うのです。どなたが決めているのかわかりませんが、歌人ではないのかな。
……荻原さんに申し上げるのは場違いかもしれませんが(^^;)。
Posted by: ぱぐ | January 18, 2008 at 08:47 AM
ぱぐさん、こんにちは。
昨年の「月」や今年の「火」のような題の場合、
自分の体験的な空間のなかにある「月」や「火」を見つけて、
そのものを正面から描かないと難しいかも知れませんね。
皇族の歌では、美智子皇后の歌に、
そうした題を活かす巧さがよく見えると思います。
昨年の「月」は、見ている月でもあり自身の隠喩でもあり、
今年の「火」は、互いに振った灯火でもあり心の象徴でもあり、
といった具合に、叙景しながら巧みに抒情していますよね。
題は、苦労するためのものではありませんので、
ぜひ発想のきっかけとして楽しみましょう。
(と、自分自身にも言い聞かせています。笑)
Posted by: 荻原裕幸 | January 19, 2008 at 08:42 PM
お返事ありがとうございます。
「火」と聞いてわたしが真っ先に思い浮かべたのは万葉集の有名な、
君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも
だったのですが、まあこれはお正月向きの歌ではないな(笑)、と思い、おめでたくて火を使うもの?うーん、となってしまったのですね。どうしようもなかったら「火曜」にしようかな、と思ったのですが(笑)、それはさすがにやめました。
皇后陛下の歌はセンスあるな、と毎回思っています。
Posted by: ぱぐ | January 19, 2008 at 09:30 PM