2008年1月17日(木)
阪神淡路大震災の日。十三年が過ぎた。メディアでの呼称のほとんどが「阪神大震災」に統一されている。これもある種の風化なのだろう。
★
鈴木竹志さんの「竹の子日記」に、ここで13日に言及した斉藤斎藤さんの文章について、評価できない旨が記述されていた。評価が人によって違ってもそれは自然なことだと思うのだが、わからないのは「端からぼくは、吉川さんに与しているほうだから、/これ以上は今のところは書かない」というくだりである。鈴木さんは、この「端から」の見識が揺らぐ可能性があるから今のところは書かないのだろうか。それとも「端から」の見識が客観性をさまたげる可能性があるから今のところは書かないのだろうか。いずれにしても「これ以上」を少しは書かないと、評価に到らないような気もするのだが。
★
ときどき、霊的なものの存在を信じるか信じないか、と訊ねられる。この質問はとても困る。自分が感知できないものが世界に存在しているとは思うのだが、それを信じるか信じないかで分別されても、自分がどちらに入るのかよくわからないからだ。霊的なものの存在を感知できるかどうか、ならばとてもはっきりしているのだが。などと思いながら、きょうの一首。
霊的なものをまつたく感じない淋しさの熟れてゐる冬日和/荻原裕幸
TrackBack
TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40919/17744788
Listed below are links to weblogs that reference 2008年1月17日(木):
Comments