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January 29, 2008

2008年1月29日(火)

あたたかい感じのある小雨のなか、午後、丸の内の愛知県産業貿易館へ。ねじまき句会の一月例会。参加者は六人。出詠者は八人。今回は題詠「手」と雑詠。題詠作品の評の折々にそれぞれが自分の手をためつすがめつ眺めては考える姿がおもしろかった。気づくと自分もまったく同じことをしていた。ぼくの出詠したのは以下の二句。

 じっと手を見るとアタリと書いてある/荻原裕幸
 箸置きを一度も見ずに死んでゆく

句会の日だったので、思考の回路があたたかいうちに。古川柳から時事川柳に継承されたものの一つに「穿ち」があるというが、社会的な素材を扱っている川柳を読むと、どうもこの穿ちが、穴をあけているのではなく、あらかじめあいた穴のあとをなぞっているように見えてしまうことが多い。マスメディアの情報がすでに含んでいる穿ちを再構成しても、それでは穿ちにならないように思うし、そもそも巷は情報の氾濫による穴だらけで、マスメディアの読者レベルの知識ではじめてあけられる穴は数少ないのだろうとも思う。

昨年十一月に刊行されている、佐藤みさ子さんの第一句集『呼びにゆく』(あざみエージェント)は、現代の川柳が「穿ち」を継承するとしたら、世界のなかのどのあたりに穴をあければいいのかということを、わかりやすく示唆している句集だと感じた。その視線が社会をダイレクトに穿つことはないが、社会の構成要素の一つである日常を穿つことができれば、結果として世界を穿つことができるのだ、というシンプルな姿勢に貫かれているように見える。社会的な素材を直に扱った川柳以上に世界を深く穿った作品がここにあるのではないだろうか。

 わたくしを見るあじさいを瓶に挿す/佐藤みさ子
 話し合いをしない左右の門柱は
 蛍光灯の紐をこの世の中心に
 甘えながらやがて倒れてくる箪笥
 選り分ける一軒分の闇とゴミ
 過去が来る足の踏み場もない場所に
 ものを食う闇を互いに見せ合って
 詰めてください次々死者が参ります

きょうの一首。コメダ珈琲店で長話をしたあとの印象をかたちにしてみた。

 いろいろな話のはてにいろいろに入らぬものが鳴る冬の夜/荻原裕幸

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Comments

「どうもこの穿ちが、穴をあけているのではなく、
あらかじめあいた穴のあとをなぞっているように見えて
しまうことが多い」
気づいてはいてもことばにはできなかった
「それ」をちゃんとことばで書いてくださっていて
目から鱗が落ちました。感謝です。

日記が復活していることを、昨日、
佐藤みさ子さんから教えてもらいました。
また訪問させていただきます。

Posted by: あざみ | February 02, 2008 at 08:44 AM

あざみさん、コメントありがとうございました。
句集『呼びにゆく』、佳い出版でしたね。
感想を書くだけ書いてお知らせもせずにすみませんでした。
あざみエージェントのこれからに期待しております。
今後ともどうぞよろしくお願いします。

Posted by: 荻原裕幸 | February 02, 2008 at 12:23 PM

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