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January 31, 2008

2008年1月31日(木)

午後、家人が外出する。留守番はせずに、所用であちこちをまわってから実家に顔を出す。実家の近隣の、ひさしく歩いてなかった道を行くと、旧知の家が建て替えられたり無くなったりしていた。空地も少し減っていた。父母は特にかわりはない。やっと携帯電話を使う気になったようなので、携帯電話の話などする。

本日の朝日新聞夕刊、中部版学芸欄に、詩歌句時評「東海の文芸」が掲載されている。今回とりあげたのは、島田修三さんの第五歌集『東洋の秋』(ながらみ書房)と今井真子さんの第二句集『約束』(邑書林)である。島田さんの歌集については、テーマをぐっと掘りさげて読みたいと考えていたのだが、紙面の範囲で書ける、方法的な一面に終始することになった。

きょうの一首。「彡」にルビを振ろうかどうしようか考えたが、音として読む人とそうでない人がいるようにも思ったので、ルビなしのままにした。

 鬱の彡で急になにかがなめらかにながれて落ちて一月終る/荻原裕幸

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January 30, 2008

2008年1月30日(水)

夕刻、家人と外出する。きょうもそれほど寒くはない。しばらくはウォーキングをして、行きつけの定食屋で定食を食べて、スーパーではあれもこれもと買い物をして、その他もろもろの所用を済ませて、そもそもどれが主たる目的で外出したのだったかと首をひねりながら帰宅。

何とかは食べてはいけないという類の情報が山のようにある。どれがほんとに危険でどれがそうでもないのか、もしかするとほんとにすべて危険なのか、そのあたりがさっぱりわからないわけで、結局のところ、危険だと思わざるを得ないような情報に接したものだけを避けている。むろんそれも確たる根拠があるわけではなく、気分的なものでしかない。きょう、某国から輸入した冷凍餃子で食中毒が起きたというニュースを聞いた。詳細もわからないのに、もともと敬遠しがちだった某国の食品を、これは完全に避けるべきかも知れない、と考えはじめている自分に気づく。

きょうの一首。食の安全とか言っても、何のために何をしているのか、考えているとどんどんわからなくなる。たぶん考えても考えなくても同じ程度の確率で危険にさらされているのだろうけど、ひらきなおる気にはなれず、どこかでとても奇妙なことになっているのだろうなと思いながら。

 国産のあれとかこれとかそれとかを外国製の鍋で煮てゐる/荻原裕幸

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January 29, 2008

2008年1月29日(火)

あたたかい感じのある小雨のなか、午後、丸の内の愛知県産業貿易館へ。ねじまき句会の一月例会。参加者は六人。出詠者は八人。今回は題詠「手」と雑詠。題詠作品の評の折々にそれぞれが自分の手をためつすがめつ眺めては考える姿がおもしろかった。気づくと自分もまったく同じことをしていた。ぼくの出詠したのは以下の二句。

 じっと手を見るとアタリと書いてある/荻原裕幸
 箸置きを一度も見ずに死んでゆく

句会の日だったので、思考の回路があたたかいうちに。古川柳から時事川柳に継承されたものの一つに「穿ち」があるというが、社会的な素材を扱っている川柳を読むと、どうもこの穿ちが、穴をあけているのではなく、あらかじめあいた穴のあとをなぞっているように見えてしまうことが多い。マスメディアの情報がすでに含んでいる穿ちを再構成しても、それでは穿ちにならないように思うし、そもそも巷は情報の氾濫による穴だらけで、マスメディアの読者レベルの知識ではじめてあけられる穴は数少ないのだろうとも思う。

昨年十一月に刊行されている、佐藤みさ子さんの第一句集『呼びにゆく』(あざみエージェント)は、現代の川柳が「穿ち」を継承するとしたら、世界のなかのどのあたりに穴をあければいいのかということを、わかりやすく示唆している句集だと感じた。その視線が社会をダイレクトに穿つことはないが、社会の構成要素の一つである日常を穿つことができれば、結果として世界を穿つことができるのだ、というシンプルな姿勢に貫かれているように見える。社会的な素材を直に扱った川柳以上に世界を深く穿った作品がここにあるのではないだろうか。

 わたくしを見るあじさいを瓶に挿す/佐藤みさ子
 話し合いをしない左右の門柱は
 蛍光灯の紐をこの世の中心に
 甘えながらやがて倒れてくる箪笥
 選り分ける一軒分の闇とゴミ
 過去が来る足の踏み場もない場所に
 ものを食う闇を互いに見せ合って
 詰めてください次々死者が参ります

きょうの一首。コメダ珈琲店で長話をしたあとの印象をかたちにしてみた。

 いろいろな話のはてにいろいろに入らぬものが鳴る冬の夜/荻原裕幸

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January 28, 2008

2008年1月28日(月)

午後、同朋大学へ。寒くないわけではなかったのだが、ふだんバスに乗るところをきょうも歩いてゆく。キャンパスに、いつもとは何か少し違う、奇妙な明るさをもった空気が流れていた。試験期間に入っているせいだろうか。文章表現の講義の十五回目。主に俳句の概説。季語と切れ字について、文芸的な磁場からではなく、情報伝達の側面から、俳句にどう機能するかという話をする。今期の同講義はこれで終了。帰りもバスには乗らずに歩く。

吉川宏志さんの短歌評論集『風景と実感』(青磁社)が届いた。まずは初出の雑誌で読んだ文章等の拾い読みをはじめて、あ、これを読んで短歌ヴァーサスでの対談を企画したのだったな、などと懐かしみながら、じっくり読もうと考えていたら、青磁社のサイトの短歌時評で、大辻隆弘さんが、穂村弘さんの歌論集『短歌の友人』(河出書房新社)とセットで取りあげていた。落掌の日に違いがあるにせよ、その迅速な対応力に感服した。

きょうの一首。予想できないような嫌な事件が起きていても困るのだが、紙面が日曜の燠火と化している週明けには、何か納得できないものを感じたりすることがある。どう納得したいのか自分でもよくわからないのだけど。

 予想通りの記事が一面をにぎはせて鍵がかかつたままの月曜/荻原裕幸

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January 27, 2008

2008年1月27日(日)

午後、家人が義母義姉と出かける。留守番。

大相撲初場所。ふだんはダイジェストしか見ないのだが、リビングに坐ったら千秋楽の結びの一番がはじまるところだったのでそのまま見る。白鵬が三場所連続の幕内優勝を決める。敗れた朝青龍とともにモンゴル人力士の圧倒的な強さを見せつけるような相撲だった。この三年間、日本人力士が賜杯を手にしたのは一度だけである。日本人横綱の優勝となると、小泉純一郎が「感動した!」と叫んだあの貴乃花の優勝まで遡ることになる。昭和の人がタイムマシンでいきなり現在に来たら、力士たちの国籍にはかなり驚くだろうなと思う。

きょうの一首。白対青の取組を見て。スポーツ実況のBBSではおなじみの、ララァ・スンのこの科白のパロディは、さすがに大相撲にはあわないような気もしたのだが、きっと誰かがこんなことを書きこむだろう、間髪を入れずにシャアもあらわれるだろう、という感覚は、ある種のリアルではあると思う。とりあえずこのかたちでリリースする。

 白い力士が勝つわと誰か言ふだらう平成二十年初場所千秋楽/荻原裕幸

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January 26, 2008

2008年1月26日(土)

午後、ウォーキングのかわりに家人と買い物に出る。寒いので日陰になったところを避けながら歩く。でもいまが寒さのピークなら大したことはないな、と感じていたのだが、負けず嫌いの冬にいまさらやる気を出されても困るので、ものすごく寒いと思うことにした。スーパーで買い物をしてから、公設市場に寄って弁当を買う。きょうはポテトサラダをおまけにつけてもらえた。

梧葉出版から短歌紙「梧葉」冬号が届く。通算では第16号。この号には「現代歌人のキーワード」というリレー形式のコラムを出稿した。編集部から対象となる歌人を指定され、作品の世界を読み解くためのキーワードをこちらが選び、それに即して小論をまとめるというスタイルである。400字で3枚余。指定された歌人は岡井隆であった。キーワードは「岡井隆」とした。

きょうの一首。特にきょうがそうだったわけでもないのだが、二人ともが過剰に忙しかったり、あるいは過剰に怠惰だったりすると、前者でも後者でも同じような風景が家のなかにあらわれるということに気づいて。

 折込も抜かれぬままの新聞がひざしとともに涸れる日となる/荻原裕幸

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January 25, 2008

2008年1月25日(金)

家人が朝から所用で遠出。留守番。

先日、マジソンバッグの生みの親が亡くなったことをニュースで知る。合掌。一九七〇年代当時、いわゆる第二かばんとして、中学生か高校生ならば、ほとんどの男子女子が持っていたなあと思い出した。関連するサイトを見るうちに、あの頃の自分が持っていたのは、エース製ではない廉価の模造品だったかも知れないと、いまさらながら気になって苦笑する。

第57期王将戦七番勝負第二局。後手となった久保八段はゴキゲン中飛車を選択する。飛車先を受けずに急戦となって、序盤から駒の取り合いとなる。羽生王将の新手の角打ちで優劣が生じはじめたようだ。きのうの指了図を見ると、プロの将棋の局面には見えないほどの荒れ模様で、二日目のきょうの展開を思ってどきどきしたが、すでに優劣が決していて、久保は防戦一方。粘るに粘れず、比較的早い時刻の投了となった。羽生の連勝。

きょうの一首。夜、名古屋駅へ。タイミングが悪かったのか、金曜の夜というだけではない何かの流れにあたったようで、わけのわからない状態だった。いったん「岸」に立ったら流れにもどる気にはなれないな、などと思いながら。

 駅を抜けるこのわやわやの急流の岸にたたずむひとと目があふ/荻原裕幸

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January 24, 2008

2008年1月24日(木)

寒さに加えて風の強い日。窓や玄関のドアが音を立てて揺れていた。誰かが外から叩いているように聞こえて、念のため一度だけ、玄関に誰かいないかどうかをたしかめる。この気候のなか、名古屋では梅が開花したという。

 遠いどこかで 竹箒つかう音のして目覚めてみれば昨日の続き/なみの亜子

第一歌集『鳴』(二〇〇六年)に収録された一首。何か不自然な印象のある一字空きに少し首を傾げて、やがてゆっくりと了解がやって来る。遠いどこか、だと思っていた側へと目覚めたわけなのだろう。遠いどこか、と、遠いどこか、とを繋ぐこの空白と竹箒の冴えたひびきは、夢落ちとか幻滅に類するロマン主義の転倒のようなモチーフを変質させる。あちら側でもこちら側でもない奇妙な場所を通過する感じには、現実性以上の現実感のようなものがあって、一首に格別な味わいをもたらしていると思う。

きょうの一首。日中の強風を気分的に紛らわせようとして、なんとなく書いていたメモを歌のかたちにしてみた。

 追伸のかはりに少し気のはやい春風をここに添へておきます/荻原裕幸

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January 23, 2008

2008年1月23日(水)

寒い日が続く。と言っても、全国的に見て、名古屋はさほどでもないのか。東京は雪だという。北海道の各所は、気温を聞いただけで氷りつきそうな感じ。

短歌誌「レ・パピエ・シアン」2月号に掲載された「定域詩」を読む。B5サイズという「定域」を自在に活用した各作品を楽しみながら、定域詩の定義や理解が拡大されているのを少し考えていた。岡井隆詩集『月の光』(一九九七年)の解題で、小池光は、命名者でもある岡井の定域詩について、次のように述べている。「一見してわかるようにここで試行されていることは、自由詩における定型性を図形的に追求する試みである。いいかえると、無定型である詩を、図形の枠組のなかに強引にネジ込むことにより、音数の定型である短歌との接点、接触の可能性を計っている」。この理解を踏まえるならば、岡井の歌集『E/T』『伊太利亜』に見られるのは、定域詩ではなく形象詩(カリグラム)に類するものであり(岡井自身もアポリネール等を参照していると明言している)、加藤治郎や加藤聡明や島なおみの試みも、同誌の試みも、やはり形象詩という角度で捉えるのがいいではないかという気がした。

きょうの一首。個人の死を終点とする時間の流れと死が終点とならない時間の流れとがあるように思う。前者は後者に含まれていることになるが、二つの時間は二つの時間として取り扱わないと、何かを間違えそうに思われてならない。などと抽象的なことを考えながら。

 通過点のやうな日として死を諭すある種の雨を傘さして聴く/荻原裕幸

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January 22, 2008

2008年1月22日(火)

昨深夜、所用で伏見のキンコーズへ。午前一時を過ぎると、静けさと名古屋的な道幅の広さとが相俟って、店の周辺はゴーストタウンのような印象。人の気配がないのにいろいろなあかりが煌々とついていた。ひさしぶりに本町通の博多一風堂でラーメンを食べる。この店は深夜でもにぎやかである。知らぬ間にスープの味やその他が新しくなっていた。

先日、観葉植物の鉢に水をやりながら、家人が、水がきれる頃になると水を催促されると言うので、誰に催促されるのかと思っていたら、こんな風にと、観葉植物の口まね(?)をしてくれた。とても丁寧な催促で、しかしなぜかところどころに熊本弁が混ざっている。なぜ熊本弁? と訊ねても、よくわからないがそんな感じなのだと言う。家人の亡くなった叔母が熊本弁だったが、そうした誰かと印象の重なるところでもあるのだろうか。

きょうの一首。キンコーズからの帰りにはふつうこんなことを感じないが、キンコーズからの帰りにこんなことを考えていた。

 午前二時過ぎて潮位のさがらないさびしき海をかかへて帰る/荻原裕幸

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January 21, 2008

2008年1月21日(月)

大寒。午後、同朋大学へ。雪の予報も出ていたらしいが、ひざしがあってさほど寒くもなかったので、ふだんバスに乗るところを歩いてゆく。文章表現の講義の十四回目。きょうは全体の復習と短歌の概説と具体的な作品の読解など。俵万智さんや穂村弘さんを語るのに、歴史を語るように語るのは、何だかまだ感覚的になじまない。帰りもバスには乗らずに歩く。

答が二桁程度の加減算はデジタル式に暗算をする。答が三桁以上になるときは電卓を使うか、頭のなかの算盤を指で軽くはじきながら暗算をする。本物の記憶なのかどうかはよくわからないが、少年時代の算盤の珠の感触がいまでも右手の指に残っている。きょうも文章の文字数の計算をするのに、まぼろしの算盤の珠をはじきながら、そうそうこんな感じだったと思い出していた。たしかもう三十年以上実物の算盤にはさわっていない。

きょうの一首。読み上げ算、好きだったのだが、あの呪文のように繰り返す、ごわさん、を、ご破算、ではなく、ご破産、だと思っていて、なんとなく切ないものを感じてもいた。

 ごはさんでねがひましては無のやうな一日の奥から何か来る/荻原裕幸

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January 20, 2008

2008年1月20日(日)

午後、マンションの大家さんから電話。荻原家宛の某メール便をまとめて郵便受に入れておいた、という連絡だった。話によれば、同じ大家さんの経営する別のマンションに誤配達されて、管理人さんに回されて、管理人さんから大家さんに回されて、それを届けてくれた、ということらしい。とてもありがたい話なので恐縮してしまう。某メール便には苦情を言っておかなければ。

菅野耕平さんが「ボーダーを見つめながら」というブログをつくっておもしろいことをしている。十七音から三十一音へのパラフレーズ的変換の場合は、寺山修司の「試行」を見てもわかるように、十七音のテキストが多義的に機能するのをあえて抑えながら、一つの情景へと饒舌に収斂させてゆく、という感じになるわけだが、これはその逆である。作品だけでのこの種の試みはときどき見かけるものの、省察とあわせて構成しているのが吉。

きょうの一首。ふいに思い出してしまったことがあって。

 声をきけば悔いがふくらむゆふやけのあなたの川にながす笹舟/荻原裕幸

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January 19, 2008

2008年1月19日(土)

午後、スーパーでレジに並んでいると、後ろに並んだ女性が、このレジ進みが悪いわと言わんばかりにものすごくいらいらした感じを出していた。あまりに露骨な態度なので、順番を譲ろうかどうしようかと思っていたら、少し空いたレジを目がけて一目散に走って行った。一品か二品程度の精算で混んだレジに並ぶのはたしかに煩わしい。千円以下専用のレジとかあればいいのにね。

 離婚届を出しちまおうか大学での旧姓使用を否(いな)と言われる/大田美和

第二歌集『水の乳房』(一九九六年)に収録された一首。「夫婦別姓」という一連の冒頭に据えられている。論文を戸籍名で提出しなければならないために、旧姓の時期の業績と現在の業績とが「別人」のものになってしまう弊を言っているのだろう。ぶっきらぼうでおどけた感じでもある「出しちまおうか」に、忿懣と忿懣を抑えている様子がリアルに見えている。むかし、論文提出の時期になると実際に離婚して提出後に籍を入れるのを繰り返す女性研究者の話を聞いた。奇妙な行為には違いないが、ほんとに奇妙なのはシステムの方なのだと思う。

きょうの一首。暗がり、が、ひだまり、で、冬、が、春、でも、一首はそれなりに成り立ちそうな気がしたのだが、こうしたことばの選択には、自分の状況や意識が否応なく反映されているのだろう。

 父といふ暗がりをまだ見たことがないといふ暗がりにゐて冬/荻原裕幸

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January 18, 2008

2008年1月18日(金)

午後、栄のスカイルへ。朝日カルチャーセンター「はじめての短歌」。今年の初回。きょうの出席は17人、見学者が1人。詠草は17首。題は「山」。今年も初回から延長となった。講座後、休憩のついでに、喫茶店で新聞や週刊誌をまとめて読む。デパ地下で二人分の弁当を買って帰宅。

羽生善治王将と久保利明八段との第57期王将戦七番勝負第一局。久保の先手で相振飛車の展開になる。二日目のきょう、囲いの強化を意図して駒組みのあやを狙った久保の封じ手が分岐点で、以後羽生が攻めたり優勢を広げたりと、ほとんど緩みなく指し続けた。久保は攻めも捌きもできないままでの投了。羽生二冠の棋風は、人生的な比喩をほとんど感じさせないもので、勝敗にかかわらず見ていて落ち着く。一方、久保八段の棋風は、総じて快活で、振飛車で駒を捌ききる会心の展開になると誰よりも爽快な印象を与えるが、負けるときは挫折感のようなものが露骨に見える傾向がある。本局では粘り強く指していて、印象はずいぶん違ったものの、封じ手の構想が裏目に出たのが最後までひびいたようだ。

きょうの一首。講座で見せた題詠「山」の作例。遭難などと感じるのは、まだほんのとば口のような場所にいるからだろう。五合目とかそういう場所だったらたぶん違うことを感じる、と言うか、何も感じないのではないかと思う。

 妻といふ山はますます雪ふかくこれは遭難なのかも知れず/荻原裕幸

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January 17, 2008

2008年1月17日(木)

阪神淡路大震災の日。十三年が過ぎた。メディアでの呼称のほとんどが「阪神大震災」に統一されている。これもある種の風化なのだろう。

鈴木竹志さんの「竹の子日記」に、ここで13日に言及した斉藤斎藤さんの文章について、評価できない旨が記述されていた。評価が人によって違ってもそれは自然なことだと思うのだが、わからないのは「端からぼくは、吉川さんに与しているほうだから、/これ以上は今のところは書かない」というくだりである。鈴木さんは、この「端から」の見識が揺らぐ可能性があるから今のところは書かないのだろうか。それとも「端から」の見識が客観性をさまたげる可能性があるから今のところは書かないのだろうか。いずれにしても「これ以上」を少しは書かないと、評価に到らないような気もするのだが。

ときどき、霊的なものの存在を信じるか信じないか、と訊ねられる。この質問はとても困る。自分が感知できないものが世界に存在しているとは思うのだが、それを信じるか信じないかで分別されても、自分がどちらに入るのかよくわからないからだ。霊的なものの存在を感知できるかどうか、ならばとてもはっきりしているのだが。などと思いながら、きょうの一首。

 霊的なものをまつたく感じない淋しさの熟れてゐる冬日和/荻原裕幸

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January 16, 2008

2008年1月16日(水)

午後、からだをかるく動かすつもりで、家人と歩いて買い物に出る。荷物を運ぶ手間を考えて、薬局、花屋、スーパーの順に回ろうかと話していた折、スーパーの周囲に人の気配がないのに気づく。定休日だった。家人が真顔で、知ってた? と訊く。知ってた? は、口癖のようなものなのだが、脱力する。笑いをこらえながら、知らなかった、と答える。念のため、知ってたら来ないよ、とも言い添えておく。薬局と花屋で買い物、一度帰宅してから別のスーパーに行く。

宮中歌会始。テレビ中継を録画したまままだ見ていない。新聞の夕刊には、皇族をはじめ、召人と選者の作品、それに詠進歌が掲載されていた。皇族の歌を現代短歌を読むように読んでしまうとどこか不敬な感じが生じるものだし、選者たちの歌は場に配慮してか過剰なほどかしこまった印象があるし、それらを語らずに詠進歌だけを語るのも変だし、というわけもあってか、歌会始が文芸のアングルから語られることはほとんどないのだが、何かとても惜しいという気がする。

きょうの一首。毎年のように、いつからが「一月」なのだろう、と考える。そろそろかなと思ってもどこかで正月の行事をしていたり、まだまだだなと思っているとすっかり一月になっていたりもする。よくわからない月である。

 まだ頼りなき淡青に盈たされてここはゆつくり一月となる/荻原裕幸

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January 15, 2008

2008年1月15日(火)

午前、外はかなり寒いのだろうと思っていたが、郵便を投函しに出て、冬日のなかを歩くと、意外なほどあたたかかい。徹夜のまま昼になってしまったので少し仮眠をとる。強情な睡魔をなだめながらの一日。

正岡豊さんがひさしぶりにブログを更新しているのを読む。一昨日言及した「未定」87号の座談会の感想である。こうして詩歌句関連のテキストを触診しながら自身の表現観を折りこんだり練りこんだりする読書ルポは、正岡さんの独擅場という気がする。彼の文章を読みながらもう一度座談会記録を読んでみた。それにしても、「人生」と「青春」の二枚の札があるときに云々のくだりは、とても懐かしい気分にさせられた。ぼく自身は、悩んだ挙句に「人生」の札に指をかけたまま、いまなお抜きとることができないでいる。

きょうの一首。近所にある郵便ポストがモデル。そう感じるのだが、確たる証拠はない。

 なぜか冬はやや強く噛む癖がある酒肆のむかひの郵便ポスト/荻原裕幸

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January 14, 2008

2008年1月14日(月)

成人の日。真冬らしい寒い一日だった。午後、義母が遊びに来る。珈琲を飲みながら歓談。夕刻、家人とドラッグストア等で買い物をする。

最近、冊子小包等で、郵税の調整のために貼られた小額の切手が、三十年以上前の、切手収集ブームの時期の記念切手であるのをしばしば目にする。数日前、T社から資料を送ってもらったときの封筒にも、一九七二年発行の「学制100年記念」の二十円切手が貼られていた。ブームが過ぎて値崩れした上に、本来の額面も小額で、保存するメリットがなくなったということだろうか。すでにぼく自身も執着を失っているが、そこはかとない淋しさを感じる風景ではある。

きょうの一首。殺伐としたニュースが連日報道されて、家庭や家族って何なのだろうという素朴な疑問が湧いて来る。団欒と事件との間には、どれほどの距離があるものなのか、などと考えながら、現代の居間の風景を描いてみた。

 つるつるでありざらざらであるものが冬陽の居間に集まつて来る/荻原裕幸

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January 13, 2008

2008年1月13日(日)

夜、家人が義母義姉とスパへ。留守番。

短歌誌「井泉」1月号に、斉藤斎藤さんの「妻はさびしい」という文章が掲載されていた。テーマが設定されたリレー評論だが、吉川宏志第三歌集『海雨』(二〇〇五年)についての小論でもあり、巧く読み解いているなあと感心した。結語に近いところに「いい歌をつくって、それでいいのか」という一節がある。これはたぶん吉川宏志に向けてだけではなく、現代短歌に向けて斉藤さんが言いたいことなのだろう。誤解を招きやすいフレーズだとは思うが、いい歌、を成立させるしくみを疑ってかかるのは大切なことだ、というのであればよくわかる。

刊行されたばかりの俳句誌「未定」87号に「現代俳句・現代短歌・現代詩の動向と諸問題」という座談会記録が掲載されている。出席者は、歌人の江田浩司さんと詩人の久谷雉さん、あとは俳人で高原耕治さん滝口浩さん西口昌伸さん、それに進行が玉川満さん。メディア的視点から現代短歌と現代詩が語られて、そこに現代俳句を原論的に接続してゆく荒技は、構成としては雑然としたものだったが、原論と原論がぶつかりあって空中分解したり、表面的な挨拶だけに終ったりする弊を避けて、多ジャンルの座談会の魅力を巧く出していたと思う。

きょうの一首。或るひとに向けて、文面を考えるように短歌を考えてみた。あすからかなり冷えこむらしいので、気化より凍結を心配すべきか、などとも思いながら。

 寒中見舞申し上げます春までは僅かですから気化せぬやうに/荻原裕幸

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January 12, 2008

2008年1月12日(土)

夕刻、家人と荻原の実家に行ってから近所の中華料理店へ。オーダーをして、中日新聞の夕刊をひらくと、松村由利子さんの紹介記事が6段程度でかなり大きく掲載されていた。記事の署名を見ると、佐藤真由美さんの「恋する歌音」などを担当していたN記者の名前がある。餃子や唐揚げを食べながら興味深く読む。

全国大学ラグビー選手権大会の決勝戦。早稲田が26対6で慶応を下して優勝した。後半の中継では、2日の早稲田−帝京戦が大会の山だったかと思わせるような展開になっていて、得点の差以上に力の差が見えていた。こうなると関東学院の不在がなおさら残念に思えてしまうが、それは言っても詮ないことか。

きょうの一首。思ったことがはっきり言えないとき、ああほんとの自分はこうではないのにと感じるのだが、思っただけではどうにもならないわけで、自棄的になってこんな歌を書いたりすることになる。

 忿怒抑へてもごもご述べるもごもごがとりもなほさず私である/荻原裕幸

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January 11, 2008

2008年1月11日(金)

鏡開。レトルトの栗入りぜんざいに餅を入れて食べる。意外においしいと感じたのだが、家人は甘すぎると言う。家人の分も少しもらって食べる。

午後、呼び鈴に応対すると、郵便局です、とだけ名乗る声がする。速達ですとか書留ですとかお荷物ですではないし、サイズが大きいとか量が多いために郵便受に入らなくて直に届けてくれるときなら、郵便です、になるし、何か変だなあとは思いながらも扉をあける。そこにいたのはたしかに郵便局員さんだったが、用件は食品販売のセールスだった。驚いた。民営化って、そういうこと?

きょうの一首。テレビCMを素材にして私を語るのではなく、テレビCMそのものを描いてみた。きょうもテレビで見かけたのだが、たしか今世紀に入ってからずっとこの女優さんはブレンディを飲み続けている。

 何処かに在るひだまりで繰り返し原田知世がブレンディを飲む/荻原裕幸

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January 10, 2008

2008年1月10日(木)

ほぼ終日、書斎にこもる。

現在、携帯電話の契約台数が一億台を超えているという。小型のトランシーバーをみんなが持っていれば、行楽に出かけたときに楽しいのではないか、などと考えていたのはいつの頃だったろうか。どこ? 駅前のスタバ、じゃそっちに合流する、とかいうたわいのない通話も、それがまだ不可能だったときにあこがれたシーンに似ている。ともあれ、今や携帯電話は万能通信機に近い。逆に、通話圏外を一種のサンクチュアリだと感じることさえあるようになった。

きょうの一首。限りなく事実に近いことを書いていても、歌枕を他の場所に置換する可能性を定型は執拗に問いかけて来る。絶景を送った側も受けた側も、この歌のなかでは若狭路を生活空間として捉えていないからだろうか。

 若狭路はいま雪のふるまほろばと電子化されて絶景が来る/荻原裕幸

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January 09, 2008

2008年1月9日(水)

不燃ごみの収集日。もう九日なのに今年はじめてということもあって、収集場所が凄まじい状態になっていた。現代の「松過」の象徴的風景だと思う。

ある本を読んでいたら、飯盒炊爨、ということばが出て来た。ものすごくひさしぶりに見たなあと思って、なんとなく手を動かして書こうとしたら、爨の字を忘れて書けなくなっていたので、調べて何回か書いて覚えなおした。むかし、はんごーすいさん、を、はんごーすいはん、と言う人がいて、すいさん、が正しいのではないか、ということを言うために覚えたのだが、以後は書いた記憶がない。今後もたぶんこの字を書く機会はないような気がする。

きょうの一首。モデルは加藤治郎さん。午後、本人と電話をしていたので、ほんの出来心からデフォルメしてまとめてみた一首である。ちなみに、加藤さんはいま、ふらんす堂のサイトでコラム「家族のうた」を連載中。

 加藤ですと姓だけ告げる青いこゑは他にはゐないあの加藤さん/荻原裕幸

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January 08, 2008

JUNCTION #2

 
 
  200X年   ひぐらしひなつ
 
 
 
 春の日に飽かず眺めた自らの影を断ち切るような離陸を

 葉脈を陽に透かすたび唇を尖らせた はつなつのおとうと

 音信の途絶えた夏の坂道をその先にある海を思って

 秋。木炭の欠片が筆圧のかすかな窪み冷える頁に

 焦点の定まらぬまま横たわる冬のひかりの彼方もひかり
 
 
 
  *作者サイト(Very Very WILD HEART)
   http://www2.spitz.net/hinatsu/

JUNCTIONは、不定期に開催するブログ内作品展です。今回は、ひぐらしひなつさんの短歌「200X年」五首です。たとえば2008年と明示して見えて来る時間や空間があるのと同じように、200X年と書くことによってはじめて見える世界もあるのだと思います。過去のような未来のような不思議な時間ですね。どうぞお楽しみ下さい。感想等、コメント欄にいただければ幸いです。

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2008年1月8日(火)

きのうきょう、寒中とは思えないようなあたたかさだった。ニュースによると三月上旬並の気候だという。寒の入りの一首をまとめて、寒い日に出そうかとも考えたのだが、待っているとタイミングを逃しそうなので、少し気候とあわないけれど、きょうの一首。

 ここといふとき烈しさを欠いてゐたほろ苦き夜を経て寒に入る/荻原裕幸

他者による作品コラムをふたたび掲載する。

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January 07, 2008

2008年1月7日(月)

七日。午後、同朋大学へ。文章表現の講義の十三回目。バスターミナルでバスを待っていると、早く来なさい、と、母親らしき声がする。そちらを見ると、うしろからこどもが、待って下しゃい、と、ろれつが回らないのにやけに丁寧なことば遣いで追いかけてゆく。雨が降ったりやんだりしていたので、長傘を持って出たのだが、結局一度も降られなかった。傘は雨除けのお守りということか。帰りにいつもの喫茶店で、短歌を書いたり原稿のメモをつくったり。

きょうの一首。年が明けてはじめて鞄を提げて歩いたので、なんとなくその印象をと思ってまとめたら、少しかげりのある感じになった。はじめの意図を逸れてまでことばがかげりに近づいてゆくのは、ひかりよりもかげりの方がことばに表情をつけやすいからだろうか。

 けふの憂ひにもし質量があるのならこれくらゐかと鞄を提げる/荻原裕幸

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January 06, 2008

2008年1月6日(日)

六日。小寒。寒の入りだが、寒さは少しやわらいでいる。昨日同様、ウォーキングをかねて買い物に出る。スーパーはすでにふだんの日曜の風景だった。

きょうの一首。平成もすでに二十年となって、次第に昭和の抱える情報的価値が高くなっているらしい。ただ、昭和元年から十九年までの話題はあまり聞くことがない。事情はそれなりに理解できるが、だったら昭和という元号で時代を括る必要はないような気もする。などと思いながら。

 昭和から昭和を抜いてものがたるひとが増えつつある冬の宴/荻原裕幸

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January 05, 2008

2008年1月5日(土)

五日。午後、軽いウォーキングをかねて家人と買い物に出る。近所にある老舗のビルが壊されるようで、店舗がほとんど空になっていた。二人でじろじろと店先を見ては貼紙で移転先をたしかめる。なんだか勝手に町内の見回りをする老夫婦みたいだと気づいて笑う。スーパーで、ミネラルウォーターともやしとボックスティッシュとキッチンペーパーとガスレンジ用のアルミフェンスとボールペンと手袋などを買う。運びはじめて運びづらいとりあわせだと悟った。

きょうの一首。ウォーキングの光景を新春的に美化して書いてみようとしたのだが、推敲するうちに美化とはいささか違う方向に力が作用したらしい。

 その奥が見えない笑顔をするひとと二人ならんで好天をゆく/荻原裕幸

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January 04, 2008

2008年1月4日(金)

四日。雑煮はきのうまで。きょうからふつうの朝食になる。午後、家人が義母と買い物に出かける。留守番。

きょうの一首。着想は高校時代の冬休みの記憶から。具体的なモデルにしたのは近所の某小学校。初案は「石灰のラインかすれて統べるものなき校庭にのこるあらたま」だった。イメージやモチーフがはっきりしていてそれを描こうとしたためか、どうにもならない感じで、捨ててしまおうかと思ったが、何がどうにもならないのかを考えているうちに姿がかわったので一応リリース。新年の季語である「四日」と「去年今年」の感覚を参照した。

 一月四日、まだ校庭はとざされてかすれてのこるこぞの白線/荻原裕幸

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January 03, 2008

2008年1月3日(木)

三日。寒さがほんの少しやわらいだ気もするが、寒い一日。夜、義母の家で、義姉夫婦と家人と、五人で鍋を囲む。アルコールは無しだったが、そのせいか食べ過ぎてしまった。

きょうの一首。むろんラッシュがないわけではないのだが、名古屋市内を少し歪んだJの文字を描きながら往来するこの路線の西端は、とりわけ午後のひざしのなかを過ぎてゆくとき、どこまでものどかさに支配されている。東京まで一応つながっているのだと意識すると、名鉄に乗っているときよりもむしろ、名古屋の圏内にいるのを強く感じる。

 どこまでもなにごともないやすらぎの中央線の西のはたてに/荻原裕幸

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January 02, 2008

2008年1月2日(水)

二日。寒い日が続く。留守番。家人は義母義姉とともに熱田神宮へ。ものすごい人出だったという。

岡井隆の新刊『新輯 けさのことば』(砂子屋書房)を繙く。中日新聞の連載を三年分まとめた、名言や秀作の鑑賞コラム集である。初期のものは砂子屋書房から単行本化されていたが、記憶違いでなければ、その後は、中日新聞社から一度選集が出ただけで、連載順にまとめて読む機会がしばらくなかった。紙面で一回単位で読む以上に、まとまった方が味わいが出るコラムだと思うし、特に近年は自在な感じが出ていて楽しい。岡井隆さんは、松の内に八十歳になるという。

きょうの一首。書きかけのまましばらく放ってあった断片を、書名で思い出してまとめてみた。夜と昼とは逆でも成り立ちそうだが、自身のキャラに即せばたぶんこうだろうと思う。

 よるなのにひるのことばで恋を説くゆるくねぢれて私が居る/荻原裕幸

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January 01, 2008

2008年1月1日(火)

春風献上。

元日。寒い一日だった。義母と家人と年越し。明けてすぐ三人で近所の神社に参拝。時刻が早かったせいか、行列ができていた。夕刻、霙っぽい雨のなかを家人と厄除のお礼をかねて末盛の城山八幡宮に参拝。神籤をひくと、運勢の他に「神の教」として「平らかな心、清い思いで、美しい光り清い心波を放出なさい」とあった。神様それは無理です、とも言えずに閉口頓首。

今年最初の、きょうの一首。調べてみると、蕪村に「殿原の名古屋貌なる鵜川かな」の一句があるが、由来あることばとして使ったわけではない。

 よこしまなわたしがけふはめざめずに名古屋顔して新年にゐる/荻原裕幸

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