2008年2月24日(日)
全国的には雪の多い日だったらしい。名古屋は晴れていた。午後、栄の愛知芸術文化センターでひらかれた杉森多佳子さんの第一歌集『忍冬(ハネーサックル)』(風媒社)の批評会に発起人として出席する。参加者は約60人。盛会だった。ディスカッションは、大辻隆弘さんのコーディネート、島田幸典さん、小島ゆかりさん、黒瀬珂瀾さんというメンバーで進められた。
★
歌集『忍冬』は、私的な日常をゆったりとしたフレームにして、事件的な出来事とそうではない出来事とを適宜混ぜあわせながら構成しているように見える。一方、文体について言えば、叙述するよりは修辞的な表現に偏向がある。この種の傾向、日常性と修辞性の共存は、現在の歌集のスタンダードの一つだし、二つのファクターをバランス良くなじませることである種の力量を示す、というスタイルが、第一歌集の目に見えぬセオリーとして存在しているようにも思う。ただ、『忍冬』の場合、日常性と修辞性のバランスは良くない。修辞性への偏向が強いのはこの歌集の個性だし、成果も大きな可能性もそこにはっきり見られるが、そのため、日常性がどこかつくりものめいて見える面もある。島田さん、小島さん、黒瀬さんの三人がともに、この問題をそれぞれ違うアングルから切り開き、賛否こもごもに語っていたのは、必然的ななりゆきだったのだろう。
★
前述の問題は、おのずと、では「出口」をどこに見出すか、という話へとつながってゆく。むろん、バランスをとってしまえば、それはそれで一つの小さな解決にはなるのだが、そんな選択があり得るなら、作者ははじめから歌集『忍冬』をこのようなスタイルではまとめなかったはずだ。『忍冬』の修辞性の強さに日常性を劣化させる面があるのは、端的に言ってしまえば、短歌の定型を、分量の問題、としてとらえているところが作者にあるからだろうとぼくは感じている。短歌の定型のエッジに対する意識が少しでも甘くなると、なぜそのようなことばがそこにおかれているのか、についての説得力が減じてゆく。日常性を作品のベースにしていれば、これは比較的表面化しにくい。逆に、修辞性に偏向しているとものすごくめだつのだ。『忍冬』以降の世界に向けて、この件は、作者に一度じっくり考えてみてほしいと思う。
★
以下、歌集『忍冬』から、自分の好みの作品を引いておく。
雪暮れに丸いいのちが欲しくなる銀杏を炒り金柑を煮る/杉森多佳子
身のうちに雪の降る場所つねにあり雪降るのみのしずかなる場所
マンションのめぐりの草木秋深む子規の狭庭をしずかに思う
目の中に笑うあなたを呼び出だすひとりで冬を迎えるために
ふゆの字を宋朝活字に表わせば私の好きな冬となりゆく
冴え返る二月の朝は前髪を水平線のように切りたい
★
きょうの一首。午前、人を待ちながら。
春光の奥からひびくその音が何なのか知らずに聞き惚れる/荻原裕幸
TrackBack
TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40919/40273214
Listed below are links to weblogs that reference 2008年2月24日(日):
Comments
こんばんは、いつも拝見させて頂いてます
今日の一首ですが私ならこう詠みます、いかがでしょうか?
春光の奥からひびくその音は京極夏彦の妖怪の世界
Posted by: jp | February 26, 2008 at 11:05 PM
荻原さん、拙歌集批評会では、たいへんお世話になり、ありがとうございました。また、このように書いていただき、ほんとうに有難く思いました。
「日常性がどこかつくりものめいて見える面もある。」というご批評の言葉は、このところ作るたびに感じていた違和感の正体だったのだなと気づかされました。それが定型観のゆるみによって生じているというご指摘も、ずっと私がわかっているのになおざりにしてきた大きな欠点だと思います。直感だけで作っていてはいけないのだと反省させられました。
今後ともまたご教示、ご指導いただけましたらうれしく存じます。
Posted by: 杉森多佳子 | February 26, 2008 at 11:30 PM
jpさん、こんにちは。
コメントありがとうございました。
たしかに聞こえた、とは言っても正体不明ですから、
京極夏彦的な世界の音だった可能性もあるわけですし、
そう断言的に書くのも一つのスタイルだと思います。
ただ、その音が何かという推測や想像を
これという一つのものに限定してしまうと
ことばでは伝えがたいその音の奇妙な印象が、
どこかに逃げて行ってしまう気がしたものですから、
ぼくは、「何なのか知らずに」としてみました。
Posted by: 荻原裕幸 | February 27, 2008 at 07:15 PM
杉森多佳子さん、こんにちは。
コメントありがとうございました。
日曜の批評会、盛会で何よりでした。
短歌の定型のしくみというのは、
わかりそうでわかりにく奇妙なものですよね。
ぼくもいつも書くたび考えるたびに翻弄されます。
お互いいろいろ考えながら進んでゆきましょう。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
Posted by: 荻原裕幸 | February 27, 2008 at 07:20 PM