2008年3月20日(木)
春分の日。地下鉄サリン事件の日。十三年が過ぎた。ニュースでの扱いもサブルーチンの一つと化したようで、オウム真理教の後継教団を警戒し、補償の進まない被害者たちの状況を憂慮しながらも、どこかでこの事件だけを特別視するのを避けている印象がある。これも風化の一種だろう。事件は怖ろしいものだったが、歳月はもっと怖ろしいものなのかも知れない。昨日からの雨があがって、少し寒くなった。夕刻から義父義母と義姉夫婦と家人と六人で食事に出かける。平穏な一日。
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何かを食べたり飲んだりしたときに、沼みたいな味がする、と言う人がいる。沼の味を知ってるの? とつっこみたくなる。違う人がそれぞれそう言うのを聞くので、慣用表現ではないとしても慣用表現に近づいているような表現なのだろう。もちろん自分でも同じように、知らないはずの何かにたとえて言うことはよくあるし、どう考えてもあり得ないようなたとえも無意識に出てくる。家人の咳がひどかったときに、大丈夫、死人のような咳だね、と言ったら、咳にむせながら、死人は咳をしません、とつっこまれたことがあった。たしかにそう言われてみればそうだ。
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きょうの一首。ときどきもらう葉書に。たぶん何かの香料なのだが。
親しくなくはない知人から洞窟のやうな匂ひの葉書が続く/荻原裕幸
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