2008年4月21日(月)
初夏のような陽気が続く。午後、杁中から八事のあたりを歩き回る。所用もあって出かけたのだが、このところ食欲が旺盛で、少しからだを動かしておかないと、体重のことが気になるので。もっとも動かすとなおさら食欲は旺盛になるのだが。
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短歌誌「桟橋」94号に、鈴木竹志さんが「〈私〉の自由」と題した短歌時評を書いている。吉川宏志さんの評論集『風景と実感』に出て来る、作者と読者が「信じ合う力」のことをめぐって、結社誌の選歌のシステムが、この「信じ合う力」によるものだと記したあと、以下のようなくだりがあった。「最近は結社を敬遠し、無所属のまま新人賞に応募する人が多い。多分、彼らにとって、結社という束縛は煩わしいだけなのであろう。では、彼らはいったい何を信じているのか。言葉を信じているから応募するのだろうか。そうは思えない。多分、彼らは、自分だけを何とか信じようとして応募するのだ。つまり「信じ合う」ことをとうに放棄しているのである」。気になるところは他にもあったのだが、特にこのくだりは、何をもとにこう書いているのだろうかと不思議だった。鈴木さんの文章には、実例はもとより、作品の一首も引用されていない。正体のないものを語っているようにも見える。昨今の新人賞応募者の所属を見れば、無所属が増えているのはたしかだが、具体的に誰が「結社を敬遠」したのだろうか。繰り返される「多分」以下は、何から推量したのだろうか。漠然とした印象から状況を構築することは、時評に求められる一つの要素ではあるが、「信じ合う」ことをとうに放棄した「彼ら」がいるとしたら、具体的なその「彼ら」の実態を語るところからはじめる必要があるのではないだろうか。
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きょうの一首。
わたくしは雲よりも土の側にゐて木立のかげに所属してゐる/荻原裕幸
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