2008年4月28日(月)
このブログの21日付の記事で、鈴木竹志さんの「桟橋」94号の時評について述べたところ、それについて「竹の子日記」でコメントがあって、鈴木さんがくだんの文章を書いた経緯について説明してくれていた。実証云々は別として、諦めて突き放すようなところと悟って叱咤するようなところとが、鈴木さんのなかに混在しているのかなあと感じる。では自分はどうなのだろうとしばらく考えていた。
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午後、家人と買い物に出る。とりあえず必要な食材を揃えたところで、最近ビタミンなんとかが欠けていると家人が言っていたのを思い出した。何か他にも買うべきものがあるだろうかと相談するつもりで、それで、何が欠けていたんだった? と訊ねてみる。真剣な表情で考えていたかと思うと、いきなり、情緒? と疑問符つきで答が返って来た。あまりにも意外な答だったので、思わず笑ってしまう。こちらの質問が唐突だったような気もするが、それにしても、スーパーの生鮮食品売場で、何がどこにどうつながるとそういう答が出て来るのか。妻はもっとも身近な他者、ということばをしばらく思い浮かべていた。
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きょうの一首。「夏めく」は、俳句では夏をあらわすと決まっているようだが、日常的には今時分の感じを言うのにも使うなと思いながら。
夏めいた午後をしづかに座礁してことばの船が入江を抜けず/荻原裕幸
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