2008年5月2日(金)
本を読んでいたら、蜃気楼のことが出て来て、少年期にその種の異空間に惹かれていたのを思い出す。何かきっかけがあれば自分がそこに行けるのではないかとも感じていた。楼閣をつくる「蜃」が巨大な蛤だと知って、その野暮ったい印象にちょっと冷めたのだが、最近ではむしろ、異空間そのものよりも、蛤を幻獣化するむかしの人の感覚に惹かれているところがある。
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恋人よ草の沖には草の鮫/小林恭二
初期句集『春歌』(一九九一年)に収録された一句。句集のあとがきによれば、二十歳から二十三歳の間の作品だという。能村登四郎の句に「火を焚くや枯野の沖を誰か過ぐ」があるが、小林の句では、陸に見出される「沖」が、恋愛にからんで、ことのほかみずみずしい空間として蘇生している。「草の鮫」は、性愛にまつわる何かと解釈することもできそうだが、恋を掌中にしながらなお生じる不安や疑心暗鬼のようなものだととっておきたい。「草の沖」を駈けてゆく恋人のかたわらに、幻獣の影が見えてしまうのではないだろうか。
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きょうの一首。幻獣をモチーフに書きはじめたのだが、いろいろ考えている間に幻獣がどこにもいなくなって、平凡で平穏な時間だけが残ったような感じ。
ベンチごとわたしを撫でてゐるやうな欅のかげをしばらく纏ふ/荻原裕幸
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