2008年5月11日(日)
母の日。今日ではなく一昨日、実家に顔を見せに行き、話をして来た。午後、家人は義母と義姉と出かける。留守番。
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留守番で思い出した。読んでいた短歌の本と俳句の本に、続けてよく似た留守番の作品が出て来た。ひとつは、石川啄木の「ある日、ふと、やまひを忘れ、/牛の啼く真似をしてみぬーー/妻子の留守に。」、もうひとつは、加藤楸邨の「蟇の声にて泣いてみぬ妻の留守」である。楸邨の句は一九八〇年代のものなので、啄木の『悲しき玩具』のこの歌を知っていて書いたのだろう。家族の留守における男性の行動というのは、こんなようなものなんだろうなあと思う。以前、家人がその音を嫌うので、留守番のときにペットボトルを潰すことをここに書いたが、その他にも、家人が留守だからという理由ですることは、多くは音か声にかかわることである。
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きょうの一首。音声の内容に焦点をあてると、啄木や楸邨の世界に追随するだけの歌になってしまいそうだったので、少しアングルをずらしてみた。以前に書いたこれなどとは対照的で、行為の具体が書かれていないため、つくりあげた、という感じが強く出てしまっているかも知れない。
妻の留守といふみどりの空間に哀しい音をたててゐる午後/荻原裕幸
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