2008年7月27日(日)
午後、栄の愛知芸術文化センターへ。「未来」加藤治郎選歌欄と東桜歌会のメンバーを中心に集まって、加藤治郎さんの第七歌集『雨の日の回顧展』(短歌研究社)の批評会をした。著者を含めて17人が参加。歌崎功恵さんと細見晴一さんにレポートをお願いして、その後は著者以外の全員でディスカッションを進めた。芸術家の作品や生涯にインスパイアされた連作が多く、議論もおのずとそこが焦点になった。司会をしていて、ほとんど他人の文脈のなかで話をしていたので、自分の意見も少しだけまとめておくことにする。
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加藤治郎の、第五歌集『ニュー・エクリプス』(二〇〇三年)や第六歌集『環状線のモンスター』(二〇〇六年)を読んでいて薄々感じていたのは、「私」という枠組を巧く扱いかねて、方法的に揺れている作者の姿だった。あなたとわたしの世界が、現実の世界と共鳴していた「独身/結婚」の季節は、何もかもが自在に描けたと思うのだが、この時期は、家があって家族があって短歌以外の職業があるという「家族」の季節を描きながら、現代感を描き出そうとする折々に、あなたとわたしの世界を、別の次元のものとして引き寄せていた。そこにはおのずと歪みが生じる。「家族」を横に置いたとき、あなたとわたしの世界は、輪郭が不鮮明であれば絵空事めくし、鮮明であれば不倫めくし、方法的にはライトヴァースやニューウェーブの尻尾のようにも見えるわけだ。この乖離が生じたのは、第三歌集『ハレアカラ』(一九九四年)の頃からだが、その時期以後、作品上で、現代の社会問題への関心が極端に高まってゆくのも、ぼくの目には、社会的な意識のにわかな高まりではなく、方法の出口を探してさまよう歌人の姿として映ることが多かった。
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最新歌集『雨の日の回顧展』では、前述したような方法的な揺れがおさまっていると感じられた。揺れを収束させたのは、一首一首の「私」を世界という器のなかで有機的に連関させようとするスタイルから、一首一首の「私」を折々に生じる断片のようなものとして捉えて連関にこだわらないスタイルへと変化させたことによるのだと思われる。後者のスタイルを可能にしたのは、芸術家の展覧会をめぐりながら、その作品や生涯から触発されて生じた心象を、意識の流れとして羅列してゆくというシンプルな枠組だろう。一般に短歌は、自己の「内面」を探りあててゆくような感じで書かれて、その集積としての自己像が漠然と提示される。ところが、歌集『雨の日の回顧展』の場合は、一首一首、その都度、自己がばらばらに「内面」を露呈する。あるときはゴッホだったりゴッホの作品を見つめる観覧者だったりゴッホを含む世界を俯瞰する全能者だったりする。ぼくには、このスタイルが、歌集の質感をとても新鮮なものにしていると感じられた。
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歌集『ニュー・エクリプス』の「あとがき」に、以下のくだりがある。「たぶん、情報、映像、アート、音楽など現代のイメージのエッセンスを内包することで今を生きる〈私〉のリアリティーが確保されるのだろう。しかし、情報や映像は本質的なことではない。決定的なのは、私自身の現代短歌という言語体験なのである」。この感覚が加藤治郎の作品にはっきり表面化するのに数年かかったのだろうか。歌集『雨の日の回顧展』から、好みの作品を以下に引用しておく。
うす青いゴム手袋のさきっぽがのびきってめちゃくちゃになれ、俺/加藤治郎
わたくしはとてもくらくて聴いているあなたの顔のなかに降る雨
それはときおり墓場のようで青々と製氷皿の十二のくぼみ
人間はにっちもさっちもいかなくなって入水するそれだけのこと
重ねて入れた切符一枚吸い取られ在来線のむらさきに行く
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きょうの一首。絵心のある人には、たぶんこういうレトリックは書けない、と負け惜しみ的な言い訳をあらかじめ添えておこう。
画用紙に描けば幹からのびてゆくクレパスの波となるか蝉鳴く/荻原裕幸
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