2008年7月9日(水)
上京。神田一ツ橋の学士会館へ。現代歌人協会の公開講座「小池光さんに聞く/短歌と諧謔の間」に出演する。出演者は、小池光さん、司会が松平盟子さん、聞き手がなみの亜子さんと荻原裕幸。この機会にいろいろ話を引き出そうと思って、歌集を再読したりその他の準備をして大上段に構えていたのだが、少し水を向けただけで、小池さんが、喋る喋る延々と喋るという感じで、二時間があっと言う間に過ぎた。諧謔をテーマとしたせいか、笑いを誘う話が多かった。それでも、いわゆるネタは意外なほど少なく、小池さんはつねに本音の短歌観に近いところで話をしていたようだ。聞いた人は絶対に得をしたと思う。以下、少しメモを。
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小池光さんを含めた四人が小池さんの作品を五首ずつ引用して資料をつくった。諧謔がテーマとなれば、自然なことなのかも知れないが、第一歌集『バルサの翼』(一九七八年)からの引用が一首もない。ぼくが選んだのは以下の五首。
ガス室の仕事の合ひ間公園のスワンを見せに行つたであらう
抒情せよセブン・イレブン こんなにも機能してゐるわたくしのため
ふたふさの罐詰蜜柑のるゆゑに冷し中華をわがかなしまむ
穴子来てイカ来てタコ来てまた穴子来て次ぎ空き皿次ぎ鮪取らむ
柳原可奈子といへど人はみな余命のなかを生きてゐるなり
出典は順に、『廃駅』『日々の思い出』『日々の思い出』『草の庭』「短歌人」二〇〇八年七月号、である。『バルサの翼』で「かっこいい」世界をつくりあげた小池光が『日々の思い出』の諧謔的な世界に転じるプロセスとして、「ガス室」の一首を含んだ第二歌集『廃駅』(一九八二年)の「生存について」があるのではないかと考えた。かっこいい世界のなかでかっこいい私としてふるまうのは、言ってみれば、そのような私になりきってしまうことである。そこには諧謔が生じて来ない。「生存について」は、モチーフは諧謔とは遠いものだが、書かれる主体と書く主体とが別々に存在するという、現在の小池光のスタイルの萌芽のようなものが見えると思う。小池自身、当時、かっこいい歌になってしまう自作を見ながら、「ここには俺はいない」と感じたらしい。「かっこいい歌をつくるのが苦痛だった」とも語っていた。一九七〇年代から一九八〇年代へと向かう時間のなかで、方法的に完成した作家が必然的に出会った苦痛だと言えようか。
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第三歌集『日々の思い出』(一九八八年)以後、小池光は、書かれる私と書く私とが実は二重に存在するという短歌の構造に自覚的になって来る。書く私がことばを操作することによって、書かれる私の表情が変わる。それを自覚したところに、諧謔を含めた小池の不思議な文体が生じたのだろう。一人称になりきるのではなく、一人称をつくる、ということになろうか。この点についても、小池は以下のように明言していた。「短歌は、五七五七七だけはなく、その他に、生活の折々に書いている、というフレームを共有してなりたつ」と。生活の折々にわきあがる感興とかではなく、そのようなフレームを共有してなりたつ、とは、言い換えれば、「現実の私をことばで創造する」ということになるだろうか。近代以降の自己像のありようと違うのは、小池が、自己像をつくりあげていること自体を作品の表面に出してしまっていることだろう。「穴子来てイカ来てタコ来てまた穴子来て次ぎ空き皿次ぎ鮪取らむ」の五八五八八というリズムにはあきらかな作為があるのに、しかし、同時に、回転寿司であたふたする私の表情がいかにもリアルに描かれているようにも見える。この二重性が小池の文体を現代の短歌として特徴づけている。
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歌集『日々の思い出』の核となる日付のある歌について、当時のカメラで撮った日付入り写真のように「まったく無意味なことが、意味を感じざるを得ない」何かに転じるのと同じだと小池は語っていた。ただ、もちろん日付は詞書なのであって、短歌の文体ではない。このしくみを短歌の文体にもちこむと、たとえば、引用した「ふたふさの罐詰蜜柑のるゆゑに冷し中華をわがかなしまむ」の「ゆゑに」のような、ただの順接を因果関係として捉える文体が生じる。小池のことばによれば「意味を脱臼させる」ということになるらしい。何でもない夏の食卓の向う側にある何かを読みきらなければ読めた感じが生じない。その関係への過剰な執着に、諧謔その他の妙な感じがわきおこるのだろう。近作の「柳原可奈子といへど人はみな余命のなかを生きてゐるなり」の「といへど」なども同じ機能を果たしている。これは、穂村弘や少なからず彼に影響を受けた歌人が、高橋源一郎の言うところの「新しい言文一致」によって求めるリアルとは対極的な場で書かれていると言っていいのかも知れない。
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きょうの一首。さるおがせという植物は別に笑えるような植物ではないが、どうしてかこの名前を入れた短歌や俳句を読むと笑いが生じる。なぜだろう。
さるをがせと聞くたび訳もなく笑ふ笑ひがあすの向うから来る/荻原裕幸
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