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January 31, 2009

2009年1月31日(土)

強風の一日。風でいろいろなものが鳴っていた。名古屋では十日ほど前に開花宣言が出ていたようだが、マンションのすぐ隣りの敷地でも、梅がきれいに咲きはじめている。深夜、調べものをググると、表示されるすべてのサイトに対して「このサイトはコンピュータに損害を与える可能性があります。」と警告が出る。ブラウザの障害かこちらの操作のミスかとも思ったが、ヤフーでは普通にヤフれた。

何かテレビの特番で、タレントさんが、東京の坂道を、次々に全力で走って登る姿を映していた。どうしようもないほど無意味な感じで、見ていておもしろかった。映し出される坂の名前が出ていて、そう言えば、坂の名前というものを、ほとんど意識したことがないなと思う。自宅の周辺は坂だらけだが、絶望的に名前を知らない。名古屋市内を考えても、自分が名前を思い出せる坂は、十には及ばないし、それが具体的にどこの道なのか、明確に指摘できる坂が一つもない。

きょうの一首。

 ありえないものに切手を貼つてゐて梅咲くひるをさびしく笑ふ/荻原裕幸

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January 30, 2009

2009年1月30日(金)

午後、栄のスカイルへ。朝日カルチャーセンター「はじめての短歌」。第一週が正月休みだったのでその振替の日。きょうは出席者15人、詠草15首。題は「遠」。たしか来嶋靖生さんが入門書に書いていたと思うが、主婦が書く類型的モチーフに「しまい湯短歌」があるという話。あまり見たことないなあと思っていたら、この講座でもはじめて、しまい湯を素材にした歌が出て来た。類型ではなかったけれど。ひるさがりから雨という天気予報が、あたらなくてもいいのに見事にあたって、講座後、栄を歩いてしっかり雨に降られた。

きょう、森岡貞香さんが亡くなったという。享年九十二歳。ご冥福を。藤井忠さんや中野昭子さんが作家研究を刊行しているが、短歌史のなかに位置づけて語られることが意外に少ないという印象があった。以下、第一歌集『白蛾』(一九五三年)から好きな作品を引用しておく。

 拒みがたきわが少年の愛のしぐさ頤に手触り来その父のごと/森岡貞香
 生ける蛾をこめて捨てたる紙つぶて花の形に朝ひらきをり
 夜道にてひつかかりし言葉が石ころのごとごろごろして歩きにくきよ
 からだこほりのごとくなりても若かりきなまなましかりき夫のなきがら
 ねむるときまなうらに写す明日があり子と街へ出てくれよん買はうよ
 月のひかりにのどを湿めしてをりしかば人間とはほそながき管のごとかり
 くらげのお化けのやうな絵がをんなだといふ浴槽いづるとき羞恥と怒りあり

きょうの一首。講座で「遠」の題の作例として見せた一首。父だけを見る、の意味で書いた初句二句だったが、父が見るよりも遠くを見ず、の意味にとれる文脈上のバグがあるようだ。とりあえずはこのままにしておくが。

 父よりも遠くを見ずに過ごす日がまた来るのだと告げてあなたは/荻原裕幸

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January 29, 2009

2009年1月29日(木)

午後、家人が義母と出かける。留守番。きょうはいちだんとあたたかな日で、外に出ないのは何か勿体ない気がして、日が暮れる前に、少しだけ外を歩いた。折角の晴天なので、日のあるうちに、冷えはじめる前に、という感覚は、洗濯物を干すのと同じだなと思う。洗濯物になった気分で歩く。家人が、DIYショップで、合板や金具などを買って帰宅。達磨を置く棚をつくるのだという。吉の方位の関係で、わが家には顔の見える向きに達磨を置ける場所がなかったらしい。

第58期王将戦七番勝負第二局。深浦康市王位が羽生善治王将を圧倒して一勝一敗となった。和歌山県西牟婁郡白浜町コガノイベイホテルでの二日制の対局、ネット中継を折々眺める。後手の深浦は四手目3三角を選んで、力戦型の向かい飛車からシンプルな美濃囲いに。羽生はやや窮屈な感じで居飛車穴熊に。力戦型とは言っても、昨今定跡化されつつある展開である。飛車先での開戦は深浦から。布陣の差を見て踏みこんだ深浦の構想が勝り、そのまま大差をつけてしまう。羽生は差を縮める糸口が見つからないまま投了。第一局とは違って肩は凝らなかったが、白熱した感じもなく、どこか脱力感のただよう一局だった。

きょうの一首。友人から電話が来て。

 宋朝体のやうなこゑからおもむろに草書体へとくづれる電話/荻原裕幸

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January 28, 2009

2009年1月28日(水)

晴天。あたたかな一日だった。日記はしばしば天候から書き出される。特に深い意味はないのだが、自分もなんとなくそうなることが多い。書き手である自分を、まずは具体的な空間に置く、という習慣的な儀式のようなものだろうか。あるいは、記述の内容だけではなく、具体的な空間にいる感触を、読み手に伝えたい自分でも確認したい、という意識がどこかで作用しているのかも知れない。

 海見せて軒下見せてきまじめに軋みつつゆく江ノ電二両/今野寿美

第七歌集『龍笛』(二〇〇四年)に収録された一首。この歌をはじめて読んだときには、江ノ電に乗ったことがなかった。江ノ電に乗ってからふたたび読んだら、歌の印象がまるで違うものになった。鎌倉高校前から腰越のあたりを往来するときの、海のひかりや民家の軒下が、そのまま蘇って来る感じがする。どこかしら観光案内めいた趣もあるオーソドックスな表現なのに、個人的なその日が、とめどなく流れ出して来るような、不可解な感覚が生じるのだった。私的条件が揃っただけか。それとも、佳作秀作の尺度でははかれない何かが含まれているのだろうか。

きょうの一首。

 冬も終りに近づくからかわたくしが境目なしにゆるくひろがる/荻原裕幸

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January 27, 2009

2009年1月27日(火)

午後、キーボードを打っていたら、何か指の感じがおかしい。あ、と気づいて見てみると、右手の爪だけが伸びたままである。朝食後、左手の爪を切ったところで、思い出したことがあって資料を読みはじめ、そのまま忘れて過ごしていたのだった。作業を中断して右手の爪を切る。ニュースによると常用漢字表の見直しが進んでいるらしい。パソコンの普及で使用される漢字が増えたための追加だという。二百字弱の追加では見えにくいが、漢字の難易の判断も総字数/追加字数の判断も、すでに手書きをベースにした文字観から離れつつあるということか。

今野寿美さんのエッセイ集『歌のドルフィン』(ながらみ書房)が刊行された。「短歌往来」に三年間連載したコラムをまとめた一冊。現代短歌を中心に語りながら、ときに時代やジャンルをゆるやかにはみ出してゆく。ときに日常の時間や空間も顔をのぞかせる。歌論というほどの力みはないし、ロジックをごりごりと展開させるわけでもないのだが、今野さんの短歌観が随所に顔を見せていて、読み進めると、感化、と言うか、自分の考えを浄化されてゆくような快い感触がつもってゆく。今野さんの歌集を再読したい気分になる。好著。

きょうの一首。

 真冬にも青天があることになぜこんなに違和があるのかけふは/荻原裕幸

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January 26, 2009

2009年1月26日(月)

午後、同朋大学へ。キャンパス内に物々しく白い壁のようなものが立てられて、何事かと驚いていたら、施設の大がかりな工事がはじまるのだという。先週からキャンパスが静かなのは、その影響なのだろうか。文章表現の講義の十三回目。きょうは、詩歌句諸ジャンルの概説をしてから、季語の効用を中心に俳句の話をした。板書の量が多くて、講義が終ると白墨の粉だらけになっていた。

 蛇口よりあふるるみづが光りをりひと日を生きてかへり来し掌に/永井陽子

第三歌集『樟の木のうた』(一九八三年)に収録された一首。仕事から帰って手や顔を洗っているところなのだろう。この「光」は、微妙だがたぶん室内灯、帰路の暗さに対する家の明るさを感じていると読んでおきたい。ただ、「かへり来し」は、単純に帰宅を言っているだけではなく、仕事から解放されて、本来の自分が自分に還って来たという感覚も同時にたちあげているようだ。気になるのは、やや大袈裟にも見える「生きて」だが、たとえば「終へて」と自然に書けないところに、日々の仕事に対する苦しさを読んだり、もう一歩踏みこんで、仕事を苦しさと感じてしまう誠実さやある種の不器用さを読みとることもできようか。

きょうの一首。

 痛むときにわかる胃や心のありかただ撫でながら一夜を明かす/荻原裕幸

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January 25, 2009

2009年1月25日(日)

午前、加藤治郎さんから連絡をもらって、きのう、笹井宏之さんが亡くなったことを知る。しばらくただ茫然としていた。熱くて、芯が強くて、短歌の才能がきらきらとしていて、それでいてごくふつうの優しい青年でもあった。享年二十六歳。あまりにも若い。第一歌集『ひとさらい』を出してからちょうど一年。これからの人だったのに。悔やまれる。

短歌誌[sai]の第二号が刊行されている。特集は「からだからでるもの」。一体何なんだ、このテーマ? と思って読むと、涙とか声とか胎児とか、ともかくからだからでるありとあらゆるものをめぐって、メンバーの競作が展開されていた。題詠の一種とも理解できるが、だとすれば、個々の力を実に巧くひきだす出色の題だと思われた。それから、もう一つの特集が、メンバーとゲストによる歌合の完全記録。鈴木暁世さんの「がっつり、遊ぶ。」というレポートの題がものがたる通りに、がっつり本気で遊んでいておもしろい。どちらの特集にも言えることだが、このメンバーであれば少なからず誘惑にかられたはずの、現代短歌の状況分析的な舵取りを抑えて、自分たちの表現の力を十全に出し切ることに専念している。そこに、この雑誌の個性がよく出ているように感じた。創刊号も楽しめたが、第二号はさらに楽しい場に発展したのではないだろうか。

きょうの一首。

 雲はたぶんひとのこころと同質の成分だだからあのやうに動く/荻原裕幸

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January 24, 2009

2009年1月24日(土)

昨夜から急に気温が下がって、そのままきょうは気温が上がらなかった。午後、近所の公設市場に行く。鶏肉店のお孫さんが遊びに来ていて、どこか照れくさそうに、いらっしゃいませ、とか言いながら、ゲームをしていた。弁当を二つ買うと、店の人がいつものように総菜のおまけをつけてくれたのだが、きょうはまた凄い量で、弁当とほぼ同じ嵩があった。あした休みだからわるいんだけどこれ食べてくれる、と言われる。店の人に、と言うよりは、ご近所の親しい人にお礼を言う感覚でお礼を言う。

 井戸の底明るむごとくテレヴィジョンかぐらき昼にともされてゐつ/葛原妙子

第五歌集『原牛』(一九五九年)に収録された一首。同じ一連にテレビの歌が数首ある。一般に普及しはじめた時期か、その少し前だろうか。各家の「井戸の底」にテレビが据えられてからほぼ半世紀、受像機のスペックや放送のコンテンツにどれだけ変化があっても、本質にはさほど大きな変化がない、ということを、半世紀向うから教えてくれる歌だ。テレビが特殊なものだったはずの時代に、世相に流されず、世相に抗わず、一個のものとしてそれを観察しているのに軽く驚かされる。葛原妙子の世界を支えているものの一つに、この不思議な「視力」があるのではないかと思う。

きょうの一首。近所で。いつも大抵の犬にはよそを向かれるのだが。

 吠えもせずよそ向きもせず冬の犬があざやかな目で私を見る/荻原裕幸

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January 23, 2009

2009年1月23日(金)

午後、栄のスカイルへ。朝日カルチャーセンター「はじめての短歌」。きょうは出席者15人、詠草16首。新しい受講者さんが一人、京都から来ているというので驚いた。先週が今年初回の予定だったのを、都合で一週スライドしてもらったため、ふだんとは違う教室で。きょうの題は「新」。今回から形容詞系の一字を題にすることにしている。不況の新年とか、家族や孫との正月とか、予想されるモチーフが多かったが、予想したよりも巧くおもしろくまとめられた作品が揃った。

講座後、地下街の端の喫茶店にこもって新聞と週刊誌をまとめ読みする。最近、深刻な不況も影響してか、週刊誌に、近い将来を展望する類の記事が減って来ている印象がある。展望できないのか、展望したくないのか。ひさしぶりのあたたかな日、外気がきもちよかったので、風邪っぽさがまだ抜けきっていないのを忘れて栄をうろうろと歩きまわる。デパ地下で中食を買って、ロフトの文具店で文具を買って、時計店で腕時計の電池交換をして、薬局で薬を買って、帰宅。

きょうの一首。講座で「新」の題の作例として見せた一首。朝、寝起きのぼんやりしたあたまで、なぜか「ラジオ体操の歌」を急に思い出して。

 新しいものとさほどは新しくないものを混ぜて朝が来てゐる/荻原裕幸

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January 22, 2009

2009年1月22日(木)

きのうから曇ったり雨が降ったり。きょうは一日ずっと家にこもりきり。きのう、ひさしぶりに塚本邦雄の『麒麟騎手』(一九七四年)をひらいた。あの寺山修司宛の書簡の文体が好きで、二十歳頃だったか、日記でよく文体模写をしていた。塚本のファンだという人に、模写の文体で手紙を書いたりもした。いつの頃からか、そういう遊びをするゆとりがなくなっている。

そう言えば、文体ということばは、短歌を語るときにもよく使う。ただ、便利ではあるものの、明確にすることの難しい概念だとも思う。短歌が自覚的な方法によって書かれるときに生じる語のつらなりの感触、とでも言えばよさそうだが、方法が剥き出しになって作者に統御されつくしているような場合は、そのまま方法と呼んで文体とは呼ばない気がする。自覚的な方法ではあっても、伝統や無意識や偶然を呼びこむことを拒まない姿勢から生じている語のつらなりの感触、こそが文体の呼び名にふさわしいと言えばいいだろうか。

きょうの一首。

 妻が動くたびにどこかで鈴が鳴る私のあづかり知らぬどこかで/荻原裕幸

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January 21, 2009

2009年1月21日(水)

週末あたりから少し風邪っぽい。と言っても、本格化するわけではなく、無理をしなければこのままやり過ごせそうな感じ。昨夜の家人の夢のなかで、ぼくが内緒で、緑亀とか錦鯉とか他にも得体の知れない生物を飼育していたらしい。後は任せるとか何とか言ってそこらに放置するので困ったのだという。荒唐無稽だし、夢はあくまで夢でしかないし、悪夢の場合は困るかも知れないが、それでも、リアルに記憶している人を羨ましいといつも思う。

北野ルルさんから、私家版の『秀歌鑑賞』という本が届く。徳島新聞の文化欄に六年にわたって連載した一首鑑賞のコラム六十六回分をまとめたもので、ぼくの作品も収録されていた。感謝。収録されているのは主として現代歌人の作品。有名な歌やあまり有名ではないユニークな歌が適度に混ざっていて、いずれも、新聞紙面を意識したと思われる丁寧な鑑賞がほどこされている。選歌にも鑑賞にも、あ、と気づかされることの多い佳い本だと思った。定価600円+税とまで表示されているのに、公的な入手方法がないのが惜しまれる。著者は未来短歌会の人。

きょうの一首。

 喪主と死者のやうにひとりが饒舌でひとりが沈黙して寒の雨/荻原裕幸

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January 20, 2009

2009年1月20日(火)

大寒。さほど寒くはない日が続いている。昨夜、大相撲初場所のダイジェスト番組を見ていたら、北勝力と土佐ノ海の取組で、好位置に回りこもうとした行司さんが、一人で足をすべらせて横っ飛びになる。しかも勢いで土俵の下まで転げ落ちた。それでも慌てて土俵にかけのぼって軍配はどうにか間にあわせる。力士とぶつかって転ぶことは時々あるが、自分一人でジャンプしたりダイブしたりする行司さんははじめて見た。一日経ってもまだどこかから笑いがこみあげて来る。

五月十三日、神田一ツ橋の学士会館で、現代歌人協会の公開講座「モダン vs ポストモダン/時代はどう超えられるか」に、阿木津英さん、藤原龍一郎さん、佐藤弓生さん、松平盟子さんとともに出演する予定。主催者から正式に広報されているのでお知らせ。現代歌人協会の公開講座に出るのは、昨年の七月に続いて二回目。テーマが少しいかめしい感じなので、公開講座という場を考えると、その手のテクニカルタームをいかに使わないようにして話すか、が課題になりそうだ。

きょうの一首。まとめながら、むしろ、風邪気味なのか、とも思う。

 雲を見てゐて他のすべてが霞みゆく好日なのか怠惰なだけか/荻原裕幸

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January 19, 2009

2009年1月19日(月)

ひさしぶりに寒いという感じが薄らいだ一日。午後、同朋大学へ。試験の時期が近いからなのか、他に何か理由があるのか、キャンパスが不思議なほどしんとして、とても静かだった。文章表現の講義の十二回目。きょうは、現代詩について。散文詩の作品を何篇か参照しながら、他ジャンルの、本来の散文と、どこがどう違っているのかを考察する。

16日、杉山正樹さんが亡くなったという。享年七十五歳。マスメディアには、作家あるいは文芸評論家の肩書が出ているが、短歌にとっては、編集者としてのイメージが強いのではないだろうか。中井英夫が辞した後の「短歌研究」の編集長で、昭和三十年代に、吉本隆明と岡井隆の論争を仕組んだり、塚本邦雄に「日本人霊歌」の連作を書かせたり、前衛短歌運動の実質的な推進者だった。岡井隆のエッセイ集『前衛短歌運動の渦中で』(一九九八年)には、以下の記述がある。「杉山正樹といふ若い編集者が、自分を推し出してくれるのを感じてゐた。「短歌」の編集長になつた中井英夫に対する杉山の対抗意識が、それをさせてゐるには違ひなかつたが、塚本もわたしも、杉山から、相談をうければよろこんで、それに応じて、自分たちの持てる力をそこに注いだ」。当時の杉山さんは二十代。溜息が出るような話だ。

きょうの一首。

 スガシカオの曲だとなんとなくわかる音を零してよぎる銀輪/荻原裕幸

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January 18, 2009

2009年1月18日(日)

晴れたり曇ったり雨が降ったりの一日。メディアに転載されていた大学入試センター試験の、国語の問題を少し解いてみる。問題文にそれほど厄介な印象はないが、設問の選択肢から余分なものを外して正解にたどりつくのに、無駄に時間がかかる感じがある。試験問題が80分だというので、問題文を深く把握する力よりも、設問の選択肢の内容を速く判別する力に点数が左右されそうだ。時間をはかって解いたわけではないが、それにしても80分はきついだろうなと思った。

羽生善治王将に深浦康市王位が挑戦する第58期王将戦七番勝負第一局。まず羽生が一勝をあげる。先手の深浦が誘って、羽生がそれに呼応するように、角換わり、相腰掛け銀、と、定跡の範囲内で手が進んだ。二日目のきょうの封じ手、六十数手目までは、前例のある展開だった。研究を重ねて、双方自信があったのだろう。封じ手の直後、深浦が新手の角の打ちこみを見せてから、にわかに激しい指手の応酬となる。結果的に、深浦の新手は不発気味で、羽生があっさり優勢を確保したものの、終盤、微妙にもつれるところもあって、見ていてちょっと肩が凝るような一局だった。第二局はどちらかの快勝を期待したい。

きょうの一首。書類の整理をしていて。

 蒟蒻といふ字がとてもうつくしく見えてはがきを繰り返し読む/荻原裕幸

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January 17, 2009

2009年1月17日(土)

阪神淡路大震災の日。十四年が過ぎた。前の前の冬、神戸を訪れた折、年末だったせいもあってか、街のそこかしこがとても明るい表情をしていた。さすがに十二年というのは長い時間なのだと感じることが多かった。ただ、北野の異人館の周辺等、地震の痕が小さく点々とむきだしになっている場所もあった。訪問者の視線が及ばないところには、いまだに多くの痕があるのだと思う。

 北野坂表通りにはみだした絶望を見られてはいけない/尾崎まゆみ

第三歌集『真珠鎖骨』(二〇〇三年)に収録された一首。神戸在住で、震災後、文体が少なからず変化した歌人である。細かくカウントしたわけではないが、神戸の地名があらわれる頻度があきらかに増えた。北野坂、元町、トアロード、鯉川筋、等、第一歌集『微熱海域』(一九九三年)には見られなかった地名が、以後は折々に登場する。しかも歌枕的に歌語として機能させるのではなく、実際のその場所の手ざわりを慈しむように描かれている。この「見られてはいけない」は、マスメディア的視線を拒絶する感覚だろうか。見てはいけないでも、見せてはいけないでもなく、見られてはいけないであるところに、第三者ではない、そこにいるの人の感覚がにじみ出ているようにも思われる。

きょうの一首。

 感情のひとつが消化できぬままやはらかになみうつ冬の胃は/荻原裕幸

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January 16, 2009

2009年1月16日(金)

今週は、最低気温が零度かそれ以下、最高気温が十度以下、という日が続いた。全国的に見ればさほどでもないかも知れないが、名古屋にしてはかなり寒かった。ニューヨークで、離陸直後にエンジンの故障した飛行機がハドソン川に不時着、乗客乗員全員が無事だったというニュース。死者がいないことにもほっとするが、故障原因がどうやら鳥によるものらしいということにもちょっとほっとした。

 去年今年貫く棒の如きもの/高浜虚子

一九五〇年/昭和二十五年の作品。去年今年、なので、年末年始のあわただしさのなかで、年のくぎりはあっても、たしかにつながっている時間というものを、感覚的に捉えている、と読むべきか。「棒の如きもの」を時間以外の何かの象徴として読む解釈もあるようだが、どうもぴんと来ない。時間を、去年から今年を、過ぎてゆく月日を、七十代の虚子が、「棒の如きもの」と捉えたということでいいのではないか。ただ、これに類する実感が生じるのは、個人差があるとしても、正月よりは、正月が一月になる頃、つまり今頃なのではないかという気はする。

きょうの一首。

 去年とはつながりのないことがないなにひとつない寒暁をゆく/荻原裕幸

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January 15, 2009

2009年1月15日(木)

以前、オーストラリアの北東沿岸に位置するハミルトン島に行った。グレートバリアリーフに囲まれた好環境で、楽園と呼んで何の違和感もない島である。数日前、そのハミルトン島の「モニター」をかなりな好条件で募集するというニュースがネットに出ていた。地元の州政府が、実際に募集を開始すると、世界中からアクセスが集中して、サイトがいきなりダウンしたという。モニターは無理だとしても、いつかもう一度行ってみたいなと思う。

 否定形で語るのも
 きみに敬意を払うひとつの方法
 きみは子供を残さなかった
 家を残さなかった
 土地を残さなかった
 勲章を残さなかった
 残さぬことできみが残した
 目に見えぬもの/谷川俊太郎

詩集『詩を贈ろうとすることは』(一九九一年)に収録されている「寺山修司への七〇行」の一節。この「きみ」は、寺山修司のこと。谷川俊太郎さんには、どこか詩人の典型めいたイメージがあるのに、系譜として他の詩人につながっているという印象がない。彼一人だけが詩を書いている世界に生きているように見える。そのせいなのだろうか、彼のことばには所有/私物化されている感じが少なく、この詩も、読んでいて、たとえ書こうとしても書けないのに、まるで自分が寺山を悼んで書いたもののような錯覚を生じさせる。

きょうの一首。

 憂愁がつのるとことばが澄んでゆく人間といふさびしい回路/荻原裕幸

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January 14, 2009

2009年1月14日(水)

少し前に、テレビのニュースで、いっけーにせんちょーえん、が云々というフレーズが聞こえて、アナウンサーが何を言っているのか一瞬わからなかった。一京二千兆円だった。科学関連だと十の何乗といった言い回しになるのに、貨幣の表現はそうはならないらしい。それにしても、一京二千兆円、どれほどの量なのだろう。まず百万円の札束をイメージする。それを十束積みあげて、同じものを縦十列横五列とする。これで五億円。旅行用の大きなケースなら入るかな。それが二千四百万ケースで一京二千兆円になる。考えているうちに何かばかばかしくなって来た。

 わかったからすぐに地球を持ち出すな声かけてくる駅前のひと/松木秀

第一歌集『5メートルほどの果てしなさ』(二〇〇五年)に収録された一首。勧誘かアンケートか、そんな感じで声をかけられた場面なのだろう。具体的に何なのかはわからないが、話の流れでと言うか、話が急に飛躍して、地球規模のこと、たとえば環境問題、にまで及んだありがちな展開に困惑する一人称の、やれやれといった表情が目に浮かぶようだ。松木秀さんの諷刺的作品は、川柳の穿ちと同じく、人の気づきにくい角度から社会批評風に書いてゆく佳品が多いが、この一首のように、ロジックを抑えて、冷笑よりももう少しあたたかい感じの、軽い被害者的視点で諷刺してゆく文体にも、佳い味が出ているのではないかと思う。

きょうの一首。

 得体の知れぬものふくらんで私がすこしちひさくなる冬日向/荻原裕幸

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January 13, 2009

2009年1月13日(火)

朝、テレビで名古屋市内の雪の映像を中継していたのだが、窓の外には雪の気配すらなかった。何か少し損をしたような気分になる。午後、丸の内へ。地下鉄で、女子学生が手袋で指人形をつくって動かすのをぼんやり見ていた。彼女が降りた後、男子学生が、手袋を動かす仕草で、すげぇかわいかったな、とか囁きあっていた。指人形しか見ていなかったので、何か少し損をしたような気分になる。

愛知県産業貿易館で、ねじまき句会の例会。連休明けというのも影響したか、都合がつかずに欠席した人が多かった。新しいメンバーが一人加わって、参加者は五人。今回は題詠「海」と雑詠。今年は、さんずいの漢字、を題とすることにしている。会が終ってから、そう言えば、誰の批評にも、川柳のテクニカルタームがほとんど出て来ないなあ、と気づく。きょうの句会に提出したのは以下の二句。

 どこまでが海でどこから寝室か/荻原裕幸
 のぞき見てそのまま川の水となる

きょうの一首。

 さびしくはないがにぎやかでもなくて真冬を熟すふたりの家族/荻原裕幸

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January 12, 2009

2009年1月12日(月)

成人の日。早朝、ごみ袋をさげて外に出ると、ところどころうっすらと粉をまぶしたような白さで、雪の降った気配がわずかに残っていた。今年はじめての資源ごみの回収日だったせいか、マンションのごみ置場がすごいことになっていた。午後、家人が義母と義姉と出かける。留守番。

 古池や蛙飛び込む水の音/松尾芭蕉

外山滋比古さんの『省略の文学』(一九七六年)を再読していて、「もし、「古池の蛙……」とすれば、切れず、したがって、一線的表現になり、句意は浅く軽くなってしまう。/切字の前後の部分が心理的空間を距てて相対峙し、その断絶が統合されたときはじめて、俳句らしい屈折、もつれ、ねじれなどの感じが出る」という、何回も読んで納得したはずのくだりに、変にひっかかってしまう。他の助詞でなく「や」であることで、最も大きく変化するのは、切れの前後の関係ではなくて、「水の音」の質感ではないのだろうか。「の」だと「古池の蛙飛び込む」が「水の音」にかかる修辞にも見える。どこかしら「音」が概念めいて、メタファやアレゴリーである可能性も考えたくなる。「や」だと、古池が実景であれ心象であれ、音を聞いて音が消えてゆく感触がそこにたちあがる。「や」によって散文的な文脈は切れているのだが、定型の内部はむしろシンプルに「浅く軽く」なっているのではないか。

きょうの一首。

 音のない場所がどこにもないことを噛みしめて冬の真ん中にゐる/荻原裕幸

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January 11, 2009

2009年1月11日(日)

早朝、この冬はじめて雪を見る。降っているのがかすかにわかるという感じの雪。午後、家人とウォーキング。名古屋大学のあたりまで歩く。むかしよく入った喫茶店を探したが見あたらず、はじめて入る雑貨屋で買い物をして、はじめて入るカフェでお茶をした。

 男児(おのこ)わらいてわが膝の上にくずるれば獅子身中の花のごとしも/三枝昂之

第五歌集『塔と季節の物語』(一九八六年)に収録された一首。獅子身中の、虫を花に転じるというそのあたりのことば選びに、かすかなかげりの匂いを感じはするものの、ほぼ全力で、家族への愛情を、明るい調べのなかに炸裂させている。歌集を読んだ当時、三枝昂之と言えばイデオロギー的な作品を書く人だという偏見があったために、見てはならないものを見てしまったような、何かまぶしさに目を覆うような感覚が生じたのを思い出す。三枝昂之さんの代表作の一つだと思う。同歌集は、三枝さんの転換期のような時期のもので、世界観や方法論の微妙なうねりが、それまでの硬質な抒情に加えて、柔和な印象の文体を生んでいる。他にも好みの歌を少し引用する。

 むこうから来て父となるなりゆきの否応のなき花とも思う/三枝昂之
 おのこ一人の父なれば子と尚武なき菖蒲湯に四肢しずめゆくなり
 深緑は視界を鎖してのぞまざるここより他の場所そして空
 それぞれの身に弥生来て三人の家族が脱ぎしセーターの嵩

きょうの一首。

 一月のひざしはけふをあきらめたやうな感じの白さに病んで/荻原裕幸

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January 10, 2009

2009年1月10日(土)

寒い一日。午後、全国大学ラグビー選手権大会の決勝戦。早稲田が20対10で帝京を下して優勝した。開始直後はあきらかに帝京が有利に試合を進めていたが、決勝戦のプレッシャーがあったのか、ペナルティを重ねて、ふだん通りに試合を進めていた早稲田にゆっくり流れが来た感じ。おもしろい試合だった。夕刻、家人と買い物に出かける。公設市場で弁当のおまけにもらった揚げものがあまりにもおいしそうだったので、寒いと言いながら外のベンチで食べた。おいしかった。

一昨日昨日と書いた題詠と主題の喪失についての追記。一九九〇年代半ば、加藤治郎さんが「題詠の時代」と言った。書く人の内的な必然よりも、外的な要因/場が先行しているという転倒を言いあてたことばである。主題の喪失の流れに関連して、もう少し時間を遡ってみると、三枝昂之さんが、第五歌集『塔と季節の物語』(一九八六年)の「覚書」のなかで「むしろ外的な要因が結果的に内的なものでもあったりすることは少なくない」と明言して、定数歌/定題歌に言及している。明確に浮上していたわけではないが、場の問題は、三枝さんの発言の時点ですでに潜在的に広がっていたとも言えそうだ。先月12日の日録で、場の問題の延長や反動としての真をめぐる問題というようなことを書いた。主題の喪失が続き、外的な要因/場の先行が続くなか、題詠的なものが短歌の常態と化しているのは、多くの人が薄々感じて来たことだと思う。真をめぐる問題、リアルとか実感とかが、現在のキーワードとして浮上しているのは、題詠的なものに内的な必然をどう与えるかという問題と深く重なる。そう考えれば、視界が少し明瞭になるのではないだろうか。

きょうの一首。

 こころにはかたちがないは誤りか落葉にまざるかけらのひとつ/荻原裕幸

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January 09, 2009

2009年1月9日(金)

午後、所用で最寄のコンビニに行く。平日の静かな住宅街のなかに、そこだけがいくらかにぎやかな表情を見せている。女子高生の一団が、どこからか雲のように湧いて雲のように去る。静かではないのだが、騒ぐわけでもなく、屈託のない明るい空気を曳いていた。

きのう、主題の喪失、ということばを使った。以前、これを言って、ほんとに主題は失われたのか、書くべきことはいくらでもあるのではないのか、という流れで反論されたのを思い出した。テクニカルタームとして未成熟なのだろうか。主題の喪失、とは、ほとんどの人が一定のものごとを共有している社会の状況が崩れて、作家が内的な必然としてひきだして来る主題がどんどん内向化し、社会の状況とつながりにくくなった、という文脈のなかで使われて来たことばだ。たとえば、同じ「政治」を主題にしても、一九六〇年代のそれと一九七〇年代以降のそれとでは、切実感にも内的な必然の生じ具合にも大きな差ができる。そういった短歌の現場の感触の変化が、主題の喪失、と言われたわけだ。書くべきことはいくらでもあるといった、個人の意識とは別の次元の問題なのである。シンポジウムの記録集『いま、社会詠は』(二〇〇七年)のなかに、小高賢の「極論を言えば、ほとんど社会詠が題詠化しているのではないか」という発言があるが、これは、切実感がなく、内的な必然が見えづらい、あまり巧くはない題詠のようだ、という意味にとれると思う。

きょうの一首。危ないと言うか、器用と言うか。

 何を見る妻か林檎を見もせずにながくしたたるやうに皮剥く/荻原裕幸

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January 08, 2009

2009年1月8日(木)

夕刻、栄の愛知芸術文化センターへ。正月と一月との谷間だからか、栄がどことなく静かな感じだった。東桜歌会の例会。参加者は8人。題詠「新」と自由詠各一首を提出。今年は、東京都の区の名前からの一文字、を題とすることにしている。いつものように無記名のプリントでの選歌と合評。きょうは人数が少なめだったので、参加者の全作品を漏れなく合評した。

題詠の場でいつも考えてしまうのは、一首の中にその題/語が入っている要因、についてである。東桜歌会の場合であれば、たとえばきょう「新」の語の入っていない作品を提出すると失格なので、ルールに従って入れている、という大前提がある。にもかかわらず、一首における「新」のおさまり具合が悪いと、題詠だからこの語を入れたようにしか見えない、という批判が成立する。実際きょうもそのような批判を自分は口にした。要するに、題詠とは、ルールで決められた、という外的な要因を、表現の流れで必然的にその題を選んだ、という内的な要因に変質させることを意味している。題詠の場では誰も考えないほどあたりまえのことだが、一九七〇年代に主題の喪失が言われてから現在にいたるまで、短歌がして来たことのシンプルな縮図が、題詠の場に端的にあらわれている、と言えそうな気がする。

きょうの一首。「新」の題詠として歌会に提出した一首。

 月のひかりは似てゐてどこか新しく夜がこんなにまで深くなる/荻原裕幸

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January 07, 2009

2009年1月7日(水)

七日。昭和天皇の崩御から二十年が過ぎた。午後、瑞穂運動場のあたりまで、無目的に歩く。住宅街を行くと、山茶花ばかりがやたらに目につく。山茶花で結界がはられているような感じ。歳時記的には初冬の花だが、たぶん寒中は他の花が少ないためにきわだつのだろう。後から時計や地図を見てみると、一時間強、距離にして六キロ弱を移動していた。少しからだを動かしたら気分がすっきりした。

 詩歌などもはや救抜につながらぬからき地上をひとり行くわれは/岡井隆

第四歌集『眼底紀行』(一九六七年)に収録された一首。救抜、に、きゅうばつ、とルビ。「もはや救抜につながらぬ」、逆に言えば、かつて詩歌は救抜につながったという認識があるわけだ。王朝のことか、明治大正なのか、戦後か、どの時代を想定しているかはわからないが、昨今(当時)の詩歌の、内実はともかく、社会的にそのような効用はもはやないと、客観的な事実を受容しようとしているようだ。いわゆるメタ短歌は、作品の世界を短歌の内側に閉ざしてしまうケースが多い。この一首が閉塞感を免れているのは、短歌を外側から見る視点、言わば、歌人ではない視点、がどこかに混ざっているからだと思う。この頃の岡井が、ある種の退潮期にいたことが、こうした文体を可能にしたのかも知れない。

きょうの一首。

 霜ではない雪ともちがふしづけさの白くしばらく聴覚に降る/荻原裕幸

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January 06, 2009

2009年1月6日(火)

六日。午後、散歩ではなくウォーキングの感覚で近隣を歩く。正月だとか寒さだとかで、どこか鈍くなっているため、少し意識的にからだを動かしてみることにした。こういうとき、走ったり筋トレをしたりすると、ドラマ的な感じで、よりテンションがあがるような気もするのだが、慣れないことをすると、筋肉痛とか碌なことにはならないので、とりあえず、歩く。

 写実こそ文章の本道で,万葉集的なものをベターとし,後にくわしく記すコピー論争が起こったものにつながる新古今集的な,日暮真三の「感度いかが? ピッ. ピッ.」などのリズムを大切にしたものや,土屋耕一の「君のひとみは10000ボルト」などのような体言止めでオーバーな技巧を凝らすものは悪であると主張する.

引用は、東洋経済新報社から一九九四年に刊行された八巻俊雄編『広告用語辞典』から。項目名「正岡子規の歌論の美学,再検討の時代」の一節で、正岡子規の「歌よみに与ふる書」に絡めての記述である。執筆したのは、編者の八巻さんかアートディレクターの山田理英さんのどちらかのようだ(項目は無記名)。刊行当時、広告制作の現場にいたため、同書を通読していたのだが、詩歌に関連するこの手の記述がかなりあって驚いた。詩歌の歴史を外から見た姿の一つだと思うべきか。困惑せざるを得ない点も多々あるのだが。

きょうの一首。歩きながらぼんやり思ったこと。

 霊類をよく見るといふひとの見る冬とはちがふ冬を見てゐる/荻原裕幸

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January 05, 2009

2009年1月5日(月)

五日。小寒。午前、浄心へ。地下鉄がのどかな感じで、まだ正月から抜けたという気配はない。東西句会の新年会および新年句会。ふだんの例会よりも少し早く、昼食の時間にあわせてメンバーが集まる。参加者は六人。食事と酒で胃を満たしてから句会という流れだったので、明るくてしかもどこかに気怠さがただよう。このブログを読んでくれているメンバーに、物洗貝たちの消息を訊かれた。先月少し数が減ったものの、四十数匹、無事に新年を迎えている。

句会に提出した句は以下の通り。題詠「熊」一句と雑詠四句のあわせて五句。毎月そうなのだが、メモの量がふくれあがってゆくのに句がちっともかたちにならない。このまま一句も書けないんじゃないかと絶望的な気分になったあたりで、どうにか出口が見えはじめる。

 犬もひとも木も元日の息を吐く/荻原裕幸
 ひらがなのひびきふれあふ初御空
 注連飾いづれもけむりかも知れぬ
 書初の半紙よりはみだせり薔薇
 銀冠の奥歯あらはに熊ねむる

きょうの一首。なぜそれらが結びついたのか自分でもよくわからないのだが、きょうの会場の周辺を歩きながらの雑感。

 搭乗のときぼんやりとおもふ死のやうなしづけさにて寒の街/荻原裕幸

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January 04, 2009

2009年1月4日(日)

四日。今年はあすの月曜から平常化する場が多いようだ。午後、家人と近所に買い物に出る。スーパーは年始という感じで商品をならべていたが、客の方はごくふつうの日曜という印象である。夜、珍しくホットプレートをひっぱりだして焼肉をしてみたところ、あたりに油がはねまくってひどいことになる。まだ四日だというのに、食後に大がかりな拭き掃除をした。

 楕円しづかに崩れつつあり焦点のひとつが雪のなかに没して/岡井隆

第三歌集『朝狩』(一九六四年)に収録された一首。表記は、歌集『初期の蝶/「近藤芳美をしのぶ会」前後』(二〇〇七年)によるものである。連作「ガザ遊園」の冒頭の一首で、構成上は「憎しみ」「嫉視」「愛」といったキーワードに絡んだ、夫婦の確執を抽象的に描いたもののようだ。タイトルが示すように、パレスチナ/イスラエルの問題に及ぶ要素もあり、作者の意図を読み解こうとしても明確なものは見えて来ないが、対の一方に異変が生じたときの不安や不穏を、初七調のなめらかな調べのなかに感じとることができれば、あとはそこそこ自由に読んでも誤読にはならないだろう。この時期の岡井隆が「短歌は究極のところうたであり、『しらべ』である」という暫定的な結論に達したのも、抽象の域を通過しながら得た、こうした調べの歌によるところが大きかったのではないだろうか。

きょうの一首。「未婚の冬」というフレーズをまとめるのに苦心したのだが、久々湊盈子さんに先例があったのに気づく。_| ̄|○ な気分になる。第一歌集『熱く神話を』(一九八二年)の章題になっていた。「血のいろにマニキュアひかる爪ながき未婚の冬は鋭(と)きまなこ持つ」等。

 あらそひだけは様式化することもなく未婚の冬とおなじ鮮度で/荻原裕幸

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January 03, 2009

2009年1月3日(土)

三日。永島靖子さんの句に「鳥籠の色のみどりも三日かな」がある。俳句では、正月とか一月とか新春といった冠を付けなくても、七日まではそのままで新年の一週間を意味する。これは、俳句の外に持ち出しても良さそうな語法だと思うのだが、日付と期間が瞬時に判別できないケースも多くて、散文だと省略をがまんできない感じが少し生じるか。午後、家人が義母と義姉と出かける。留守番。

 今そこに林檎をかじりてをりたるが忽然と居らず息子といふは/河野裕子

第七歌集『体力』(一九九七年)に収録された一首。息子のちょっとしたふるまいのなかに、独立感を深めてゆく安心や淋しさのようなものを感じる母の心情の機微を巧く見せている。ただ「忽然と」と感じるのは、息子のふるまいによるものだけではないだろう。母が息子を自身の引力圏につねに置こうとする時期から脱したことが察せられる。「林檎」に何かメタファの匂いがしなくもないが、そこにはあまり深く踏みこまずに、修辞的な要素を極力抑えたスタイルとして読むのが良い気がする。母であるという感覚が実に爽やかに描かれた佳品だと思う。

きょうの一首。

 三日まだただしき位置にとどまつて傘とかリモコンとか鋏とか/荻原裕幸

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January 02, 2009

2009年1月2日(金)

二日。きょうも寒かった。夜、義母の家で、義姉夫婦と家人と、五人で鍋を囲む。折よくタイの義父から電話が入って、受話器を回しながら、順に新年の挨拶をする。元日のバンコクのナイトクラブの火災の折、仕事でたまたま近くにいたそうだ。ご心配なく、という義父の一言を聞いて、一同にわかに心配になりはじめる。夜道を歩いて帰ると、珍しく冬の大三角がきれいに見えていた。

ふらんす堂のホームページで、元日から、斉藤斎藤さんの連載「泣いてどうなるの歌日記」がはじまった。元日付で十二月二十五日、二日付で二十六日の「歌日記」が掲載されている。年が明けるのはまだ何日か後ということになるのだろうか。いかにも斉藤さんらしくカジュアルでラフな感じだ。歌日記、日付のある歌、は、淡々と継続するなかに味わいが生じるものだとは思うが、それでも、どこかに突出するポイントが必ず出て来るはずだ。そのあたりにも注目しながら楽しみたい。

きょうの一首。

 二日にはすでにさびしきひかりさす同じ模様の小皿ならべて/荻原裕幸

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January 01, 2009

2009年1月1日(木)

元日。明けてすぐに近所の神社に参拝。午後は末盛の城山八幡宮に参拝。深夜も午後も外はただひたすら寒かった。年が明けてから眠ったので、すでに初夢を見たことになるはずだが、いつものように何もおぼえていない。夢をよくおぼえている家人に訊いてみると、きょうはおぼえていない、おぼえていないのでノーカウント、などと言う。先日の初雪の理屈と同じだが、そうなると、年に数回しか夢をおぼえていない自分は、春か夏になってから初夢を見ることもあるのだろうか。

 幕下りれば赤の他人/寺山修司

塚本邦雄との対談集『火と水の対話』(一九七七年)に附録として収録された「新いろは加留多」の一つ。幕になってからの俳優同士は、仲間ではあっても赤の他人。劇中での関係は幕と同時に切れてしまう。諧謔的な匂いはあるが、一方でものさびしさもただようところに寺山らしいテイストがある。劇場を解体してしまう実験的な演劇も、発想のもとは、案外こういったものさびしさの解消のようなところにあったのかも知れないなとときどき思うことがある。

きょうの一首。

 元日のわたくしといふ配役を終へてもいまだわたくしである/荻原裕幸

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恭賀新年

本年もどうぞよろしくお願いいたします。
みなさんが快く一年を過ごせますように。
生み出されるあたらしいことばたちが、
世界を明るく目覚めさせますように。

西暦二〇〇九年元日

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