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March 07, 2009

2009年3月7日(土)

午前、上京、一ツ橋の如水会館へ。午後からの「第21回現代俳句協会青年部シンポジウム『前衛俳句』は死んだのか」に出演。出席者は130名強。盛会だった。討議の前に、金子兜太さんの講演「『前衛俳句』を語る」を聞く。聴衆の笑いをとるような軽妙な話しぶりのなかに、俳句の世界を一つのかたちにまとめる要となって来た人の矜持も見えて、およそ一時間、リアル金子兜太を堪能した。特に印象に残ったことばは「前衛俳句に定まった括りはない」「戦後俳句における前衛は一時的なもの一過性のもの」「前衛俳句はエコールとはならなかった」「造形論は残る」等々。金子兜太だから言えること、あるいは、言ってもいいことが、パレードのように続いて、自分のなかでどうしても輪郭が鮮明にならなかった前衛俳句の姿が、輪郭の鮮明にならないものとしてその姿を鮮明にしてゆくという、奇妙な感覚を味わっていた。

金子兜太さんの講演を聞きながら、自分が考えたこともあれこれと走り書きしておいたので、雑然としたまま、それを少し書き残しておく。前衛がらみの俳句史はあまりにも断片的ではないか。ただのトピックの集合になってはいないか。逆に短歌史はかなり強引に物語的しているのではないか。前衛俳句がどこそこに継承されたというような話はなぜ出ないのか。旧「俳句研究」の五十句競作の位置づけというのはどんなものなのか。「未定」と「豈」はどうなのか。前衛俳句には、前衛短歌における菱川善夫のような「語り手」となる存在はいなかったのか。高柳重信が何足も草鞋を履くことになったのは、菱川的存在がいなかったからか。やたら疑問形になってしまっているが、もちろん自分で答を考えてゆかなければならないことである。講演後の、自分が出演した討議については、後日あらためてメモをまとめることにする。長くて有意義な一日だった。(追記。後日のメモはこちら。)

きょうの一首。

 妻がベランダから何か言ふ春の瀬に溺れるひとのやうな身ぶりで/荻原裕幸

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Comments

うわーー「リアル金子兜太」! 
いいなーいいなー(うらやましすぎて意味不明)

Posted by: ぴりか | March 09, 2009 04:44 PM

ぴりかさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
テレビと実物とで違う印象の作家さんもいますが、
金子兜太さんはそのままな感じでした。
そうか、ストライクゾーンだったのか。

Posted by: 荻原裕幸 | March 13, 2009 10:09 PM

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