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March 31, 2009

2009年3月31日(火)

年度末の一日。この時期、テレビが特番ばかりで落ち着かない。正月の事情はわかるとしても、春秋の番組改編期のどたばたした感じはどうにかならないものか。同じ曜日の同じ時刻に同じチャンネルで同じ番組がある、ということにはそれなりの価値があると思う。午後、なかなか読めずに机まわりに積まれていた何冊かの本を携えて喫茶店にこもる。読んでいるテキスト以外のことに気を取られないためには、失礼ながら、客数の少ない喫茶店などが好適である。

 鳥よりも人の多くが雲に入る/齋藤愼爾

句集『冬の智慧』(一九九二年)に収録された一句。季語の、鳥雲に入る、をひとひねりして組みこんであって、地口のような味わいがある。明記されてはいないが、句会での作品をまとめた句集だというので、たぶん席題による即興なのだろう。ライトヴァースと言ってもいいと思う。この時期、四月の一日(いっぴ、と読みたい)での異動で、仕事上の距離ができてしまう人のイメージと、北へ帰る鳥のイメージとが重なって、地口的な軽さだけでは終らないペーソスが浮かんでいる。秀句というのとはどこか違うにしても、この、笑ってしまいそうな、かつ淋しげな、とても微妙な感じもまた、俳句の魅力の一つではないだろうか。

きょうの一首。半ば冗談で考えていたのだが、一応かたちになったので。「どうせ時報女です」は、ニコニコ動画からの引用。

 どうせ時報女ですといふ声がして何もかも夜の深みに落ちて/荻原裕幸

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March 30, 2009

2009年3月30日(月)

午後、買い物の流れで、家人と山崎川まで歩く。桜は三分から五分といった感じ。今週の気候次第では、一気に見頃となるのかも知れない。第34期棋王戦の第五局、久保利明八段が佐藤康光棋王に勝ってタイトルを奪取した。これでタイトル保持者は羽生善治四冠と渡辺明竜王と深浦康市王位と久保利明新棋王の四人となった。羽生名人以外の三人がB級1組だというのは異常な現象だと思う。現在の順位戦でA級にとどまるのは、一タイトルを獲得するよりも難しい、ということか。

 肌色の花のごとくに見えゐしは手の平ならむ夢に来て咲く/澤村斉美

昨日に続き、第一歌集『夏鴉』(二〇〇八年)に収録された一首。歌集には、あなたがどうしたわたしがどうしたといった人事の作品も多くあるのだが、同じ人事でも状況のはっきりしないものに、あるいは人事以外のものに、定型を活かす、作者の短歌力がより明確に出ているのを感じた。私事を丸ごと歌にすると無理が生じ、私事から歌の核を拾い出すときに力が十全に発揮される、そんな印象がある。引用歌は、歌集の配列からは、父か母が「手の平」の主ではないかと推察されるのだが、主を明記しないことによって、こどもあるいはまだ産んでいないこども、夫、恋人などが主である可能性も生じて、モチーフが、私事的な親子の関係から、もう少し普遍的な感じでの一親等かそれに近い誰かとの関係にスライドしている。澤村さんは、こうした私事的なものをトリミングして普遍化に向かう、その匙加減が実に巧い。私事にとどまれば退屈だし、普遍化が進み過ぎると共感的に捉えにくくなる。そこを文体の力でクリアして、私事の私とは違う意味での「私」の姿を見せているようだ。以下、同歌集から、他にも、自分の好みの歌を引用しておく。

 おしまひに始まりの符を付すやうな抱擁のため腕は伸べらる/澤村斉美
 冬の陽の名残を沼に見てゐたりさいごはすつと水に吸はれる
 雑踏にあるとき人の肩の線ふかく沈みゆきそののちに浮く
 しづかな力われに及んでゐたことを力の主の去りぎはに思ふ
 なぜ鍋が草のなだりに伏せられて六月七日の陽の中にある

きょうの一首。

 この囀りはわたしの中の音なのかあるいは外の枝からなのか/荻原裕幸

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March 29, 2009

2009年3月29日(日)

早朝、ネットに接続できなくなる。パソコンに自己を診断させると、自分も自分につながっている機器も正常だよ、プロバイダが悪いんじゃないの? みたいなことを言う。プロバイダに電話を入れると、録音でお詫びのメッセージが流れていた。数時間で復旧。最近のパソコンは賢いな。午後、F1開幕戦オーストラリアGPの決勝、ホンダを継いだ新チーム、ブラウンGPの二人が、予選の順位そのままに1位2位を独占した。二強のはずのマクラーレンとフェラーリはすっかり話題の外に。ホンダの蓄積もあるわけだが、やはりロス・ブラウンが凄いと言うべきか。

 死ののちもしばらく耳は残るとふ 草を踏む音、鉄琴の音/澤村斉美

第一歌集『夏鴉』(二〇〇八年)に収録された一首。歌集の配列からすると、小野茂樹を意識してつくられたもののようであり、小野の代表歌の「くさむらへ草の影射す日のひかりとほからず死はすべてとならむ」などを連想するし、交通事故による小野の死を考えもする。ただ、そこにあまり深入りしなくても、一首できちんと成立している歌だろう。草むらを踏みわける音や鉄琴の音色を実際に聴きながら、あるいは記憶のなかのそれらを思い浮かべながら、誰かの死の瞬間に思いを馳せている。現実のなかに私を立てて読めばそういうことだと思う。加えて言えば、私はいま死んだようだが、話に聞いた通り、聴覚はまだオンのままだ、誰かが草を踏みわけて来る音が聞こえる、どこか遠くから鉄琴の音が聞こえる、云々と、自身の死の瞬間を仮想する文脈の上で読めるのも、この歌に強い魅力を与える要因になっているようだ。

きょうの一首。

 春夜のノイズに突然まざる濁声が澄んでゆくまでラジオを触る/荻原裕幸

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March 28, 2009

2009年3月28日(土)

NHKの朝ドラ「だんだん」の最終週だった。最後の最後まで類型のドラマだったのだが、類型をきわめたときに生じるソフトなパロディのような、不思議な味もあったように思う。たとえば今週は、二年も寝たきりという設定の、桂米朝さんの演じる患者さんが、車椅子から立ちあがって歩きはじめるシーンがあって、クララ? とか思わずつぶやいてしまった。大相撲春場所、朝青龍に土がついて、白鵬の十回目の優勝があっさりと決まる。ちょっとあっさり過ぎた。

 ごはんつぶよく噛んでゐて桜咲く/桂信子

第七句集『草樹』(一九八六年)に収録された一句(出典句集の完本をもっていないので、アンソロジーからの孫引き)。花見での弁当なのか、家庭での食事なのか、そうしたシチュエーションはさだかではないが、ごはんつぶよく噛む、には、この上もなく平穏な時間の流れが見えるし、桜花へと意識が推移することで、その平穏な時間が何らかの充実や充足を背景にしているのが感じられる。たぶんそうした作品の印象を引き出しているのは、「噛んでゐて」の「でゐて」が含む、どこか俳句らしからぬのんびりした語調によるものかと思う。表現的な必然や明確な因果を求めれば、「ごはんつぶよく噛む(  )や桜咲く」のかたちで、パーレン内に時間帯か何かを入れればスタンダードにまとまるのに、そこをあえて日記でも書くような、どこか冗長な語り口にしているのが、この句のいのちであり、標準的な発想を逸れたところに秀句が生じる好例となっているようだ。

きょうの一首。

 ぶらんこのくさりにぎつてたちながらこげば見てゐるこども数人/荻原裕幸

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March 27, 2009

2009年3月27日(金)

ひきつづききょうも冷えている。毎日こんなに冷えるのは、四月までしっかり桜をもたせたいと人々が願っているからだと思うことにした。実際、山崎川周辺の桜は、その後も一分から三分くらいの感じで、まだ満開に向かってゆく気配がない。夕刻、山崎川近くの喫茶店で、家人と遅い昼食をとる。昔なつかしい、鉄板にのったイタリアンスパゲティを食べた。

結社誌「短歌人」の4月号/70周年記念号が届く。結社誌の記念号らしく、結社外の歌人からのメッセージにはじまり、結社の歴史と現在とを俯瞰できる記事を揃えている。その他に、近現代の歌集を読むことをテーマにした評論が十篇。数篇を読んだところなのだが、力作揃いである。また「作品実験」と題された競作が、「山手線吟行」「文学の一節に魅かれて」「言葉へ返す」などのテーマで企画されていて、とりわけ興味を惹かれた。思潮社から「現代詩手帖」4月号が届く。毎号楽しみに読ませてもらっている黒瀬珂瀾さんの短歌時評は、「神話から取り戻す時」と題して、楠見朋彦さんの『塚本邦雄の青春』をはじめとした昨今の「評伝」がらみの動きの意義を考察している。「評伝」的な批評を、塚本邦雄とか春日井建とか、ある種の聖域に幽閉されてしまっている歌人たちを奪還する行為として捉える視点が爽快だった。

きょうの一首。

 活力のみなもとは何ですかといふ問ひかけをいなせば雲雀啼く/荻原裕幸

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March 26, 2009

2009年3月26日(木)

きょうもまたさらに冷えた。だんだん春から逸れてゆく感じ。午後、栄まで出る。某社の人から取材をうけて、短歌と俳句について諸々の話をした。二十代の頃、現在の短歌の話をするとき、前衛短歌終焉以後、という意味で、この十年とかこの十五年を考えていたのに、きょうは話をしながら、その現在の長さが四十年近くまでのびていることに愕然とした。女歌もライトヴァースもニューウェーブも、現在が云々と言うためのトピックとしては、あまりにも昔のことになってしまったか。それなりにきれいにつながっているようには見えるのだが。

第58期王将戦七番勝負第七局。羽生善治王将が深浦康市王位に勝って、王将位を防衛した。五連覇。通算十二期。名人、棋聖、王座、との四冠も維持。山形県天童市天童ホテルでの二日制の対局、ネット中継を折々眺める。本局は、定跡とは少し手順が前後したが、横歩取りとなって、後手の羽生が8五飛のスタイルを選んで主導権をとる。深浦は中住まいに、羽生は中原囲いに構えた。中盤から終盤、微妙な含みのあるかけひきの連続で、優劣は微妙なまま、羽生は終局の間際まで意外なほど慎重な指手を見せていた。このシリーズ、最終局になってようやく一方的な展開にならない熱戦を見ることができた。

きょうの一首。

 偶然ではなくて運命ではなくて雲が来てやがて巣箱が見えて/荻原裕幸

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March 25, 2009

2009年3月25日(水)

きょうも少し冷えた。春がどこかに行ってしまったような感じ。午後、家人と名古屋市立大学病院まで面会に。同病院は、自分の生まれた場所でもある。行くのはその時以来、と言うか、行くのははじめてか。敷地内ではいわゆるビル風が凄かった。帰りに山崎川周辺の桜並木を見てみると、木によって一分から三分くらいまでとかなり差はあったが、いずれの木も花をつけはじめていた。

岡井隆さんの『新輯 けさのことば2』(砂子屋書房)が届く。中日新聞の連載をまとめた名言や秀作の鑑賞コラム集。一昨年の十二月に刊行された前巻に収録したものよりも以前に連載した分を収録している。二〇〇一年から〇三年までの分。それでもまだ単行本化されていないものがかなり残っているはずだ。いずれはそれらも網羅して単行本化されるのが待たれる。繙いてみると、この時期、二〇〇一年六月に、自分の、歌集『永遠青天症』の一首「庭なきがゆゑにとなりの庭せまりすなはちわれの青葉が繁る」を鑑賞してもらっていた。感謝。

きょうの一首。

 だれもらくがきしないのがふしぎなほどにひたすら白い病棟の壁/荻原裕幸

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March 24, 2009

2009年3月24日(火)

少し冷えた感じの一日。WBC決勝の韓国戦のテレビ中継を見るつもりだったが、仕事の手がはなせずに結果だけを聞く。先日から「イオンの反省」をよく見かける。広告として注目されることには成功しているようだ。しかし、もしも何かを「反省」するなら、個人的には、店舗で棚を見たときに感じる、PB以外の商品に対する愛情の極端な薄さを何とかしてほしいと思う。あれは、こころが冷える。

 富士を見た人から税がとれないか/渡辺隆夫

第三句集『亀れおん』(二〇〇二年)に収録された一句。なりふりかまわず税収を上げようとしている人々を皮肉っているのだろう。「富士」が実に巧い。いつか導入されたら「富士見税」とか呼ばれるのだろうか。もしかすると、静岡県か山梨県のあたりでは、誰かがすでに画策しているかも知れない。川柳の川柳らしさを存分に炸裂させた秀句だと思う。ところで、この句の話法の記述、他の隣接ジャンル、とりわけ現在の短歌では、自身の本音ではないことを示すために鉤括弧をほどこす類のものだと思われる。この句のような、仮に「私」がどう悪者に見えようとも構わないというスタイル、つまり「私」を庶民感情的な安全圏に置かないスタイルにも、いい意味での川柳らしさがあって、ことばに力を与えているようだ。

きょうの一首。

 朧夜にぶつころすとかひとりごと言つて小声でたぶんと結ぶ/荻原裕幸

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March 23, 2009

2009年3月23日(月)

昨夜からかなり強い風が出ていた。ときどき吹きこんで、部屋の戸がいきなり揺れてどんと鳴る。そのたびに驚いてびくっとする。肝が小さいからなのか何なのか、さして大きな音でもないのに、予測できない音の襲撃で集中力が落ちる。午後、外出したついでに、喫茶店で、仕事と作業との中間的なことを進める。店内には、店主夫婦と客数組がまばらに。ほぼ一定の音量の話し声が音楽のように続いて、驚くようなことが何もない時間と空間がひろがっていた。

 東京とパリに同時に立つごとき感覚、春の階のぼりゆく/大滝和子

第三歌集『竹とヴィーナス』(二〇〇七年)に収録された一首。二つの場所が感覚や意識で結びつくのはそれほど珍しいことでもない。一方の本来の属性がめだたなくて他方の属性に似たものがきわだつとき、東京なのにパリみたい、といった具合に感じても不思議はないだろう。ただ、二つの場所に同時にいる感覚は、それとは少し違うことにも思われる。自身が複数の空間に遍在する感覚は、自身が特定の空間から切り離されているのと同じことだ。どこかにいる、というよりも、どこにもいない、という感覚に近いのではないだろうか。「春の階」が、この歌の私をかろうじてこの世につなぎとめていて、一首としてはそれゆえに成り立っているわけなのだが、それにしても、人間よりもあきらかにランクの上の存在が何かを語っているような、奇妙な感じがあっておもしろい。

きょうの一首。上記の歌を、以前、誤読していた。

 パリとバリとを読み誤つてゆるやかに逸れてゆく花曇の窓辺/荻原裕幸

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March 22, 2009

2009年3月22日(日)

雨が降ったりやんだりの一日。夕刻、やんだすきにと外に出かけて、帰りにしっかり降られた。第58回NHK杯テレビ将棋トーナメントの決勝戦、録画して、ところどころ早送りしながら見る。羽生善治名人と森内俊之九段の対局で、羽生名人が七回目の優勝を決めた。日本将棋連盟が、中途半端にしか隠さないので、結果はあらかじめわかっていたのだが、とりわけ中盤のかけひきがハイレベルで、結果に関係なく楽しめる対局だった。渡辺明竜王の解説もはじけていて楽しかった。

 集中力同じ場合は力量の違いが決める囲碁の勝ち負け/奥村晃作

刊行されたばかりの第十二歌集『多く日常のうた』(ながらみ書房)に収録された一首。互いの集中力と集中力とを、具体的にはどうやって比較するのか。二人ともやる気満々という感じなのか。そうであれば、元々の力量の差がそのまま地合に反映されるのは道理である。勝った立場からは、集中力は大事、負けた立場からは、日頃の学習や研究が大事、というわけであり、ひっくるめて考えると、俗に言われるスポーツ系の「精神論」の気力や集中力、それだけではだめだ、という認識に落ち着くだろうか。あたりまえと言えばあたりまえだが、考えてみると、人々はそれでも、気力や集中力がすべてを解決してくれるという夢物語を捨て去ることができないでいる。囲碁でもスポーツでも、そして日常でも社会でも、極端に言えば、戦争でも。どのあたりまでが歌意に含まれるのかはわからない。ともあれ、「力量の同じ場合は」と書き出さないところが、ただごとはただごとでもただならぬただごとだと言えそうだ。ただごと歌は、以前から奥村さんのめざす境地である。第十一歌集『多く連作の歌』(二〇〇八年)のあたりからは、いよいよただごとが極まり、あくまでも文体や修辞の是非を問う従来的な秀歌観に近いところで捉えて読む、というのが難しくなって来た気がする。自在の境地に達しつつあると言うべきか。

きょうの一首。きのう見た風景。

 夜を木蓮その他が徘徊したやうな珍妙なでこぼこのある庭/荻原裕幸

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March 21, 2009

2009年3月21日(土)

きのうの予報ではたしか寒くなるとか聞いた気がするが、日中はぽかぽかして、散歩をするのにうってつけの陽気だった。午後、昼食の弁当を買いに出たついでに、家並と各々の庭先の花や木を眺めながら歩く。きょう通った道は、雪柳をとてもきれいに咲かせている庭が多かった。FIAが、先日発表の、勝利数によってF1のチャンピオンを決める新システムの導入を、各所の反撥から、わずか数日で覆して、延期と決めたらしい。来年からは結局そうなってしまうようだが。

短歌研究社から「短歌研究」4月号が届く。900号記念特集号。特集では、篠弘さんがエッセイで、佐佐木幸綱さんがインタビューで、それぞれに900号の誌史を俯瞰している他、短歌研究賞/短歌研究新人賞の受賞者たちによる作品&エッセイ、現代短歌評論賞の受賞者たちによる時評的エッセイがずらっと並ぶ。ぼくも「二十二世紀の梅」と題した新作十首とエッセイ四百字を出稿した。先月、噂を聞いてここにも書いた、入試問題に自作の短歌が出ているという件、どうやら本当だったようで、赤本の編集部から連絡が来ていた。複写を見ると、岡井隆さんの著書に例の作品を引用されていた箇所が、そのまま問題文となっていた。

きょうの一首。

 かなしみが船であるなら船酔ひのくすりのやうなものか声とは/荻原裕幸

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March 20, 2009

2009年3月20日(金)

春分の日。地下鉄サリン事件の日。十四年が過ぎた。午後、地下鉄で栄へ。三連休なのだとあたまではわかっているのに、ふだんの金曜の感覚が抜けない。雑踏のどこか緩んだ動きに違和感をおぼえながら、スカイルの教室に向かう。朝日カルチャーセンター「はじめての短歌」。きょうは見学者1人を含めて、出席者は14人、詠草14首。題は「濃」。書きやすい題でもないと思うのだが、佳い詠草が揃っていた。講座終了後、短歌の友人と逢う。腰を据えて短歌の話をする。

歌集を読むとき、そこに無制限の時間をかけることはできないので、つねに何らかの速度が要求されている。この速度を、読むという行為をぎりぎりで損ねない限界まで上げてみると、何が起きるだろうか。自分の場合、ある程度の分量の付箋が、好みの作品か重要と思われる作品にほどこされて、歌集全体のイメージがどこかにそれなりに残る。時間的な必要に迫られて歌集をそんな風に読んでしまうこともしばしばあるのだが、これはどう考えても読書ではなくてある種の作業だなと思う。なぜなら、歌集を読む前と後とで、自分の世界観や短歌をめぐる価値観がまったく変化していないからだ。仮に好みだとしても、他者の歌集には必ず自分とはどこかが異なる他者の価値観がある。一度自分を忘れて、積極的に、その価値観にふりまわされてみることこそ、歌集を読む、と呼ぶのに値する行為ではないだろうか。歌集を読むときには、可能な限り、そんな風に楽しんでみたいものである。

きょうの一首。講座で「濃」の題の作例として見せた一首。きょう、東京で「笹井宏之さんを偲ぶ会」があったのだが、顔を出せなくて、一人で彼を偲びながら。

 ところどころ濃さの異なる夕闇が来て若くてもひとに死は来る/荻原裕幸

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March 19, 2009

2009年3月19日(木)

名古屋で桜が開花したという。観測史上三番目の早さなのだとか。午後、瑞穂区役所に行く用件があって、誂え向きの好天だったので、徒歩で出かける。きのうよりもさらに気温が高かったのか、なんだかGWの頃のような陽気で、はっきり暑いと感じるほどだった。紫木蓮や白木蓮や雪柳が、歩く道々の庭先に、にぎやかに咲いているのを見かける。気になっていて、山崎川の周辺で桜並木を見てみると、木によって、ほんの少しずつだが、たしかに花が咲いていた。

 立ったまま眠っていたり白木蓮/五島高資
 White magnolias
 sleeping on her feet

第二句集『雷光』(二〇〇一年)に収録された一句。英訳は作者自身による。句集の同一頁に収録されていた。英訳の微妙なところはよくわからない。ただ、眠る、の主語が、木蓮、に限定されているようで、日本語のテキストの抱える文脈の破れがどこかに消えてしまうのが惜しい気がする。日本語のまま読むと、立ちながら眠っているのは、白木蓮だともとれるが、他にも、たとえば馬であったり、たとえば疲労した人間であったり、そういうあれこれ輻輳したイメージもひきよせながら白木蓮が見えて来る。これは、文脈の破れがあるからこそ句として生きる句ではないのだろうか。英訳だと印象があまりに簡素ではないか。そのあたりのところ、どうなんだろう?

きょうの一首。「のどか」が外せないので、「春」が外せないものかと考えてみたのだが、やはりそちらも外せないので、そのままにした。作品とはあまり関係のない話だが、NHKの朝ドラ「だんだん」のSJのカバー曲って、なんであんなにWのものとかぶっていたのだろうか。

 ダブルユーの頃がいちばんだつたとかのどかな声がして春日傘/荻原裕幸

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March 18, 2009

2009年3月18日(水)

日中の最高気温が二〇度を超えて、春たけなわといった感じの一日。午後、家人と買い物に出かける。名古屋大学まで地下鉄で出て、そこから本山までを徒歩で。無印良品やその他の、生活雑貨系の店をまわる。あれこれ買いこんで、大きな袋を提げて帰宅。昨日、FIAが、今季のF1のワールドチャンピオンを、ポイントの獲得数から変更してレースの勝利数によって決めることを発表。おまけに、各チームに対して予算の上限を設定するとかいう話だ。どちらも、F1をF1でなくしてしまう、かなり危険なシステムにも思われるのだが。

 妹の真空管を抜きし朧夜/大畑等

刊行されたばかりの句集『ねじ式』(私家版)に収録された一句。おそらくここに出て来る「真空管」は何かの比喩なのだろうが、比喩を恣意的に読み解くよりは、そのまま読んで、エレクトリックパンク風な世界を思い浮かべるのが楽しそうだ。比喩だとしても仮想世界のなかで読んでも、「真空管を抜く」は、引導をわたして永遠化する行為だろうと思われる。「朧夜」という舞台と相俟って、愛憎の混淆した、何やら得体の知れない感情のかたちが見えて来るようだ。ちなみに「妹」を「いも」と読めば、破調ながらも一応十七音。「いもうと」と読めばすっきりした片歌のかたちになる。個人的には後者をとりたいのだが、それなら「妹の真空管を抜く朧」にするのが妥当な気もする。たぶん前者なのだろう。

きょうの一首。

 庭のおぼろがあなたの奥にゆつくりと正体のないまま伸びてゆく/荻原裕幸

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March 17, 2009

2009年3月17日(火)

ぽかぽかとあたたかな一日。笹井宏之さんのご両親から、忌明けの挨拶状と「歌人笹井宏之を偲んで」と題した冊子が届く。ご両親の挨拶文に「懸命に、そして丁寧に生きてくれました」というフレーズがあって、「丁寧に」というのは、笹井さんの存在を言うのに、ほんとにふさわしいことばだと思った。いずれ、もう少し自分のなかで時が熟したら、笹井宏之の短歌の世界について、どこかできちんと語ってみようと考えている。

午後、地下鉄を市役所の駅で降りて、名古屋城の外堀の、水のかわりにためられている緑を眺めながら、愛知県産業貿易館まで歩く。少し薄くはしたが、まだ冬の格好をしていて、ひざしにあたるとすぐに汗ばんで来る感じ。建物の陰を歩くとひんやりとしてきもちがよかった。ねじまき句会の例会。参加者は四人。今回は題詠「沼」と雑詠。参加者が少なかったので、欠席者の詠草まですべてじっくりと批評しながら読み進める。きょうの句会に提出したのは以下の二句。

 寝ころんでそのまま沼になる父よ/荻原裕幸
 鼕や鷂を読みまちがえて辞任する

きょうの一首。

 ここにゐないひとの重みがどこからか来てゐて椿しづかに撓む/荻原裕幸

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March 16, 2009

2009年3月16日(月)

ある話の流れで、家人に、カイってどんな字だった? と訊くと、カイケンのカイだよ、と即答する。会見の会? 懐剣の懐? 改憲の改? とか考えていると、シバイヌがどうこうとか説明するので、それでやっと、甲斐犬の甲斐、だと気づく。わかりにくい例に苦笑していたら、こちらの反応の鈍さをやんわり咎めるような口調で、甲斐犬は天然記念物なんだよ、と言われた。

 感心されることなく、愛されるようにつとめよ。/ヴィトゲンシュタイン

丘沢静也訳『反哲学的断章』(青土社)から。一九四〇年の手稿だという。他人に感心されるような行為について、われわれはある程度はっきり学ぶことができるし、真似をすることもできる。感心されるかどうか、自身で予測することも一応は可能であると言っていいだろう。しかし、他人に愛されるような行為について、われわれは何の方法論も予測も得ることができない。感心されるように生きるのは、安全でかつ安心だがときに退屈でもある。愛されるようにつとめるのは、危険でかつ不安だがつねに希望のなかにある。そう考えると、われわれはいつも大きな選択肢の前にいるわけなのだが、誰もがどうにでも自由に選べるわけではないのが辛いところである。

きょうの一首。短歌のスタイルで百質ができないかと、先日からいろいろ考えていたところ、短歌のクオリティにこだわろうとすると、碌な質問にならないということが見えて来て、さてどうしたものかと思案中。

 一つだけ選んで炎上させるならどの都市がいいですかあなたは?/荻原裕幸

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March 15, 2009

2009年3月15日(日)

きのう、名古屋グランパスの試合のテレビ中継があったので、録画して、ところどころ早送りしながら見る。Jリーグの試合を一度リアルで観戦してみたいのだが、地元チームの選手の顔と名前をほとんど知らないため、その勉強のつもりで。数人はおぼえた。対戦したモンテディオ山形のホームスタジアムの雪が凄くて、後半はピッチが真っ白。蛍光色のオレンジと黒とをとりあわせたボールが使われていた。見やすくするためらしい。はじめは何の冗談かと思った。

早坂類さんの歌集『黄金の虎/ゴールデン・タイガー』(まとりっくす)が届く。早坂さんは、歌壇とか結社とか歌会とか、その種の通過儀礼的な場に深く入ることなく短歌を書き続けている一人である。そのせいか、文体は、自在かつ奔放で、個性的な世界をつくりあげている。歌集を読み進めてゆくと、大上段にふりかぶって、抑えることなく情動を炸裂させるような作品と、それとは対照的に、ときに刺すようにときに撫でるように、こころの感覚器官を優美に刺激する作品とが、こもごもにあらわれる。気づくとかなり多くの付箋をほどこしていた。自分の好みは後者にかなり大きく傾いている。以下、五首に絞って紹介しておく。

 よく伸びる声に雲の名を教えられ鸚鵡返しに雲の名を言う/早坂類
 心臓のあたりがすこしくたびれてひとにゆっくり遅れて歩く
 こどもからおとなにならずに死んでゆくうすむらさきの好きな母です
 言葉にはしてはならないことがあるそこから汚ない手紙が届く
 永遠に変わらないものに憧れて母から一歩も出ませんでした

きょうの一首。

 キスをするときどうしてもくちびるにちからをこめてしまふ三月/荻原裕幸

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March 14, 2009

2009年3月14日(土)

夜、救急車のサイレンがかなり近いところで止まる。見ればマンションのすぐ前で赤いランプが回っている。なぜか梯子車まで来ていて、近所の人もむらがっていた。ベランダから様子をうかがったり、外に出てみたりもしたのだが、どうやら怪我人ではなく病人らしいというくらいしかわからない。しばらくすると、マンション内の誰かを乗せ、ふたたびサイレンを鳴らして、救急車は去って行った。

短歌や俳句を結社誌や同人誌で読むとき、時間をかけてじっくり読み味わうことがなかなかできなくて、大抵、その人の直近の作品の印象と変化があるかないか、というような観点で読んでしまう。短期で急に変化するのは珍しいことなので、ほとんどは変化なしか、変化があっても、今回は粗いといったマイナスな感じであるのだが、届いたばかりの「レ・パピエ・シアン2」3月号をひらいたら、小林久美子さんの「はるゆき」という十首が、小さな変化ながらも、丘に上に立って眺望がひらけたような快さがあった。

 あわくふりだす春雪を吸いながらあおい峪間の町を割る川/小林久美子
 薬草がしまわれていた壺にふれやわらげられたいたみをおもう

きょうの一首。

 さつきまで見たこともない姿してゐていま急にすみれにもどる/荻原裕幸

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March 13, 2009

2009年3月13日(金)

玄関に小手鞠とアスターが挿してある。どこかおとなしい感じのとりあわせだ。歳時記的には、という説明にも倦んで来たが、晩春の花と晩夏の花である。午後、雨のなかを家人と歩いて買い物に出る。某スーパーで、野菜と果物と調味料とあと中食に若鶏の柚子胡椒焼と牛肉のコロッケを買う。価格はあまり安くないが、おいしいものを揃えてある店で、きょうの柚子胡椒焼はまた格別だった。

 凍土に花の咲かずと嘆く半歳はおのれが花である外はなし/中城ふみ子

菱川善夫編『新編中城ふみ子歌集』(二〇〇四年)に収録された一首。中城のノートに「歳」と「半歳」の二つの記述があって、と言うか、ノート自体が複数あって、中井英夫編集の定本歌集では「歳」とあるが、菱川善夫編集の新編歌集では、北海道の風土を重んじて「半歳」としたらしい。一九五三年の雑誌初出も「半歳」なのだという。中井はこの件をめぐって、菱川に「改変」の嫌疑をかけられたと感じていたようで、憤慨した文章を書いたことがある(『暗い海辺のイカルスたち』に収録されている「死の朝」)。死後に刊行される歌集だとこういうことも起きるのか。解釈から考えてみると、「歳」とすれば、その年のことに、「半歳」とすれば、毎年のことになり、微妙に味わいが違う。どちらを選ぶかは好みにも左右されるだろう。ただ、中井説と菱川説の対立は、そもそも「凍土」を「いてつち」と読みたいか「とうど」と読みたいかというあたりに分岐点があるのだろうと自分は思っている。下句の魅力的なフレーズがあればこその対立であるわけだが、それにしても、そこまでむきになって読む読者がいるというのは、何としあわせな一首であることだろうか。

きょうの一首。

 こむばんわぁと聞こえたのだが雨の中どの木蓮の声だつたのか/荻原裕幸

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March 12, 2009

2009年3月12日(木)

深夜から早朝はまだ少し冷えるが、沈丁花はすっかり花の盛りで、折々に鼻を楽しませてくれる。今年は桜がかなり早いようで、名古屋でも二十日を何日も過ぎないうちに咲きはじめるらしい。中城ふみ子の短歌を調べていて、流れでついうっかりと中井英夫との書簡やりとりを読みはじめたら、しばらく涙が止まらなくなって困った。死を向こうに見つめながらの「それにあなたはもし札幌にいらしたとしてもわたくしの側にはほんの一寸きりで多分色んな人達が色んな用でさらつて行つてしまふに違ひありません。ベツドの上でぢりぢりと我慢してゐるのいやです」(中城)とか「僕の考へてゐる沢山の、両手に抱へるほどの金貨と花キヤベツとに似た空想をそのうちおきかせして貴女を呆れさせることにしませう」(中井)といった類のたわいもない少年少女的なことばがやけに胸にしみた。

第58期王将戦七番勝負第六局。羽生善治王将が深浦康市王位に勝って三勝目をあげた。静岡県賀茂郡河津町今井荘での二日制の対局、ネット中継を折々眺める。本局は第二局と同じく後手の深浦が四手目3三角を選ぶ。その後、深浦は中飛車に、羽生は急戦を仕掛け、双方の玉が囲われず7筋に置かれたままで中盤に突入。中段での空中戦めいたやりとりで羽生が優勢に。平目戦法風な妙な囲いも意外に堅固で、羽生が深浦を完全に抑えてゆく。このシリーズの約束のような一方的な展開である。終盤はもう深浦がただ粘るだけという感じ。田中寅彦九段の解説のコメントで、深浦の指手に対して「何それ。そこまで投げたくないの」というジョークが出たのだが、それが一瞬まるでほんとにうんざりした人のことばに思われるほど、大差が明らかだった。第七局もどちらかの一方的展開になるのだろうか。

きょうの一首。

 春のひかりの奥までふかくふみこんで自身のさむき心音を聴く/荻原裕幸

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March 11, 2009

2009年3月11日(水)

午後、ネットの某所で、中原誠十六世名人が現役引退を表明したという話を知る。将棋に夢中だった頃、一番強い棋士だった。昨年脳出血で倒れて以後、しばらく休場することになったので、あるいはと予期してもいたのだが、やはりとても淋しい感じがある。各メディアで、金賢姫氏が拉致被害者の家族と面会したというニュース。多くのメディアが採用している「元死刑囚」の呼称に、何か少し違和感をおぼえた。代名詞も他の呼称も使用しないため、テレビでは、彼女が主語や目的語になるたび「元死刑囚」と音声で繰り返されて、違和感が増幅した。

 ことばは自己のうちに滴る他者/相澤啓三

詩集『交換』(二〇〇六年)に収録された「ことぶれ」の冒頭の一行。ことばは私を私に逢わせてくれるし、あなたを私に逢わせてくれるし、世界を私に逢わせてくれる存在であるのだが、逢うことが、結びつき同化することといかに違うのか、それを教えてくれるのもことばなのである。独立していない詩の一行に単独で惹かれてゆくのは、何かが間違っているような気がするものの、これは、読んだときから独立して自分のなかに収まってしまった一行だった。同詩集に収録された「壁」には「ことばと交換したことば以前に帰ることはできない」という一行もあって、これもまた自分のなかに独立してストックさせてもらっている一行である。

きょうの一首。

 これから自殺ですかと訊きたくなるくらゐ丁寧に春の靴を揃へて/荻原裕幸

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March 10, 2009

2009年3月10日(火)

午後、所用で外出。ぽかぽかした春らしい陽気だなあと思いながら、八事のあたりを歩いていたら、にわかに強く風が吹きはじめて、包装紙とかビニール袋とか、路上のごみに襲われた。福間健二さんの監督する映画「岡山の娘」のチラシが届く。名古屋シネマテークで、28日から4月1日まで、レイトショーで上演されるらしい。まだサイトには情報が出ていないようだが。

 めがねかけてよくよくみれば毛穴まで沖ななもです黒ずんでますが/沖ななも

第五歌集『一粒』(二〇〇三年)に収録された一首。鏡に向かっているところか、あるいは、どアップの写真なのか、いずれにせよ、自身の容貌について、何ら肯定的に語ってはいないのに、とても楽しげである。この楽しげな感じは、たぶん、書いてある内容ではなく、この饒舌な印象の文体の、のりの良さに由来するものだろう。沖ななもさんの文体は、字足らずが折々に見えて、饒舌さの平均値を意識的に抑えている風でもあったのだが、この歌集では、字足らずがすっかり姿を消していた。以下、同歌集から、他にも好みの歌を引用しておく。

 はるさめはお湯にひたればひとたまりもなくて自白をするごとく透く/沖ななも
 駐車場のへりにうまごやしの花が咲きうしごろし咲きねこじゃらし咲き
 晴れくもり、雨のち晴れのくりかえしわが死後も晴れ雨くもり晴れ
 春のいのち湧きあがりきて伸び上がり収拾つかぬいのちのきわみ
 身の外にいでざる涙をかかえつつ桃を見に来つ桃咲く里に

きょうの一首。

 貝塚伊吹を撫でながらゆく春風のまねして女子が撫でながらゆく/荻原裕幸

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March 09, 2009

2009年3月9日(月)

夕刻、家人と所用で出かける。食事のタイミングだったので定食屋で食事。大きな交差点の角にあるカウンター七席だけの小さな店。はじめて入る。気さくな感じの店主が一人で切り盛りしていた。メニューはカツと唐揚げとその組みあわせの丼か定食だけだが、値段はすべて五百円から七百円と安い。カツも唐揚げもおいしかった。常連らしき客が四人来ていて、誰もが店主になついている印象だった。

短歌を書く要領の一つに、文芸であることを忘れて書く、というのがある。ある、とは言っても、自分がそう感じているだけのことだが。テーマをどうするか、どのような方法をとるか、等々、あまり文芸的に思惟をめぐらせると、論理的に認識できている短歌観の内側だけで、ことばを紡ぎ、かたちを整えることになる。それでは自在さが得られないし、同じようなものを繰り返し書いてしまうことにもなる。むしろ、短歌の定型をどうデザインするか、というほどの意識で、気ままに素材を探し、思いつきで文体を練ることが、昨日までの自分という迷宮から出る道標となるようだ。迷宮から出られたからと言って、それだけで佳い作品が書けるともかぎらないが、可能性は増すのではないかと思う。と、理屈を言うのはたやすいものの、これがなかなか難儀なことで、日々迷宮をさまよいながら喘いでいる。

きょうの一首。或る人との対話のスケッチ。

 ことごとく名詞に鉤括弧がついたやうな口調でとまどひを言ふ/荻原裕幸

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March 08, 2009

2009年3月8日(日)

昨日の続き。金子兜太さんの講演後、シンポジウム「『前衛俳句』は死んだのか」の討議に入る。総合司会は橋本直さん、司会/コーディネートは宇井十間さん、発言者は、俳人の須藤徹さんと田中亜美さん、詩人の城戸朱理さん、歌人の荻原裕幸、というメンバーである。討議は、各ジャンルの発言者が、「前衛」観をまとめるところからはじまった。三ジャンルでの討議としては、経験的比較から言うと、かなりよく話の噛みあう討議だったと思うし、自他ジャンルを比べての卑屈さや傲慢さが少ないものだったと思う。ただ、個々の「前衛」観のやりとりのレベルにとどまり、「前衛俳句」観をぶつけるところまで深くは踏みこめなかった。序論で終った、という印象は否めない。シンポはそれで良しという考えもあるが、もう少し具体的な作品を通して意見交換がしてみたかった。(追記。検索用ワード「第21回現代俳句協会青年部シンポジウム・「前衛俳句」は死んだのか」。)

討議の記録がこのブログの任ではないので、討議後に考えたことを少し。前衛俳句と前衛短歌を比較してみると、いろいろな風景が見えて来る。たとえば、一九七〇年以後の再検証において、前衛短歌の作家は、塚本邦雄、岡井隆、寺山修司、春日井建といったあたりに狭く絞りこまれて、運動の輪郭を鮮明にする方向に動いた。戦前のモダニズム、近藤芳美や宮柊二といった戦後短歌と峻別されるだけでなく、葛原妙子や前登志夫や山中智恵子をも外して考えられてゆくことが多かった。一方、前衛俳句を考えるとき、作家の範囲を狭く絞ることは必ずしも輪郭を鮮明にすることにつながらない。シンポの宇井十間さんの報告では、戦後の「前衛俳句」の作家として、金子兜太、高柳重信、鈴木六林男、阿部完市、佐藤鬼房、三橋敏雄の名前があがっていたのだが、そうしたリストも目安でしかなく、さらに、人間探求派や新興俳句との共有点のなかに前衛俳句の姿を見出そうとしているようだった。不易流行、でまとめてしまうのも何だか構図的だが、それでもやはり、短歌よりも俳句の方が圧倒的に不易の部分に重きを置きながら流行を求めているようには感じられた。

今回の討議の背景には、現在の前衛が「前衛俳句」よりも「伝統俳句」のなかに見えるのではないか、ということがあったらしい。この鉤括弧は、シンポの資料の文章にも付されている。この鉤括弧の曖昧さは十分了解した上で、自分も、あきらかにそうだと感じている。討議のなかで、田中亜美さんが、この前衛俳句と伝統俳句という区分は、もはや存在しない二項対立ではないのか、というようなことを指摘した。たしかに二項対立としては存在しないと思うが、この区分は、俳句の作者/読者には少なからず意識されているのではないか。

 ひたむきに雪の位相と暮らしをり/田中亜美
 遠雷やわたくしたちといふ不時着

シンポのパンフレットに掲載されていた田中さんの自選句である。位相とか不時着の語に、認識を意図的に挿入しようとする姿勢が見える。「伝統俳句」を否定しない位置で書きながら、「伝統俳句」に埋没してしまわないようにという意識が働いているのではないか。そのために「前衛俳句」的な処方箋が用いられてはいないか。作者の意識まではもちろんわからないが、この句を読むかぎり、現時点では「伝統俳句」を否定しない姿勢が前衛的/流行的であり、埋没してしまわないようにという姿勢が伝統的/不易的である、と言うことはできるような気がする。

きょうの一首。「不時着」の一語を借りて。

 苜蓿にふたり不時着して顔をしばらく埋めてゐた午後のこと/荻原裕幸

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March 07, 2009

2009年3月7日(土)

午前、上京、一ツ橋の如水会館へ。午後からの「第21回現代俳句協会青年部シンポジウム『前衛俳句』は死んだのか」に出演。出席者は130名強。盛会だった。討議の前に、金子兜太さんの講演「『前衛俳句』を語る」を聞く。聴衆の笑いをとるような軽妙な話しぶりのなかに、俳句の世界を一つのかたちにまとめる要となって来た人の矜持も見えて、およそ一時間、リアル金子兜太を堪能した。特に印象に残ったことばは「前衛俳句に定まった括りはない」「戦後俳句における前衛は一時的なもの一過性のもの」「前衛俳句はエコールとはならなかった」「造形論は残る」等々。金子兜太だから言えること、あるいは、言ってもいいことが、パレードのように続いて、自分のなかでどうしても輪郭が鮮明にならなかった前衛俳句の姿が、輪郭の鮮明にならないものとしてその姿を鮮明にしてゆくという、奇妙な感覚を味わっていた。

金子兜太さんの講演を聞きながら、自分が考えたこともあれこれと走り書きしておいたので、雑然としたまま、それを少し書き残しておく。前衛がらみの俳句史はあまりにも断片的ではないか。ただのトピックの集合になってはいないか。逆に短歌史はかなり強引に物語的しているのではないか。前衛俳句がどこそこに継承されたというような話はなぜ出ないのか。旧「俳句研究」の五十句競作の位置づけというのはどんなものなのか。「未定」と「豈」はどうなのか。前衛俳句には、前衛短歌における菱川善夫のような「語り手」となる存在はいなかったのか。高柳重信が何足も草鞋を履くことになったのは、菱川的存在がいなかったからか。やたら疑問形になってしまっているが、もちろん自分で答を考えてゆかなければならないことである。講演後の、自分が出演した討議については、後日あらためてメモをまとめることにする。長くて有意義な一日だった。(追記。後日のメモはこちら。)

きょうの一首。

 妻がベランダから何か言ふ春の瀬に溺れるひとのやうな身ぶりで/荻原裕幸

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March 06, 2009

2009年3月6日(金)

日中は小雨が続き、夕刻からは曇り、天気のすっきりしない一日だった。午後、栄のスカイルへ。朝日カルチャーセンター「はじめての短歌」。きょうは見学者3人を含めて、出席者19人、詠草17首。題は「深」。見学者を意識して、少しゆっくり批評を進めていたら、ひさしぶりに三十分以上の延長になってしまった。終了後、喫茶店で少し休んで、地下街で買い物をして、帰宅。

 限度をこえたはやさで気づきたいという願望は、現在でもけっして人間からなくなっていない。/吉本隆明

断片集『言葉からの触手』(一九八九年)に収録された「気づき 概念 生命」の一節。気づくことの価値は時間に左右される。気づくのが早ければ早いほど、気づくことの価値はどこまでも高まる。現在にいてようやく過去のあれこれに気づくのが普通の人間の感覚だと思うが、現在にいて現在に気づくことができる人間も稀にいて、後者はしばしば各所で重要な人物となる。早く気づきたいというのは、気づくことの価値を活用したいという欲望によるものかも知れない。だが、限度を超えてまで早く気づくのは、どうなんだろう。現在にいて未来に気づいてしまう人間は、気づくことの価値を活用するのが難しそうである。

きょうの一首。講座で「深」の題の作例として見せた初案は、下句が「青で塗られてゐる街の底」だった。講座後、とある店舗を思い浮かべながら改案した。いずれにせよ、もう少し具象に近づけたいが、とりあえず。

 溺れるほどの深さはあるが深みのない品が売られてゐる街の底/荻原裕幸

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March 05, 2009

2009年3月5日(木)

啓蟄。東桜歌会の例会の日。午前から午後にかけて、ファックスやメールで、いつものように歌会の詠草や欠席の知らせがばらばらと届く。常連の参加者が数人、出席かどうかわからない状態だったので、電話をかけて確認する。夕刻から栄の愛知芸術文化センターで歌会。参加者は8人。題詠「豊」と自由詠各一首を提出。無記名のプリントでの選歌と合評。生真面目に進行したつもりだったが、そのわりにはよく笑ったような気がする。

来月から、名古屋で、黒瀬珂瀾さんが、現代短歌の講座をはじめるという。宣伝のブログエントリにリンク。宣伝文にも世代的なことが出ているが、黒瀬さんは、上の世代にも同世代にも下の世代にも、それぞれにきちんとした対応ができる歌人。興味のある人はぜひ。余談になるが、宣伝文の、優しく紹介、という用字が楽しい。易しく紹介、よりも、黒瀬珂瀾らしい感じがあると思う。

きょうの一首。「豊」の題詠として歌会に提出した一首。この「もの」とは何かが曖昧であるという批判があるかと予想したのだが、まったく予想が外れて、それぞれの感覚で自然に読んでもらえたようだった。作者は自作についてはよくわからないものだと再々認識する。

 しろくつてむなしくてでもよくしなる豊かなものと春の列車に/荻原裕幸

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March 04, 2009

2009年3月4日(水)

午後、桜山の美容室まで、往復で六キロほど歩く。はじめはかなり風が冷たく感じられたが、だんだん暑くなって、最後は上着を手に持って歩いた。美容師さんが、少しかしこまった風な挨拶をするので、しばらく不思議に思っていて、今年はじめての来店だったと気づく。東京ディズニーランドに行った話や正月に晴着を着た話などを聞きながら、伸びていた髪をカットしてもらう。

旅行から帰って旅行の短歌を書くとする。このとき、計画を練る段階から帰宅後の余韻や疲労まで、書く私はすでにすべてを知っている。だが、作品の私は、しばしば作品の時間での、その時点での私であろうとする。たとえば、最終日の飛行機に乗り遅れることがわかっていても、前日の私はそれを知らない。作品の私がその時点での私であろうとするかぎり、乗り遅れたことを知っている書く私は、疎外されて、どこにも顔を出すことができないし、すべてを知っているのに知らぬふりをするという自己欺瞞に陥らないよう、何らかの工夫をする必要が生じるようだ。理屈ではたぶんそうなると思うのだが、何だか書いているうちに冗談としか思えなくなって来た。

きょうの一首。

 地図で見ればみどりに映える一帯を来てどこまでも続く暗がり/荻原裕幸

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March 03, 2009

2009年3月3日(火)

桃の節句。雨が降って少し冷えていた。小沢一郎民主党代表の公設第一秘書が逮捕されたという。余程なことが起きないかぎり、次回の総選挙で民主党を中心とした政権ができるのではないか、と、大方が予測しているところに、余程なことにつながるのかも知れないようなニュースが入って来る。不思議な感じだ。きょうは東西句会の例会の日だったが、都合がつかなくて欠席する。

鈴木竹志さんが、2月28日付の「竹の子日記」で、結社誌「まひる野」3月号の編集後記から、ある文章を部分的に引用して、ネットの話に結びつけている。以下にその全文を引用する柳さん(たぶん柳宣宏さん)の文章は、前段と後段とが関連しているように読める。ネット云々はたとえであって、ゆえに柳さんがネットを否定的に考えているのは解るにせよ、ここで「問題」とされているのは、「もてはやされている歌」の「幼児性」が「責任のない、希薄な主体」につながる、ということではないのだろうか。これはあくまでも短歌の話なのでは?

○編集室での話題。もてはやされている歌に、幼稚なモチーフや言い回しが多くないか、ということ。そうかもしれない。手垢のついた言葉やイメージを嫌っていって、辿りついたらそういうところだったのか。
○ネット上の発語は匿名性が高く、責任が問われない。おのずから個の主体は希薄になる。責任のない、希薄な主体は、幼児性が高い?そうだったら、問題だろう。(柳)

きょうの一首。

 笑ふときも春菜の苦みを噛むやうな表情をするひとではあるが/荻原裕幸

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March 02, 2009

2009年3月2日(月)

冬のなごりも春らしさもどちらも見られないような中途半端な気候の一日。このところよくお腹が空く。食事の量はいつも抑え気味なので、睡眠時間や運動量のほんの少しの変化が食欲に影響するのは想定範囲内なのだが、季節の変り目には想定範囲を超えてお腹が空く。迂闊に食べると体重が増えるし、我慢にも限界があるし、困ったものである。

ネット上の言説の特徴の一つに「匿名性」がある。誰が発言しているのかを特定できないという話ではない。実際、特定されて逮捕される人までいるわけで、その意味での匿名性はとっくに失われていると考えるべきだろう。しかし、ネットには、それとはまた別の意味での「匿名性」がある。それは、リアルの私が何らかのかたちで抑圧されて生じる、言えないこと書けないことが、ネットに噴出して来るとき、リアルの私を抑圧する要因であるところの「名前」を外そうとすることによって生じる。たとえ本名や社会的な筆名で書いていても同じことで、その「名前」がもたらす抑圧から解放された位置に向かおうとして何らかの力が作用するようだ。

きょうの一首。ふと、はどうかとも思うが、ここは、ふと、かなと思った。

 ふと妙な欲望は来て伊勢湾のいそぎんちやくが見たいと思ふ/荻原裕幸

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March 01, 2009

2009年3月1日(日)

三月となる。三月、と、文字にしてみると、実際の気候よりも少しあたたかな感じがある。午後、義母と義姉と家人と四人でコメダ珈琲店本店へ。日曜のコメダの本店はあいかわらずにぎやかである。沖縄に出かけていた義姉から、サーターアンダーギーとソーキそばをおみやげに貰った。どちらも好物。

 推敲は、時間の軸において作者自らの行なう添削にほかならない。初案に対して推敲の結果得られる表現は異本の性格をもっている。/外山滋比古

『省略の文学』(一九七六年)に収録された「添削の思想」の一節。俳句や短歌の添削には、つねに賛否両論がある。作者の感性や方法を、聖域だと考えるかどうか、意見は分かれる。ただ、推敲を自作に対する添削とみなすなら、他者による添削は他者による推敲とも考えられるわけで、添削をある種の共同制作だと言うことはできるだろう。大切なのは、作品を渡して添削して返される、という一往復だけで終らせないことである。作者と添削者とが互いに納得してしあげるのであれば、添削も、雑誌掲載や出版における編集者とのやりとりに類する、生産的なプロセスの一つになり得るのではないだろうか。

きょうの一首。

 三月と聞けばつめたくひかりさすこの坂も顔つきをゆるめて/荻原裕幸

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