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May 31, 2009

2009年5月31日(日)

早朝、雨のなかを歩いていると、額の花やうっすらと色づきはじめた紫陽花が、そこだけ浮かびあがるように見えていた。梅雨時のあの盛んな咲きぶりではなく、晴れたら見失ってしまいそうな可憐な感じ。雨は一時ざぁっと降ってすぐにやんだ。名古屋の梅雨入りはまだ少し先だという。午後、家人が義母と義姉と出かける。留守番。五月が静かに終ってゆく。

俳句系ブログ「ウラハイ」、先週に続き、31日付のさいばら天気さんのエントリをさらに楽しく読ませてもらう。平句的なものへの志向が実際にどのくらいのひろがりを見せているのか、具体的にどんな句を指しているのか、もう少し詳しく知りたいところだが、ともあれ、さいばらさんが、越境的な発言を真摯に受容してくれていることに感謝したい。ネットというのは、メディアなのか、コミュニケーションの方法なのか、正体がさだまらない鵺的なものだが、鵺的であるがゆえに可能になっていることの一つに、ジャンルの越境、があると思う。土足でずんずん踏みこむような行儀の悪さは控えるべきだとしても、これを楽しまない手はないだろう。

きょうの一首。スーパーの棚にそろそろならびはじめている。五月の終りは、なぜか毎日のように西瓜をよく食べていた。

 西瓜の縞は黒ではなくて濃い緑ですと言はれてはじめて気づく/荻原裕幸

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May 30, 2009

2009年5月30日(土)

五月らしくてきもちのいい日が続く。夕刻、家人と近場の回転寿司に行く。月末の土曜ということもあってか、入口付近には、空席待ちの客の列、と言うか、客の塊ができていた。店内では、店員が時折、生鮪の大きなブロックを掲げるように客に見せている。直前に鮪の解体の実演があったのだろう。実演は見損ねたが、鮪はしっかりと胃におさめた。

 カフカとは対話せざりき若ければそれだけで虹それだけで毒/岡井隆

歌集『鵞卵亭』(一九七五年)に収録された一首。「対話」の一語の使い方がとてもユニークである。若き日々に、カフカの作品を読まなかったわけではない、むしろ興味をもって何冊も読んだのだが、作家と何らかの「対話」をしたと感じるほど深くのめりこむことはなかった、カフカにのめりこむ友人知人たちとの「対話」も無意識に避けて来た、といったほどの含意を読んでもいいか。実際に若き日々の岡井隆が、カフカの作品とどう接して来たかは、ここでは問題にしなくていい。一首の背景にあるのは、政治>文学の状況において、カフカは気になるが気にしづらい存在だった、ということだろう。そして、若き日々ではない日々を生きはじめた一人称は、状況を言い訳にはしない。それどころか、若き日々を「それだけで虹それだけで毒」とまで嘯く。わざわざカフカなんて読まなくっても、俺自身が虹であり毒だったんだよ、というわけだ。自己愛にひたりながら、カフカへのオマージュも忘れない、あきれるほど美しい言い訳の一首である。

きょうの一首。

 私情から逃れられない数日をこんなにまで青葉が目にしみる/荻原裕幸

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May 29, 2009

2009年5月29日(金)

午後、栄のスカイルへ。朝日カルチャーセンター「はじめての短歌」。きょうは出席者16人、詠草16首。題は「広」。ふだんから明るい笑いの多い講座なのだが、読解と批評を進めるなかで、ふだんにも増してみんなの笑い声がよくひびいていた。家族をモチーフにした詠草が多かったので、たぶんそのためなのだろう。講座後、栄に来た家人と、キルフェボンにケーキを食べにゆく。

 平均寿命より 少しでも
 多く生きることができたら
 おまけのぶんを
 もらってもらおう
 お母さんに抱かれたまま
 夏の終りに逝ってしまったあの子に/山崎るり子

第一詩集『おばあさん』(一九九九年)に収録された「平均寿命」の冒頭。たとえそうしたところで「あの子」が帰らないという事態には何の変化もない。詩や詩的な発想では死を覆せない。それは誰もがわかっている。でも、だから詩は非力なのだ、と詩の力を小さく考えれば、詩はほんとに非力なだけのものになるだろう。もちろん詩は万能ではない。ただ、詩のことばは、生や死が抱える感触を変化させることはできると思う。「あの子」をこちら側に帰らせることはできないとしても、あちら側にいる「あの子」に何らかの力をもたせることはできるのだ。「町中のおばあさんの/余分を合わせたら/あの子もおない年になる/ケーキに立てたローソクの火を/一緒に吹き消そうよ」。ユーモアに転じる寸前の、この荒唐無稽な提案を、仮に自分が「あの子」の「お母さん」の立場ならどう思うだろうと考えながら、鼻の奥につんとした何かがはしるのを感じた。

きょうの一首。講座で「広」の題の作例として見せた一首。

 広いものの例へに海がでるやうな国にしみじみさみしく暮らす/荻原裕幸

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May 28, 2009

2009年5月28日(木)

ときどき雨。午後、父と母が遊びに来る。お茶とお菓子を囲んで歓談。見た目に惹かれて買って来た両口屋是清の和菓子が好評だった。透けた錦玉羹に、何種類かのいろどりの羊羹を入れて、夏の清流をイメージしたものだそうだ。深い知識をうるさく求めず、見ているだけで楽しめる。もっとも、父と母に好評だったのは、あきらかに見た目以上の、そのしっかりとした甘さだったような気もするが。

 自転車で来て杜若見てゐるか/田中裕明

田中裕明研究誌でもある俳句誌「静かな場所」4号に、「『櫻姫譚』拾遺」が、資料として掲載されている。句集未収録の句を俳句誌から集めたもので、これは一九八六年の一句だという。句の背景がはっきり見えるわけではないが、池か川か、かきつばたの美しく咲く場所に、さほど遠くからではない感じで、おそらくは若い何人かが自転車で見に来て、わいわいと興じているのだろう。かきつばたとかきつばたを見る人たちをこもごもに見ている一人称の視点の、肩のちからのふっと抜けたところに、この作者らしい軽妙な味がある。また、この句自体は嘱目だと思うが、在原業平の「はるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」の一首を踏まえて、自転車によるかきつばた見物との対比を楽しみながら書かれてもいるようだ。

きょうの一首。

 ベランダに翻るものがものがたることを見て見ぬふりして五月/荻原裕幸

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May 27, 2009

2009年5月27日(水)

きのう、中島梓さん/栗本薫さんが亡くなったという。享年五十六歳。一九七〇年代の終り、ちょうど自分が、文学って何だろう、という問いをもちはじめた頃に、中島梓の評論を読んで刺激された。そして、たぶんそれゆえに、栗本薫の仕事がうまく理解できなかった。しばしば「中島梓&栗本薫」と表記されたその「&」の意味が、彼女の仕事が進むなかでいつかはわかるだろうと思っていたのだが、ついにわからないままこの日になってしまったのが深く悔やまれる。午後、八事の中京大学へ。オープンカレッジ「俳句を楽しむ」、春期の五回目。きょうの題は「桐の花」と夏の衣類の句。9人出席で詠草20句。いつものように添削的批評を進めて、いつものように延長となった。帰宅して、きょうの題に即して二句。

 郵便のなき日はしづか桐咲きぬ/荻原裕幸
 白シャツの白ほど白き腕みせて

 思い出が残照である坂道を抱いてゆきます 腕をください/伊津野重美

第一歌集『紙ピアノ』(二〇〇五年)に収録された一首。「思い出が残照である」という修辞は、一歩間違えば安っぽい感傷に陥ってしまうモチーフを、過剰で極限的な心象へと昇華した秀抜なものだと思う。「腕をください」も同じく。この歌を、あえて俗っぽく読めば、「あなた」との関係が絶たれてしまっては、これから先の時間に何一つ希望をもてない、思い出だけが残された唯一のひかりとなるはず、だから、せめて思い出として「あなた」の腕を抱きたい、ということになりそうだが、一首のことばの力は、モチーフをそこにとどめない。愛情が極限化されたときに死の匂いが生じるように、この一首にも死の匂いがある。坂道は、これからの半生の比喩であると同時に、どこか黄泉比良坂を思わせるし、腕を抱いて「あなた」と歩きたいという願望も、それが一人歩きして、あなたの腕と歩きたい、腕の手ざわりがほしい、腕をください、と、転位し、極言すれば、ネクロフィリアに近いものが見える。少女的な感傷と鬼女的な情念とが混合された、かわいらしくかつおそろしい一首だと思う。

きょうの一首。

 生きてゐるかぎり誰かの死を聞くと枇杷のあかりの下にて思ふ/荻原裕幸

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May 26, 2009

2009年5月26日(火)

一昨日のF1モナコGPの決勝、ブラウンGPのジェンソン・バトンが三連勝。今期五勝目。録画してあったものを、できるだけ早送りせず、何回かに分割して見る。モナコは特別だから。レースの結果も経緯も知ってしまったあとで見るというのは、どきどきする感じがなくなるのだが、わくわくする感じはなくならない。レースの詳細とモンテカルロの市街地の表情とを楽しむ。

きょうはピザの宅配のバイクをやたらに見かけた。ふだんからふつうに見かけるものだし、異常だと感じるほどに多かったわけでもないのだが、条件反射的に、外出を控える人が増えたのかなとか考えてしまう。午後、地下鉄を市役所の駅で降りて、名古屋城の外堀の青葉若葉を眺めながら、愛知県産業貿易館へ。ねじまき句会の例会。参加者は五人。今回は題詠「港」と雑詠。いつもの通り、無記名の詠草で選句して、一句一句の読解と批評を進めてゆく。きょうの句会に提出したのは以下の二句。

 港には頼らず日本を出入りする/荻原裕幸
 残された傘が手首を呼んでいる

きょうの一首。日常を総括するような大柄な文体を考えていたのに、まとめてみるとどこか小ぶりな日々の雑感のようになっていた。

 けふをただ悠かなものを見るやうに見て帰るべきところに帰る/荻原裕幸

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May 25, 2009

2009年5月25日(月)

突然に痛みをおぼえて目が覚める。舌がものすごく痛い。どうしてこんなに痛むのだろうと思って舌を動かしていると、左側の歯の列びと舌の痛むところがぴったりと重なる。眠っていて舌を強く噛んだらしい。気づくとものすごくお腹が空いていた。何か食べる夢でも見ていたのか。日々夏めいてゆく感じだが、自分を含めてマスクをする人の姿が季節とそぐわず、巷に不思議な光景がひろがっている。

 フルーツパフェの天辺にある夏の雲/こしのゆみこ

週刊俳句第109号に掲載された「天辺」十句のなかの一句。フルーツパフェの天辺にあるのは、ふつう、苺、ブルーベリー、缶詰のさくらんぼ、生クリーム、アイスクリーム、ビスケット、ミント、といったところだろう。そのうちのどれかを、たとえば、生クリームを、夏の雲のイメージとダブらせていると読めば読めないことはないのだが、それではつまらないような気がする。フルーツパフェと窓越しの夏の雲という解釈ならかなり説得力はあるが、そういう遠近法的な見方を通過して、夏の雲を天辺にのせるほど巨大なパフェを思い浮かべたい。こどもや甘党の心象ということであれば、そのくらいのサイズにたとえても大袈裟でも不思議でもない、と言うか、実際にそのくらいのサイズに見えているのではないだろうか。

きょうの一首。巷で見かけた短歌にしてみたいものメモ、のなかに、奥田脳神経薬のポスター、があって、いろいろ演出を考えていたのだが、結局、昨年の今頃に見た風景そのままになってしまった。

 バス停の横の奥田脳神経薬のポスターのめぐりにも緑さす/荻原裕幸

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May 24, 2009

2009年5月24日(日)

好天が続く。午後、義母と義姉と家人と四人で出かける。まず喫茶店で珈琲と軽食とお喋り、それからスーパーで食品を買い揃える。大相撲夏場所千秋楽、日馬富士が白鵬との優勝決定戦に勝って初優勝。千代大海は勝って角番を脱する。豊真将は千秋楽にして初白星。この二番にしっかり反応した観客は吉。山本山は負けて負け越しとなる。表彰式で杯を渡し忘れて帰ろうとするプレゼンターがいて笑う。

ブログ「ウラハイ」、24日付のさいばら天気さんのエントリを楽しく読む。俳句におけるポストモダンが云々といったあたり、ポストモダンの文脈で俳句を考えず、俳句の文脈でポストモダンを考えることもできるのではないだろうか。俳句は、伝統とか前衛とかどんな冠がついていても、俳諧の発句であろうとする基本構造はとてもよく似ている印象がある。発句を単独で俳句/文学/詩とするような行為を、モダン化だと考えるならば、俳句におけるポストモダンは、発句の変容のなかにあるのではなく、俳諧の平句にあるプレモダン的なものがそれにあたるのではないかという気がする。ポストモダンが時代の順序で存在する必要はないのだし、俳句そのものが、プレモダン=ポストモダンからの脱却として成立しているとは言えないだろうか。坪内稔典さんの例の「三月の甘納豆のうふふふふ」は、俳句の外にいる自分の眼からは、平句的であり、川柳的でもある。だから、上田信治さんが、どこか批判的な感触をも含みながら、この句を、ポストモダン的「?」、だと言うのもすっきり納得できるのだが、そういう理解ではまずいのだろうか。

きょうの一首。

 雲呑をどうよむのかがわからずに妄想がふくらんでゐた件/荻原裕幸

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May 23, 2009

2009年5月23日(土)

好天。ぼんやりして何も考えずに過ごすのが、自分としては最高の休息だと思う。ただ、何もしていないとむしろ何かを考えはじめてしまうし、何かをしているとやはりそれに関連して何かを考えてしまう。ぼんやりしていて失敗することはよくあるのだが、ほんとうにきもちよくぼんやりするのはなかなか難しいものである。何か秘訣などはないのだろうか。

短歌を書かない人にも読まれる短歌を書きたいと思う。ただ、それは、短歌を書かない人にも共感してもらえるようなわかりやすい短歌を書くこととは少し違う。共感やわかりやすさだけを求めるならば、わざわざ短歌というスタイルを選ぶことに大きな意味があるとは思えない。と言うか、散文で書くのが望ましいだろう。散文の表現とは違う何か、同時に、現代詩、俳句、川柳とも違う何か、つまり、短歌だから書ける何かを短歌で書きたいのだ。こういう、あたりまえの、文字にすると青臭いとしか感じられないようなことをわざわざ文字にするのは、あまりにもあたりまえ過ぎて、忘れてしまいそうになるからである。短歌ならではの表現でありながら、短歌を書く人だけが内輪的に楽しむのではない表現、そして自身で判断することはできないが、独善的ではない表現、短歌を書かない人にも読まれる可能性のある短歌とは、それ以外の何かではないだろう。

きょうの一首。

 主語のない笑ふがひとりあるきしてどこか脅えるやうに万緑/荻原裕幸

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May 22, 2009

2009年5月22日(金)

春日井建忌。夕刻から小雨。むかし、春日井建さんに電話を入れたとき、時刻はすでに午後十時を過ぎていた。火急の用件というほどではなかったのだが、他の時間帯だとなかなか電話がつながらないので、遅いとは承知の上でかけたのだった。すぐに電話がつながったので、お、と思ったら、母の政子さんの声である。しまったなあ、と思う。政子さんは、あ、荻原さん、建はまだ帰っておりませんの、どこで何をしてるんでしょうね、こんな時間まで、と言う。いま何々の仕事があってお忙しいのだと思いますよ、となぜかぼくが説明して、夜分の電話のお詫びを言って電話を切った。政子さんの話しぶりは、十代の息子を心配する若い母のようだった。春日井建さんが五十代、政子さんが八十代の頃の話である。

 しづけさの涯には音があるといふ一日を椅子に掛けてゐる母/春日井建

歌集『井泉』(二〇〇二年)に収録された一首。終日椅子にいる母、というのは、終日椅子にいる母を見ているわたし、をも同時に意味していよう。歌集の配列で、一首前に「母の椅子より見る風景は狭けれどわがのどのこと想はずあれな」とある。春日井建の私的事情も考えあわせると、咽喉を患ったわたしが臥していて、傍らに置かれた椅子に母がいるのだと読むのが妥当か。「しづけさの涯」に生じる音とはどんな音なのだろうか。雑音の多い場所では、耳がほとんどの音を聞かなくなるが、雑音が少ないとその逆で、小さな音にも意識が及ぶようになる。どこか幻聴にも似た、音ならぬ音が聞こえそうな静かな時間、特にことばをかわすのでもなく、母子二人で過ごす静かな時間が、どこまでも永遠に続いてゆきそうな感じのする一首である。

きょうの一首。

 組織にも妻にも夏のひかりにも従属するのをからだがこばむ/荻原裕幸

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May 21, 2009

2009年5月21日(木)

小満。夏日なのに涼しく感じられた。Tシャツ一枚で過ごしているからか。第67期名人戦七番勝負第四局。郷田真隆九段が羽生善治名人に勝って二勝二敗とした。和歌山県伊都郡高野町高野山金剛峯寺での二日制の対局。ネット中継を見損ねたので局後に棋譜を見る。本局は羽生の先手で相掛かり。双方居玉のままで、わずかな差が勝敗を決する緊迫した将棋となる。郷田の玉が動いたのが終局の三手前、羽生はついに居玉のままで投了。構想に疑問があったという羽生のコメントがあったが、構想そのものが見えづらい一局だった。

 きらきらと海のひかりを夢見つつ高速道路に散らばった脳/穂村弘

歌集『ラインマーカーズ』(二〇〇三年)に収録された一首。歌集のための書きおろしの連作「ラヴ・ハイウェイ」の末尾に据えられている。この連作は、どこかに破綻の予感を含みながら、あなたとわたしの恋が順調であるときの、何もかもが表現的な価値を帯びる状態(つまり、デビュー以来の穂村弘さんの短歌の世界)から書き出されている。そして、突然の破綻を経て、以後、NASAへと去ったあなたを追いかけるわたしが、がむしゃらでぶざまな感じ(「NASAと俺とどっち大事と泣きながらフランスパンのかけらを食べる」等)を見せながら、なおも何かを語り続けるのである。引用歌にある「高速道路」は、そのあなたを追いかけるわたしが走っている道であり、この歌を読むかぎり、あなたに追いつくことは永遠にできなくなったということになろうか。恋の破綻以後の短歌を書いた穂村弘というのも新鮮だったが、何よりも、このスプラッタな一首によって、短歌におけるわたしが、不死身のモードにあるのだということを露呈させたのが興味深かった。この後、わたしは何らかの方法でリセットされて、穂村弘の別の作品のなかで蘇生する。そして生きることを反復することになる。短歌におけるわたしは、何にでもなれる。何でもできる。幽霊にだってゾンビにだってなれるのだが、死の向う側に行くことだけはできない。穂村さんがしばしば口にする「生の一回性」という概念を、この一首はどこかで裏切っている。しかし、それゆえに、この歌を考えることは、作者にとっても読者にとっても、穂村弘の世界をさらにひとまわり大きくするきっかけになるのではないだろうか。

きょうの一首。

 あさがほの蔓の行方を気にかけて結ばれてゐた最後のメール/荻原裕幸

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May 20, 2009

2009年5月20日(水)

真夏日となる。午後、中京大学へ。キャンパスがすっかり夏服で占められて、どこか夏休み直前のような雰囲気があった。オープンカレッジ「俳句を楽しむ」、少し間ができたが春期の四回目。きょうの題は「新緑」、それから初夏の雑詠。6人出席で詠草12句。いつものように添削的批評をできるだけ丁寧に進めた。帰宅して、きょうの題に即して二句。

 緑濃しブログ更新されぬまま/荻原裕幸
 成分のラベルちひさき夕薄暑

高原英理さんのブログの19日付のエントリ「つつましく」の「幻は忘れない。だが信じもしない。」は、とてもいいことばだなと思った。池澤夏樹の「スティル・ライフ」(一九八七年)が躓きの石だというのも、言われてみればなるほどと思われる内容で、整理された思考を楽しく読んだ。池澤の「スティル・ライフ」には、従来の文学的価値に基づいた文章/文体のまま村上春樹以後の世界を描いた感じ、それを他者にも誘惑する感じがあって、自分はそのことにばかり変にこだわって来た。秀でた作品として惹かれながらも、どこかで風を計測している印象を払拭できないでいた。冷静にモチーフのことも考えあわせれば、もう少し見晴らしのいい場所で考えることができるのかもと、高原さんの一文を読みながらようやく思った次第である。

きょうの一首。

 二十四時間よりもどこかがすこしづつ長い感じのする夏の街/荻原裕幸

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May 19, 2009

2009年5月19日(火)

新型のインフルエンザの感染がじわじわと広がっているらしい。午後、マンションの女性たちが中庭で話すのを聞くともなく聞いていると、けさのテレビ番組そのままの知識を確認しあっていた。マスメディアは頼もしくそして怖い。交通機関や大型店舗などで見ると、名古屋でもマスクをしている人の数が次第に増えている。自分もマスクとうがいと手洗いについてはできるかぎり励行している。

 水のやうに光のやうに人はゐて書きとめられぬわが夏の過ぐ/横山未来子

昨日に続き、第一歌集『樹下のひとりの眠りのために』(一九九八年)に収録された一首。この歌集には比喩が多く、殊に直喩、それも単語の単位ではなくフレーズがまるごと直喩になったものが目立って、しかもいずれも巧みである。たとえば「葉先にてむすぶ雨滴の離れむを見守るやうにことば待ちゐき」という感じで。ただ、その種の直喩は、横山未来子さんの表現の頂点をなすものではない気がする。うまく説明するのが難しいが、読む前後で、世界が表情を変えたという感じが薄いからだ。それに対して、引用歌の直喩は、見たところ凡庸であるにもかかわらず、状況に踏みこんで読むと、他者や外界の有する手ざわりが、他には言いようがないという感じでそこにある。書きとめることのできないはず夏が、書きとめることのできないその印象を書きとめることによって、切なく迫るように伝わって来るのだ。どこかで見たことのあるようなことばで、なお世界に異義を生じさせるのは、比喩の理想的なありようではないかと思われた。同歌集のなかで好きな作品を他にも少し引用しておく。

 君よりのただ一枚の絵葉書の霞める街をひき出しに持つ/横山未来子
 ひと束の水菜のみどり柔らかくいつしかわれに茂りたる思慕
 さびしさの水位あがりてさうさうと鳴りゐし胸も髪も浸りぬ
 きみの手にて筆圧つよく書かれしをわれの全(まつた)き名として見をり

きょうの一首。きのうきょうと直喩について考えながらまとめてみた。

 どこからか吹く口笛のどことなく外れた音のきこえるやうな/荻原裕幸

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May 18, 2009

2009年5月18日(月)

早朝からきもちよく晴れた。マンションのごみ置場のごみも、なぜかきょうは量が少なめで、整理をしている大家さんもふだん通りの明るい大家さんだった。午後、近所の公設市場の鶏肉店に弁当を買いにゆく。途中、緑蔭の続くところがあって、大通り沿いなのでさして空気がきれいなはずもないのだが、呼吸がとてもやすらかになるようなそんな気分になる。

 水たまりの奥へと向かひ歪みなく欅の一樹そだちゐる朝/横山未来子

第一歌集『樹下のひとりの眠りのために』(一九九八年)に収録された一首。秀句表現と呼びたくなる初句二句がこの歌の核である。ふつうは上に向かった視線のなかで捉える光景を、下に向かった視線のなかに捉えている。水たまりのなかの世界を、下に向かって見上げている感じ、とでも言えばいいだろうか。俯いた姿勢、俯いた気分のなかに、雨後の欅の姿を発見して、小さく世界がひらけた瞬間を、巧くことばにとどめているようだ。短歌を書き慣れて来ると、この「奥」の類の語を見つけて、巧い表現をすることができるようにはなる。ただ、その巧い表現を日常の空間にやわらかに接続させるのは、見た目の何倍も難しいことだ。雨後の美しい風景よりとりあえず路面の水たまりが気になる、という日常的で無粋にも近い感覚があってはじめて、この巧い表現が一首のなかで活きるのではないかと思う。

きょうの一首。

 常に世界にひかりを望むといふやうな姿勢ゆるめて緑蔭をゆく/荻原裕幸

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May 17, 2009

2009年5月17日(日)

雨が続く。午後、家人が義母と義姉と出かける。留守番。しんとした家のなかで少し音楽を流す。奥華子さんの曲を聴いていて、はじめて聴く曲も一曲すべての歌詞の意味が聴きとれるのが快かった。大抵の曲はフルコーラスで数箇所は躓いて、あとから文字で歌詞を確認するのに、この人の歌詞はおもしろいなと思う。路上ライブを大切にして来た人だということと関係があるのだろうか。

 生没年不詳の人のごとく坐しパン食みてをり海をながめて/大塚寅彦

第二歌集『空とぶ女友達』(一九八九年)に収録された一首。以前、詩歌の入門書に書いた文章で、この一首を「旅」の歌として紹介したことがある。「生没年不詳の人のごとく」という卓抜な直喩の印象に、日常の喧噪を逃れての、あてのない一人旅を思い浮かべたからだ。旅に限定して読む必要はないと思うが、仕事や家族やその他の日常のつながりのなかで規定されてゆく私から解放された感じ、あるいは逆に、私の根拠の脆さに直面してしまった感じが実に巧く出ている。時期的に、ライトバースの潮流やポストモダンの概念を意識して書かれたものと思われるが、もう少し長い時間から俯瞰してみると、自己像の追求を旨として来た短歌史に対して、静かな反抗を試みた一首だとも言えようか。

きょうの一首。花期にはまだかなり早いのだが、昨年の夏からメモしたままになっていたモチーフだったので、かたちにしてみた。

 朝鮮朝顔にはふたつの朝があるけふはどちらの朝が来たのか/荻原裕幸

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May 16, 2009

2009年5月16日(土)

雨。かなり冷えた。新型のインフルエンザが国内でも発生したというニュース。どう広がるのか予想もつかないが、ともかく注意深くふるまうしかなさそうだ。昨日、将棋の瀬川晶司四段が、フリークラスからの昇級規定をクリアして、来年度から順位戦に参加することが決まった。四年前の編入試験と同じく、この昇級規定もかなりの難関だったと思う。本人のブログにも喜びのコメントが出ている。慶祝。

結社誌「塔」5月号の、澤村斉美さんの書いた「捨てたものと拾ったもの、そしてなぜかずっと持っているもの」という長いタイトルの短歌時評を読む。「読む側」に視点を置いて、個々の短歌観の違いを超えたところで短歌史を俯瞰したり作品を読んで考えたりすることを切実に求める筆致が快かった。混沌とした現在の短歌に何らかの出口を見つけ出すには、たしかに読む側の変化も必要なのだと思う。現在の短歌の輪郭を見出すことに、どこかあきらめにも似た空気が広がるなかで、頼もしい一文だと思う。同時評では、総合誌「短歌」3月号に掲載された荻原裕幸の春日井建論について、楠見朋彦さんの『塚本邦雄の青春』とともに、丁寧に読んで、肯定的なアングルから触れてくれている。感謝。

きょうの一首。

 どの力士よりもマスクをする客の数が気になりつつ五月場所/荻原裕幸

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May 15, 2009

2009年5月15日(金)

午後、栄のスカイルへ。朝日カルチャーセンター「はじめての短歌」。きょうは出席者17人、詠草17首。題は「長」。詠草には、時間にかかわることや待つという行為を描いたものが圧倒的に多かった。なかには、シカゴの「長い夜」を踏まえた作品もあって、仕事があがらない未明に時計の文字盤を見ている、そんなリアリズム的描写だと思っていたら、作者が、実は歌詞からの引喩であると教えてくれた。いつものように延長となる。

 さし展(ひら)くてのひらに夜の浮力きて桃を包めばやはく息づく/柚木圭也

昨日に続き、第一歌集『心音(ノイズ)』(二〇〇八年)に収録された一首。純粋に果実の桃を描いたにしてはどこか少し大袈裟ではないかと思ううちに、なるほどそうか性愛を背景にしているのかと感じられて来た。女性の身体と桃とのメタファ的な関係はいかにも俗っぽいが、そう読んでみると、「夜の浮力きて」というフレーズの力が抜群で、愛情とも性欲ともどこか少し違う、その状況における時間の流れがもたらした必然のようなものが見えて来た。同歌集のなかでいちばん好きな歌。同歌集に収録されたのは、ほぼ一九九〇年代の作品であるという。小池光さんが栞文で「一昔前の、一青年の生の軌跡」と書いていたが、読めば、一昔前の、と言う感じはほとんどなくて、一青年の生の軌跡が、短歌という正体のわからないものとの出会いを通してかたちになってゆくそのプロセスが楽しめた。他にも好きな作品を引用しておく。

 精神的素因にあらねど無花果の熟れゆくときにわが喉疼く/柚木圭也
 紫陽花の毬おもたげにうなだれぬこの世の終はりといふほどでなく
 顔出して流れるプールの日すがらを巡りぬ流木にあらざるわれは
 すすり合ふ麺かおのれか判かぬまま満ちゆけるなり夜更けの内腑

きょうの一首。講座で「長」の題の作例として見せた一首。

 長い電話に倦みながらみる夕雲の本音をやつと父がきりだす/荻原裕幸

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May 14, 2009

2009年5月14日(木)

きのうきょうと暑さが少し落ち着く。外でランチを食べようという話になって、家人と天白川沿いのピザとパスタの店に行く。前に来たときにはたしか食べ過ぎたんだよなあとぼんやり思い出したが、ほとんど同じようなオーダーをして、結局また食べ過ぎてしまう。学習能力がゼロだ。天白川の土手の緑がやけにきれいなので、転がってみたくなるよね、と家人に言うと、草が深そうだし、やめた方がいいよ、と冷静に説得された。

 みぎひだりみぎみぎみぎひだりと揺れ動く自転車のハンドルのやうなもの/柚木圭也

第一歌集『心音(ノイズ)』(二〇〇八年)に収録された一首。一首がまるごと比喩になっている。そのような私、そのような日々、そのような日本、等々、いずれとも受けとれるのだが、注目すべきなのは、右と左の列びの具合を任意に構成しても、意味に大きな変化が生じないと思われる初句二句だろう。語呂で読むとまず「みぎひだり」でいったんくぎるので、その後の「みぎみぎみぎひだりと」がひどい字余りに見える。しかし、一般に、破調の文体は、正調にいちばん近いと考えられるくぎりへと意識的にひきもどして読まれることになるので、上句は「みぎひだりみぎ/みぎみぎひだりと/揺れ動く」と、七七五の初七調のリズムに変貌する。リアルに描写したともつくりあげたとも読めるわけだが、この微妙な感じ、この語順によってしか生じない或る感じが出ているため、任意という印象はほぼ払拭されている。短歌の表現的必然とは、事実に即すことでも、リアルに見えることでも、技法上の価値が高いことでもなくて、ことばを並び替えたり置き換えたりしたときに失われてしまう或る感じがそこにはっきりと在る、ということだと思う。

きょうの一首。

 日がな一日あなたはあなたでしかなくて夏草の匂ひが強くして/荻原裕幸

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May 13, 2009

2009年5月13日(水)

上京。神田一ツ橋の学士会館へ。現代歌人協会の公開講座「モダン vs ポストモダン/時代はどう超えられるか」に出演する。出演者は、阿木津英さん、藤原龍一郎さん、佐藤弓生さん、荻原裕幸、司会は松平盟子さん。公開講座なので、過剰に難しい話はやめましょう、というのが事前の取り決めだった。最初のコメントで、阿木津英さんが、産業革命による生産形態の変化が云々とか言いはじめて、日本の近代の構造は、モダン vs ポストモダンではなく、ナショナリズム vs モダニズムであると語ったあたりで、難しい、も、人によって随分違うのだなと思って苦笑した。以下に少しメモを残しておく。

短歌における自分のポストモダン観は単純なものだ。明治以後、短歌否定論が何回か繰り返された。否定されたその内容は、近代の社会や近代人の複雑化した思想を表現するのに、文語や定型の短歌には限界があるということ、つまり、短歌はモダンではないということである。否定論のたびに、新しい短歌の表現が模索された。最後の否定論は、戦後の第二芸術論で、これに応えたのが前衛短歌である。以後、この種の否定論は出ていないので、暫定的に、前衛短歌の時点で短歌のモダン化が完了したと考える。一方、ポストモダンとは、長期間にわたってモダン化した短歌から逸脱しようとする意識、あるいは実際に逸脱した表現だと考える。一九八〇年代の女歌やライトバースは、たぶんこれに該当するだろうし、一九九〇年代のニューウェーブについても、自身が渦中にいたので客観的な判断はできないが、やはりポストモダンの範疇に入るものだと思う。以後の、ポスト・ニューウェーブと呼ばれる、何を指すのかがやや曖昧な作品群も、ニューウェーブから何らかの影響を受けたのだとすれば、そのかぎりにおいてはポストモダンだと言えようか。要するに、前衛短歌を含む「近代以後の伝統」に近づこうとしているか遠ざかろうとしているかが、短歌におけるモダンとポストモダンを区分する目安である。もちろん完全なモダンなどというものは存在できないため、区分と言っても傾向を言っているに過ぎないわけだが。

出演者四人は、短歌を五首ずつ引用して資料をつくった。短歌におけるモダンとかポストモダンを考えるための例歌である。「vs」の、ポストモダンの側だと役割を決められていたので、ぼくはポストモダンの例歌をあげた。以下の五首である。

 いにしえの王(おおきみ)のごと前髪を吹かれてあゆむ紫木蓮まで/阿木津英
 まっ白にジョーは燃えつきそののちのわが日々あわれあわれ春秋/藤原龍一郎
 菜の花にからし和えればしみじみと本音を聞きたい飛雄馬の姉さん/飯田有子
 自動販売機とばあさんのたばこ屋が自動販売機と自動販売機とばあさんに/斉藤斎藤
 栄光の元禄箸を命とか未来のために割りましょう、いま/笹井宏之

阿木津英さんと藤原龍一郎さんは、例歌の順で言って飯田有子さん以後の作品の前後に、定型観や表現史をめぐって、何らかの断絶があるのを感じると言っていた。自分もそれを全く感じないわけではないが、モダン/ポストモダンの話とそれは別のものであると思う。佐藤弓生さんは、モダンの側に役割を決められた阿木津さんと藤原さんの作品をポストモダンだと言うことで、「vs」という問題設定を無効にしていると指摘していた。言われてみればその通りである。前世代の歌人と後世代の歌人との間にある何らかの差異を、モダン/ポストモダンで考えようとすると、実際の差異は覆い隠されてしまうのだろう。

きょうの一首。

 生きてゐるかぎりわたしを出られない五月ぼんやり灯る非常口/荻原裕幸

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May 12, 2009

2009年5月12日(火)

真夏日が三日続く。睡眠のサイクルが大きくずれて、午後、仮眠のような昼寝のような睡眠をとる。自分が、犬をはじめ、動物にそっぽを向かれることが多いのは、以前にも書いている通りで、家人の説によると、かまいたいとかあそびたいという過剰な意識が嫌がられているようなのだが、きょうは、すれちがうときに犬が怖がって、飼主の背後に必死で隠れようとしていた。飼主の女性がこちらの様子を見ながら、はははは、と声をあげて笑ったあと、その犬に向かって、怖くない怖くない、とか言いきかせていた。

結社誌「短歌」5月号で、菊池裕さんが「破調について」と題した短歌時評を書いている。高瀬一誌さんの第一歌集『喝采』(一九八二年)の読書会のことを契機に、字足らずの作品がいかに菊池さんの短歌観にあわないかを述べている。時評と言うよりは歌論に近い内容なのだが、字足らずの隔靴掻痒感は、自分には、感覚的によくわかるものである。字足らずを否定的に言うのは、定型を音の数が具体的に構成するかたちだと考えることによるものだ。ただし、定型を空白の音を含むかたちなのだと考えれば、字足らずとは空白の音の多い定型ということにもなるわけで、菊池さんや自分の短歌観/定型観を、感覚の問題だとして退ける立場もあり得るだろうし、定型以外のものも短歌を支えている、とする、高橋みずほさんの評論等、時評の視野に入れてもいいのではないかという気がする。

きょうの一首。カウントに間違いがなければ、連続で五百日目のきょうの一首。

 昨夜から飲まれないまま枕辺にグラスのかたちで在る夏のみづ/荻原裕幸

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May 11, 2009

2009年5月11日(月)

きょうも真夏日となる。月曜は可燃ごみと分別した資源ごみの収集日。マンションの一部にマナーの悪い人がいて、乱雑になったり、分別がむちゃくちゃだったり、ごみ置場はしばしば無法地帯と化す。大家さんがほぼ毎回それを整理してくれている。大変だと思う。ごみの日の朝の大家さんは、挨拶をしても、ものすごく不機嫌そうにしか反応しない。と言うか、殺気に似たものがみなぎっている。

 他人の声が聞きたいときには 177で天気予報を聞く
 NTTの請求額は精神状態のバロメーターだ/加藤あい子

第一詩集『深海パズル』(一九九八年)に収録された「電話」の冒頭の二行。電話会社が乱立して、携帯電話がここまで普及した現在でも、電話会社からの私用の電話の請求額が、精神状態を何らかのかたちで反映している事態は同じだろう。作品はここから、隣人への対応とか電話相談室とか、そういう方向に展開するのだが、冒頭の二行はそれだけで独立して、人を拒む、ある感じを伝えている。ひきこもりや対人恐怖症とはどこか違う風で、むしろ人と逢うことが嫌いではないわたしが、どこまでストイックに生きられるかを試している印象がある。精神的なダイエットとでも言いたくなるような、奇妙な孤独のありように惹かれた。

きょうの一首。

 どちらから歩いてみてもわづかづつのぼる感じのある棕櫚の道/荻原裕幸

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May 10, 2009

2009年5月10日(日)

母の日。名古屋は真夏日となる。午後、実家の母から電話。届けたものが届いたという。家人が義母と義姉と外出。留守番。大相撲夏場所がはじまる。白鵬はふだん通りの淡々とした相撲を、朝青龍はあいかわらずの綱渡りの相撲を、日馬富士がものすごくひさしぶりにテクニカルな相撲を、前頭九枚目となった山本山はさらにひとまわり大きくなったからだを活かした相撲を見せていた。

 はつなつのいつからわれは肺呼吸/仁藤さくら

昨日に続き、第一句集『Amusia の鳥』(二〇〇〇年)に収録された一句。新樹や若葉のある風景、あるいは海の匂いのする風景など、連想はさまざまにひろがるが、いずれにしても、初夏の空気にこもる生命感のようなものを慈しんでいるのだろう。呼吸という行為を意識するのは、息苦しいときか空気をおいしいと感じるとき、この場合はむろん後者だと思われる。ストレートに空気のおいしさを言うのではなく、肺という器官や呼吸という行為に気づいたことを言っているのが吉。私的な感慨を超えたところに句の世界が展開されている。仁藤さくらさんの「はつなつ」の二句は、どこがどうとは説明できないのだが、良い意味で、短歌を書く人の句という印象がある。

きょうの一首。

 はじめてで最後のやうにふりそそぐ夏のひざしに躰を入れる/荻原裕幸

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May 09, 2009

2009年5月9日(土)

晴れたり曇ったり。にわかに夏めいた。午後、実家から父が米その他を持って来てくれる。家人と近所の公設市場まで弁当を買いに出る。鶏肉店の店主の孫姉妹が手伝いに来ていて、店内で揚物をしていた。声をかけると、姉は恥ずかしそうに後ろを向いたまま、妹はまだ幼くて無理そうなのに接客しようとしてくれる。帰りに公園を通り抜けると、そこはGWが続いているようで、遊びまわるこどもたちであふれかえっていた。好日。

 はつなつの塀われのみに晴れわたる/仁藤さくら

第一句集『Amusia の鳥』(二〇〇〇年)に収録された一句。空間的な状況が明確にされているわけではないが、塀があって、視界が部分的に遮られていて、他人の姿の見えない空間なのだろう。そこに初夏のひざしが燦々とふりそそぐ。それがまるで自分一人のための晴天に感じられる。誰にも似たような感覚になった経験はありそうだが、塀というモチーフが実に巧く活かされている。わたし一人のためにこの晴れた世界があるみたい、という過剰な自意識ではなく、塀の一語によって、ちょっとした錯覚なんだけどね、と註を入れながら、初夏のひざしを満喫している様子なのが快い。

きょうの一首。

 新緑は木の怒りだと仮説してそらおそろしくなるふかみどり/荻原裕幸

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May 08, 2009

2009年5月8日(金)

四日ぶりの晴天。午後、桜山の美容室へ。伸びた髪をカットしてもらう。四月から新人が入ったようで、もともと若かったスタッフの平均年齢がさらに下がっていた。ひさしぶりに晴れた空を見ていたら、すぐ家に帰るのが惜しくなって、コメダ珈琲店本店で珈琲を飲んでから帰る。短歌誌「井泉」5月号に、石川美南さんの評論「不確かだが、できる限り言う(斉藤斎藤について)」が掲載されている。斉藤斎藤さんの作品構造を肯定的なアングルから読み解いて、かつ評価としてはどこか否定的な構えを見せていて、実におもしろい。池澤夏樹を枠に引用しているが、これは玉に瑕か。他人の枠がなくても、石川さんは自身の論理で書けるだろう。

第67期名人戦七番勝負第三局。羽生善治名人が郷田真隆九段に勝って二勝一敗とした。広島県福山市丸ノ内福寿会館での二日制の対局。ネットの有料中継をところどころ眺める。本局は横歩取り。後手の羽生が8五飛から中原囲いに構えて、定跡の範囲内で指手が進んでゆく。双方浮飛車で、全体に駒が中段にせり出しているため、一触即発状態のままで小さな攻防が続いた。終盤、混戦のなかから郷田の勝勢が見えはじめた感じだったのだが、即詰みがあると錯覚した郷田が緩手を指して、逆転で羽生の勝利となる。昨期の第三局ほどの大逆転ではないにせよ、魔物が棲んでいた、としか言いようのない幕切となった。

きょうの一首。

 話題なきことを話題にゆるゆるの声みどりさすケータイ日和/荻原裕幸

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May 07, 2009

2009年5月7日(木)

雨が三日続く。きのうきょう、互いの都合で、荻原家は「自由行動」の日だったのだが、雨のため、さしたる行動をする気にもなれなかった。午後、あがる気配のない雨のなかを近所の酒屋まで。酒ではなく煙草を買いに。夜、あがる気配のない雨のなかを八事まで。顔なじみの定食屋で少年マンガ誌を読みながら一人で食事。大半は机に向かって時間を過ごす。

 トーストの匂ひほんのりこの朝のために夫婦でゐるといふこと/青井史

昨日に続き、第三歌集『月の食卓』(一九九四年)に収録された一首。夫婦が夫婦であり続ける理由というのは、たぶん百組百様で、と言うか、多くは特別な理由があるわけではないような気がする。経済的な問題とかこどもの問題があがるのは、むしろ離婚しない理由であって、積極的に夫婦でいる理由からは少し遠いものだろう。愛情だと言い切るのは楽しいが、年数を経てそう言い切るのは少数派だと思う。あえて何かをあげるとすれば、この歌のように、パンの焼けた匂いのする朝の時間とか、些細なようでそうでもないような何かが浮かんで来るのかも知れない。同歌集には、歴史や文化の文脈につながる作品が数々含まれているのだが、なぜか自分を強く刺激するのは、素朴な日常をモチーフにしたものが多かった。好きな作品を引用しておく。

 世のおほかたを見て来しまなこ緋目高を数へて父のひと日はじまる/青井史
 胸倉とふ男くさきもの鎮めむと秋のネクタイを選びつつゐる
 除湿の操作分らぬままに二年経るクーラーなじめぬ男のごとし
 わが持たぬ曲線やさし若き日の君のスケッチの中の裸婦像
 母と呼びて戻り来るもののやはらかさこのやはらかさにころされむとす

きょうの一首。

 汗とか新緑とか涙とか折折にあなたのこぼすものを見つめて/荻原裕幸

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May 06, 2009

2009年5月6日(水)

振替休日。雨。何のCMだったか、テレビで「ボギー大佐」の替歌が流れていた。その歌詞が「さる、ごりら、ちんぱんじ〜♪」という脱力系のもので、笑ってしまったのだが、家人に、この歌詞はないよねえ、と言うと、怪訝そうな顔で、この歌詞しか知らないよ、と言われた。そんなに有名なCMだったのかと思っていたら、そうではなくて、替歌そのものが以前からよく知られているのだとか。ググってみるとたしかに、懐かしい替歌としてボーカロイドも熱唱していた。

 鎖いつぱいに近づく犬のあたたかさいづくか男友達の友情に似る/青井史

第三歌集『月の食卓』(一九九四年)に収録された一首。文体の印象からして、決して皮肉を言っているのではないと思うのだが、何と言うか、読んでいて咽せそうになるモチーフではある。よその飼犬がどれほど懐いてもみずから鎖を断ち切るような展開にはならないわけで、そこに異性の友人との、近いようで遠い、ほろ苦さの混ざる距離を連想したということだろう。異性の友人という存在を、的確に言いあてている感じが、ユニークな味わいを出している。歌集の配列では、この後の一首が「友にみな妻あることの和やかさ秋に入りゆく季節のやうな」。微妙な心情が、暗よりは明に大きく傾きながらひろがっているのがわかる。

きょうの一首。

 雨が続いて窓のみどりは悦楽のしぐさのやうにかすかに揺れて/荻原裕幸

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May 05, 2009

2009年5月5日(火)

こどもの日。端午の節句。立夏。雨が降ってかなり冷える。午後、堀田の瑞穂生涯学習センターへ。東西句会の月例句会。参加者は四人。題詠「風車」一句と雑詠四句のあわせて五句を提出。無記名で互選と合評。立夏の句会だが、ほとんどが春の句。季節をさきどりするのも俳句のスタイルの一つだが、この句会は、自分も含めて、近時の体験的事象を素材にする人が多いということだろう。

句会に提出した句は以下の通り。いつものことながら、工夫や推敲のための抽斗の数が少ないことを実感しながらまとめていた。それが実感できているならいずれは出口が見つかる、と思うことにしている。いずれ、が来るまで、こつこつ粘り強く抽斗を増やしてゆけるかどうかが問題か。

 包まれて私語をつつしむ菠薐草/荻原裕幸
 おめかしがみるみるとける夏隣
 てのひらを見せないこども四月尽
 偲んだり晴れたり寝たり五月来る
 風車ささいなことがいつまでも

きょうの一首。拵えた感じをどんどん削ってゆくとどうなるのかとまとめてみた。まだ少し初句の「そらいろ」のあたりに拵えた感じが残っているようだが、さすがにこれ以上削って一首にするのは自分には無理な気がする。

 そらいろの小皿の縁が欠けてゐてにはかに冷える雨のひるすぎ/荻原裕幸

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May 04, 2009

2009年5月4日(月)

みどりの日。寺山修司忌。牧野芝草さんのウェブ「夢現間隙」に、笹井宏之さんを偲ぶ会のレポートが掲載されている。極私的な感想とも詳細な記録とも違って、ライブ感のあるレポートなのがうれしい。友人知人たちの表情や声の印象を思い浮かべながら読む。また、第21回現代俳句協会青年部シンポジウムのレポートも掲載されている。こちらは自分も出演したので、記憶と照合しながら読む。印刷メディアでは実現しづらいこの種のレポートの貴重さをあらためて感じた。

寺山修司のイメージの核の一つに「家出のすすめ」がある。それは、青森から東京へという空間的な移動よりもむしろ、俳句から短歌へ、短歌から演劇へ、といった表現ジャンル間の移動によくあらわれていると思う。長くかかわっていた演劇でも、演劇そのものから家出してしまうような演劇を再三試行したわけだし、モチーフが東京から青森に還ってゆくときも、青森から家出をするように青森を表現した。家出を理解せずして寺山修司は理解できないというほどに家出を繰り返したのは、異論を承知で言えば、寺山が切実に「家」を求めていたからだろう。寺山の求める家とは、もちろん、いつでもあたたかくわたしを迎えてくれる類の場所ではない。家出によってはじめてその存在があきらかになるような場所である。

きょうの一首。

 まだ恋愛をしてゐるのかと自問して苦笑して春の夕焼を見る/荻原裕幸

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May 03, 2009

2009年5月3日(日)

憲法記念日。昨日、忌野清志郎さんが亡くなったという。享年五十八歳。新聞などでは、日本を代表するロックシンガー、といった肩書が出ていて、何かちょっと不思議な感じがした。日本を代表するミュージシャンなのはわかるが、個人的にイメージするロックシンガーの概念と重なるところの極端に少ない人だったからだ。前にも後ろにも隣りにも誰もいなくて、誰かと同じカテゴリーに括ることができない、という印象の人だったように思う。ご冥福を。

 春のグラスに春のひかりはあふれつつただひとことが言へないでゐる/山崎郁子

第一歌集『麒麟の休日』(一九九〇年)に収録された一首。好きだとか、さようならだとか、恋愛の対象に、そういうシンプルな何かを伝えようとしているシーンだろうか。複雑なことは口にしやすい。口にしたからと言って、すぐに何かが起きたりはしないからだ。シンプルなことは簡単には口にできない。口にした途端に決定的な何かが起きることがあるからだ。「わたし」からテーブルの向こうにいる「あなた」までの距離は、光年単位で計測したくなるような遠さなのだと思う。無言か「ただひとこと」とは別の何かを喋り続けているその時間は、永遠と呼ぶのに近い長さだろう。ほんとのところ自分をどう思っているのかわからない「他者」との恋愛は、どうしようもないほどに不安で切なく淋しく、そしてまた、至上で絶対的なものでもある。

きょうの一首。

 緘でも〆でも封でもなくて春の字を記して封をした封書来る/荻原裕幸

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May 02, 2009

2009年5月2日(土)

爽快な晴天が続く。連休に入って、旅行に出かける親子の姿などを見かけた。あたりがなんとなく静かになっている。午後、家人が義母と義姉と外出。留守番。録画してあったテレビ番組を少しまとめて見る。最近、ニュースとバラエティ以外の番組をリアルタイムで見ることが極端に減った。間を置くと気の抜けた感じになることもあるが、一人で見る予定の番組をとりあえず三月分まで消化した。

 春がすみいよよ濃くなる真昼間のなにも見えねば大和と思へ/前川佐美雄

昨日に続き、歌集『大和』(一九四〇年)に収録された一首。「なにも見えねば大和と思へ」には、読んでしびれるような感覚が生じる。どのような観察力をしても超えられない認識でありながら、現実を放棄した、超越的なことばではない。霞の濃い視界の不透明さのなかにこそ「大和」の姿を見るべきだ、見えて来るのだ、と断言しているのだろう。已然形か命令形か判然としない「思へ」だが、ここではその判然としない感じまでもが巧く活きていると思う。歌集『植物祭』(一九三〇年)と比較したとき、どちらかと言えば通読するのは『植物祭』の方がおもしろいのだが、代表的な作品の抱える迫力では『大和』に軍配があがるように感じる。

きょうの一首。

 薄埃してわたしの鏡はわたしではないものばかり映して五月/荻原裕幸

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May 01, 2009

2009年5月1日(金)

五月となる。いかにも五月らしく晴れる。気温もぐんとあがって夏日に。午後、長袖を着て外を歩いていると、それだけで汗ばむほどだった。メーデー、というそのことばさえあまり耳にしなくなっていたが、今年はたびたび耳にする。不況の影響もあるのだろう。インフルエンザ用のマスクを補充しようとして薬局に行くと、マスクの棚だけが空になっていた。すでにどこも品薄らしい。

 春の夜にわが思ふなりわかき日のからくれなゐや悲しかりける/前川佐美雄

歌集『大和』(一九四〇年)に収録された一首。作者の「わかき日」と、作者を含む当時の人々の「わかき日」と、いまを生きる自分たちの「わかき日」とが、渾然一体となりながら、「からくれなゐ」の一語のなかに溶けてゆく感じ。具体的なことが何も述べられていないのに、涙ぐみたくなるような気分が生じる。「からくれなゐ」を核に据えたレトリックのちからであり、文体のちからであり、同時に、昭和十年代という時代背景のちからもそこに作用しているようだ。ちなみに、この時期、作者はまだ三十代の後半である。つまり、老境からの回想ではない。そのあたりからも、過ぎた日をただ懐かしんでいるのとはどこか違う、強い切迫感が出ているのだろう。

きょうの一首。

 わたくしの外壁しろくひろがつてらくがきもなきまま春は逝く/荻原裕幸

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