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February 28, 2010

2010年2月28日(日)

午前、デスクトップにテレビ番組を流しながら作業を進めていたところ、番組がいきなり途切れて津波警報が流れた。チリの地震の影響だという。予測の規模があまりにも大きいので、本物の情報なのかどうか疑わしくなって、リビングのテレビで確認する。どうやら本物の情報らしいとわかってあらためて驚く。この津波で大きな被害は出なかったそうだが、夜半まで騒ぎは続いていたようだ。

 沈みはつる入日のきはにあらはれぬ霞める山のなほ奥の峯/京極為兼

風雅集の一首。「なほ奥の峯」が一首の核。ありきたりの春霞の表現にならぬように工夫した修辞ともとれるし、実際の日没で出逢ったシーンだともとれる。十三世紀生れの歌人の感覚はよくわからないが、前者として書かれたものが、結果的に後者としても読める、というところだろうか。ただ、自分は、この歌を読むと、なぜか叙景的なものからは離れて、人と人との別れの間際の印象を思い浮かべてしまう。そばにいる人のことはほんとに見えないもので、別れの間際にはじめてその人の「奥の峯」のような一面が見えて、こころが揺らいだり震えたりすることがある。そんなことをしみじみと思い出すのだった。

きょうの一首。

 蝶のやうにカーソル揺れて春日和マウスの掃除でもしてみるか/荻原裕幸

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February 27, 2010

2010年2月27日(土)

一日で青天が戻る。マンションのすぐ隣りの敷地では、梅の花が白いけむりのように咲いている。むかし、やぼったいと感じる花の筆頭は梅だった。それが、いつからかエキゾチックに感じるようになって、かなり好きになった。自分のなかで、梅の花の印象が古代の和歌の世界と直結したため、古代に対して感じているのと同種の、異国的な趣を感じるようになったのだと思う。

 きみならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る/紀友則

古今集の一首。贈りものの梅の花に添えた歌だという。あなたでなくて他の誰に見せたらいいというのかという殺し文句と梅の花とが見事に照応していて、そこだけを読むと女性を口説いている風にも映るのだが、誰もが知る梅の花の魅力を「知る人ぞ知る」と言っているあたりで、何か少し違うニュアンスだとわかる。この場合、梅の花は象徴であって、梅の花であってもその他であっても、一事が万事、わかる人にしかわからないものがありますね、だからわたしはこの梅も他ならぬあなたにだけ見てもらいたいのですよ、といった感じだろう。互いのセンスを褒めあっているのを思うと鼻につくところもあるのだが、レア物に垂涎状態になっているコレクター同士のやりとりを思い浮かべておけば、ほほえましさも見えて来ようか。

きょうの一首。

 幽霊とは違ふやうだがなにかよくわからぬものが梅園をゆく/荻原裕幸

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February 26, 2010

2010年2月26日(金)

あたたかな雨。バンクーバー冬季五輪の十四日目、フィギュアスケート女子シングルのフリーが終了して、浅田真央選手が銀メダルを獲得した。選手本人が悔しそうな涙を見せたこともあって、敗退的な印象が強いのだが、フリーでも卓越した演技だったのだし、年齢的に、少なくとももう一度は五輪にトライアルできそうなので、頂点に立つまでのステップの一つだと考えるべきか。

 しあわせな人は静かにしてほしい/新家完司

『現代川柳の群像・下巻』(二〇〇一年)から引用した。手元の資料では、他の出典がわからなかった。「しあわせな人」の声は、にぎやか過ぎるほどにぎやかにひびくことがある。それはたぶん、しあわせだからにぎやかなばかりではなくて、聞いている自身が、他人のしあわせを羨ましく感じることにもよるのだろう。まったく許容できないほどではないにしても、「静かにしてほしい」と感じる句の一人称の、微妙な感情の揺らぎがよく見える。日常の空間のなかで、誰かがほんとに口にしたことのありそうな十七音であり、その意味では読み人知らず的だが、市井に生きる人としての自身の感覚を、平明かつ奥行をもたせたことばで伝えようとしているのは、川柳作家の方法的な姿勢の一つだと思う。

きょうの一首。ノーコメント、とかコメントを入れて、自分と誰かとのことのように言ってみたくはあるが。

 友情とセックスでむすばれてゐてその他つながりなく二月尽く/荻原裕幸

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February 25, 2010

2010年2月25日(木)

二月とは思えないほどのあたたかさが続く。いまが四月だと言われてもあまり違和感はない。春や秋の一時期、毎年必ずと言っていいほど、一年中こんな気候だといいのになと思う。そして必ず、でもずっと続いたら飽きてしまうだろうなと思う。そんなことを思っているうちにベストの状態が過ぎてしまって、春らしさや秋らしさを切望する日々がはじまる。その繰り返し。

 原爆忌ふたつを乳房のごとく抱(だ)きあゆみゆかむかとこしへの人/水原紫苑

昨日に続き、第八歌集『さくらさねさし』(二〇〇九年)に収録された一首。この作者のことばのもつ衝撃力は、第一歌集の時期から並外れたものがある。ただ、それが現実や日常に直接的に向かって来るのは稀である。上句の「原爆忌ふたつを乳房のごとく抱き」というフレーズを読んで、自分のなかのどこかに、復元できない歪みができたような感覚を味わった。とりわけ「乳房のごとく抱き」には、被爆に限らず、なかったことにしたいがそうするわけにはいかない、という、人生のマイナス的な体験すべてに通じて、しかもそれを集約したような強いひびきがある。現在の短歌ではあまり見られなくなったタイプの秀句表現か。「とこしへの人」が誰なのか、特定できるのかも知れないが、この一首の表現の比重から考えると、そこまではする必要がないだろう。広島と長崎とで二度の原爆体験をした人か、それに類する体験をした人だと読んでおけばいいと思う。

きょうの一首。

 母の乳房にふれた記憶のあるやうなないやうな二月の雲がゆく/荻原裕幸

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February 24, 2010

2010年2月24日(水)

バンクーバー冬季五輪の十二日目、フィギュアスケート女子シングルのショートプログラムが終了した時点で、浅田真央選手が2位、安藤美姫選手が4位。前にも書いたような気がするが、あんな落ち着かない履物で、つるつるの氷上をくるくる回ったりするのだから、転ばないのが不思議というものだ。演技を見ながら視線を逸らしたくもなるのだが、やはり見てしまう。

 芍薬と牡丹相似るこれの世の秘密知る子を生まば生みたし/水原紫苑

第八歌集『さくらさねさし』(二〇〇九年)に収録された一首。芍薬の花と牡丹の花はなぜ似ているのかと問われたら、同じ属だから、と言うか、仲間の植物だから、と答えてしまうような気がするが、それは、分類学などによって世界と生命を体系的に解釈した結果をなぞっているに過ぎない。この一首のわたくしが求めているのは、人間が解釈して見えて来る「秘密」ではなく、もっと根源的なこと、つまり、芍薬や牡丹の側にあってはじめて理解できるような「秘密」なのだろう。芍薬は、牡丹は、それぞれどのような事情があってあのような姿をなすのか。そして、こどもを産むとしたらそのような「秘密」を何の媒介もなしに知り得る子を産みたいのだという。メルヘン的とも高踏的とも言われそうだが、どちらかの花を見ながら、出産について思いをめぐらせる、そして産まないことに意志の傾きかけているわたくしの姿が、かなり現実的に浮かんで来るようにも思う。

きょうの一首。

 頓挫した家のプランにこども部屋とメモされて六畳の無がある/荻原裕幸

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February 23, 2010

2010年2月23日(火)

午後、新栄の東生涯学習センターへ。ねじまき句会の例会。参加者七人。きょうは関西から二人と特例でゲストが一人参加した。題詠「何」と雑詠、各一句を提出。いつものように無記名の詠草で選句して、一句一句の読解と批評を進めてゆく。句会に提出した川柳は以下の二句。できるだけ平易なことばで、という最近の自分的な流行に添ったかたちでまとめてみた。

 何ひとつ言わずに梅になっている/荻原裕幸
 声がするベランダの少し向うから

句会終了後、なかはられいこさんと喫茶店で話しこむ。川柳と俳句はどう書きわけてるの? と訊かれて、別に書きわけてないよ、と答える。川柳を書くときは自分が川柳だと思うものを書くだけのことで、俳句でもそれは同じ、と補足する。書きわけるという意識は、他方に近づかないようにすることでもあるわけだが、そうしたテリトリー的発想は、不毛とまでは言わないにしても、ことばのちからを削ぐことにしかならないと思うからだ。川柳と俳句が、知識や技術の不足によって似てしまうのは望ましくないし、ましてそれをボーダーレス的な文脈のなかで正当化するのはひらきなおりに近いとも感じるが、それでも、似ることに脅え、それを避けるためにことばが縮こまってしまってはどうにもならないだろう。

きょうの一首。

 解剖学によると肺とは葉でできてゐるのださうだ美しく鳴るか/荻原裕幸

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February 22, 2010

2010年2月22日(月)

きょうは、元号で言うと、平成22年2月22日、である。こういう数字の妙にちなんだイベントというのは必ずあるもので、日付の入った記念乗車券の販売に、マニアもそうでもない人も含めて長い列をつくっているのを夕刻のニュースで見た。十年に一度しか起きないことですからねとインタビューで力説しているマニアもいて、それにしても、まったくもって日本は平和であると思う。

 君の内部の青き桜ももろともに抱きしめにけり桜の森に/佐佐木幸綱

第九歌集『アニマ』(一九九九年)に収録された一首。「君」は、ふつうに考えれば恋愛の対象で、君のからだとそのこころに咲きさかる青き桜ももろともに、という文脈で解釈すればいいだろうか。どこか桜の存在そのものに向かって語りかけているような雰囲気もあり、単に「君」を恋愛の対象として読むのには抵抗があるのだが、とりあえずはそう解釈しておくべきか。いずれにせよ、満開の桜の森にあって、君の内部に咲く「青き桜」の存在を見つける感覚が卓抜だと思う。この青は、若さを象徴するような意味での青でもあり、あり得ないほどの理想を示す青い花や青い鳥の青でもあるのだろう。また、ブルー=憂鬱の青と読むこともできそうだ。佐佐木幸綱さんの代表作に数えたい一首である。

きょうの一首。ような、ように、でしかなくなったのが淋しくはあるが。

 放課後のやうな夕陽をあびながら春休みを待つやうに二人は/荻原裕幸

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February 21, 2010

2010年2月21日(日)

午後、家人が義母と義姉と出かける。留守番。テレビ番組のような、あまり尾を引かないタイプの刺激で適度に泣いたり笑ったりするのは、精神の健康にとてもいいと思うのだが、泣きや笑いの押し売りを感じることもままある。たとえば、スポーツの試合などで、何が何でも感動してもらおう、みたいなを演出をしているのを見ると、やりきれない気分になったりもする。

 申し訳ございませんが総務課の田中は海を見に行きました/辻井竜一

昨日に続き、第一歌集『ゆっくり、ゆっくり、歩いてきたはずだったのにね』(二〇〇九年)に収録された一首。読んで、笑った。笑って、入れていたつもりもなかった力がすぅっと抜ける感じがした。そして、とても爽やかな気分になれた。実際の企業では、電話だとしても、面会だとしても、受付の人がこんな対応をすることは絶対にない、と言い切っていいと思う。だからこれがリアルな文脈から入って常識を大きく逸れてゆくタイプの冗談だとすぐにわかるのだが、いかにも笑って下さいと言っている気配が薄いので、笑ったあと、念のため、この総務課の田中さんが職務上の事情で海を見に行く可能性があるかどうかを考えさせられる。この、念のため、考えさせられる、というあたりに、良質なユーモアとそこはかとないリリシズムの生じる秘密があるような気がする。辻井竜一さんの、現在のところベストワンだと思われる一首であり、永く自分の記憶に残りそうな一首でもある。

きょうの一首。

 魔法に類するものをどこかに含むのか何かが揺らぐ春雨のなか/荻原裕幸

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February 20, 2010

2010年2月20日(土)

午後、家人と近隣を歩く。ウォーキングと言えばウォーキングだが、散歩と言えば散歩でもあるような、少しのんびりとしたペースで。梅の花以外に季節の目印になるものが見あたらなくて、まだ冬の気配が残っているような、そろそろ春らしくなって来たような、微妙な感じの空気を吸いながら、八事の周辺の坂をのぼったりくだったりした。外に出たついでに、定食屋で遅い昼食をとる。

 お別れに君に贈った花の名を忘れた頃にまた会いましょう/辻井竜一

第一歌集『ゆっくり、ゆっくり、歩いてきたはずだったのにね』(二〇〇九年)に収録された一首。この別れは、恋愛的な意味での別れだと思う。それに際して花を贈るというのだから、一つとして悪い印象を残さない、爽やかな別れを望んでいるのだろう。単に男性の側の希望なのか、女性の側も同じように望んでいるのか、そのあたりはわからないが、この軽快なタッチの文体からは、泥沼的な、あるいは、修羅場的な印象は生じていない。ただ、「忘れた頃にまた会いましょう」からは、ことばの表面的な雰囲気とは別のものも見えて来る。花の名を忘れる=未練に類するものがきれいさっぱり消え去る、ということだろうから、あなたもわたしも復縁を望む可能性が完全にゼロにならないかぎりは会いません、という宣言だと読めなくもない。一首のことばの流れの陰にひそんでいる、関係は完全に断ち切りたいという潔癖さ、それも同時に感じとるべきか。

きょうの一首。

 梅の坂を二人はのぼる眠りからのどかに覚めるときのテンポで/荻原裕幸

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February 19, 2010

2010年2月19日(金)

雨水。午前、新しいDVDレコーダーの設置、メーカーの人にあれこれと細かい設定をしてもらう。プロにとっては普通のことなのかも知れないが、慣れた手つきで設定を進めてゆくのをしばらく感心して眺める。これまでは設定が面倒だったので、アナログ放送を視聴/録画していた。これからは地デジとなる。荻原家もようやく地デジ化か。もっともテレビはまだアナログだけど。

午後、栄のスカイルへ。朝日カルチャーセンター「はじめての短歌」。きょうは出席者15人、詠草16首。題は「場」。地下鉄駅の矢場町から一字を貰った。昨日、題詠の題を「出題者という他者が与えることば」などと書いたが、考えてみれば、どこか遊びめいた感覚での出題、気まぐれな感覚からの出題に、自身の表現の契機を見つけなければならない受講生にとっては、与えられる、ではなく、強制される、という印象が強いかも知れない。いつもの通り、一首ずつその場で読み解きながら、粛々と添削的な批評を進めてゆく。講座後、コメダ珈琲店で一人珈琲を飲みながら、短歌関連のメモをつくる。

きょうの一首。講座で「場」の題の作例として見せた一首。

 約束の場所には選ばれさうにないビルの谿間で春を見てゐる/荻原裕幸

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February 18, 2010

2010年2月18日(木)

午後、家人と出かける。携帯電話店とか、眼鏡店とか、鞄店とか、主に家人の用件であちらこちらを回る。昨日と今日と、羽生善治王将と久保利明棋王との第59期王将戦七番勝負第四局。久保棋王が勝って三勝一敗とした。島根県松江市ホテル一畑での二日制の対局。本局は後手番の久保のゴキゲン中飛車から持久戦模様となるが、羽生が珍しく誤算を抱えたまま強攻に転じて、短手数で決着した。

現代短歌の題詠が、ある種の方法として認識されるようになって、すでに十数年が経過した。システムとしての題詠は、むろん大昔からあったわけだが、近代以後、個人の内的な必然をともなう主題/テーマが求められるようになってからは、すっかり影をひそめていた。それが主題の喪失以後、息を吹き返した。ただ、現代短歌が歴史的なものに回帰したのではない。歴史的な題詠は、共有する題、つまり、われわれの内部にある題が出発点であったのだが、現在の題詠は、ただ単に出題者という他者が与えることば、つまり、われわれの個々の内部をとりたてて問題にしないような題が出発点となっている。単純な違いだが、これは大きな違いである。

きょうの一首。

 健やかでしかも一層病んでゐる朧夜をゆくヲギハラヒロユキ/荻原裕幸

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February 17, 2010

2010年2月17日(水)

午後、DVDレコーダーのメーカーから電話が入る。使用による劣化だと感じていた箇所の修理代、それと出張代とで、最新の後継機種の新品と交換する、というところに話が落ち着く。初期不良だと感じていた箇所については、メーカー側が負担する勘定になった。ハードディスクの内容が回収できないので、ちょっと迷ったが、最新機種の新品が手に入るのだから、得をしたと思うことにしよう。

昨日の続き。昨日の自分の文脈に乗じて言えば、短歌の価値は、書いている自身が探りあてた驚きが、他者である読者に伝わるレベルによって測定される、ということになるだろうか。あたりまえと言えばあたりまえのことだが、そうであれば、秀でた短歌を書くための、書き続けるための条件として、探りあてる驚きのレベルの基準になる自身のセンサーをバージョンアップすることが肝要となるだろう。センサーのクオリティがあがれば、探りあてる驚きのレベルがあがるのは自然な帰結である。人間としての経験値をあげることとか、短歌の歴史を学ぶこととか、感性をより鋭く磨くことなどが大切と言われるのは、その是非はともかく、たぶんこのバージョンアップと関連がある。もっとも、センサーの更新の方向性を間違えると、前のバージョンの方がよかったなどという話にもなりかねないので、その点は要注意かも知れない。自戒のために記しておく。

きょうの一首。ブラインドタッチでテンキーを打つとき、他の動きはほとんど意識しないのに、この第四指の上下する動きだけはときどき意識させられる。

 テンキーの春のくすりゆびが9や3を打つとき揺らぐわたくし/荻原裕幸

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February 16, 2010

2010年2月16日(火)

一昨日、翻訳家の浅倉久志さんが亡くなったという。享年七十九歳。ディックやヴォネガットの訳者として有名だが、十代の頃、ファーマーの階層宇宙シリーズ等、日本ではマイナーな作品で浅倉さんの翻訳に親しんだため、後に、ディックやヴォネガットの人気作品の訳者なのだと認識するまで、なんとなく偏愛的に仕事をする人だとばかり思いこんでいた。ご冥福をお祈りしたい。

自身の内的なモチーフであれ、他者に与えられた題であれ、それが一首の短歌としてまとめられるプロセスで、あるいは、まとめられた結果に、たとえどれほど小さなものでも、書いている自身が、あ、とか、を、とか、驚きを感じるような、言葉のはこびとか、意味のつながりとか、世界のゆらぎとか、そうした発見があること。短歌を書く楽しみとは、この驚きを探しあてるところにあるのではないかと思う。驚きのレベルが、内的な自分史上にとどまるものであるのか、他者である読者にも同じく驚いてもらえるのか、自身で判断をするのは困難だが、とりあえずはそれでいい。自己模倣、つまり、自身にとってはすでに驚きでも何でもないものを惰性的になぞることからは脱しているのだから。作者が作品を読者にゆだねる「権利」が生じるのは、この驚きの発見が一つの条件である気がする。そうした意識を強くもっていても、自己模倣が無意識に繰り返されてしまう袋小路を出られないことはしばしばある。自戒のために記しておく。

きょうの一首。おずおずと。

 窓の彼方に巣箱が見えてここからは見えぬ内部の闇が気になる/荻原裕幸

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February 15, 2010

2010年2月15日(月)

雨。これまで知らなかった新しい刺激に出会うと、自分が見て来た世界の全体がほんのりと色調を変える感覚が生じる。十歳くらいまでは、ほぼ毎日そんな刺激がどこかからやって来たように思う。十代、二十代、三十代と、頻度が次第に落ちて、現在ではさすがにこちらから迎えに行かないと出会えない。束縛の多い状況でどうやってそれらと出会うか。密会のだんどりを考えるような、奇妙な日々である。

 鬱淡くなるたまゆらの俳諧の快楽として亀鳴くを聴く/藤原龍一郎

昨日に続き、歌集『ジャダ』(二〇〇九年)に収録された一首。詞書に相当するものとして、赤尾兜子「亀鳴くや山彦淡く消えかかる」が引用されている。「亀鳴く」は春の季語/季題で、正体のさだかならぬ声音を亀のものだと聞きなしていることを含意する。現在の俳句では季題フェチ的に見えることが多いと思うのだが、それは短歌にあっても同じことで、知識的に楽しんでいるような感じが出ると鼻につく。藤原さんはそのあたりを十分に承知していて、俳人でもありながら、あえて俳人的感覚の外に立って用いているようだ。「俳諧の快楽として/聴く」という、言わずもがなに見えるフレーズには、「亀鳴く」から嫌な感じの趣味性を払拭する効果がある。ストレスまみれの現代人が、「亀の声音」にひととき和んでいる姿からは、ペーソスギャグ的な味わいも見えて来るか。

きょうの一首。きょうは生憎の天候だったが、春になって、外に出るこどもの数が少しずつ増えているように思う。

 少年少女の声のあかるいさびしさに統治されはじめる春の空/荻原裕幸

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February 14, 2010

2010年2月14日(日)

バレンタインデー。バンクーバー冬季五輪の二日目、フリースタイルスキー女子モーグルで、上村愛子さんが四位入賞という結果に終ったのを見て、呆然とした気分になる。一昨年と昨年、W杯や世界選手権で、ほぼ頂点に達したかのような成績が出ていたので、これは、と思っていたのだが、世界中から目標にされるなかで、上位を維持するのはやはり難しいものらしい。残念、だが、天晴と言うべきか。

 月刊誌「少年」白土三平のサスケの微塵隠れの図解/藤原龍一郎

歌集『ジャダ』(二〇〇九年)に収録された一首。前衛短歌的な微妙な破調がつくる硬質の調べによって、一九六〇年代の少年マンガ誌に掲載された一カットは、郷愁と偏愛で構築される藤原ワールドの、詩的ファクターへと昇華されてゆく。奇妙な魅力のある一首だ。月刊誌から週刊誌(たとえば「少年サンデー」等)へと少年マンガ誌の趨勢が転じたこと、図解に興味がわくような忍術を有する人物(サスケ)から同じ忍者でもその身分にこだわって階級闘争に近づく人物(「カムイ伝」のカムイ)へと作品のモチーフが転じたことなど、少年マンガ界と白土三平から見える一九六〇年代の動きをひきよせて、同時代を生きた「われわれ」の一人である「われ」の存在感をたちあがらせているあたりに魅力の源泉があろうか。サブカル的なトリビアルな事実を文字化しただけに見える文体だが、調べの微かな歪みにまで、時代を模した必然性が行き渡っている感じがある。生半可な懐古や愛着では書けない、藤原龍一郎の独擅場だと言えよう。

きょうの一首。

 電池とかインクとか賞味期限とかなにくれとなく切れて春陰/荻原裕幸

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February 13, 2010

2010年2月13日(土)

午後、DVDレコーダーのメーカーから出張修理に来てもらう。初期不良によるものだと感じる箇所と使用による劣化だと感じる箇所があって、調べてもらったが、どうもはっきりしない。結論と対処は後日に。第3回朝日杯将棋オープン戦の準決勝と決勝、ネット中継を見ようと思っていたのだが、気づいたらすでに終了していた。羽生善治名人が、谷川浩司九段と久保利明棋王を連破して優勝。

 十月はわたしの帝国だ
 わたしのやさしい手は失われるものを支配する
 わたしのちいさな瞳は消えさるものを監視する
 わたしのやわらかい耳は死にゆくものの沈黙を聴く/田村隆一

昨日に続き、第一詩集『四千の日と夜』(一九五六年)に収録された「十月の詩」の一節。この「十月」には、何かイデオロギーにかかわる典拠があるような気もするのだが、自分は、エリオット「荒地」の「四月は残酷な月」に照応するものではないかと勝手に思いこんで読んで来た。実際には豊饒な印象の月であるのに、また「わたしの帝国」という自己至上的な権力のイメージを出しながら、そこにある統治の対象は喪失されてゆくものばかりで、不毛で無力な感覚に貫かれている。戦後という時間の歪みのなかで、生産的な思考にともなう苦痛を、無いものを有するといった逆説的な修辞で捉えているように感じられる。

きょうの一首。

 ことのはの池の濁りが消えるまで二月を他者と離れて過ごす/荻原裕幸

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February 12, 2010

2010年2月12日(金)

少し寒さが戻って来た。いま、DVDレコーダーが不調で、テレビ番組を録画できないし、録画を見ることができない。修理は依頼済みなので、数日使えない程度のことならどうということもないだろうと思っていたのだが、これがいざ使えなくなってみると、にわかにあれこれと見たくなったり、急いで見ておかないと困るものが録画されていたような気がして来るのが不思議だ。

 空は
 われわれの時代の漂流物でいっぱいだ
 一羽の小鳥でさえ
 暗黒の巣にかえってゆくためには
 われわれのにがい心を通らねばならない/田村隆一

第一詩集『四千の日と夜』(一九五六年)に収録された「幻を見る人」四篇のなかの一篇。並び順では三番目にあたる。この「われわれの時代」は、書かれたときや詩集に収録されたときは、戦後の十年、以上の何かを含まなかったはずなのに、読み直すたび、読んでいる時点での現在を含んでいるように感じられる。「われわれ」に一体感があった時代にも、ばらばらになった時代にも、変らずにある、或る感覚を言い得ているのだろう。「暗黒の巣」の「暗黒」のニュアンスは、はじめて読んだときからわからないままだが、この部分は、戦後に書かれたことと深くかかわるのかも知れない。ちなみに、寺山修司の短歌「空は本それをめくらんためにのみ雲雀もにがき心を通る」は、あきらかにこの詩を「翻案」したものである。是非はともかく、詩の修辞と短歌の修辞との違いを、これほどわかりやすく見せてくれるサンプルは珍しく、その点で興味深いものだと思う。

きょうの一首。

 春のひなかのテレビの前に深淵があつてときどき私が落ちる/荻原裕幸

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February 11, 2010

2010年2月11日(木)

建国記念の日。昨日と今日と、羽生善治王将と久保利明棋王との第59期王将戦七番勝負第三局。久保棋王が勝って二勝一敗とした。静岡県掛川市掛川城二の丸茶室での二日制の対局。ネット中継の最終盤を見る。本局は後手の羽生が相振飛車を選択、中盤の競りあいで出た羽生の奇手が悪手で、久保が危なげなく二勝目。中継で、振飛車側優勢というコメントが何回か出ていて笑う。振飛車党の象徴のような久保は、相振飛車でもあくまで振飛車側であるらしい。

 戦争のことを話さぬ祖母の目の奥に散りつづけている火の粉/錦見映理子

昨日に続き、第一歌集『ガーデニア・ガーデン』(二〇〇三年)に収録された一首。祖母から戦争の話を聞いて、ああこの人の内部ではいまも火の粉が散り続けているのだろう、などと感じているのであれば、あなたに何がわかるのか、と、否定的な印象をもつような気がする。ここでは、何を話さない祖母の目の奥の火の粉を、わたしが勝手に想像しているだけなのだが、むしろそこに説得力の生じる契機がある。祖母は他人ではないにせよ、他者はあくまでも他者であって、その内部につながることはできない。そのつながることのできない内部に勝手につながろうとする感じが、愛情とか友情とか同情とか憐憫とかのバイアスがかからない、純粋な同化に見えるとき、ことばは瞬間的に「美しい」としか形容のしようがない何かになるようだ。

きょうの一首。

 祖父と祖母のやうにまどかな歩調にて春の明るい暗がりをゆく/荻原裕幸

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February 10, 2010

2010年2月10日(水)

昨日に続き、春なかばを過ぎたようなあたたかさである。里見香奈倉敷藤花が、女流名人位戦で清水市代女流名人に三連勝、女流名人のタイトルを奪取した。林葉直子さん以来の、十代で二冠という快挙である。女流棋士のトップの座につくのも凄いことではあるが、才能と年齢から考えて、女流棋士の枠にとどまらず、女性初の棋士をめざしてもいいのではないかなどとつい思ってしまう。

 もういないひとの上へとふりそそぐしずかな雨のように会いたい/錦見映理子

第一歌集『ガーデニア・ガーデン』(二〇〇三年)に収録された一首。「もういないひと」は、死者のことを言っているようにも読めなくはないが、その場を立ち去ってしまった誰かのことだと単純に読んでおけばいいか。立ち去ってしまったその人の残像だけがわたしの側に残っていて、わたし以外の誰もいなくなったその場に雨がしずかに降っているのだろう。すでに立ち去ってしまったのだから、その人の上に雨が降ることはないし、降ってもその人は気づかない。そんな風に遅れて降る雨のなか、その雨のようにしずかにその人に「会いたい」と願う。「会いたい」にかかる修辞が仮分数状態で、一見バランスが悪いようにも見えるが、「雨のように」は「この雨のように」の意味であって、全体はひとつらなりの時間のなかにあるようだ。直に会えば苦しさがある、そこから逃れたい、という願望からは、逃避的な志向ではなく、器用に立ち回れない者同士の切実な恋愛のかたちが見えて来る。

きょうの一首。曲線の混ざる「顔」はなぜかうまく認識できないのだが、直線だけで構成された「顔」は、この数年、よく見かけるようになった。追記、誤って推敲前の初案「ぼんやり春を眺めて行けば旧式のロボットめいた顔に見える家」を載せていたので改案に訂正。

 ぼんやり春を眺めて行けば旧式のロボットの憂ひ顔に見える家/荻原裕幸

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February 09, 2010

2010年2月9日(火)

どうしたことか春本番のあたたかさとなる。数日前に雪が降ったのを忘れてしまいそうなほどだ。ラグビーのトップリーグ、サントリーの清宮克幸監督が辞任することになったそうだ。好成績ながらも無冠に終るシーズンが続き、ファンの期待にこたえることができなかった、その責任をとって、ということらしい。それがすべてではないだろうと思うが、どこまでも潔い印象のある人だ。

万来舎のウェブサイトに、江田浩司さんが執筆する時評風な連載評論のコラムがあるのだが、そこに早速、「黒瀬珂瀾歌集『空庭』を語り合う会に出席して。」が掲載されている。くだんの会の全体の流れがよく見えて、読んでいてこちらの思考も整理されてゆく。批評会やシンポジウムの報告をまとめるとき、司会をする人や企画をする人の感覚で書くと輪郭をはっきりさせやすいが、これはその好例だと思う。また、高原英理さんのブログ「記憶測定」の、9日付でエントリされた「はたりと閉じる宝石の匣」に、くだんの会での発言への追記がある。コメントの親身な印象は、高原さんの人柄によるものだと思われるが、黒瀬珂瀾さんのような、器用でもある才人の苦しさ、が、高原さん自身が作家として抱えて来た問題にどこかでつながるのだろうとも感じた。偏愛、とは、実に佳いひびきのことばである。

きょうの一首。初句の「九台」のところで少し迷った。ことばの坐り具合がどこかゆるい気もしたのだが、某所で、たくさんあるなあと思って数えたりしたので、なんとなく外し難かった。

 九台どれものどかな差異を売つてゐる自販機ならぶ春の坂道/荻原裕幸

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February 08, 2010

2010年2月8日(月)

早朝、ごみ袋を抱えて外に出ると、マンションの中庭に、点々と巨大な植木鉢が置かれていた。端に置かれたものには、看板が挿してあって、駐車禁止、とある。誰かが無断で非駐車スペースに駐車したのか、大家さんの怒りが炸裂したらしい。午後、同朋大学へ。文章表現の講義の最終回。きょうは、短歌の連作について、実作を参照しながら話を進めて、それで締め括りとした。

一昨日の黒瀬珂瀾さんの歌集『空庭』の批評会での永井祐さんの発言について。永井さんは、黒瀬さんの歌集の中心的なモチーフを、外部を希求しながらもその不可能性を感じていること(1)にあると解読していた。同時に、世界の外に立とうとしているように見える作品やここではないどこかを求める作品(2)が、中心的なモチーフの揺らぎのようなものとしてあることを指摘している。また「フラットになった世界で日常の中のノイズを拾うみたいな歌」(3)もあるが、そういう歌はあまり巧くないし、トリビアルなものを求めて欲しくはないとも述べていた。例歌として資料に掲載されていたものからそれぞれ一首ずつ引用しておく。

1)日本はアニメ、ゲームとパソコンと、あとの少しが巣鴨プリズン
2)渋谷スペイン坂あたりからあふれ出る海、また海の深すぎる青
3)売りきれなば悔しきゆゑに喪服でも臆せず入るコミックショップ

永井祐さんがここで言っている「外部」や「世界の外」とは、現実を超越して現実を俯瞰する視点のことであり、そのような視点を有する「私」のことだろう。そのような視点を有する「私」としてふるまうことはできるが、ふるまえるだけの話で、外に立ったり外に出たりすることができるわけではない。超越したいという欲望が行き場を失ってどうなるのか、というあたりに、黒瀬珂瀾の歌人としてのクロニクルを見ようとしているのだと思う。たしかに「フラットになった世界で日常の中のノイズを拾う」ようなことはして欲しくない。そうしたクロニクルの続きが、既存の内部で何かを発見するとは思えないからだ。このクロニクルに希望の見える続きがあるとするならば、超越したいという欲望の発端で見捨てた、未知の何かを含むであろう内部について、もう一度精査することからしかはじまらないだろう。

歌集『空庭』の批評会の後半は、会場からの発言で展開された。メモしてある名前を発言順に列記してゆくと、今井恵子さん、大島史洋さん、奥村晃作さん、恩田英明さん、加藤治郎さん、斉藤斎藤さん、高原英理さん、千々和久幸さん、内藤明さん、松村由利子さん、柳川創造さん、宇井十間さん、川口晴美さん、橋本直さん、岡井隆さん。この顔ぶれなので、もちろん興味深い発言が多くあったわけだが、とりあえずは名前を記録することで、このレポートをいったん締め括っておきたい。さらに言及したいことや補足しておきたいことも多々あるので、機会があればまた後日にまとめようと思う。

きょうの一首。「攻殻機動隊」のタチコマの活躍シーン云々、と説明するのは、野暮とか無粋というものなのだろうか。

 みんなみんな生きてゐるんだAIがさう唄ふんだわたしの奥で/荻原裕幸

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February 07, 2010

2010年2月7日(日)

東京で一泊。早朝、ホテルで批評会についてのメモを少しまとめる。ひさしぶりに和食の朝食でもとろうかと思ったら、和食は準備できないという。そのかわり、麺麭も珈琲もジュースも朝日新聞の朝刊もすべて無料だった。お腹が空いていたので、麺麭を山のようにもらって食べていたら、隣りのテーブルには、さらに大きな山に盛った麺麭をぱくぱくと食べている人がいた。負けたような気分になる。

昨日の黒瀬珂瀾さんの歌集『空庭』の批評会は、まず水無田気流さんの発言からはじまる。黒瀬さんの作品の多方面にわたる題材のなかから、主に世代的な特徴の見えるものをめぐって、堰を切ったように、と言うか、リミッターを解除したように、渾身の分析が進められてゆく。「黒瀬珂瀾≒第一次世界内戦時代のポエジーを読む」と題された資料に沿っての話は、聞いていて実に楽しいもので、黒瀬さんの作品の題材が、総体としてどのような社会的文脈を引き寄せているのか、について、たぶんこれを超える解説は誰にもできないだろうと思われるほど見事な解説だった。ただ、若干困惑したのは、解説には説得力があるのに、そうした社会的文脈と黒瀬さんの一首一首の作品とが表現としてリンクしていることを読者として実感できない点だった。水無田さんが解読したような、歌集で提示された情報の総体が見せているものに向かって、一首一首の作品が読者を誘導している、とは感じられないのだ。

黒瀬さんの作品は、むしろ、何かをわからせないようにしている、ように見える。あるいは、迷宮的なものを構築しようとしている、と言うべきだろうか。自分は、昨日の資料に書いたように、固有名の多さ、ということをやや批判的に指摘して、そこにある、或る種のブッキッシュな感覚の是非を問題にしようとした。これは、黒瀬さんが、塚本邦雄的な方法を楽しんでいるように見えたからだ。「ユリシーズ」以後のジョイスの方法をソフトにアレンジして、ポエジーを無限に湧出する迷宮を構築すること、そのような感覚で塚本邦雄的な方法を楽しむことに、現在の自分は、かなり大きな疑問を抱いている。やりとりのなかで、水無田さんが、わたしにはわかる、という意味のコメントを何回かしていた。自分の疑問の在処をうまく説明できなくて、そんなコメントを繰り返させてしまったのを反省した。わたしにもわかる(あるいは、わかることは可能である)、けど、わかることと価値を認めることとは微妙に違うのではないか、と、そのように感じていることを補足しておきたい。レポートの続きはまた明日にでも。

批評会のときには、ディスカッションの展開の都合で、例歌をほとんど示さずにコメントを続けていた。いまさらではあるが、歌集『空庭』から、好きな歌の一部を引用しておきたい。作品の素材にもされている「ガウス平面」、虚数/複素数が可視的に表現されるという、世界の外であると同時に内でもあるような座標系は、黒瀬珂瀾の短歌における資質を象徴していると自分は感じる。

 弔ひゆ戻りて出会ふきらきらと少女の語るガウス平面/黒瀬珂瀾
 中心に死者立つごとく人らみなエレベーターの隅に寄りたり
 ひるさがりその半数は死者のはず代官山に集ふわかうど
 人造少女のコスプレのまま君が吐く煙草のけむり世界をめぐれ
 思想的根拠はないが東京は爆破されねばならぬと思ふ
 日本はアニメ、ゲームとパソコンと、あとの少しが太陽の塔

きょうの一首。あたまが疲れたので、見たままをできるだけ何も考えないで書く、ということをしてみた。むろん、一切何も考えないで書けるわけはないのだが。

 トラックが来てすぐに去る寒明を何も積まずに来てすぐに去る/荻原裕幸

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February 06, 2010

2010年2月6日(土)

上京。神楽坂の日本出版クラブ会館へ。黒瀬珂瀾さんの第二歌集『空庭』の批評会にパネラーとして出演する。早朝からの雪で新幹線が三十五分遅れた。のんびりと行くつもりで、昨夜、集合の時刻よりもかなり早く到着する列車を予約していたので、事無きを得る。出演者は、水無田気流さん、永井祐さん、田中槐さん(司会)、黒瀬珂瀾さん(著者)、荻原の五人。出席者は百三十人を超えていたらしい。あり得ないような人数になったのは、黒瀬さんの人気と人望と人脈とによるものだと思うが、加えて、短歌の状況が見えづらいという歌人たちの不安もどこかで作用しているのかも知れない。会のレポートは明日以降にすることとして、きょうはとりあえず、会で配布した自分の資料の全文を掲載しておく。各項目の文末が読点になっているが、これはミスタイプというわけではない。

黒瀬珂瀾歌集『空庭』を語り合う会・資料
二〇一〇年二月六日 荻原裕幸

1)固有名詞が多過ぎやしないだろうか? 短歌の作品中に固有名詞が多いこと自体は別に問題ではない。一九八〇年代には、社会的/同時代的な固有名詞は、むしろ理解を共有するために用いられていた。ただ、特に1、2、3、の各章には、自分程度の知識だと、調べることを強要されるレベルの固有名詞が頻出する。紙メディアの辞書や事典では対応し切れないものもあって、最終手段としてウィキペディアを活用したりもした。多方向的な志向とネット/ウィキペディア等の連動に、秘かなテーマがあるのだとすれば面白いが、「インテリ」と「オタク」を足して二でも割らないような言語空間に、まず茫然とする読者がいることは作者の想定内の事態なのだろうか。だとすれば、

2)定型は十全に活用されているか? 連作的な構成が多いのは、現代短歌の常識の範疇なので、特に問題にすることではない。ただし、構成を補助するために、一首の単位で作品のクオリティが犠牲にされているのではないかといった問題はいまも生きている。たとえば、最新の作品を収録したという5の章に「夜の底に開くみづうみ夜の底へ雪のひとひら沈めてしづか」という作品がある。「黒瀬珂瀾らしさ」が感じられない作品で、しかしながら、この稀薄とも言うべきモチーフを短歌の定型のなかで巧みに活かしている。他の多くの「黒瀬珂瀾らしさ」を有する作品の、情報過多とも言える表現は、定型を十全にないしはそれに近いところで活用できているのだろうか。定型の十全な活用=表現形式が短歌であることの必然性の証左であるならば、

3)主要作/代表作はどれなのだろう? 黒瀬珂瀾はつねに「佳い作品」「面白い作品」を書いている、と思う。だが、主要作とか代表作を問われると、少し答えに困るところがある。これを代表作だと言うとあまりに「右翼」っぽく見えるし、これを主要作だと言うとあまりに「オタク」っぽく見える、という具合に。前述の連作と一首の問題にもかかわるが、方向性を限定して捉えようとすると、途端に「黒瀬珂瀾」の姿が見えなくなる。この語り合う会で、参加者が好きな作品の類をあげてゆくとしたら、重複するものが出るのかどうか興味深いところだが、いずれにせよ「黒瀬珂瀾」の「私」はどこにいるのか、という問題は、歌人の読者に共通する疑問なのではないだろうか。多方向的な志向が、一人称単数の「私」を、何か別種の存在としてたちあげているのであれば、

きょうの一首。深夜の某駅の周辺で。東京について語ると、地方の人間はわけもなく上から目線になるものらしい。

 東京の春にも猫が棲んでゐて名古屋のやうににぎやかである/荻原裕幸

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February 05, 2010

2010年2月5日(金)

午後、栄のスカイルへ。朝日カルチャーセンター「はじめての短歌」。きょうは出席者14人、詠草14首。題は「伏」。地下鉄駅の伏見から一字を貰った。いつもの通り、一首ずつその場で読み解きながら、添削的な批評を進めてゆく。講座後、少し前から気になっていた喫茶店に入ってみる。雰囲気はまずまずだが、珈琲の味は普通のレベルだった。珈琲のことは忘れて、短歌関連のメモをつくる。

 わたしの右の掌にはあなたの庭で摘んだ薔薇の花がこんなに
 わたしの左の掌にはあなたの編んでくれたシャツや靴下がこんなに
 そして わたしの耳にはあなたのささやきがいっぱい
 わたしの胸はあなたへのお別れの挨拶でこんなに。/安西均

「旅装」という作品の、これで全篇。思潮社『現代詩文庫・安西均詩集』(一九六九年)から引用した。手元の資料では、収録された詩集がわからなかった。ブラックな恋愛詩だが、ある種の懐かしさがある。底が知れないポジティブな表現が、大きな波として押し寄せて来る前の、文学的な「倫理」や「平衡感覚」のようなものが滲んでいるからだろうか。かつて、幸福な「わたし」が作品から外に出るには、つまり、作品を終らせるには、最低限その幸福を失うことが必要だったのだ。

きょうの一首。講座で「伏」の題の作例として見せた一首、にあとから少し手を加えた一首。安西均の「こんなに」を再利用させてもらった。

 伏せてあることがこんなになにゆゑに冬の続きを春と呼ぶのか/荻原裕幸

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February 04, 2010

2010年2月4日(木)

立春。午後、歌会の詠草をとりまとめてプリントを作成。夕刻、栄の愛知芸術文化センターへ。東桜歌会の例会。参加者八人。題詠「鶴」と自由詠各一首を提出。詠草にいきものとしての鶴が登場する率はきわめて低かった。最近の東桜歌会としては珍しい現象だ。いつもの通り、無記名で互いに選をして、読解を中心に合評を進める。終了後、少人数での二次会。少人数での二次会にうってつけの店で。

 雛壇と箪笥とピアノ絶妙に/加藤かな文

昨日に続き、第一句集『家』(二〇〇九年)に収録された一句。「絶妙に」は、ほとんど余裕のない空間に絶妙にレイアウトされている、の意味だろう。現在も、住宅事情はあまり違わないのかも知れないが、昭和四十年代や五十年代の、一億総中流と言われた状況を髣髴させる。娘のためにちょっとだけ無理をしてみました的な核家族のイメージで、ほのぼのとした哀愁がある、とでも言ったらいいだろうか。懐かしいモチーフながらも、句の印象は新鮮だった。同句集から、他にもこころ惹かれた句を少し引用しておく。いずれも素朴な印象だが、いずれもその素朴さの向う側に、素朴を超えた何かを光らせているのが快い。

 霧と我どちらからともなくここへ/加藤かな文
 どうしてもそこから曲がる夏燕
 毛布からのぞくと雨の日曜日
 水甕に金魚ゐるはず冬の星
 数へ日や一人で帰る人の群

きょうの一首。「鶴」の題詠として歌会に提出した一首。

 ゆふやけに沁みてゆくあの淋しげな声はほんとに鶴だつたのか/荻原裕幸

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February 03, 2010

2010年2月3日(水)

節分。某所で血圧を測定した。正常範囲のぴったりと真ん中に位置するような正常値だった。実は、前に測定したとき、やや高めの数値が出たので、少し気にしていたのだが、医師は、前回は緊張してたのかな、とひとりごとのように言う。緊張? と怪訝そうな顔をすると、寝不足なんかでも数値はあがりますけどね、と笑いながら補足していた。そう言えば、前はたしか徹夜明けの測定だった。

 息白き元気な話見てをりぬ/加藤かな文

第一句集『家』(二〇〇九年)に収録された一句。息が白く見える寒さのなかで、それを気にもしない元気な感じで話す、たぶん若い人たちの姿、話の内容などはここではどうでもよくて、その元気な感じを見ている視線があたたかだったり切なかったり不思議なひかりを発している。このモチーフは、ただごと、に類するものだろう。ただ、ただごとを句にした、というのとは何かはっきり違った感触がある。息の白さを見ている、とか、元気な話を聞いている、とか、冬の日のありふれた要素がたしかにそこにあるのだが、ことばの上では、話、を、見ている、のであって、そうしたほんとに微細なことばの震え、歪み、逸れてゆく感じなどが、句の感触をありそうだけどなさそうな微妙なものとして成り立たせているようだ。

きょうの一首。

 雪の匂ひと筋肉痛とミヤネ屋がだらだらながれつづける午後と/荻原裕幸

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February 02, 2010

2010年2月2日(火)

午後、東別院の名古屋市女性会館へ。東西句会の月例句会。参加者は五人。題詠「水仙」一句と雑詠四句のあわせて五句を提出。いつものように無記名での互選と合評が進められてゆく。自分にとって集中しやすい日としづらい日とがあるのか、句会の感触はそのたびに大きく違う。きょうは集中しやすい日だったようで、意見交換の文脈のなかにスムーズに入って考えることができた。句会後、会場近隣の喫茶店で、引き続き俳句についてあれこれと話す。

きょうの句会に提出した五句は以下の通り。メンバーの一人に、全句に票を入れてもらえたのが楽しかった。今月はうまく波長が合っていたのか。ところで、歌会で「水仙」の題が出たら、文体が写実的であっても、まずはそのメタファの檻からどう逃れるかに四苦八苦するものだが、俳句の場合、とりあわせの文体さえ避ければ、実物の花としての水仙を比較的容易に呼び寄せることができるのが不思議。

 冬の月猫のあしあといちめんに/荻原裕幸
 日脚伸ぶ廊下のすみの指サック
 手の裏はどちらかと問ふ冬日向
 二月来る健気な音をたてながら
 水仙の奥からこゑが漏れてゐる

きょうの一首。

 梅はまだつぼみもなくてこの枝のむかう二月が緩くひろがる/荻原裕幸

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February 01, 2010

2010年2月1日(月)

きょうから二月。午後、同朋大学へ。講義の前、キャンパス近隣の喫茶店で珈琲を飲みながら頭の整理をする。学生がたむろしても不思議のない位置にあるのに、この店では学生の姿を一度も見たことがない。きょうは文章表現の講義の十四回目。先週は短歌についての概論を語った。今週は少し学生に手を動かしてもらった。大学側も小テスト的なことを奨励しているので、そのおかげでゼミでもないのに実習的なことを気軽に実施できる。

以前、どうやったら短歌が巧くなりますか、と問われて、目の前のできごとを何でも五七五七七で書けるように練習することと、好き嫌いに関係なく傾向の違う何人かの歌人の文体をそっくりにまねて書けるように練習することとをよく奨めていた。どちらも文芸から逸れた行為だし、そもそも文芸に練習なんてにあわない気もするが、画家志望者がデッサンをするようなもの、と言うか、スポーツでの走りこみや筋トレのようなものなので、やってみて損はないと思う。初学の人が自身の文体を整えてゆくのに有効なだけではなく、泉のように何かが湧き出る感じが消えたとき、スランプのとき、そこを潜り抜けてゆけるかどうかも、そうした、逸れていると見えても実は基本的なことを含んだ練習から来る短歌力に、大きく左右されるのではないかと思う。

きょうの一首。

 つまりわたしは煙なのかも知れなくて春近き日の風に吹かれて/荻原裕幸

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