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November 23, 2010

2010年11月23日(火)/これは戦争ではない

勤労感謝の日。北朝鮮が韓国領の延坪島を砲撃し、死者が出たというニュース。韓国側も応戦したという。ただ、マスメディアからはそれほど緊迫した雰囲気が感じられず、各国の政府ならびにマスメディア的な理解は、北朝鮮の挑発的行為と韓国の当然の対応、というようなところに着地しそうな気配がある。すぐにこれ以上のことには発展しないのだろうし、させたくもない、ということなのか。それにしても、これが戦争でなければ何が戦争なのかとは思う。

ネット短歌ということばはあきらかに廃れた。既存の短歌の圏外で気ままに書かれている短歌という意味の蔑称としても、また、ネットをメディアとする短歌の新しい可能性の呼称としても。そして、短歌におけるネットの活用は、いまやさほど特殊なところのない行為として自然な感じで広がりつつある。短歌でもようやく、ネットという場に対する偏見が薄らいだのだろう。この十数年のネットと短歌との関係は、機会があればあらためてまとめてみようと思うが、さしあたり問題にしたいのは、新作を発表するメディア/場として、ネットを選択する歌人や歌人のグループがここまで少ない理由である。なぜなのか。単なる推測ではなく、少し分析して考えてみる必要はありそうだ。

きょうの一首。

 濃さすこしづつ違ふ影わたしからいくつか生えて冬の夜の街/荻原裕幸

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Comments

こんにちは。

思い入れのある日の記事に、
書き込みをさせていただきます。

この十数年のネットと短歌との関係

は、おもしろくも深遠な問題ですね。
最近の、twitterの位置づけも重要ですね。

現時点では、㋯クシーなどのSNSよりは開かれていて、ブログやHPなどのウェブよりはプライベートな(たとえば、本名でなくとも、ファッショナブルといったイメージで)印象を受けます。

そこに、ちょうどよい吸引力があるといえ、そろそろ自作を、それ自体を超えたものの周知(告知など)といった背景はおくとしても、お書きになりはじめているかたは、いるようです。

このツイッターというメディアが、最も、これからのネットにおける新作発表の場に使われるような気がしていますが、まだどうともいえません。あまり余計なことは言わないほうがいいような気も少々します。


きょうの一首について、書かせていただきます。

 濃さすこしづつ違ふ影わたしからいくつか生えて冬の夜の街/荻原裕幸


「すこしづつ違ふ」という描写は、それ以上、分析はできないという、自らの影への、可動範囲の線引き、のようなものを象徴していると思います。(濃さをより分析しようとすれば、的確な比喩を用いても、語数が割かれることになります。)


先日の、クラブワールドカップ(たった今も、そういえばやっているのかもしれない)
を見て、四方位の影がバウンドとともに結ばれてボールになるという景の結び方を発見しましたが、
ちょうど、この歌では、濃さの違いという微視から「わたし」、そこから生えていき「冬の夜の街」という全体把握に至る流れが、先日の発見と逆の方向であり、興味深かったです。

「いくつか」ととどめることも、想像を掻き立てる効果や、生えて届く感じを音の面から支えているようでもあります。


以上です。
ありがとうございました。

Posted by: 山本剛 | December 15, 2010 at 02:56 AM

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