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January 28, 2011

名古屋で文学が熱いらしい

清水良典さんからメールが届く。本日一月二十八日の午後十一時二十分から放送されるNHKラジオ第一の「ラジオ深夜便」で、「いま名古屋で文学が熱い」という特集があるそうで、清水さんが出演して名古屋の文学を熱く語るらしい。清水さんは名古屋出身ではないのだが、名古屋はすでに第二の故郷となっていて、文学はもとより名古屋の文化全般について生粋の名古屋人より詳しい人である。外から見る名古屋の文化と内から見る名古屋の文化をあわせてこれほど語れる人は他にはいないだろう。ラジオのある人は是非。

結社誌「短歌人」二月号が届く。大谷雅彦さんの書いた短歌時評「ゼロ年代の短歌を振り返る」を読む。昨年十一月に開催された、青磁社の十周年記念の同タイトルのシンポジウムについて述べたものである。私は残念ながらこのシンポジウムに行くことができなくて、ネットや歌誌でのレポートを読ませてもらっただけなので、雰囲気を間接的に理解しているに過ぎないが、それにしても、大谷さんの時評を読んで、何だろうこの静かな声は、と感じた。シニカルなわけではない。当日の議論に対して真摯に意見を述べている。しかし、その静かな声は、読ませてもらったどのレポートにもない奇妙な立ち位置を示しているように思われた。

一月二十七日の朝日新聞の夕刊、中部版学芸欄に、隔月連載の詩歌句時評「東海の文芸」が掲載された。今回は、武馬久仁裕さんの第三句集『玉門関』(ふらんす堂)と長谷川径子さんの第一歌集『万愚祭』(本阿弥書店)をとりあげた。いずれも昨年の秋に刊行されている。分量は四百字で四枚半弱である。詩歌句のジャンルを問わずに作品集をとりあげるこの時評を書きながらときどき思うのは、新聞紙面であるということが求めるわかりやすさと、異なるジャンルが同舟することが求めるわかりやすさとは、ほとんど違いがないのではないかということである。ジャンルという特化して閉ざされた場は、どこかぬるく、かつ、とてもあたたかい、と思う。

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