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January 20, 2011

雪が消えて題詠を考える

日曜、名古屋でも雪が降った。ひとひらひとひらのかたちがはっきり見える、そんな感じの雪だった。数年分の雪が一度に降っている印象で、すべてがそのまま雪の底に沈んでゆくようにも思われた。もっとも名古屋の雪にさしたる持続力はない。数日ですっかりあとかたもなくなった。そう言えば、先週の水曜、秋期の最終回だった中京大学のオープンカレッジの講座「俳句を楽しむ」は、雪の題詠だったのだが、今回の雪は間にあわなかった。わざわざ山まで雪を見に行った人もいたというのに。

私がはじめて歌会に参加したのは一九八五年だった。以後、数年のブランクの時期を除けば、平均して月に一回以上は何らかの歌会に参加している。ブランクの時期というのは、短歌から離れていたわけではなく、むしろ四六時中短歌のことばかりを考えていて、研究会なども含めたすべての場とテンポが噛みあわなかった時期だったように思う。それはまた別の話として、参加をはじめた当時、歌会で最も大きな違和感をおぼえたのは、毎回テーマがあったり題が出たりすることだった。当時も現在も歌会のスタイルとしてはスタンダードなものだが、私にとって、題詠の感触は、この四半世紀であきらかに変化している。当時の私は、作者の専権事項であるはずのモチーフに他者が介入するというのは、どう考えてもおかしいと感じていた。

短歌は基本的に一人称での記述文体となるので、客観的に記述しているつもりでも主観的なものになりやすい。名古屋の雪はたちまち消える、という七七をもつ作品があるとして、それがただの事実なのだとしても、上句との関連によって、雪を怖れることなくどこかしら雪を惜しむ人の姿が見えて来たりする。私にとっての外的な事実であることが、たやすく内面化されてしまうのだ。作者の実感に即したものならば、まあそれはそれで問題ないとも言えるが、私が自発的に書きたいこととかかわりなく出題される題詠の場合、思ってもいないようなことが、前々から思っていたようなこととしてそこにあらわれて来たりする。そしてしばしばそれが紋切型の抒情のパターンに陥っていたりする。この感触がたまらなく嫌だったのである。

題詠が心底楽しめるようになったのは、三十代の半ばあたりからで、慣れたということもあるのだろうが、何よりも私のなかから、私自身を他者にこう見せたいというような若さから来るこだわりが消えたことによるのではないかと思う。こだわりが私に定着したのか、それともこだわらなくなったのか、そのあたりは自覚できていないのだが、題詠や題詠の場に媒介されて、私や私をとりまく世界が、自覚的なこだわりの及ばない領域からたちあがって来ることに快さをおぼえるようになったのだ。もちろんそこに、それまで認識していなかった外的な事実を、あらかじめあった内面の感覚として描いてしまう危険が消えたわけではない。ただ、それを含めても、題詠歌会という場は、現在の私にとって、魅力的なものであり続けている。

一月十三日に東桜歌会の例会があった。葉書とメールで届いた詠草をとりまとめてプリントを作成。夕刻、栄の愛知芸術文化センターへ。参加者は十人。題詠「歩」と自由詠と各一首を提出。いつもの通り、無記名で互いに選をして、読解を中心に合評を進めた。毎月、詠草の総数その他を考慮して選歌数を決めている。今月は題詠十首と自由詠十首からそれぞれ四首ずつ選歌してもらった。おのずと選歌はゆるい感じになるわけだが、得票の多少が相対的にはっきりと映し出されるので、選歌数を絞ったときとは別種の緊張感が生じていると思う。また、選歌者には、作品を詳細に読むことと選んだ作品の良さをきちんと説明することを執拗に求めているので、選歌数の多さはむしろきびしいものとして作用していることだろう。私が歌会に提出した作品は以下の二首。題詠は六票、自由詠は八票を得た。題詠の「ひかりの裏」について、是非の意見が鮮やかに割れて、作者としては興味深かった。

 雪晴のこんなしづかな午後なのにひかりの裏をあなたは歩く/荻原裕幸
 私はあなたをたぶんあなたは犬の尾を犬は霊など見て冬の朝

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