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February 05, 2011

切手を剥がして未来を見る

笹井宏之さんの第二歌集『てんとろり』(書肆侃侃房)が刊行された。監修の加藤治郎さん、加藤さんとともに作品の収集整理をした中島裕介さん、そして笹井さんの遺族、版元のスタッフ等、多くの人々の力によって、故人の第二歌集が世に出ることになった。愛読者の一人としてうれしいことである。笹井さんの急逝は、私のなかに未だ生々しいものとしてあって、作品をほんとに静かなきもちで読めるようになるにはもう少し時間がかかりそうだが、折々に、少しずつでも、彼の捉えた世界を考察してゆきたいと思っている。早坂類さんが、ツイッターで、笹井さんの短歌について「柔らかいマシュマロゥのような肌触りの、青年の歌でした」と呟いていた。このどこかおちゃめな「ゥ」の字を見て、思わず笑った。笹井さんをめぐることで、ひさしぶりに健やかに笑ったような気がした。

 郵便を終えたら上のまぶたから切手をはがしてもいいですか?/笹井宏之

歌集『てんとろり』に収録された一首である。散文的に意味を追えば、郵便物ごっこに飽きたところ? かと思う奇妙な会話である。もちろんそこには何か見立てのようなものがあるのだろう。たとえば、わたしとあなたとの関係において、わたしは、あなたと誰かとを媒介する存在でしかないようですが、わたしは特にそれを不満に感じているわけではありません、ただ、いずれ郵便であることを終えて、あなたとダイレクトに向きあいたいきもちがないわけではないのです、といった感じの、何かそんな受身で謙虚でしかし意外に芯の強い人物像が見えると思った。この、郵便である、郵便を終える、が感覚的に掴めれば、上の瞼に切手が貼ってあるというあたりは、どこかマンガ的ではあるものの、それがむしろこの奇妙な見立てにリアリティを与えてくれるのではないだろうか。笹井宏之さんの作品は、ともすると、私の日常の感覚や現実のフレームに回収することができなくて、面白い奇想、というあたりにとどまってしまうこともあるのだが、この一首はそこにとどまらないと思う。

笹井宏之さんの作品は、総じて緩さのようなものを抱えている。単なる文体の問題でもなく、単なるモチーフの問題でもなく、もう少し深いところでの、短歌と向きあう姿勢から生じているものではないかと思う。自分の短歌をこうあらしめたいという欲望から来る縛りを欠いている、と言うか、縛りを欠いたところに自分の短歌をあらしめようとしている、と言うべきか。この緩さには少し見覚えがあって、早坂類さんや東直子さん、最近では永井祐さん、また、斉藤斎藤さんにも少なからずその感触があると思う。私にはその緩さが、その緩さから生じていると思われる何かが、ときどきがまんできないものに感じられて、そしてときどきかぎりなく快いものにも感じられる。五分五分、一長一短、あたったりはずれたり。何と言ってもいいが、文芸で五分五分というのは、これはもう信じる他にないほど高い可能性かも知れない。

短歌で一般に、巧い作品が佳い作品とはかぎらない、と言われる。このことが、技巧のもたらすインパクトとか嘘臭さとか、素朴さや稚拙さから生じる迫真性とか、そうしたアングルから捉えられて、やがては、あえて巧く書かない巧さのようなところに向かうとすれば、それはただのハウツーを考えているに過ぎず、結局のところ、より巧い作品が何かを問うているだけのことだ。このとき、巧い作品が佳い作品とはかぎらない、が言わんとしていることは見過ごされているのだと思う。巧い作品が佳い作品とはかぎらない、が言っているのは、巧い、を成立させているそのジャンルの現在の感覚だけでは測れないもの、つまり、ジャンルの過去を参照するだけでは見えて来ないもの、がある、ということだろう。先に述べた緩さも、この、巧い、の向う側にある何か、につながるものだと考えていいのではないだろうか。

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Comments

ご無沙汰いたしております。
いつも宏之のことを心にとどめていただき、ありがとうございます。

『てんとろり』をご紹介いただきありがとうございました。
本日、『些細』のブログに紹介させていただきましたのでご了承ください。

今後ともよろしくお願い申し上げます。

Posted by: 筒井孝司(笹井の父) | February 06, 2011 at 03:01 PM

>筒井孝司さん

コメントありがとうございました。
「些細」でのご紹介、感謝いたします。
とてもうれしく拝見いたしました。
またいろいろ書いてゆくつもりです。
今後ともどうぞよろしくお願いします。

Posted by: 荻原裕幸 | February 08, 2011 at 08:46 PM

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