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March 03, 2011

亀を鳴かせて春を愉しむ

私が強い関心をもって短歌を読みはじめたのは、中井英夫のエディター的な視点によるエッセイがきっかけで、その後しばらく、寺山修司や春日井建の歌集を耽読し、塚本邦雄の歌集と歌論を方法の教科書に、菱川善夫の歌論を短歌史の参考書にする時期が続いた。一九七〇年代のことではあるが、同時代の情報をほとんど知らずにいたため、短歌的な昭和三十年代や一九六〇年代を仮想体験するような塩梅になったのではないかと思う。一方、強い関心をもって俳句を読みはじめたのは、塚本邦雄の選んだ近現代のアンソロジーがきっかけだったためか、特定の俳人や時代に焦点をあてることのないまま濫読した。小体で美しいそのフォルムと方法に魅了されながら、好みの句や歳時記に出て来る季題が、名古屋の日常空間のなかに実在するのを見出すことに小さな悦びをおぼえたりもしていた。このようなアプローチの違いは、私の、その後の二ジャンルとのかかわり方の違いに、あきらかに投影されているようだ。

 星空へ店より林檎あふれをり/橋本多佳子

第三句集『紅絲』(一九五一年)に収録された一句。句集の配列を見ると、旅の途上の句のようではあるが、読者がそれぞれの近所の青果店を思い浮かべて読んでも何ら障りはないだろう。一気に暮れた秋の夜空に星がまたたきはじめる。あふれ出んばかりに盛られた青果店の林檎のかがやきが、そのまま夜空に浮かんでゆくようだ、というのである。至上の一瞬が、生活の匂いのする空間のなかに見出されているのが楽しい。昨今、星空にまであふれてゆきそうな場所に商品をならべる店が減って、書かれた時点では想定されていない類のノスタルジアを含んでいるにせよ、その分を差し引いても、この句の珠玉感は揺らがないと思う。この林檎は何かの象徴として読まれそうでもあるが、読み解く必要がないほどそのままで十分に鮮烈ではないだろうか。私が俳句に求めているのは、むかしもいまも、この句が示しているような、シンプルで鮮烈な日常の風景なのかも知れない。

 枇杷啖べて地球空洞説に拠る/伊吹夏生

塚本邦雄選『星曜秀句館・第一輯』(一九八一年)に収録された一句。同書は、サンデー毎日に連載された塚本のコラム「俳句への扉」中の投稿欄「サンデー秀句館」の記録であり、引用句はその第一回の巻頭句である。啖、には、た、拠、には、よ、とルビがあるが、週刊誌的配慮によるものかも知れない。この「拠る」という結びの一語は、一見散文風でありながらいかにも俳句的で、齧って種のぽろんと抜けた枇杷の半球を見ながら、科学的真実はさもあらばあれわがこころの地球空洞説よ、と詠嘆するその詠嘆を抑制して俳句的文体に昇華したものだと思う。時制を含まない、動詞の終止形か原形で、切字的な効果をソフトに含んでもいるようだ。ちなみにこれは、私が口語文体の短歌を書くときの参考にしている用法の一つなのだが、短歌では俳句ほどの効果はないらしい。伊吹夏生さんは、昨年十一月九日に亡くなったという。享年七十五歳。学生時代に出会った俳人の一人で、私に俳句の間口の広さを教えてくれた人だった。

三月一日に東西句会の例会があった。午後、東別院の名古屋市女性会館へ。今回の出席者は、ゲストの中村正幸さんを含めて五人。雑詠五句を提出。いつものように無記名での互選と合評が進められてゆく。東西句会は、今回の例会で三年間の短い歴史の幕を閉じることになった。諸般の事情によるものだが、名残惜しい。メンバーに感謝しながら最後の句会を終えた。いずれ機会があれば、新しい俳句の場を考えてみたいと思う。句会に提出した俳句は以下の五句。東西句会を一緒に企画した二村典子さんは、私の俳句を根本から否定することはないが、ときどき、作句の総数が少ないのではないかという意味の指摘をする。たぶん経験値の低さから来る甘さがしばしば顔を出すということなのだろう。

 居ないはずの人が来てゐる朧月/荻原裕幸
 読経して菜の花茹でてから帰る
 三色すみれ団地老人ばかりかな
 亀鳴くや画鋲にのこる紙のふち
 囀りやビニール傘がまた増えて

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