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March 07, 2011

つれづれなぐさむもの

かつてテキストサイトと呼ばれたもの、またウェブ日記、ブログ、ツイッター、あるいはクローズドな感じのほとんどないSNSの日記なども含めて、ネットは枕草子を次々に生み出している。このブログもそうした一つである。面白いもの、興味深いものもあれば、そうでもないものもあるし、それほど多くに目を通せるわけでもないのだが、私はそれらを読むのが好きで、時間のゆるすときに、新聞や雑誌を読むような感覚で読んでいる。私がそこに求めているのは、主に、日記的に描かれたその時間その空間が、個人的なものとして占有されている感触で、日常ではつねに他者との確執にさらされ続けているであろう一人一人が、日常の抑圧から瞬間的に解放されて、ことばが濁りのないひかりを帯びてゆくのが、読んでいて実に楽しい。文芸など社会的に何の役にも立たない、という意見があるが、ネット上のテキストを楽しんで読むようになってからの私は、文芸は社会的に役に立ち過ぎるのではないか、という奇妙な感覚にとらわれることが多くなった気がする。

 雨の県道あるいてゆけばなんでしょうぶちまけられてこれはのり弁/斉藤斎藤

第一歌集『渡辺のわたし』(二〇〇四年)に収録された一首である。現代の短歌のなかに置いてみると、この作品を賛美する文脈というのは見つけづらい。それは、この一首が、文芸が既存の何かの役に立ってしまうことを拒むようにして書かれているからではないかと思う。雨の日の、県道と言うからには、たぶんそこを県道だとはっきり意識している土地勘のある場所で、どこかローカルな匂いがあって、海苔弁当がぶちまけられたその光景と、近づきながらそれに気づく私の様子になにがしかの哀感のようなものは生じている。しかしここには、それ以上の何かが足されるのを拒む感じがあって、既存の文脈のなかでは語りづらくなっているようだ。ただ、私には、その拒む感じが、これまでの短歌にあまり見かけなかったいまここ感、誰かがいままさにここにいる、ではなく、他ならぬ斉藤斎藤、作者であり作中の一人称でもある斉藤斎藤が、いままさにここにいる、という感覚を、体験的な事実や表面的な修辞を問うレベルを超えて、強烈に伝えて来るように思われてならないのである。

二月十八日と三月四日、午後、栄のスカイルへ。朝日カルチャーセンターの講座「はじめての短歌」。十八日の出席者は、見学者1人を含めて14人。詠草は14首。題は「和」。和歌山県から一字をもらった。四日の出席者は、新しい受講者1人を含めて13人。詠草は13首。題は「良」。奈良県から一字をもらった。講座のはじまる直前にホワイトボードに書いてもらった詠草を、いつもの通り、一首ずつその場で読み解きながら、添削的な批評を進めた。各回の講座で題詠の作例として見せたのは以下の二首。作例と言っても、講師の模範作品、を見せているわけではない。私が、題詠をめぐって、このように悪戦苦闘しながら、このように突破口を見つけたつもりになって、そしてこのように予期せぬ失敗を繰り返したり、という姿を、作者のありようの一例として見てもらっているということである。笑ったり、首を傾げたりする受講者のさまざまな反応は、私の作歌の大きな糧にもなっている。

 文字が気分と噛みあはぬまま和やかなメールしあがりゆく春の朝/荻原裕幸
 梅がなにやらけむりはじめてなんとなくひとり無印良品にゆく

三月三日に東桜歌会の例会があった。ファックスと葉書とメールで届いた詠草をとりまとめてプリントを作成。夕刻、栄の愛知芸術文化センターへ。詠草は十二首。参加者は十人。題詠「銀」と自由詠と各一首を提出。いつもの通り、無記名で互いに選をして、読解を中心に合評を進める。今月は題詠十二首と自由詠十二首からそれぞれ四首ずつを選歌してもらった。例会は今回で百五十回となった。節目を記念する企画を何か考えようと思っているが、まだ掌のなかにアイデアはない。私が歌会に提出した作品は以下の二首。題詠は五票、自由詠は五票を得た。題詠は、具体的にそれが何かを示唆していないし、何かをはっきりと特定する手がかりがないまま、それが何らかの感興につながることに懸けている。現代の川柳で見られる方法の短歌バージョンであるが、短歌にすると魅力が半減するのは否めないというところか。

 銀の憂ひを含んでゆるくこころ細いものが画鋲でとめられて春/荻原裕幸
 いつまでも寒くてそして春場所がなくてしぶしぶパスタを茹でる

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