October 31, 2005

2005年10月31日(月)

土曜にざっくりとしたメモを書いて、昨日今日で題詠マラソン2005の残りの40首をどうにかまとめた。時間に追われながら書いているなかで、ベストのものを生むのはむずかしいけれど、何か発見をするのはこのような題詠からであることも多い。午後、同朋大学へ。ひきつづき現代の評論文の話。帰り、中村公園の大鳥居の周辺を少し歩く。かなりむかし、仕事でときどき歩いた場所。でももうすっかり街並は変わっていた。川柳誌「バックストローク」12号、総じて元気な雑誌であるが、何よりも、石部明と石田柊馬の文章が冴えている。川柳の内部的な批評のコンテクストがやっと少し見えて来た気がする。

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October 26, 2005

2005年10月26日(水)

午後、中京大学へ。講座「俳句を楽しむ」の六回目。「めくられてゐる坂道や秋の雲/上田信治」等、俳句誌「里」10月号から何句か紹介させてもらった。今季もこれで折り返し。講義のあと、家人と某百貨店の「大北海道展」へ。そんなに味は違わないだろうと思いながら買った蟹やらじゃがいもやらのコロッケがやけにおいしかった。夕刻からは栄へ。575の会の月例句会。朝日新聞中部版夕刊に詩歌時評のコラム「東海の文芸」が掲載される。400字×約4枚。加藤哲也句集『舌頭』(富士見書房)、丸山進句集『アルバトロス』(風媒社)、春日井建『未青年の背景』(雁書館)、近藤起久子詩集『レッスン』(ジャンクション・ハーベスト)に言及した。

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October 24, 2005

2005年10月24日(月)

週末は上京、伊津野重美さんの朗読イベントに出席し、歌葉新人賞の公開選考会に出演した。きょうはまだその熱気が残ったまま、と言うよりも、虚脱状態のままである。第4回歌葉新人賞は、リアルタイム・スペースに書きこんだ通り、笹井宏之さんが受賞、宇都宮敦さんが次席となった。慶祝。毎回のことだが、選ぶ側は応募する側からいろいろなことを教えてもらっていると感じた。午後、同朋大学へ。きょうは現代の評論をベースにあれこれ語る。柄谷行人の「単独性と特殊性」の説明をしながら、細かいこだわりはさておき、つまりSMAPの「世界に一つだけの花」の理屈なんだよ、と強引な例えを出したりした。

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October 19, 2005

2005年10月19日(水)

午後、中京大学へ。講座「俳句を楽しむ」の五回目。講義をしながら、一句のなかにある季題/季語にどのくらいの負荷をかけていいのか、という、季語の機能の限界みたいなものが、自分のなかで、線ではなく帯になっている、つまり幅をもっていることに気づく。これは、読むとき説くときには便利だが、書くときには負の要素にしかならないだろう。再考せねば。終了後、八事のジャスコで買い物をする。喫煙所へたばこを喫いにゆくと、ご婦人たちが、このところ名古屋で頻繁に起きているひったくりの話でにぎやかだった。なかの一人はきょう被害にあって事情聴取を終えたところだという。早く犯人が逮捕されますように。

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October 17, 2005

2005年10月17日(月)

午後、雨のなか、同朋大学へ。昼食をとりそこねたので、講義を終えてから吉野家で牛焼肉丼を食べる。以前の牛丼よりもやたらに味が濃いのがなじめない。食べている最中、カウンターの向かいの男女が、派手に言い争って、今年の分はきちんと渡した、などと女性が叫んでいた。修羅場直前のようにも見えた。そのあとどうなるのか気になりつつ店を出る。夜、プロ野球パ・リーグのプレーオフを見ていたら、ひさしぶりにMさんから電話、一時間余りゆっくりと話す。五十歳になるまでには云々というようなフレーズがしばしば会話に出て来て、四十代であるのだなあとあらためて実感する。

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October 12, 2005

2005年10月12日(水)

午後、中京大学へ。講座「俳句を楽しむ」の四回目。提出は自由、としていた詠草が、ほぼ全員から出るようになった。添削を避けて、できるだけ鑑賞に近い感想をもどすことにしている。某自費出版系出版社から電話。国会図書館で短歌年鑑を見て電話をさせていただきました、荻原さんはこれまでに歌集か合同歌集を出されたことはありますか? と言う。短歌年鑑で連絡先を調べたのなら歌集を出しているかどうかはすぐにわかるはずですが、と訊ねてみると、何やらもごもごと口ごもるので、よく調べてから電話を下さいね、と伝えた。それにしても国会図書館で電話番号だけをメモして来たのだろうか。

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October 05, 2005

2005年10月5日(水)

冷たい雨のなか、午後、中京大学へ。「俳句を楽しむ」の三回目。例によって作品鑑賞をめぐっての質問が出る。今回はいずれも俳句だったが、永田耕衣、寺井谷子、鳴戸奈菜、と、ちょっと対応しにくいラインアップであった。受講者さんたちの選択がとてもおもしろいけれど、毎回小テストを受けているような奇妙な気分でもある。[sai]という短歌同人誌が創刊された。内容を楽しく読んでいるところだが、メンバーの視線の向きが、画期的と言ってもいいほどにばらばらである。この雑誌に「同人誌」の冠を使うのは止めた方がいいと感じた。いわゆるグループではなくユニット、つまり小共同体ではなく共同体間の交流に近いものだと明示しておかないと、この雑誌の抱えるメディアとしての質的な新鮮さが伝わりにくくなるのではないだろうか。

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October 03, 2005

2005年10月3日(月)

午後、同朋大学へ。講義が終了したあとそのまま今池のTOKUZOへ。福島泰樹さんの短歌絶叫コンサートを聴く。なんとか開演前にたどりついて、一人でぼんやりしていると、加藤治郎さんがあらわれる。高井志野さんや若原光彦さんも来ていた。寺山修司、春日井建、塚本邦雄、と、死者たちの作品とその追悼歌が福島さんの声のなかでひとつにとけあってゆく。読経という様式的なことばでは鎮まらない何かが鎮まってゆくような不思議な気分になる。春日井、塚本、という実際に自分も交誼のあった人への追悼歌を聴いて、福島泰樹の朗読がある種の読経でもあるのだということをはじめて理解できたのだった。

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September 28, 2005

2005年9月28日(水)

午後、中京大学へ。オープンカレッジ「俳句を楽しむ」、秋期講座の二回目。教室へ入ると、ホワイトボードに、受講生さんたちの俳句とともに、岡井隆『神の仕事場』「しゆわはらむまで」のなかの一首が記されていた。これはどう読むのですか、って、どう読むのでしょうねえ、というような話からはじめる。小雨が降ったり止んだり、よく冷えた日。キャンパスの女子学生たちがこぞってファーのあしらってあるブルゾン姿になっていた。さすがにそれは暑かろうなどと思うと下はミニスカートで、暑い寒いで考えていては理解不能の世界であったかと遅れて悟る。あすからはまた残暑が戻るという。

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September 26, 2005

2005年9月26日(月)

午後、後期に一科目だけ担当することになった講義の初回、同朋大学へ。ずいぶん涼しくなったが、スーツを着て歩いているとまだ汗ばむ感じがある。講義終了後、風媒社で校正のチェックをしてから帰宅。と、日記に類する文章を書き綴りながら日付を見ると、実に四か月のブランクがある。6月上旬までは、どうしてもまとめておきたい、依頼ではない仕事にふりまわされていた。そちらがまとまるのとほぼ同時に塚本邦雄さんの訃報が届いた。以後、依頼以外の作業にはほとんど手がつかなくなってしまった。私的な状況を与えると、ことばがすべて重く暗く湿っぽくなるからだった。悲しみというのは、それなりにポジティブなものだと思うが、虚脱状態というのは、ネガティブなものをつぎつぎに引き寄せるらしい。この時期になって、底はどうにか脱した気がするので、更新は滞りがちになるかも知れないけれど、ブログを再開することにする。

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