October 31, 2005

2005年10月31日(月)

土曜にざっくりとしたメモを書いて、昨日今日で題詠マラソン2005の残りの40首をどうにかまとめた。時間に追われながら書いているなかで、ベストのものを生むのはむずかしいけれど、何か発見をするのはこのような題詠からであることも多い。午後、同朋大学へ。ひきつづき現代の評論文の話。帰り、中村公園の大鳥居の周辺を少し歩く。かなりむかし、仕事でときどき歩いた場所。でももうすっかり街並は変わっていた。川柳誌「バックストローク」12号、総じて元気な雑誌であるが、何よりも、石部明と石田柊馬の文章が冴えている。川柳の内部的な批評のコンテクストがやっと少し見えて来た気がする。

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October 28, 2005

2005年10月28日(金)

先週末から慌ただしい一週間だった。どうにか落ち着くかなと思ったら、題詠マラソンの投稿締切が次の月曜である。あと40首か……。「現代詩手帖」11月号が届く。短歌時評「うたの凹凸」と特集「岡井隆 来たるべき詩歌」に一首鑑賞を寄稿した。この特集、ある程度の予想はしていたが、予想していた以上に面白い。ざっと通読して、それから熟読をはじめる。結社誌「短歌人」11月号が届く。特集「猫と短歌」というタイトルに惹かれて読みはじめると、生沼義朗さんと斉藤斎藤さんが、文中でぼくの猫の歌に言及してくれていた。感謝。小学館のドラえもんルームから郵便が届いて、何かと思ったら枡野浩一さんの『ドラえもん短歌』だった。ドラえもん題詠集。こんな歌、いいな。

ジャイアンがもうこの町にいないのは空き地が消えたせいなのだろう/佐々木あらら

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October 27, 2005

2005年10月27日(木)

午後、某社から電話で書評の依頼。面白そうな、でも、難しそうな本。ちょっと考えこんだが、ひきうける。俵万智さんの歌集『プーさんの鼻』(文藝春秋)が届く。出産と子育てをメインモチーフにした歌集というのは、かなりたくさん読んだけれども、こんなにほほえましい気分になるのははじめてか。哀愁はあっても憂鬱がない。作者の個性、と言うよりは、方法論に近いものなのだろう。単純に表現史のコンテクストにのせると批判のポイントも多く見えるが、この徹底したほほえましさの世界は、そうした批判の埒外にあるのかも知れない。少し時間をかけて考えてみようと思う。

ぽんと腹をたたけばムニュと蹴りかえす なーに思っているんだか、夏/俵万智

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October 26, 2005

2005年10月26日(水)

午後、中京大学へ。講座「俳句を楽しむ」の六回目。「めくられてゐる坂道や秋の雲/上田信治」等、俳句誌「里」10月号から何句か紹介させてもらった。今季もこれで折り返し。講義のあと、家人と某百貨店の「大北海道展」へ。そんなに味は違わないだろうと思いながら買った蟹やらじゃがいもやらのコロッケがやけにおいしかった。夕刻からは栄へ。575の会の月例句会。朝日新聞中部版夕刊に詩歌時評のコラム「東海の文芸」が掲載される。400字×約4枚。加藤哲也句集『舌頭』(富士見書房)、丸山進句集『アルバトロス』(風媒社)、春日井建『未青年の背景』(雁書館)、近藤起久子詩集『レッスン』(ジャンクション・ハーベスト)に言及した。

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October 25, 2005

2005年10月25日(火)

午後、愛知芸術文化センターへ。有志による定例の読書会。出席は5人。テキストは北田暁大『嗤う日本の「ナショナリズム」』(NHKブックス)、同書はこれで二回目。序章に、「冬のソナタ」で爆笑、『世界の中心で、愛をさけぶ』に激怒、しかしながら『電車男』を読み終えて泣いた、という微妙な著者の感覚が語られていて、この感覚の論理的背景こそが一冊のモチーフになっている。論理として何を言いたいのかは理解できても、この感覚に対しての違和感が消えないままで、どこかしらすっきりしないものも残った。1960年代以降を対象とした本にはいつも感じるのだが、著者と読者の年齢差による共有事項のずれというのはなかなか解消できないものらしい。

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October 24, 2005

2005年10月24日(月)

週末は上京、伊津野重美さんの朗読イベントに出席し、歌葉新人賞の公開選考会に出演した。きょうはまだその熱気が残ったまま、と言うよりも、虚脱状態のままである。第4回歌葉新人賞は、リアルタイム・スペースに書きこんだ通り、笹井宏之さんが受賞、宇都宮敦さんが次席となった。慶祝。毎回のことだが、選ぶ側は応募する側からいろいろなことを教えてもらっていると感じた。午後、同朋大学へ。きょうは現代の評論をベースにあれこれ語る。柄谷行人の「単独性と特殊性」の説明をしながら、細かいこだわりはさておき、つまりSMAPの「世界に一つだけの花」の理屈なんだよ、と強引な例えを出したりした。

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October 19, 2005

2005年10月19日(水)

午後、中京大学へ。講座「俳句を楽しむ」の五回目。講義をしながら、一句のなかにある季題/季語にどのくらいの負荷をかけていいのか、という、季語の機能の限界みたいなものが、自分のなかで、線ではなく帯になっている、つまり幅をもっていることに気づく。これは、読むとき説くときには便利だが、書くときには負の要素にしかならないだろう。再考せねば。終了後、八事のジャスコで買い物をする。喫煙所へたばこを喫いにゆくと、ご婦人たちが、このところ名古屋で頻繁に起きているひったくりの話でにぎやかだった。なかの一人はきょう被害にあって事情聴取を終えたところだという。早く犯人が逮捕されますように。

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October 18, 2005

2005年10月18日(火)

午後、短歌ヴァーサスの第7号が風媒社から届く。特集は水原紫苑と第三回歌葉新人賞の二つ、刊行が遅れに遅れたが、どうにかかたちになった。すでに第8号の編集作業に入っている。詩歌誌「三蔵2」第五号を読む。巻頭の四方田犬彦さんの詩篇にいきなり打たれ、そのまま最後まで一気に読み進んだ。現代詩と短歌が混在する雑誌で、違和感がまったく生じないのは、二ジャンルを総合的に見渡すだけの企画力や構想力がそこにあるからだと思う。力の中心にいると推測される石井辰彦さんに敬服した。以下、とりわけ強く印象に残った行/首。

きみは反省しない/速度は反省などしないからだ/四方田犬彦
液化してゆくつて、何が? 涙からできてる星で、今更、何が?/石井辰彦
日だまりのどうぶつえんのライオンがめすライオンのなかにだすまで/斉藤斎藤

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October 17, 2005

2005年10月17日(月)

午後、雨のなか、同朋大学へ。昼食をとりそこねたので、講義を終えてから吉野家で牛焼肉丼を食べる。以前の牛丼よりもやたらに味が濃いのがなじめない。食べている最中、カウンターの向かいの男女が、派手に言い争って、今年の分はきちんと渡した、などと女性が叫んでいた。修羅場直前のようにも見えた。そのあとどうなるのか気になりつつ店を出る。夜、プロ野球パ・リーグのプレーオフを見ていたら、ひさしぶりにMさんから電話、一時間余りゆっくりと話す。五十歳になるまでには云々というようなフレーズがしばしば会話に出て来て、四十代であるのだなあとあらためて実感する。

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October 14, 2005

2005年10月14日(金)

午後、次号の「現代詩手帖」のゲラを読む。最終の校正。11月号は、短歌時評の他、岡井隆特集に短いエッセイを書いた。現代詩誌で岡井さんの特集が組まれるのは、思潮社が全歌集の版元だという販促的側面もあるにはあるけれど、作家に対しても雑誌に対しても、あらためてすごいなあと感心する。短歌誌や俳句誌で隣接ジャンルの作家特集を組むのはかなりな困難を伴うだろう。現代詩ももちろん短歌や俳句と同じくジャンルとして特化され細分化されてもいるが、微妙に違うのは、つねに、束ねる者、としての意識があることか。これは、第二クールに突入した田中庸介さんたちの詩誌「」を読んでも感じていた。ちなみに、短歌や俳句は隣接ジャンルに対して、競う者、としての意識があると思う。

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