September 26, 2005

2005年9月26日(月)

午後、後期に一科目だけ担当することになった講義の初回、同朋大学へ。ずいぶん涼しくなったが、スーツを着て歩いているとまだ汗ばむ感じがある。講義終了後、風媒社で校正のチェックをしてから帰宅。と、日記に類する文章を書き綴りながら日付を見ると、実に四か月のブランクがある。6月上旬までは、どうしてもまとめておきたい、依頼ではない仕事にふりまわされていた。そちらがまとまるのとほぼ同時に塚本邦雄さんの訃報が届いた。以後、依頼以外の作業にはほとんど手がつかなくなってしまった。私的な状況を与えると、ことばがすべて重く暗く湿っぽくなるからだった。悲しみというのは、それなりにポジティブなものだと思うが、虚脱状態というのは、ネガティブなものをつぎつぎに引き寄せるらしい。この時期になって、底はどうにか脱した気がするので、更新は滞りがちになるかも知れないけれど、ブログを再開することにする。

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March 08, 2005

2005年3月8日(火)

きのうは、午前7時台の新幹線で上京。町田市の斎場で、3日に急逝した家人の叔母を弔う。おだやかな青空、斎場のまわりには、雪が少し残っていて、椿が小さな花をたくさん咲かせていた。口をひらくとつらくなるので、ぼんやりとあたりを眺める時間が多くなる。家人の叔母とは、結婚前から懇意にしていて、家族という感じに近い人だった。どうにもきもちの整理がつかない……。夕刻、神保町に出て、仕事の打ちあわせ。打ちあわせ先の編集部に、知人たちが大勢居あわせて、とてもおだやかな気分になる。打ちあわせを終えてさらにもう一件。ぎりぎりの時間まで話して、最終の新幹線で帰名。長い一日となった。きょうは、午後からねじまき句会。出席者は10名。新しいメンバーが一人加わって、在籍者は14名となる。今回から題詠一句と雑詠一句、計二句の出詠とした。じっくりと詠草を読む時間がとれた。句会終了後、有志で食事。夜、帰宅。Mさんから原稿の件でメール。概要をまとめて返信。きのうの打ちあわせの内容を微調整して担当のOさん宛にメール。さらにIさんから雑誌の企画の件でメール、諸事情でなかなか着地点が決まらないらしい。

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January 31, 2005

2005年1月31日(月)

早朝に起きる。午前、仕事を進めて、昼過ぎに家人と外出する。ウォーキングをかねて。銀行に行ったり、定食屋に行ったり。定食屋でテレビを見ていたら、某マンガ家が亡くなったと報じられていて驚く。同世代だったはず……。帰宅してふたたび机に向かう。夜、伏見へ。加藤治郎さんと彼の著書の校正をめぐっての打ちあわせ。もう一息というところまできた。帰宅後、題詠マラソン2005の会場設置にかかる。いよいよ今年もこの企画がはじまる。

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December 30, 2004

2004年12月30日(木)

冷えこみがはげしくなりそうなので、どうにか書斎の暖房だけは使えるようにした。かたづけをしているうちに、あ、ここにあったのか、と、探していた資料があれやこれやと見つかりはじめる。夜、義母のところで、できあがったばかりのお餅をごちそうになる。ウェブのニュースで、俳人の田中裕明さんの訃報を読んで絶句する。40代半ばではないか……。大晦日から三が日、ブログの更新は休憩するつもり。ご愛読に感謝しつつ。どうぞ良い年をお迎え下さい。

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December 29, 2004

2004年12月29日(水)

書斎のかたづけがてんではかどらない。このまま正月に突入するのは必至か。午後、佐藤りえさんから電話。来月のクリアポイントの打ちあわせもかねて長電話する。クリスマスイヴに頼んでおいた眼鏡がしあがったらしいので、夕刻、眼鏡屋さんへ。少しばかり表情が変わったか。スーザン・ソンタグが亡くなったのをウェブのニュースで知る。現代思想を、やや歪みのかかったところ(それはしばしばソンタグ批判だったりもした)から読みはじめたため、ソンタグにのめりこむといったことはなかったが、空気のように自然なものと思いこんでいた思考の根拠がときに反転してしまう、という論理の陥穽(あるいは、論理の基本)について、この人の本からきわめて多くを学んだ。冥福を祈りたい。

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December 13, 2004

2004年12月13日(月)

疲れが抜けないのでしっかり眠ろうとしたのだが、睡眠のサイクルがかなりずれているようで、外が暗いと眠れないらしい。困ったものだ。きのう、鈴木六林男さんが亡くなったという。時代や社会をモチーフにした句が有名だけれど、状況への直接性をやや抑えた感じの「蛇を知らぬ天才とゐて風の中」等がぼくは好きだった。ご冥福を祈りたい。俳誌「」21号で、特集「俳人の短歌−題詠マラソン2004の成果」が組まれている。ビギナーが参加しやすい=他ジャンルの作家も参加しやすい、という、ウェブの企画の効用を再認識させてもらった。現代文学会のトークショー、北海道からも参加者があったと教えてもらう。玲はる名さんのメールマガジン「次世代短歌研究室コンパス」12.05号で「ネエ神様ソコニヰルナラセメテアノ一日ダケハ消シテ下サイ/荻原裕幸」について言及してもらっている。感謝。深夜、かなり冷えこんでいるようだ。

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October 13, 2004

2004年10月13日(水)

きょうのあさがお、☆☆。午後、中京大学へ。外を歩いていると、夏みたいなひざしで、とても十月とは思えない。その一方で、そこかしこの金木犀が強烈に秋を主張している。オープンカレッジの講座「俳句を楽しむ」の四回目。室内の空調があわないのか、ずっと汗をかきながら喋りつづけた。夕刻、少し長めに仮眠をとる。矢野徹さんが亡くなったという。ぼくは、ハインライン(とりわけ後期の長篇)からずいぶん影響を受けたのだけど、恥ずかしながら原書ではなく、すべて矢野さんの翻訳本を読んでいたのだった。ラザルス・ロングのような超長命にもせつないものがあるが、百歳以下の死はやはりせつない。ご冥福を。

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October 04, 2004

2004年10月4日(月)

きょうのあさがお、☆☆。仕事の山が少し小さくなって来た。あともう一息。五十嵐きよみさんが自身の掲示板で、文章は否定的な論調だと書きやすい、という旨のコメントを悩み深そうに書いていた。ぼくもそう思う。たぶんそれは、人間の性質の問題と言うよりも、ものごとを肯定するには、否定する以上に多量の文脈(知識と言った方がいいかな)が必要だからではないだろうか。一人の知識にはどうしても限界があるのだから。肯定には肯定のための文脈をほぼそのたびに発見したり構成したりする必要がある。否定は自身の中で肯定の文脈の不在を確認すれば済むのだ。否定的な文章の方が、腕はふるいやすいと思う。ただし、そこはつねに、新しい肯定の文脈を発見しようとも構成しようともしない思考的怠惰と隣あわせなのだとも感じる。実に悩ましい問題である。小笠原賢二さんが亡くなったと知る。つい先日、原稿依頼をして、体調不良を理由に断られた。そんなに悪いとは知らなかった。58歳での死を誰が想像しただろうか。現代短歌について、ぼくと考えの一致する人ではなかったし、批判もされたが、その著作から多くを教えられた人であった。戦中から黒鳥館時代にかけての中井英夫を論じた文章など、とても強く印象に残っている。「現実に密着すればするほど、不思議に非現実の色あいが強められて行く。現実を再編集するようにして、幻想世界が出現するのである……」。ご冥福をお祈りしたい。

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September 16, 2004

2004年9月16日(木)

午前、枡野浩一さんからメール。楽しく苦しいオファーをもらった。午後、島田修二さんが亡くなったと知る。ぼんやりしながら、歌集『花火の星』の、とりわけ好きな「ギプスと三輪車」を読んでいた。「幾億の年を隔てて光りゐる銀河系の下に子と二人なり」等、あらためて胸にしみる。ご冥福を祈りたい。夕刻、枡野さんからもう一度メ−ルがあって、名前をよく知っていたコラムニストが、実はぼくの学生時代の同級生だと教えられる。グーグルで写真の検索。あ、ほんとだ。同じ人だったのかぁ。びっくり。短歌ヴァーサスのウェブを見ると、まだ木曜のエッセイが更新されていない。あわてて編集部の林さんに連絡を入れる。すぐに更新される。大辻隆弘さん、すみません。深夜、村上きわみさんとなかはられいこさんの「きりんむすび」、井口一夫さんやよしだかよさんたちの「ちゃばしら」など、届いているメルマガを読みはじめる。

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September 02, 2004

2004年9月2日(木)

種村季弘が亡くなったのを知る。十代の頃から、仏文系の澁澤龍彦と独文系の種村、そこに沼正三を加え、何でも知っている三人、として、強い憧憬の念を抱いていた。淋しい。午後、仕事を早々に切りあげ、東桜歌会の詠草をまとめてプリントをつくる。夕刻から9月の例会へ。岡井隆さん、栗木京子さん、大辻隆弘さんをはじめ、11名の参加となる。題は「黄」で一首、自由詠を一首。いつもにまして、現代短歌をめぐる雑談の花が咲き盛る。俵万智以後についてまとめた評論集を早く出せ、と、どこかしら脅迫めいた激励をされた。終了後、近くの居酒屋へ。帰りの地下鉄に「ハリー・ポッター」の新刊を読む若い女性がいた。家人の「ハリー・ポッター」も佳境にさしかかりつつあるらしい。

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